会う約束
貴女のお名前
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名無しさんは夏侯覇に促され、先ずは夏侯惇の前に進み出た。
姿勢を正してから礼を執る。
「名無しさんと申します」
夏侯惇は短く頷いた。
淵の客、しかも女と聞いていたが、中々どうして肝が座っている。
大抵の女、それもこの年頃なら自分の容姿に怯えの一つも見せようものを、この俺を前にして振る舞いに乱れがないとは、大したものだ。
名無しさんは夏侯惇の肩が緩むのを見届けてから、もう一度礼を執り、夏侯淵の席に向かった。
「先程はありがとうございます」
「いやいやいや。済まなかったな、途中で放り出してよ。息子はちゃんと案内出来てたか?」
「はい。とても気に掛けて頂けました」
その言葉に、夏侯覇の頬が染まる。
「いや、父さんの客なんだから当たり前だろ」
と、何やら口の中でぼそぼそと言っているが、その照れた顔では説得力がなかった。
続けて、名無しさんは曹仁の前に出る。
「名無しさんと申します。鉄壁の守りを誇る曹仁様にお目に掛かれて嬉しく存じます」
「ほう、そなた。自分を知っているのか」
戦ごとなど、女子供には縁遠いものだ、曹仁は驚いたように目を丸くした。
「はい。かねてより弓の名手であられる夏侯淵様のお噂を伺っておりましたれば、ご厚意でご指導も賜っております。同様に曹仁様は曹操様の不動の盾と聞き及んでおりました」
「そうであったか」
曹仁は感心したように頷く。
些か、お転婆なようにも思えるが、礼儀正しい娘だ。
「ゆるりと過ごされよ」
「ありがとうございます」
名無しさんは曹仁に一礼すると、最後に曹休の元へ向かった。
「ご挨拶が遅くなりました。名無しさんと申します」
「ああ、宜しくな」
曹休は人好きのする笑顔で応える。
名無しさんも釣られたように微笑んだ。
「千里の駒と呼ばれる方は、どのようなお方なのだろうと気になっておりました。私、馬に乗った事がないので分かりませんが、曹休様、本当に一日で千里を駆けられるものでしょうか?」
「はは、流石にどんな名馬でもそこまでは走れないな」
曹休がにっこりと笑う。
「名無しさんは素直なのだな」
「まあ・・・私ったら。お恥ずかしい」
そう言って、染まった頬に両手を添える彼女のその仕草に、夏侯覇の内心は穏やかではなかった。
何故、なんて理由は分からない。
当てはまる言葉も出て来ない。
何となく、本当に何となくと言う言葉がぴったりだ。
その難しい事を考えているような息子の表情に、夏侯淵は肩を竦める。
未だ未だ青いな。
名無しさんが席に着き、夏侯覇が最後に腰を下ろしてから、改めて曹操の一言で宴が再開される。
曹休が、先程名無しさんが馬に乗った事がないと言った事を話題にして、彼女に話しかけた。
「名無しさんは馬は好きだろうか」
「はい。家にも居りますので。時々、お願いして触らせて貰ってます。目が可愛くて・・・本当は皆様みたいに乗りたいとも思ってます」
「そうか!」
曹休は嬉しそうな笑顔を浮かべ、続けて言う。
「それなら今度、一緒にどうだろうか。いきなり一人では乗れないだろうから、俺の後ろにでも乗ってみないか?」
「わあ!楽しそうです」
それを間で聞いていた夏侯覇の、杯を持つ手がぴくりと動いた。
いやいやいや、曹休殿、幾らなんでも急過ぎだろ。
別に後ろに乗せなくても、暴れないように馬を抑えてりゃ良いだけの話だし、そこまでして一緒に乗る必要なんてないだろ。
って言うか、楽しそうって何だよ名無しさん。
俺、馬が好きなんて初めて聞いたぞ。
そんなに嬉しそうな顔しなくったって、俺に言ってくれてたら、幾らでも後ろに乗せてやったのに。
「そうなんですか?」
と、聞こえた彼女の声に、夏侯覇ははっと顔を上げた。
視線を移せば、名無しさんが細い首を傾げているのが目に映る。
「・・・俺、また何か言ったか?」
恐る恐る尋ねる夏侯覇に、名無しさんではなく、曹休が答えて言った。
「ああ、幾らでも後ろに乗せてやったのにと言っていたな」
一言一句、間違えずに言われ、夏侯覇は火が出そうになる程、顔を熱くさせる。
「いや、あれは何て言うか、その・・・」
「それなら、三人で行かないか?」
曹休はさらりと言うと、我ながら妙案だと続けた。
「名無しさんも夏侯覇殿の後ろの方が安心するだろう?」
「えっ・・・」
曹休に尋ねられ、今度は名無しさんが頬を染める。
夏侯覇様の・・・後ろ?
そんなの、きっととても緊張してしまうわ。
でも、曹休様より夏侯覇様の方が・・・。
名無しさんは膝の上に置いた指先を弄りながら、夏侯覇を窺うように見た。
「夏侯覇様が宜しければ・・・」
「俺も、別に・・・嫌じゃないけど」
「よし!決まりだな」
一人、曹休だけが楽しそうだった。
その三人の遣り取りに、こっそり耳を傾けていた夏侯淵は静かに杯を傾ける。
あー、酒が美味ぇな。
姿勢を正してから礼を執る。
「名無しさんと申します」
夏侯惇は短く頷いた。
淵の客、しかも女と聞いていたが、中々どうして肝が座っている。
大抵の女、それもこの年頃なら自分の容姿に怯えの一つも見せようものを、この俺を前にして振る舞いに乱れがないとは、大したものだ。
名無しさんは夏侯惇の肩が緩むのを見届けてから、もう一度礼を執り、夏侯淵の席に向かった。
「先程はありがとうございます」
「いやいやいや。済まなかったな、途中で放り出してよ。息子はちゃんと案内出来てたか?」
「はい。とても気に掛けて頂けました」
その言葉に、夏侯覇の頬が染まる。
「いや、父さんの客なんだから当たり前だろ」
と、何やら口の中でぼそぼそと言っているが、その照れた顔では説得力がなかった。
続けて、名無しさんは曹仁の前に出る。
「名無しさんと申します。鉄壁の守りを誇る曹仁様にお目に掛かれて嬉しく存じます」
「ほう、そなた。自分を知っているのか」
戦ごとなど、女子供には縁遠いものだ、曹仁は驚いたように目を丸くした。
「はい。かねてより弓の名手であられる夏侯淵様のお噂を伺っておりましたれば、ご厚意でご指導も賜っております。同様に曹仁様は曹操様の不動の盾と聞き及んでおりました」
「そうであったか」
曹仁は感心したように頷く。
些か、お転婆なようにも思えるが、礼儀正しい娘だ。
「ゆるりと過ごされよ」
「ありがとうございます」
名無しさんは曹仁に一礼すると、最後に曹休の元へ向かった。
「ご挨拶が遅くなりました。名無しさんと申します」
「ああ、宜しくな」
曹休は人好きのする笑顔で応える。
名無しさんも釣られたように微笑んだ。
「千里の駒と呼ばれる方は、どのようなお方なのだろうと気になっておりました。私、馬に乗った事がないので分かりませんが、曹休様、本当に一日で千里を駆けられるものでしょうか?」
「はは、流石にどんな名馬でもそこまでは走れないな」
曹休がにっこりと笑う。
「名無しさんは素直なのだな」
「まあ・・・私ったら。お恥ずかしい」
そう言って、染まった頬に両手を添える彼女のその仕草に、夏侯覇の内心は穏やかではなかった。
何故、なんて理由は分からない。
当てはまる言葉も出て来ない。
何となく、本当に何となくと言う言葉がぴったりだ。
その難しい事を考えているような息子の表情に、夏侯淵は肩を竦める。
未だ未だ青いな。
名無しさんが席に着き、夏侯覇が最後に腰を下ろしてから、改めて曹操の一言で宴が再開される。
曹休が、先程名無しさんが馬に乗った事がないと言った事を話題にして、彼女に話しかけた。
「名無しさんは馬は好きだろうか」
「はい。家にも居りますので。時々、お願いして触らせて貰ってます。目が可愛くて・・・本当は皆様みたいに乗りたいとも思ってます」
「そうか!」
曹休は嬉しそうな笑顔を浮かべ、続けて言う。
「それなら今度、一緒にどうだろうか。いきなり一人では乗れないだろうから、俺の後ろにでも乗ってみないか?」
「わあ!楽しそうです」
それを間で聞いていた夏侯覇の、杯を持つ手がぴくりと動いた。
いやいやいや、曹休殿、幾らなんでも急過ぎだろ。
別に後ろに乗せなくても、暴れないように馬を抑えてりゃ良いだけの話だし、そこまでして一緒に乗る必要なんてないだろ。
って言うか、楽しそうって何だよ名無しさん。
俺、馬が好きなんて初めて聞いたぞ。
そんなに嬉しそうな顔しなくったって、俺に言ってくれてたら、幾らでも後ろに乗せてやったのに。
「そうなんですか?」
と、聞こえた彼女の声に、夏侯覇ははっと顔を上げた。
視線を移せば、名無しさんが細い首を傾げているのが目に映る。
「・・・俺、また何か言ったか?」
恐る恐る尋ねる夏侯覇に、名無しさんではなく、曹休が答えて言った。
「ああ、幾らでも後ろに乗せてやったのにと言っていたな」
一言一句、間違えずに言われ、夏侯覇は火が出そうになる程、顔を熱くさせる。
「いや、あれは何て言うか、その・・・」
「それなら、三人で行かないか?」
曹休はさらりと言うと、我ながら妙案だと続けた。
「名無しさんも夏侯覇殿の後ろの方が安心するだろう?」
「えっ・・・」
曹休に尋ねられ、今度は名無しさんが頬を染める。
夏侯覇様の・・・後ろ?
そんなの、きっととても緊張してしまうわ。
でも、曹休様より夏侯覇様の方が・・・。
名無しさんは膝の上に置いた指先を弄りながら、夏侯覇を窺うように見た。
「夏侯覇様が宜しければ・・・」
「俺も、別に・・・嫌じゃないけど」
「よし!決まりだな」
一人、曹休だけが楽しそうだった。
その三人の遣り取りに、こっそり耳を傾けていた夏侯淵は静かに杯を傾ける。
あー、酒が美味ぇな。