ささやかな贈り物
貴女のお名前
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名無しさんは今日も忙しなく駆け回っていた。
「ええと、これは諸葛亮様の所で、こっちは法正様・・・」
腕に抱えた書簡を持ち直して先を急ぎ、動いた拍子に落ちた髪を耳に掛ける。
そこに、揺れる飾りはない。
それなのに、つい癖で指先で触れようとして名無しさんは息を吐いた。
耳飾りがないだけ、ただそれだけなのに、気持ちが沈みそうになる。
あれ、お気に入りだっんだけどな。
細工が可愛くて、色も綺麗で。
ちょっと高かったから値切るのに必死で、お店の人が苦笑いしてたっけ。
無くして以来、この廊下を通る度に名無しさんはきょろきょろと視線を走らせてはいるものの、結局、見付けられないままだ。
今度の休みの日に街に新しいのを買いに行こうかな。
そんな事を考えながら、遣って来た扉を叩く。
「龐統様、諸葛亮様から書簡を預かってます」
「開いてるよ。入っといで」
彼女の声に龐統が筆を走らせていた書簡から顔を上げた。
龐統は書簡を受け取りながら、名無しさんをちらりと見る。
朝に整えた筈であろう髪が少しだけ乱れていた。
その向こう、小さな耳元を飾るものも見当たらない。
書簡を広げ、龐統は文字に目を落として言った。
「何だい、急ぎなのかい?」
「はい。そうみたいです」
「諸葛亮はいつもそう言うからねえ。あんまり真に受けるんじゃないよ」
その言い方が何だか可笑しくて、名無しさんはくすっと笑う。
「そうなんですか?」
「そりゃあ口が達者じゃなけりゃあ、軍師なんて務まらないからねぇ」
ざっと目を通し、思う程急ぎではないと判断して龐統は書簡を元通りに巻き直した。
ぽんと書簡を置いた机の上、思い出したように視線を走らせて言う。
「ああ、そうだ。名無しさん、ちょいと頼みがあるんだがねぇ」
「はい、何でしょうか」
「ちょいと手を出しとくれ」
龐統はそう言うと、素直に差し出された彼女の手の平に小さな包みをひょいと乗せた。
「何ですか?これ」
不思議そうに首を傾げる名無しさんに、龐統は肩を竦めて口を開く。
「何てものじゃないよ。この前、街で見かけてねぇ」
名無しさんは包みを開き、そこに現れた可愛らしい細工の耳飾りに目を瞬かせた。
「これ・・・私に、ですか?」
「ああ、違う違う。あっしの後始末さ」
龐統はそう言うと、困ったように溜め息を吐いてみせる。
「街に出た時に商人に買わされちまってねぇ・・・。全く、商売人ってのは怖いもんさ。気が付けば、そいつがあっしの懐の中に入ってんだからね」
そう言ってから、龐統はからからと笑った。
「ああ、皆には・・・特に諸葛亮には内緒にしといておくれ。軍師が口で負けたとなっちゃあ、何を言われるか分かったもんじゃないからねえ」
飄々した口調で言われ、名無しさんは手の中の耳飾りを見下ろす。
はっきりとは分からないけど、高いんじゃないかしら、と龐統を窺い見るが、顔の半分近くを覆われていては表情が分からない。
「でも・・・」
「あっしが着ける訳にもいかないからね。かと言って捨てちまうのも何だかねえ・・・。仕舞い込んでちゃあ、それこそ、折角の細工が勿体ないと思わないかい?」
「それは・・・そう思いますけど」
確かに、見事な細工だった。
形も色使いも繊細で、本当に可愛い。
同意を示す彼女に、龐統は続けて言う。
「そうだろう?何でも人気の細工師のものらしくてね。・・・名無しさんが気に入るかは分からないけど、まあ、あっしを助けると思って貰っとくれ」
そこまで言われては断れない。
名無しさんは耳飾りを手の平で大切そうに包み、彼に満面の笑顔を向けた。
「はい、ありがとうございます!」
その眩しさに、龐統は目を細める。
ああ、漸く晴れたねえ。
やっぱり、名無しさんはこうでなくちゃいけない。
自分の胸の内など見せず、龐統は否定するように彼女に手を振って見せた。
「いやいや、礼を言うのはあっしの方さ」
名無しさんには笑顔で元気に駆け回って貰ってないと困る。
それを口には出さなかったが、その翌日から見せた太陽のような彼女の姿に、龐統はぽつりと零した。
「あんな「ささやかな贈り物」で笑顔になるんなら、安いもんさ」
名無しさんの耳元で、小さな飾りが今日も揺れる。
→あとがき
「ええと、これは諸葛亮様の所で、こっちは法正様・・・」
腕に抱えた書簡を持ち直して先を急ぎ、動いた拍子に落ちた髪を耳に掛ける。
そこに、揺れる飾りはない。
それなのに、つい癖で指先で触れようとして名無しさんは息を吐いた。
耳飾りがないだけ、ただそれだけなのに、気持ちが沈みそうになる。
あれ、お気に入りだっんだけどな。
細工が可愛くて、色も綺麗で。
ちょっと高かったから値切るのに必死で、お店の人が苦笑いしてたっけ。
無くして以来、この廊下を通る度に名無しさんはきょろきょろと視線を走らせてはいるものの、結局、見付けられないままだ。
今度の休みの日に街に新しいのを買いに行こうかな。
そんな事を考えながら、遣って来た扉を叩く。
「龐統様、諸葛亮様から書簡を預かってます」
「開いてるよ。入っといで」
彼女の声に龐統が筆を走らせていた書簡から顔を上げた。
龐統は書簡を受け取りながら、名無しさんをちらりと見る。
朝に整えた筈であろう髪が少しだけ乱れていた。
その向こう、小さな耳元を飾るものも見当たらない。
書簡を広げ、龐統は文字に目を落として言った。
「何だい、急ぎなのかい?」
「はい。そうみたいです」
「諸葛亮はいつもそう言うからねえ。あんまり真に受けるんじゃないよ」
その言い方が何だか可笑しくて、名無しさんはくすっと笑う。
「そうなんですか?」
「そりゃあ口が達者じゃなけりゃあ、軍師なんて務まらないからねぇ」
ざっと目を通し、思う程急ぎではないと判断して龐統は書簡を元通りに巻き直した。
ぽんと書簡を置いた机の上、思い出したように視線を走らせて言う。
「ああ、そうだ。名無しさん、ちょいと頼みがあるんだがねぇ」
「はい、何でしょうか」
「ちょいと手を出しとくれ」
龐統はそう言うと、素直に差し出された彼女の手の平に小さな包みをひょいと乗せた。
「何ですか?これ」
不思議そうに首を傾げる名無しさんに、龐統は肩を竦めて口を開く。
「何てものじゃないよ。この前、街で見かけてねぇ」
名無しさんは包みを開き、そこに現れた可愛らしい細工の耳飾りに目を瞬かせた。
「これ・・・私に、ですか?」
「ああ、違う違う。あっしの後始末さ」
龐統はそう言うと、困ったように溜め息を吐いてみせる。
「街に出た時に商人に買わされちまってねぇ・・・。全く、商売人ってのは怖いもんさ。気が付けば、そいつがあっしの懐の中に入ってんだからね」
そう言ってから、龐統はからからと笑った。
「ああ、皆には・・・特に諸葛亮には内緒にしといておくれ。軍師が口で負けたとなっちゃあ、何を言われるか分かったもんじゃないからねえ」
飄々した口調で言われ、名無しさんは手の中の耳飾りを見下ろす。
はっきりとは分からないけど、高いんじゃないかしら、と龐統を窺い見るが、顔の半分近くを覆われていては表情が分からない。
「でも・・・」
「あっしが着ける訳にもいかないからね。かと言って捨てちまうのも何だかねえ・・・。仕舞い込んでちゃあ、それこそ、折角の細工が勿体ないと思わないかい?」
「それは・・・そう思いますけど」
確かに、見事な細工だった。
形も色使いも繊細で、本当に可愛い。
同意を示す彼女に、龐統は続けて言う。
「そうだろう?何でも人気の細工師のものらしくてね。・・・名無しさんが気に入るかは分からないけど、まあ、あっしを助けると思って貰っとくれ」
そこまで言われては断れない。
名無しさんは耳飾りを手の平で大切そうに包み、彼に満面の笑顔を向けた。
「はい、ありがとうございます!」
その眩しさに、龐統は目を細める。
ああ、漸く晴れたねえ。
やっぱり、名無しさんはこうでなくちゃいけない。
自分の胸の内など見せず、龐統は否定するように彼女に手を振って見せた。
「いやいや、礼を言うのはあっしの方さ」
名無しさんには笑顔で元気に駆け回って貰ってないと困る。
それを口には出さなかったが、その翌日から見せた太陽のような彼女の姿に、龐統はぽつりと零した。
「あんな「ささやかな贈り物」で笑顔になるんなら、安いもんさ」
名無しさんの耳元で、小さな飾りが今日も揺れる。
→あとがき