口付けを与えて下さい
貴女のお名前
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考えてみれば、名無しさんと話しているこの時間が、李典にとってはいつの間にか一番の楽しみになっていた。
貴重な書に埋もれ、心ゆくまで没頭し、気が済むまで議論を交わす。
彼女の博識さに舌を巻いては、時にこちらの意見をぶつけて反論され、また言い返す、その遣り取りの一つ一つが、単純に心から楽しかった。
ずっと誰かとこんな風に語り合いたかった、それを叶えてくれたのは他でもない、名無しさん自身だ。
非番の日が堪らなく待ち遠しくて、門を潜る度に、名無しさんが、
「李典様!」
と、きらきらした笑顔で出迎えてくれるのが嬉しかった。
逆に、帰る頃になると、
「もう帰っちゃうんですね・・・」
と、寂しそうに言う彼女に名残惜しさを覚えていた。
李典はそこまで考えて、唸りながら首を捻る。
名残惜しいって、これは人として名無しさんが好きだから、で間違ってないよな?
一緒に居ると楽しいから、名残惜しいんだよな?
「李典様?」
李典の唸り声に、名無しさんが不思議そうに目を瞬かせた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈・・・」
言いかける言葉を不意に止め、李典は一つ、瞬きをする。
俺の考えは間違ってない、間違ってない筈だ。
俺は名無しさんに会いに来てるんじゃなくて、書を読みに、それについて語り合うのが楽しくてここに来てる。
別に、書が読めるなら、誰かと語り合えるなら、名無しさんじゃなくても、ここじゃなくても良い筈だ。
そう結論を出そうとして、李典はそれを直ぐに否定した。
違う、名無しさんだからだ。
名無しさんだから、楽しいんだ。
早口で捲し立てるように熱心に話す所が、俺の話を楽しそうに聞いてくれる所が、子どもたちに向ける優しい声が好きだ。
「あっ・・・」
李典は気付いたように小さく声を上げた。
今、俺、名無しさんの事、好きだって思ったよな。
・・・いや、早まるなよ、俺。
名無しさんは多分、誰に対してもそんな顔を見せるぞ。
それを想像して、李典はちくりと胸の奥に痛みを覚える。
・・・何だ、今の。
李典は訳が分からないまま、目の前の名無しさんを見た。
長い睫毛に縁取られた大きな瞳が真剣に自分を見ている。
その眼差しに、今度は胸が高く跳ねた。
「えっ・・・」
何だ、これ。
突然、動悸がしてきたぞ。
心なしか、頬まで熱くなって来た気がする。
「あ、あれ・・・?」
「どうかされましたか?」
「いや、何か急に胸が苦しくなって来たような・・・」
と、胸の辺りを押さえる李典の様子に、名無しさんは悲鳴にも似た声を上げた。
「まあ!それは大変です!私の学問し放題生活に関わります!」
「って、そこかよ!?」
微塵も揺るがない彼女の考え方も、ここまで来ると笑うしかない。
しかし、そこが妙に可愛く思えた。
そうして改めて、李典は名無しさんの姿を見る。
決して絶世の美女と言う訳ではないのに、見慣れている筈なのに何故か目が離せなかった。
幼い頃から、一日の大半を屋内で過ごしているからであろう彼女の肌は透き通るように白く、化粧っ気がないにも関わらず、赤い唇が際立っていて、まるで熟れた果実のようだ。
着ている仕立ての良い服も、書を扱う度に埃に汚れるからか、或いは子どもと遊ぶ度に砂に塗れるからか、華やかさに乏しいが却って品を感じさせる。
折角の艶やかな髪は書を読むのに邪魔にならないように纏めて結い上げているだけで、挿した簪も機能性を重視した簡素なものではあるが、それで損なわれるものはない。
いや、普通に可愛いよな?
「えっ・・・好き」
つい、言葉がぽろりと溢れてしまい、李典は慌てて口元を手で覆ったが、既に遅い。
名無しさんが頬を紅潮させ、ずいっと李典に詰め寄った。
「好き?今、私の事、好きって仰って下さいました?」
「あ、いや・・・ま、待ってくれ!ちょっ、近いっ!」
その場から後退っても、名無しさんは期待に瞳を輝かせて更に距離を縮めて来る。
彼女の服に焚きしめた上品な香の香りが李典の鼻先を擽った。
「あっ、良い匂い・・・って、何匂い嗅いでんだ!嗅いじゃ駄目だろ、普通!落ち着け、俺!」
「え、駄目なんですか?別に良いですよ、匂い位。どうぞ」
「どうぞじゃないっ!そう言うの、良くないからな!絶対、他の男にはするなよ!?」
「はい、李典様だから良いんですよ?李典様には好ましい匂いなんですよね?私を妻に迎えて下さったら、嗅ぎ放題ですよ?」
「嗅ぎ・・・っ!名無しさん、頼む、ちょっと口閉じててくれ・・・」
でないと、俺の身が保たない。
顔を真っ赤にさせ、今にも泣きそうな顔でそう言われ、名無しさんは渋々、李典との距離を少しだけ空ける。
一言、妻にすると仰って頂ければ良いだけなのに。
中々、上手くいかないわ。
どうしたら良いのかしら。
「・・・李典様は、手を繋いだり、口付けしたりすると言う経験をなさりたいんですよね?」
今度は何を言い出すつもりだ、李典は無意識に体を強張らせた。
その様子に構わず、名無しさんは続けて言う。
「取り敢えず、私に口付けて下さい」
「ひっ・・・!」
小さく悲鳴を上げ、李典は喉の奥をひくつかせた。
どうしてこうなるんだ!?
本当なら嬉しい筈の事がちっとも嬉しくない。
「口付けってのは、好き合ってる二人がするもんだろ!」
「あら、李典様は先程、私を好きと言ったばかりではありませんか。私も李典様が好きですし、何か問題でもありますか?さあ、どうぞ。お好きなだけ、私に「口付けを与えて下さい」」
と、名無しさんが顔を上げ、目を閉じて見せる。
その口付けを強請って待つ彼女の姿勢に、李典の思考がぐらりと揺れる。
口付けの一つや二つ、した所で減るもんじゃないし、そもそも名無しさんがしてくれって言ってるんだ、しない方が勿体ないだろ。
もう自覚しちまったんだ、勢いでこのまま頂いたって・・・。
李典は名無しさんの細い肩に両手をそっと置いた。
名無しさんが一瞬、目を開けて視線を向けて来る。
再び目を閉じて待つ彼女に、李典は顔を近付けていった。
名無しさんの唇に狙いを定め、自分も目を閉じながら首を僅かに傾ける。
今にも唇が触れ合う、その寸前で、李典は息を吐いた。
「・・・っ、駄目だ」
そう言って名無しさんの肩を優しく押し戻し、体を離す。
目を開けた名無しさんが、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
「李典様?」
「悪い・・・でも、俺の勘がそう言ってるんだ。このまま続けたら後悔するぞ、ってな。・・・でも、別に名無しさんが嫌いって訳じゃないぜ?寧ろ、その逆って言うか・・・」
何て言ったら、彼女に伝わるだろうか。
名無しさんを人としてだけではなく、女性として好きだから。
名無しさんにもきちんと自分を男として好きになって欲しい。
ゆっくりと、噛んで含めるようにそう言った李典に、名無しさんはこくりと頷く。
「・・・分かりました」
「えっ、分かったのか?」
「いえ、どうすれば私が李典様を男性として好きになるのかは分かりませんが、李典様がそれを私に望んでおられるのは分かりました」
「あ、そう・・・」
李典は困ったように頬を掻いた。
伝わったような、全然伝わっていないような。
まあ、相手は名無しさんだし、仕方ないか。
一先ず、この場は凌げたようで、李典はやれやれと肩を落とす。
しかし、名無しさんは矢張り、揺るぎなかった。
彼女は姿勢を正すと、
「ですが、縁談の話は待ってはくれませんから」
「お、おう・・・?」
「取り敢えず、私を妻に迎えて頂いて、それから私が李典様を男性として好きになる、と言う手段に検討の余地はありますか?」
と、いっそ清々しい程に真面目な表情で言った。
それが堪らなく可笑しい。
「ははっ・・・凄ぇな、あんた」
「それは・・・褒め言葉として受け取っても良いのでしょうか?」
「ああ。うん、褒めてる褒めてる」
李典は胡座をかいた膝の上に肘を置いて手の平に顔を乗せ、目を細めた。
「本当、凄ぇよ。学問を続けたいって言うだけの理由で俺に一生を預けようってんだからな」
「可笑しいですか?」
「可笑しいだろ」
「・・・私には死活問題ですけれど」
名無しさんのその言葉に、李典の肩が小さく揺れる。
ああ、もう駄目だ、と李典は観念した。
学問に対する執念も、真っ直ぐさも、合理的過ぎる所も、全部ひっくるめて好きになってる。
「良いぜ、名無しさんがそう言うなら、前向きに検討してやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。・・・俺の話を笑わずに聞いてくれたしな」
あの、夢見がちな少女のような願いを真剣に受け止めてくれたんだ。
名無しさんを妻に迎えたからと言って、それが叶うかどうかは分からないが、少なくとも、悪い予感はしなかった。
李典は小さく息を吐いて、目の前の名無しさんを見る。
「・・・名無しさんに男として見てもらえるように精々頑張るよ、俺」
「はい。では、私も頑張ります」
「・・・何を?」
「李典様を男性として好きになる事を」
「・・・ああ、うん。頼むわ」
そう言って笑った李典の胸には、もう不思議と不安はなかった。
→あとがき
貴重な書に埋もれ、心ゆくまで没頭し、気が済むまで議論を交わす。
彼女の博識さに舌を巻いては、時にこちらの意見をぶつけて反論され、また言い返す、その遣り取りの一つ一つが、単純に心から楽しかった。
ずっと誰かとこんな風に語り合いたかった、それを叶えてくれたのは他でもない、名無しさん自身だ。
非番の日が堪らなく待ち遠しくて、門を潜る度に、名無しさんが、
「李典様!」
と、きらきらした笑顔で出迎えてくれるのが嬉しかった。
逆に、帰る頃になると、
「もう帰っちゃうんですね・・・」
と、寂しそうに言う彼女に名残惜しさを覚えていた。
李典はそこまで考えて、唸りながら首を捻る。
名残惜しいって、これは人として名無しさんが好きだから、で間違ってないよな?
一緒に居ると楽しいから、名残惜しいんだよな?
「李典様?」
李典の唸り声に、名無しさんが不思議そうに目を瞬かせた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈・・・」
言いかける言葉を不意に止め、李典は一つ、瞬きをする。
俺の考えは間違ってない、間違ってない筈だ。
俺は名無しさんに会いに来てるんじゃなくて、書を読みに、それについて語り合うのが楽しくてここに来てる。
別に、書が読めるなら、誰かと語り合えるなら、名無しさんじゃなくても、ここじゃなくても良い筈だ。
そう結論を出そうとして、李典はそれを直ぐに否定した。
違う、名無しさんだからだ。
名無しさんだから、楽しいんだ。
早口で捲し立てるように熱心に話す所が、俺の話を楽しそうに聞いてくれる所が、子どもたちに向ける優しい声が好きだ。
「あっ・・・」
李典は気付いたように小さく声を上げた。
今、俺、名無しさんの事、好きだって思ったよな。
・・・いや、早まるなよ、俺。
名無しさんは多分、誰に対してもそんな顔を見せるぞ。
それを想像して、李典はちくりと胸の奥に痛みを覚える。
・・・何だ、今の。
李典は訳が分からないまま、目の前の名無しさんを見た。
長い睫毛に縁取られた大きな瞳が真剣に自分を見ている。
その眼差しに、今度は胸が高く跳ねた。
「えっ・・・」
何だ、これ。
突然、動悸がしてきたぞ。
心なしか、頬まで熱くなって来た気がする。
「あ、あれ・・・?」
「どうかされましたか?」
「いや、何か急に胸が苦しくなって来たような・・・」
と、胸の辺りを押さえる李典の様子に、名無しさんは悲鳴にも似た声を上げた。
「まあ!それは大変です!私の学問し放題生活に関わります!」
「って、そこかよ!?」
微塵も揺るがない彼女の考え方も、ここまで来ると笑うしかない。
しかし、そこが妙に可愛く思えた。
そうして改めて、李典は名無しさんの姿を見る。
決して絶世の美女と言う訳ではないのに、見慣れている筈なのに何故か目が離せなかった。
幼い頃から、一日の大半を屋内で過ごしているからであろう彼女の肌は透き通るように白く、化粧っ気がないにも関わらず、赤い唇が際立っていて、まるで熟れた果実のようだ。
着ている仕立ての良い服も、書を扱う度に埃に汚れるからか、或いは子どもと遊ぶ度に砂に塗れるからか、華やかさに乏しいが却って品を感じさせる。
折角の艶やかな髪は書を読むのに邪魔にならないように纏めて結い上げているだけで、挿した簪も機能性を重視した簡素なものではあるが、それで損なわれるものはない。
いや、普通に可愛いよな?
「えっ・・・好き」
つい、言葉がぽろりと溢れてしまい、李典は慌てて口元を手で覆ったが、既に遅い。
名無しさんが頬を紅潮させ、ずいっと李典に詰め寄った。
「好き?今、私の事、好きって仰って下さいました?」
「あ、いや・・・ま、待ってくれ!ちょっ、近いっ!」
その場から後退っても、名無しさんは期待に瞳を輝かせて更に距離を縮めて来る。
彼女の服に焚きしめた上品な香の香りが李典の鼻先を擽った。
「あっ、良い匂い・・・って、何匂い嗅いでんだ!嗅いじゃ駄目だろ、普通!落ち着け、俺!」
「え、駄目なんですか?別に良いですよ、匂い位。どうぞ」
「どうぞじゃないっ!そう言うの、良くないからな!絶対、他の男にはするなよ!?」
「はい、李典様だから良いんですよ?李典様には好ましい匂いなんですよね?私を妻に迎えて下さったら、嗅ぎ放題ですよ?」
「嗅ぎ・・・っ!名無しさん、頼む、ちょっと口閉じててくれ・・・」
でないと、俺の身が保たない。
顔を真っ赤にさせ、今にも泣きそうな顔でそう言われ、名無しさんは渋々、李典との距離を少しだけ空ける。
一言、妻にすると仰って頂ければ良いだけなのに。
中々、上手くいかないわ。
どうしたら良いのかしら。
「・・・李典様は、手を繋いだり、口付けしたりすると言う経験をなさりたいんですよね?」
今度は何を言い出すつもりだ、李典は無意識に体を強張らせた。
その様子に構わず、名無しさんは続けて言う。
「取り敢えず、私に口付けて下さい」
「ひっ・・・!」
小さく悲鳴を上げ、李典は喉の奥をひくつかせた。
どうしてこうなるんだ!?
本当なら嬉しい筈の事がちっとも嬉しくない。
「口付けってのは、好き合ってる二人がするもんだろ!」
「あら、李典様は先程、私を好きと言ったばかりではありませんか。私も李典様が好きですし、何か問題でもありますか?さあ、どうぞ。お好きなだけ、私に「口付けを与えて下さい」」
と、名無しさんが顔を上げ、目を閉じて見せる。
その口付けを強請って待つ彼女の姿勢に、李典の思考がぐらりと揺れる。
口付けの一つや二つ、した所で減るもんじゃないし、そもそも名無しさんがしてくれって言ってるんだ、しない方が勿体ないだろ。
もう自覚しちまったんだ、勢いでこのまま頂いたって・・・。
李典は名無しさんの細い肩に両手をそっと置いた。
名無しさんが一瞬、目を開けて視線を向けて来る。
再び目を閉じて待つ彼女に、李典は顔を近付けていった。
名無しさんの唇に狙いを定め、自分も目を閉じながら首を僅かに傾ける。
今にも唇が触れ合う、その寸前で、李典は息を吐いた。
「・・・っ、駄目だ」
そう言って名無しさんの肩を優しく押し戻し、体を離す。
目を開けた名無しさんが、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
「李典様?」
「悪い・・・でも、俺の勘がそう言ってるんだ。このまま続けたら後悔するぞ、ってな。・・・でも、別に名無しさんが嫌いって訳じゃないぜ?寧ろ、その逆って言うか・・・」
何て言ったら、彼女に伝わるだろうか。
名無しさんを人としてだけではなく、女性として好きだから。
名無しさんにもきちんと自分を男として好きになって欲しい。
ゆっくりと、噛んで含めるようにそう言った李典に、名無しさんはこくりと頷く。
「・・・分かりました」
「えっ、分かったのか?」
「いえ、どうすれば私が李典様を男性として好きになるのかは分かりませんが、李典様がそれを私に望んでおられるのは分かりました」
「あ、そう・・・」
李典は困ったように頬を掻いた。
伝わったような、全然伝わっていないような。
まあ、相手は名無しさんだし、仕方ないか。
一先ず、この場は凌げたようで、李典はやれやれと肩を落とす。
しかし、名無しさんは矢張り、揺るぎなかった。
彼女は姿勢を正すと、
「ですが、縁談の話は待ってはくれませんから」
「お、おう・・・?」
「取り敢えず、私を妻に迎えて頂いて、それから私が李典様を男性として好きになる、と言う手段に検討の余地はありますか?」
と、いっそ清々しい程に真面目な表情で言った。
それが堪らなく可笑しい。
「ははっ・・・凄ぇな、あんた」
「それは・・・褒め言葉として受け取っても良いのでしょうか?」
「ああ。うん、褒めてる褒めてる」
李典は胡座をかいた膝の上に肘を置いて手の平に顔を乗せ、目を細めた。
「本当、凄ぇよ。学問を続けたいって言うだけの理由で俺に一生を預けようってんだからな」
「可笑しいですか?」
「可笑しいだろ」
「・・・私には死活問題ですけれど」
名無しさんのその言葉に、李典の肩が小さく揺れる。
ああ、もう駄目だ、と李典は観念した。
学問に対する執念も、真っ直ぐさも、合理的過ぎる所も、全部ひっくるめて好きになってる。
「良いぜ、名無しさんがそう言うなら、前向きに検討してやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。・・・俺の話を笑わずに聞いてくれたしな」
あの、夢見がちな少女のような願いを真剣に受け止めてくれたんだ。
名無しさんを妻に迎えたからと言って、それが叶うかどうかは分からないが、少なくとも、悪い予感はしなかった。
李典は小さく息を吐いて、目の前の名無しさんを見る。
「・・・名無しさんに男として見てもらえるように精々頑張るよ、俺」
「はい。では、私も頑張ります」
「・・・何を?」
「李典様を男性として好きになる事を」
「・・・ああ、うん。頼むわ」
そう言って笑った李典の胸には、もう不思議と不安はなかった。
→あとがき