溢れんばかりの愛に
貴女のお名前
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部屋に戻ると、夏侯惇は名無しさんを長椅子へそっと下ろした。
綿入れを脱がせ、手に持っていた山茶花を預かる。
「後で活けてやる」
夏侯惇はそう言って山茶花を傍らに置くと、端に置かれていた掛布を広げて彼女を包み直し始めた。
「夏侯惇様・・・そんなになさらなくても」
「馬鹿を言え。こんなに冷やして・・・何かあってからでは遅い」
「それは・・・そうですけれど」
だからって、何もこんなにぐるぐるに巻かなくても、部屋の中は充分に暖かい。
そう言ったところで、夏侯惇が聞く耳を持つとは思えなかった。
名無しさんは諦めたように肩を竦め、されるまま、大人しくしていた。
掛布で巻かれ、敷布で周りを囲まれて漸く、夏侯惇が満足そうに息を吐く。
それから、隅に置いてある素焼きの陶壺を手に取り、中に水が入っていない事を知ると、黙って部屋を出て行った。
程なく、水を入れて戻って来た夏侯惇は、山茶花を陶壺に挿し込む。
それを元の場所に戻そうとして、
「夏侯惇様」
「何だ」
「お花が見えるように置いて下さいね」
「・・・分かった」
夏侯惇は手の中の陶壺を静かに見下ろした。
置いていればそれで良いと思ったが、そうではないらしい。
棚の上に乗せ、少し考えてから、名無しさんに山茶花が見えるようにくるりと陶壺を回す。
「これで良いか?」
「はい、ありがとうございます」
名無しさんはにっこりと微笑んだ。
思った通り、部屋が明るくなったわ。
「とても綺麗です」
「そうか」
夏侯惇は安堵したように口元を緩めて頷いた。
正直、部屋に花などなくても構わないが、名無しさんが嬉しそうにしているならそれで良い。
「さて・・・」
そこまで済ませた所で、夏侯惇は後回しにしていた蜜柑の回収に向かった。
名無しさんも、思い出したように長椅子から立ち上がりかける。
「夏侯惇様、私も・・・」
お手伝いします、と言うつもりが、
「お前はそこから一歩も動くな。俺一人で充分だ」
夏侯惇にぴしゃりと遮られてしまった。
先程のように鋭い声ではなかったが、有無を言わせない迫力に、名無しさんはすごすごと長椅子に座り直す。
夏侯惇は再び、庭へ出ると、雪の上に転がった蜜柑を一つずつ拾い上げていった。
白い雪の上では、橙色の蜜柑がよく目立つ。
落とした時に傷が付いたものはないかと確かめながら拾い集め、最後の一つも籠の中へ戻した。
そうして籠を抱えて部屋へ戻り、卓の上に置いてから、長椅子の上で掛布に包まっている名無しさんの隣に腰を下ろす。
「沢山、買って来たんですね」
「直ぐになくなるからな」
夏侯惇はそう言って、改めて名無しさんの様子を確かめた。
「少しは温まったか」
「はい、お陰様で」
「そうか」
それなら良いと、夏侯惇は頬を緩め、彼女の肩に手を回して引き寄せる。
「・・・余り無茶をするな。俺の寿命が縮む」
「はい」
その言葉に、名無しさんはくすくすと笑った。
少し庭に出ていただけなのに、この過保護振り。
隻眼の猛将も妻には悉く甘いと知られたら、形無しだろうか。
しかし、そんな彼だから愛している。
名無しさんは甘えるように夏侯惇の肩に頭を預けた。
気が緩んだのか、また眠い気がする。
夏侯惇は彼女の重たげな瞼に気付いて言った。
「眠いのならば寝ろ。寝る子は育つと言うだろう」
「ふふ・・・それは子どもに使う言葉ですよ」
「腹の子も同じだろう」
「まあ・・・」
名無しさんは可笑しそうに肩を揺らし、落ちる瞼に身を任せた。
やがて、名無しさんは夏侯惇の肩に寄り掛かったまま、静かな寝息を立て始める。
夏侯惇は眠る彼女の肩を更に抱き寄せ、その髪にそっと口付けた。
その腕の中で、名無しさんは穏やかな寝顔を浮かべていた。
夏侯惇の「溢れんばかりの愛に」包まれて。
あとがき→
綿入れを脱がせ、手に持っていた山茶花を預かる。
「後で活けてやる」
夏侯惇はそう言って山茶花を傍らに置くと、端に置かれていた掛布を広げて彼女を包み直し始めた。
「夏侯惇様・・・そんなになさらなくても」
「馬鹿を言え。こんなに冷やして・・・何かあってからでは遅い」
「それは・・・そうですけれど」
だからって、何もこんなにぐるぐるに巻かなくても、部屋の中は充分に暖かい。
そう言ったところで、夏侯惇が聞く耳を持つとは思えなかった。
名無しさんは諦めたように肩を竦め、されるまま、大人しくしていた。
掛布で巻かれ、敷布で周りを囲まれて漸く、夏侯惇が満足そうに息を吐く。
それから、隅に置いてある素焼きの陶壺を手に取り、中に水が入っていない事を知ると、黙って部屋を出て行った。
程なく、水を入れて戻って来た夏侯惇は、山茶花を陶壺に挿し込む。
それを元の場所に戻そうとして、
「夏侯惇様」
「何だ」
「お花が見えるように置いて下さいね」
「・・・分かった」
夏侯惇は手の中の陶壺を静かに見下ろした。
置いていればそれで良いと思ったが、そうではないらしい。
棚の上に乗せ、少し考えてから、名無しさんに山茶花が見えるようにくるりと陶壺を回す。
「これで良いか?」
「はい、ありがとうございます」
名無しさんはにっこりと微笑んだ。
思った通り、部屋が明るくなったわ。
「とても綺麗です」
「そうか」
夏侯惇は安堵したように口元を緩めて頷いた。
正直、部屋に花などなくても構わないが、名無しさんが嬉しそうにしているならそれで良い。
「さて・・・」
そこまで済ませた所で、夏侯惇は後回しにしていた蜜柑の回収に向かった。
名無しさんも、思い出したように長椅子から立ち上がりかける。
「夏侯惇様、私も・・・」
お手伝いします、と言うつもりが、
「お前はそこから一歩も動くな。俺一人で充分だ」
夏侯惇にぴしゃりと遮られてしまった。
先程のように鋭い声ではなかったが、有無を言わせない迫力に、名無しさんはすごすごと長椅子に座り直す。
夏侯惇は再び、庭へ出ると、雪の上に転がった蜜柑を一つずつ拾い上げていった。
白い雪の上では、橙色の蜜柑がよく目立つ。
落とした時に傷が付いたものはないかと確かめながら拾い集め、最後の一つも籠の中へ戻した。
そうして籠を抱えて部屋へ戻り、卓の上に置いてから、長椅子の上で掛布に包まっている名無しさんの隣に腰を下ろす。
「沢山、買って来たんですね」
「直ぐになくなるからな」
夏侯惇はそう言って、改めて名無しさんの様子を確かめた。
「少しは温まったか」
「はい、お陰様で」
「そうか」
それなら良いと、夏侯惇は頬を緩め、彼女の肩に手を回して引き寄せる。
「・・・余り無茶をするな。俺の寿命が縮む」
「はい」
その言葉に、名無しさんはくすくすと笑った。
少し庭に出ていただけなのに、この過保護振り。
隻眼の猛将も妻には悉く甘いと知られたら、形無しだろうか。
しかし、そんな彼だから愛している。
名無しさんは甘えるように夏侯惇の肩に頭を預けた。
気が緩んだのか、また眠い気がする。
夏侯惇は彼女の重たげな瞼に気付いて言った。
「眠いのならば寝ろ。寝る子は育つと言うだろう」
「ふふ・・・それは子どもに使う言葉ですよ」
「腹の子も同じだろう」
「まあ・・・」
名無しさんは可笑しそうに肩を揺らし、落ちる瞼に身を任せた。
やがて、名無しさんは夏侯惇の肩に寄り掛かったまま、静かな寝息を立て始める。
夏侯惇は眠る彼女の肩を更に抱き寄せ、その髪にそっと口付けた。
その腕の中で、名無しさんは穏やかな寝顔を浮かべていた。
夏侯惇の「溢れんばかりの愛に」包まれて。
あとがき→