岩のように動かず
貴女のお名前
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髭を引けば。
静かな雨が降っていた。
関羽は縁側に座り、膝元に竹簡を広げている。
雨音を聞くともなしに聞きながら、名無しさんは彼の隣で庭をぼんやりと眺めていた。
別に、何かあった訳ではない。
ただ、今日は朝から、どうにも気分が晴れなかった。
ちらりと横目で見る彼はいつも変わらない。
その巨躯は決して揺るぐ事のない大岩のようにそこにあった。
時折、竹簡を繰る小さな音が雨音に交じる。
名無しさんは関羽に体を寄せると、何となく、彼の右腕を両手で持ち上げた。
「ん・・・」
丸太程もあるような、太く逞しい関羽の腕は重い。
関羽は突然の彼女の行動に驚いたように竹簡から顔を上げる。
名無しさんは一体、何をしているのか。
持ち上げた腕の下に小さな頭を突っ込んだ彼女に、関羽は僅かに目元を緩めた。
何をしたいのかは分からぬが、名無しさんの細腕では拙者の腕を長くは支え切れぬだろう。
関羽は彼女に自分の重さがかからないように腕を上げ、したいようにさせる。
頭を突っ込んだ姿勢のまま、名無しさんは関羽の懐に体を滑り込ませて行った。
関羽の胡座をかいた両膝の隙間に手を付き、自分の体をじりじりと運ぶ。
「んしょ・・・」
もぞもぞと体を捩り、足を動かし、少しずつ位置を変えながら、関羽の腕よりも未だ太い右腿へと腰を下ろした。
ふぅ、と小さな息を吐いて体を関羽の胸に預ける。
関羽は何も言わず、彼女の肩へ右手を添え、太腿から転がり落ちてしまわないようにそっと支えた。
視線を文字に戻し、何事もなかったかのように左手で竹簡を繰り始める。
かちゃかちゃと、竹簡が送り出される音を間近で聞いていた名無しさんは、何を思ったか、目の前の関羽の髭に手を伸ばした。
美髯公と呼ばれる関羽の髭は、毛先まで手入れが行き届いていて、触れるとさらりと心地良い。
関羽は一瞬、視線を名無しさんに走らせたが、直ぐに竹簡へと戻す。
可愛い恋人の、小さな戯れを止める理由など、関羽にはなかった。
名無しさんは関羽が何も言わない事を良い事に、髭を指先で玩び始める。
くるくると指先に巻き付け、ぱっと離しては元通りに戻って行く様を眺めていた。
その行動に深い意味はないと知ってか、関羽の視線は変わらず、竹簡の上に落ちている。
しかし、意識の半分位は名無しさんに向いているようで、あやすように彼女の肩を優しく、指先でぽんぽんと叩いていた。
静かに流れる時間の中で時折、名無しさんが体勢を整えるように動く。
さあさあと降る雨に、関羽は不意に顔を上げた。
少し、雨足が強まったか。
頬を撫でる風に微かな冷たさを覚え、腕の中の名無しさんに尋ねる。
「寒くはないか?」
「ん・・・」
寒いとも寒くないとも答えず、名無しさんは関羽の胸元に擦り寄った。
関羽は添えていた右手を少し動かし、彼女の肩を包むようにして自分の方に引き寄せる。
これならば、寒さも多少は和らごう。
それ以上は尋ねず、関羽は膝元の竹簡へ再び視線を戻した。
名無しさんは今度は指先で毛先を揃えるように撫で、二、三本を摘まんでは離すを繰り返している。
ふわりと揺れる髭を眺め、それにも飽きると、また指先にくるくると巻き付けていた。
相変わらず、関羽は黙っている。
何をされても動じぬその様子に、名無しさんは益々遠慮がなくなっていった。
指の間に挟んでみたり、左右に分けてみたり、これと言って、そこに意味がある様子でもない。
ただ、目の前にあるものを触っているのが心地良いらしい。
関羽はそんな彼女を止めることなく、竹簡を繰る。
一定の調子で肩をぽんぽんと叩く指先も変わらない。
やがて名無しさんは、思い付いたように髭を全ての指に巻き付け、満足そうに眺めた。
そのまま、くいっと引っ張ってみる。
「うむ」
関羽が小さく呻き、名無しさんを見た。
名無しさんは一度、関羽と視線を合わせ、ぱちりと目を瞬かせてから長い睫毛を伏せ、髭を離す。
その様子に、呼んだ訳ではないのかと、関羽は視線を戻した。
視界の隅で、名無しさんがまた髭を弄り始めている。
静かな雨が降っていた。
関羽は縁側に座り、膝元に竹簡を広げている。
雨音を聞くともなしに聞きながら、名無しさんは彼の隣で庭をぼんやりと眺めていた。
別に、何かあった訳ではない。
ただ、今日は朝から、どうにも気分が晴れなかった。
ちらりと横目で見る彼はいつも変わらない。
その巨躯は決して揺るぐ事のない大岩のようにそこにあった。
時折、竹簡を繰る小さな音が雨音に交じる。
名無しさんは関羽に体を寄せると、何となく、彼の右腕を両手で持ち上げた。
「ん・・・」
丸太程もあるような、太く逞しい関羽の腕は重い。
関羽は突然の彼女の行動に驚いたように竹簡から顔を上げる。
名無しさんは一体、何をしているのか。
持ち上げた腕の下に小さな頭を突っ込んだ彼女に、関羽は僅かに目元を緩めた。
何をしたいのかは分からぬが、名無しさんの細腕では拙者の腕を長くは支え切れぬだろう。
関羽は彼女に自分の重さがかからないように腕を上げ、したいようにさせる。
頭を突っ込んだ姿勢のまま、名無しさんは関羽の懐に体を滑り込ませて行った。
関羽の胡座をかいた両膝の隙間に手を付き、自分の体をじりじりと運ぶ。
「んしょ・・・」
もぞもぞと体を捩り、足を動かし、少しずつ位置を変えながら、関羽の腕よりも未だ太い右腿へと腰を下ろした。
ふぅ、と小さな息を吐いて体を関羽の胸に預ける。
関羽は何も言わず、彼女の肩へ右手を添え、太腿から転がり落ちてしまわないようにそっと支えた。
視線を文字に戻し、何事もなかったかのように左手で竹簡を繰り始める。
かちゃかちゃと、竹簡が送り出される音を間近で聞いていた名無しさんは、何を思ったか、目の前の関羽の髭に手を伸ばした。
美髯公と呼ばれる関羽の髭は、毛先まで手入れが行き届いていて、触れるとさらりと心地良い。
関羽は一瞬、視線を名無しさんに走らせたが、直ぐに竹簡へと戻す。
可愛い恋人の、小さな戯れを止める理由など、関羽にはなかった。
名無しさんは関羽が何も言わない事を良い事に、髭を指先で玩び始める。
くるくると指先に巻き付け、ぱっと離しては元通りに戻って行く様を眺めていた。
その行動に深い意味はないと知ってか、関羽の視線は変わらず、竹簡の上に落ちている。
しかし、意識の半分位は名無しさんに向いているようで、あやすように彼女の肩を優しく、指先でぽんぽんと叩いていた。
静かに流れる時間の中で時折、名無しさんが体勢を整えるように動く。
さあさあと降る雨に、関羽は不意に顔を上げた。
少し、雨足が強まったか。
頬を撫でる風に微かな冷たさを覚え、腕の中の名無しさんに尋ねる。
「寒くはないか?」
「ん・・・」
寒いとも寒くないとも答えず、名無しさんは関羽の胸元に擦り寄った。
関羽は添えていた右手を少し動かし、彼女の肩を包むようにして自分の方に引き寄せる。
これならば、寒さも多少は和らごう。
それ以上は尋ねず、関羽は膝元の竹簡へ再び視線を戻した。
名無しさんは今度は指先で毛先を揃えるように撫で、二、三本を摘まんでは離すを繰り返している。
ふわりと揺れる髭を眺め、それにも飽きると、また指先にくるくると巻き付けていた。
相変わらず、関羽は黙っている。
何をされても動じぬその様子に、名無しさんは益々遠慮がなくなっていった。
指の間に挟んでみたり、左右に分けてみたり、これと言って、そこに意味がある様子でもない。
ただ、目の前にあるものを触っているのが心地良いらしい。
関羽はそんな彼女を止めることなく、竹簡を繰る。
一定の調子で肩をぽんぽんと叩く指先も変わらない。
やがて名無しさんは、思い付いたように髭を全ての指に巻き付け、満足そうに眺めた。
そのまま、くいっと引っ張ってみる。
「うむ」
関羽が小さく呻き、名無しさんを見た。
名無しさんは一度、関羽と視線を合わせ、ぱちりと目を瞬かせてから長い睫毛を伏せ、髭を離す。
その様子に、呼んだ訳ではないのかと、関羽は視線を戻した。
視界の隅で、名無しさんがまた髭を弄り始めている。