ささやかな贈り物
貴女のお名前
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曇り空の耳飾り。
彼女が駆け回る度に耳元の飾りが揺れて小さな音を立てる。
「名無しさんは朝っぱらから元気だねえ」
廊下で擦れ違い様に龐統に声を掛けられ、名無しさんはその足を止めた。
「はい!今日も元気一杯です」
短い挨拶の後、彼女が満面に浮かべる笑顔は太陽のように眩しく、龐統は目を細める。
「ああ、良いねえ。名無しさんを見てると、あっしまで元気になるよ」
「元気だけが取り柄ですから」
「それだって立派な取り柄さ。それより、足を止めさせて悪かったねえ」
どこかへ行く途中だったんだろうと、問い掛ける龐統に、名無しさんは思い出したように小さな声を上げて丸く開いた口に手を当てた。
「いけない、諸葛亮様に呼ばれていたんです。ごめんなさい、龐統様。失礼します」
そう言うなり、ぺこりと頭を大袈裟に下げて駆け出し、去って行く彼女の姿を龐統は苦笑いと共に見送る。
元気なのは結構だが、あんな風に駆け回って転んだりしないものかと、心配するのは余計なお世話だろうか。
しかし、その溌剌さは、確かに名無しさんの良い所で、好ましいものだ。
そうと思えば、彼女が曇り空のような表情を浮かべていた事を見た事がない。
その数時間後の事である、再び名無しさんを同じ廊下で見掛けた龐統は、何やら下を向いて辺りを見回している彼女を不思議に思って声を掛けた。
「おや、名無しさん。どうしたんだい?」
「あ・・・龐統様」
と、龐統の声に顔を上げる名無しさんは、困ったように眉根を寄せている。
「あの、耳飾りをお見掛けしていませんか?」
「耳飾りかい?」
確認するように訊ねられ、名無しさんは頷いて言った。
「何処かで落としてしまったみたいで・・・」
言われて視線を移すと、彼女の耳元で揺れる飾りの一方が空いている事に気付く。
「いや、済まないねえ。生憎と見掛けてないよ」
「そうですか・・・」
しょんぼりと長い睫毛を伏せる名無しさんに釣られて、龐統は眉尻を下げた。
「どれ、あっしも一緒に探そうか」
よっこいしょと腰を屈める龐統に、名無しさんは慌てた様子を見せる。
「いえ、そんなに大したものじゃないので・・・」
「なぁに、困った時はお互い様さ」
龐統はからからと笑い声を上げて、尚も遠慮する彼女に構わず、辺りを探し始めた。
「ここら辺で落としたのかい?」
「多分、そうだと思います。諸葛亮様のお部屋に着いた時に、なくなっている事に気付いて・・・」
そう答えながら、名無しさんも再び耳飾りを探して腰を屈めた。
「勝手にどっかに行っちまうなんて、持ち主に似て元気な耳飾りだねえ」
「もう、龐統様ったら!」
その軽口に、下がっていた名無しさんの唇の端に小さな笑みが浮かび、龐統は安堵する。
胸に憂いを抱え、その明るさに雲が掛かるのならば追い払ってやりたい。
二人して廊下に半ば這いつくばるようにして探してみるが、虚しく時間が過ぎて行く。
これ以上は龐統様に迷惑は掛けられない、名無しさんはもう止めましょうと言って腰を上げた。
「良いのかい?」
「これだけ探しても見付からないんですもの、諦めます」
口ではそうは言っていても、本当は諦め切れないのだろうと、裾を小さな手でぎゅっと握った仕草から察せられる。
「そうは言ってもねぇ・・・心当たりを探し切った訳じゃないんだろう?」
「良いんです。無くても困るものでもないですから」
そう言われては、それ以上は何も言えず、龐統は無言で頷いた。
確かに、名無しさんは諦めたのだろう。
次の日も、その次の日も、変わらないように仕事に駆け回っている。
それでも、どことなく元気が少ないように見えるのは龐統の気の所為か。
価格と価値は、場合に因っては必ずしも等しいものではない。
名無しさんにとっては、大切なものだったのではないかと、龐統はあの廊下を通る度に視線を走らせていたが、終ぞ耳飾りを見付ける事はできなかった。
からりと晴れた空を見上げた龐統は眩し気に目を細めた。
部屋に籠って書物を広げながら酒を呷る時間を好んでいても、役目があれば街に出向かざるを得ない。
早々に仕事を終わらせた龐統は、疲れたように首を鳴らす。
やれやれ、早く帰るとしようか、と息を吐いた時だった。
その視界の隅で、きらりと輝くものを捉える。
「何だい、自棄に光るねぇ」
何となく興味を引かれて、人の波間をひょいひょいと躱しながら龐統はそちらへと足を向けて行った。
往来の多い通り、その道の端に並ぶのは筵を並べただけの簡素な露店だ。
そこに龐統は眩しさの正体、陽の光を受けて輝く耳飾りを見る。
同時に、名無しさんの顔が脳裏を過った。
彼女の耳元で軽やかに跳ねる耳飾り、その度に立てる小さな音、そして何処かに行ってしまった片方と、ぎゅっと握られた小さな手。
耳飾りを見て真っ先に彼女の顔が浮かんで来るとは、存外、気に掛けていたようだ。
元気の塊のような名無しさんがしょげているのを思い出すだけで、胸の奥にちくりとした痛みを覚える。
そんな自分に、龐統は頬を掻きながら苦笑を溢す。
「全く・・・あっしの柄じゃないねぇ」
筵の上に並ぶ耳飾りを覗き込み、龐統はその内の一つを指先で摘み上げた。
無くしたと言っていたものに似ている気がしないでもないが、見分けなど付かないのが正直な所だ。
陽の光に当て、細部までをためつすがめつ見る龐統の耳に、店員の声が届く。
「その細工職人のは若い娘さんに人気だよ。それが最後の一つさ」
「そうかい」
「次はいつ入るか分からないよ」
その言葉に、龐統はくつりと喉の奥で笑った。
軍師の武器が頭なら、商人の武器は口だろう。
中々、商売上手なこった。
龐統は指先で揺れる耳飾りを見る。
似ているとは言い切れない。
似合うとも言い切れない。
それでも、
「・・・まあ、いつまでも曇り空ってのもねえ」
と、呟いて龐統は懐を弄った。
彼女が駆け回る度に耳元の飾りが揺れて小さな音を立てる。
「名無しさんは朝っぱらから元気だねえ」
廊下で擦れ違い様に龐統に声を掛けられ、名無しさんはその足を止めた。
「はい!今日も元気一杯です」
短い挨拶の後、彼女が満面に浮かべる笑顔は太陽のように眩しく、龐統は目を細める。
「ああ、良いねえ。名無しさんを見てると、あっしまで元気になるよ」
「元気だけが取り柄ですから」
「それだって立派な取り柄さ。それより、足を止めさせて悪かったねえ」
どこかへ行く途中だったんだろうと、問い掛ける龐統に、名無しさんは思い出したように小さな声を上げて丸く開いた口に手を当てた。
「いけない、諸葛亮様に呼ばれていたんです。ごめんなさい、龐統様。失礼します」
そう言うなり、ぺこりと頭を大袈裟に下げて駆け出し、去って行く彼女の姿を龐統は苦笑いと共に見送る。
元気なのは結構だが、あんな風に駆け回って転んだりしないものかと、心配するのは余計なお世話だろうか。
しかし、その溌剌さは、確かに名無しさんの良い所で、好ましいものだ。
そうと思えば、彼女が曇り空のような表情を浮かべていた事を見た事がない。
その数時間後の事である、再び名無しさんを同じ廊下で見掛けた龐統は、何やら下を向いて辺りを見回している彼女を不思議に思って声を掛けた。
「おや、名無しさん。どうしたんだい?」
「あ・・・龐統様」
と、龐統の声に顔を上げる名無しさんは、困ったように眉根を寄せている。
「あの、耳飾りをお見掛けしていませんか?」
「耳飾りかい?」
確認するように訊ねられ、名無しさんは頷いて言った。
「何処かで落としてしまったみたいで・・・」
言われて視線を移すと、彼女の耳元で揺れる飾りの一方が空いている事に気付く。
「いや、済まないねえ。生憎と見掛けてないよ」
「そうですか・・・」
しょんぼりと長い睫毛を伏せる名無しさんに釣られて、龐統は眉尻を下げた。
「どれ、あっしも一緒に探そうか」
よっこいしょと腰を屈める龐統に、名無しさんは慌てた様子を見せる。
「いえ、そんなに大したものじゃないので・・・」
「なぁに、困った時はお互い様さ」
龐統はからからと笑い声を上げて、尚も遠慮する彼女に構わず、辺りを探し始めた。
「ここら辺で落としたのかい?」
「多分、そうだと思います。諸葛亮様のお部屋に着いた時に、なくなっている事に気付いて・・・」
そう答えながら、名無しさんも再び耳飾りを探して腰を屈めた。
「勝手にどっかに行っちまうなんて、持ち主に似て元気な耳飾りだねえ」
「もう、龐統様ったら!」
その軽口に、下がっていた名無しさんの唇の端に小さな笑みが浮かび、龐統は安堵する。
胸に憂いを抱え、その明るさに雲が掛かるのならば追い払ってやりたい。
二人して廊下に半ば這いつくばるようにして探してみるが、虚しく時間が過ぎて行く。
これ以上は龐統様に迷惑は掛けられない、名無しさんはもう止めましょうと言って腰を上げた。
「良いのかい?」
「これだけ探しても見付からないんですもの、諦めます」
口ではそうは言っていても、本当は諦め切れないのだろうと、裾を小さな手でぎゅっと握った仕草から察せられる。
「そうは言ってもねぇ・・・心当たりを探し切った訳じゃないんだろう?」
「良いんです。無くても困るものでもないですから」
そう言われては、それ以上は何も言えず、龐統は無言で頷いた。
確かに、名無しさんは諦めたのだろう。
次の日も、その次の日も、変わらないように仕事に駆け回っている。
それでも、どことなく元気が少ないように見えるのは龐統の気の所為か。
価格と価値は、場合に因っては必ずしも等しいものではない。
名無しさんにとっては、大切なものだったのではないかと、龐統はあの廊下を通る度に視線を走らせていたが、終ぞ耳飾りを見付ける事はできなかった。
からりと晴れた空を見上げた龐統は眩し気に目を細めた。
部屋に籠って書物を広げながら酒を呷る時間を好んでいても、役目があれば街に出向かざるを得ない。
早々に仕事を終わらせた龐統は、疲れたように首を鳴らす。
やれやれ、早く帰るとしようか、と息を吐いた時だった。
その視界の隅で、きらりと輝くものを捉える。
「何だい、自棄に光るねぇ」
何となく興味を引かれて、人の波間をひょいひょいと躱しながら龐統はそちらへと足を向けて行った。
往来の多い通り、その道の端に並ぶのは筵を並べただけの簡素な露店だ。
そこに龐統は眩しさの正体、陽の光を受けて輝く耳飾りを見る。
同時に、名無しさんの顔が脳裏を過った。
彼女の耳元で軽やかに跳ねる耳飾り、その度に立てる小さな音、そして何処かに行ってしまった片方と、ぎゅっと握られた小さな手。
耳飾りを見て真っ先に彼女の顔が浮かんで来るとは、存外、気に掛けていたようだ。
元気の塊のような名無しさんがしょげているのを思い出すだけで、胸の奥にちくりとした痛みを覚える。
そんな自分に、龐統は頬を掻きながら苦笑を溢す。
「全く・・・あっしの柄じゃないねぇ」
筵の上に並ぶ耳飾りを覗き込み、龐統はその内の一つを指先で摘み上げた。
無くしたと言っていたものに似ている気がしないでもないが、見分けなど付かないのが正直な所だ。
陽の光に当て、細部までをためつすがめつ見る龐統の耳に、店員の声が届く。
「その細工職人のは若い娘さんに人気だよ。それが最後の一つさ」
「そうかい」
「次はいつ入るか分からないよ」
その言葉に、龐統はくつりと喉の奥で笑った。
軍師の武器が頭なら、商人の武器は口だろう。
中々、商売上手なこった。
龐統は指先で揺れる耳飾りを見る。
似ているとは言い切れない。
似合うとも言い切れない。
それでも、
「・・・まあ、いつまでも曇り空ってのもねえ」
と、呟いて龐統は懐を弄った。