溢れんばかりの愛に
貴女のお名前
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過ぎる程の愛。
名無しさんはぱちぱちと目を瞬かせた。
私ったら、いつの間に眠ってしまったのかしら。
小さな欠伸を零してゆっくりと長椅子の上に起き上がると、肩から綿がたっぷりと詰まった掛布が滑り落ちる。
「あら・・・」
それを拾おうと手を伸ばして、自分の腰にも、膝にも、柔らかな敷布が添えられている事に気付いて目を丸くした。
足元まで掛布でしっかりと覆われていて、まるで布の塊のようになっている自分に、名無しさんは可笑しそうにくすくすと笑う。
きっと夏侯惇様の仕業ね。
名無しさんは体の周りを囲む敷布を一つ一つ取り除き、最後に掛布を拾い上げて丁寧に畳んで長椅子の端へ置いた。
それから、また小さく欠伸を零す。
このところ、眠くて仕方ない。
決して眠りが浅い訳でも、眠れていない訳でもないのだが、少し動いただけで疲れ易くなっていた。
そんな日がひと月ほど続き、何か病ではないかと心配になって医師に診てもらった結果、告げられたのは懐妊だった。
あの時は驚いたけれど、今ではその事を思い出す度に胸の奥が温かくなる。
同時に、夏侯惇による、これ以上ない程の過保護な日々が始まったのだが。
夏侯惇は懐妊を知るなり、名無しさんに、特に体に負担がかからないようにと、即座に使用人を雇っていた。
彼のその気持ちはありがたいのだが、する事が殆どなくなってしまった名無しさんは、多少の不満を漏らしつつも、睡魔には勝てず、よく長椅子で眠っている。
しかし、寝ているばかりも体に悪い、少しお散歩でもしようかしらと、名無しさんは庭へと視線を巡らせた。
一面に広がる銀世界に、ぽっかりと浮かぶ真っ赤な山茶花が目に映る。
そう言えば、部屋に飾っていた菊を片付けてからそれきりだったわ。
名無しさんはそれを思い出して、今度は室内に視線を戻した。
部屋の隅に、空のまま小さな素焼きの陶壺がぽつんと置かれている。
そこに山茶花を一枝挿したら、さぞかし部屋に彩りを添えてくれるだろう。
名無しさんは長椅子から立ち上がると、庭へ続く戸へと向かった。
戸を開ければ、冷たい風が頬を撫でる。
綿入れを着て来るべきだったかしら。
でも、山茶花を取って来るだけだし、と寒さに肩を竦めながら、名無しさんは庭へ足を踏み出した。
雪を踏む度に足元から小さく音が返って来る。
白く染まった庭を進み、先程目に留まった山茶花の前で足を止めた。
枝には雪が薄く積もっている。
その中で、赤い花が鮮やかに咲いていた。
名無しさんは手を伸ばし、花を傷めないように枝を選ぶ。
「これが良いかしら」
と、枝を折ろうとした、その時、
「名無しさん!」
鋭い声が彼女の耳を貫き、名無しさんは動きをぴたりと止めた。
振り向けば、夫の夏侯惇が血相を変え、片手に持っていた籠を放り出している。
ころころと籠から転がり落ちる蜜柑に目もくれず、夏侯惇は大股で彼女の傍までやって来ると、着ていた綿入れを脱いで名無しさんの体をすっぽりと包んだ。
「こんな薄着で・・・何をしている!」
「何って・・・山茶花を」
「山茶花だと?」
夏侯惇は右目を瞬かせ、目の前の彼女と山茶花を見比べて言った。
「・・・花が欲しかったのか?」
「はい、お部屋に飾ろうと思って」
何でもない事のように、けろりと言う名無しさんに、夏侯惇は溜め息を吐く。
「何も今でなくても・・・いや、お前のしたい事を止めるつもりはないが」
夏侯惇はそう言って一度、言葉を切り、小さな名無しさんをそっと抱き締めた。
「・・・もう、お前一人の体ではないのだぞ」
「済みません・・・」
腕の中で肩を落とす彼女に、夏侯惇は目元を和らげる。
「いや・・・俺も少し強く言い過ぎた、許せ。だが、お前に何かあったらと思うと、俺は・・・」
名無しさんは何かを言う代わりにふるふると首を振った。
夏侯惇は腕を僅かに緩め、名無しさんの体を庭に向けると、今度は背中側から彼女を包むように抱き締める。
「山茶花か」
「はい」
名無しさんは首を巡らせ、彼を見上げて言った。
「お部屋にお花がなかったものですから。山茶花を飾ったら、明るくなると思いませんか?」
そう尋ねられ、夏侯惇は困ったように眉を寄せる。
花があろうがなかろうが、気にした事もなければ、どうでも良い。
だが、彼女が望んでいるのなら、話は別だ。
「・・・そうだな」
夏侯惇は名無しさんの背中越しに腕を伸ばすと、指先で一枝に触れた。
「これか?」
「いえ、その隣の方が・・・」
「こっちか?」
「はい」
夏侯惇は短く頷くと、その細い枝を片手で掴み、さして力を込めた様子もなく、ぱきりと折って名無しさんに差し出す。
「これで良いか?」
「はい。ありがとうございます」
嬉しそうに両手で枝を受け取る名無しさんの指先に触れ、夏侯惇はその冷たさに眉を寄せた。
「・・・戻るぞ」
言うが早いか、夏侯惇は名無しさんの背中と膝裏に腕を回して抱え上げる。
名無しさんは驚いたように目を瞬かせ、夏侯惇を窺うように見た。
「えっ、あ、はい・・・あの、私、歩けますけれど」
「知っている。だが、雪で転ばないとも限らないだろう」
昔のように子ども扱いをしているのではない、ただ純粋に体を心配しているのだ。
そうと分かれば、名無しさんは素直に彼の腕に体を預けて微笑んだ。
名無しさんはぱちぱちと目を瞬かせた。
私ったら、いつの間に眠ってしまったのかしら。
小さな欠伸を零してゆっくりと長椅子の上に起き上がると、肩から綿がたっぷりと詰まった掛布が滑り落ちる。
「あら・・・」
それを拾おうと手を伸ばして、自分の腰にも、膝にも、柔らかな敷布が添えられている事に気付いて目を丸くした。
足元まで掛布でしっかりと覆われていて、まるで布の塊のようになっている自分に、名無しさんは可笑しそうにくすくすと笑う。
きっと夏侯惇様の仕業ね。
名無しさんは体の周りを囲む敷布を一つ一つ取り除き、最後に掛布を拾い上げて丁寧に畳んで長椅子の端へ置いた。
それから、また小さく欠伸を零す。
このところ、眠くて仕方ない。
決して眠りが浅い訳でも、眠れていない訳でもないのだが、少し動いただけで疲れ易くなっていた。
そんな日がひと月ほど続き、何か病ではないかと心配になって医師に診てもらった結果、告げられたのは懐妊だった。
あの時は驚いたけれど、今ではその事を思い出す度に胸の奥が温かくなる。
同時に、夏侯惇による、これ以上ない程の過保護な日々が始まったのだが。
夏侯惇は懐妊を知るなり、名無しさんに、特に体に負担がかからないようにと、即座に使用人を雇っていた。
彼のその気持ちはありがたいのだが、する事が殆どなくなってしまった名無しさんは、多少の不満を漏らしつつも、睡魔には勝てず、よく長椅子で眠っている。
しかし、寝ているばかりも体に悪い、少しお散歩でもしようかしらと、名無しさんは庭へと視線を巡らせた。
一面に広がる銀世界に、ぽっかりと浮かぶ真っ赤な山茶花が目に映る。
そう言えば、部屋に飾っていた菊を片付けてからそれきりだったわ。
名無しさんはそれを思い出して、今度は室内に視線を戻した。
部屋の隅に、空のまま小さな素焼きの陶壺がぽつんと置かれている。
そこに山茶花を一枝挿したら、さぞかし部屋に彩りを添えてくれるだろう。
名無しさんは長椅子から立ち上がると、庭へ続く戸へと向かった。
戸を開ければ、冷たい風が頬を撫でる。
綿入れを着て来るべきだったかしら。
でも、山茶花を取って来るだけだし、と寒さに肩を竦めながら、名無しさんは庭へ足を踏み出した。
雪を踏む度に足元から小さく音が返って来る。
白く染まった庭を進み、先程目に留まった山茶花の前で足を止めた。
枝には雪が薄く積もっている。
その中で、赤い花が鮮やかに咲いていた。
名無しさんは手を伸ばし、花を傷めないように枝を選ぶ。
「これが良いかしら」
と、枝を折ろうとした、その時、
「名無しさん!」
鋭い声が彼女の耳を貫き、名無しさんは動きをぴたりと止めた。
振り向けば、夫の夏侯惇が血相を変え、片手に持っていた籠を放り出している。
ころころと籠から転がり落ちる蜜柑に目もくれず、夏侯惇は大股で彼女の傍までやって来ると、着ていた綿入れを脱いで名無しさんの体をすっぽりと包んだ。
「こんな薄着で・・・何をしている!」
「何って・・・山茶花を」
「山茶花だと?」
夏侯惇は右目を瞬かせ、目の前の彼女と山茶花を見比べて言った。
「・・・花が欲しかったのか?」
「はい、お部屋に飾ろうと思って」
何でもない事のように、けろりと言う名無しさんに、夏侯惇は溜め息を吐く。
「何も今でなくても・・・いや、お前のしたい事を止めるつもりはないが」
夏侯惇はそう言って一度、言葉を切り、小さな名無しさんをそっと抱き締めた。
「・・・もう、お前一人の体ではないのだぞ」
「済みません・・・」
腕の中で肩を落とす彼女に、夏侯惇は目元を和らげる。
「いや・・・俺も少し強く言い過ぎた、許せ。だが、お前に何かあったらと思うと、俺は・・・」
名無しさんは何かを言う代わりにふるふると首を振った。
夏侯惇は腕を僅かに緩め、名無しさんの体を庭に向けると、今度は背中側から彼女を包むように抱き締める。
「山茶花か」
「はい」
名無しさんは首を巡らせ、彼を見上げて言った。
「お部屋にお花がなかったものですから。山茶花を飾ったら、明るくなると思いませんか?」
そう尋ねられ、夏侯惇は困ったように眉を寄せる。
花があろうがなかろうが、気にした事もなければ、どうでも良い。
だが、彼女が望んでいるのなら、話は別だ。
「・・・そうだな」
夏侯惇は名無しさんの背中越しに腕を伸ばすと、指先で一枝に触れた。
「これか?」
「いえ、その隣の方が・・・」
「こっちか?」
「はい」
夏侯惇は短く頷くと、その細い枝を片手で掴み、さして力を込めた様子もなく、ぱきりと折って名無しさんに差し出す。
「これで良いか?」
「はい。ありがとうございます」
嬉しそうに両手で枝を受け取る名無しさんの指先に触れ、夏侯惇はその冷たさに眉を寄せた。
「・・・戻るぞ」
言うが早いか、夏侯惇は名無しさんの背中と膝裏に腕を回して抱え上げる。
名無しさんは驚いたように目を瞬かせ、夏侯惇を窺うように見た。
「えっ、あ、はい・・・あの、私、歩けますけれど」
「知っている。だが、雪で転ばないとも限らないだろう」
昔のように子ども扱いをしているのではない、ただ純粋に体を心配しているのだ。
そうと分かれば、名無しさんは素直に彼の腕に体を預けて微笑んだ。