岩のように動かず
貴女のお名前
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名無しさんは関羽をちらりと見上げた。
竹簡を読むその表情は穏やかで、彼が軍神と呼ばれている事を忘れてしまう。
無口ではないが、多くを語らない性格が、今はただ好ましい。
暫く、その顔を眺めていた名無しさんは、指先に髭を絡め、くいっと引いた。
関羽が彼女を見る。
名無しさんは一度、視線を逸らし、瞬きを一つ落として関羽を上目遣いに見上げた。
「あの・・・」
と、小さな声で言うが、続きが出て来ない。
何かを言おうとしてぱくぱくと口を動かしてから、諦めたように、ふいっと視線を逸らして俯く。
どうしたと問うてやるのは易い、しかし、関羽は何も尋ねなかった。
代わりに、細い肩を抱く手に少しだけ力を込めてやる。
竹簡をなぞり始める関羽の髭を、名無しさんがまた弄り始め、そして今度は先程よりも強く引いた。
関羽の視線が名無しさんに向く。
名無しさんは上目遣いのまま、関羽から目を逸らさなかった。
自分を見詰めて来る彼女の視線に誘われるように関羽は背中を丸め、ゆっくりと名無しさんに顔を近付ける。
吐息が触れる距離で、名無しさんがそっと瞼を閉じた。
関羽は僅かに首を傾け、彼女の唇に触れるだけの口付けを落とす。
本当に、軽く触れるだけの口付け。
二人は言葉の一つを交わすでもなく、関羽は直ぐに体を元の位置に戻し、竹簡の続きに向き直った。
名無しさんもそれを気にするでもなく、指先で彼の髭を弄る。
降り続く雨が地を打つ音と竹簡を繰る音が二人を包んでいた。
名無しさんはぼんやりと外を見る。
一向に止む気配を見せない曇天と、頬をひやりと撫でる風、しかし、関羽の腕の中は温かく心地良い。
名無しさんは髭をくいっと引いた。
関羽が背中を丸める。
再び、唇が触れ合い、彼が離れるよりも先に、名無しさんはもう一度髭を引いた。
間髪を入れずに口付けが名無しさんの唇に落ちて来る。
「ふふっ・・・」
今更になって、関羽の長い髭が頬に、首に触れるのが擽ったく、名無しさんは唇の端から小さな笑い声を溢した。
その声に、関羽の目元が緩む。
関羽は彼女の肩に置いた手を動かして、その体を自分の方に更に引き寄せた。
名無しさんは一層、彼の胸元に頬を擦り寄せてから、指先に絡めた髭を見る。
傷んだ所のない髭の、つやつやとした感触を確かめるように、指の腹で擦り合わせた。
関羽は何も言わない、聞こえて来るのは雨音と彼が繰る竹簡の音ばかり。
それに聞き入るように、名無しさんは瞼を閉じる。
関羽に身を任せていた彼女は、その温かさにやがて寝息を立て始めた。
髭に絡めていた指先から力が抜けていく。
それでも完全に離す事はなく、数本の髭を指に引っ掛けたまま、名無しさんは小さく身じろぎをした。
「・・・眠ったか」
関羽は腕の中を見下ろし、穏やかな寝顔に目を細めた。
朝から何処か沈んでいた様子も、今はすっかり消えている。
起こさないように彼女の肩を抱く腕の位置を僅かに直した関羽は、「岩のように動かず」、名無しさんを膝に抱いたまま、静かに竹簡を読み続けていた。
→あとがき
竹簡を読むその表情は穏やかで、彼が軍神と呼ばれている事を忘れてしまう。
無口ではないが、多くを語らない性格が、今はただ好ましい。
暫く、その顔を眺めていた名無しさんは、指先に髭を絡め、くいっと引いた。
関羽が彼女を見る。
名無しさんは一度、視線を逸らし、瞬きを一つ落として関羽を上目遣いに見上げた。
「あの・・・」
と、小さな声で言うが、続きが出て来ない。
何かを言おうとしてぱくぱくと口を動かしてから、諦めたように、ふいっと視線を逸らして俯く。
どうしたと問うてやるのは易い、しかし、関羽は何も尋ねなかった。
代わりに、細い肩を抱く手に少しだけ力を込めてやる。
竹簡をなぞり始める関羽の髭を、名無しさんがまた弄り始め、そして今度は先程よりも強く引いた。
関羽の視線が名無しさんに向く。
名無しさんは上目遣いのまま、関羽から目を逸らさなかった。
自分を見詰めて来る彼女の視線に誘われるように関羽は背中を丸め、ゆっくりと名無しさんに顔を近付ける。
吐息が触れる距離で、名無しさんがそっと瞼を閉じた。
関羽は僅かに首を傾け、彼女の唇に触れるだけの口付けを落とす。
本当に、軽く触れるだけの口付け。
二人は言葉の一つを交わすでもなく、関羽は直ぐに体を元の位置に戻し、竹簡の続きに向き直った。
名無しさんもそれを気にするでもなく、指先で彼の髭を弄る。
降り続く雨が地を打つ音と竹簡を繰る音が二人を包んでいた。
名無しさんはぼんやりと外を見る。
一向に止む気配を見せない曇天と、頬をひやりと撫でる風、しかし、関羽の腕の中は温かく心地良い。
名無しさんは髭をくいっと引いた。
関羽が背中を丸める。
再び、唇が触れ合い、彼が離れるよりも先に、名無しさんはもう一度髭を引いた。
間髪を入れずに口付けが名無しさんの唇に落ちて来る。
「ふふっ・・・」
今更になって、関羽の長い髭が頬に、首に触れるのが擽ったく、名無しさんは唇の端から小さな笑い声を溢した。
その声に、関羽の目元が緩む。
関羽は彼女の肩に置いた手を動かして、その体を自分の方に更に引き寄せた。
名無しさんは一層、彼の胸元に頬を擦り寄せてから、指先に絡めた髭を見る。
傷んだ所のない髭の、つやつやとした感触を確かめるように、指の腹で擦り合わせた。
関羽は何も言わない、聞こえて来るのは雨音と彼が繰る竹簡の音ばかり。
それに聞き入るように、名無しさんは瞼を閉じる。
関羽に身を任せていた彼女は、その温かさにやがて寝息を立て始めた。
髭に絡めていた指先から力が抜けていく。
それでも完全に離す事はなく、数本の髭を指に引っ掛けたまま、名無しさんは小さく身じろぎをした。
「・・・眠ったか」
関羽は腕の中を見下ろし、穏やかな寝顔に目を細めた。
朝から何処か沈んでいた様子も、今はすっかり消えている。
起こさないように彼女の肩を抱く腕の位置を僅かに直した関羽は、「岩のように動かず」、名無しさんを膝に抱いたまま、静かに竹簡を読み続けていた。
→あとがき