夕べのそよ風
貴女のお名前
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花嵐が去った後で、二人は顔を見合わせて笑い合う。
「楽しかったですね」
「ああ。・・・だが、何処かで休憩しよう」
そうは言っても両手一杯に花を抱えたままでは、店に迷惑が掛かるだろう。
近くの川へ向かい、土に汚れる事も厭わずに並んで腰を下ろした。
腕の中と同じ花が咲いている。
「あの子どもたちは、ここで毎朝摘んでいるのだろうな」
「ええ。今度混ぜてもらいましょうか」
「それは良いな。早起きは得意だ!」
彼女の提案に、曹休が楽しそうに言った。
想像以上の食い付きに、名無しさんは甘えるように言う。
「その時は迎えに来て下さいね?」
「勿論だ!その時は俺が一番綺麗な花を名無しさんに贈ろう!」
未だ何も決まっていないにも関わらず、意気込む曹休を名無しさんはくすくすと笑った。
「差し当たってはこの花だが・・・」
曹休は腕の中の花を見下ろす。
名無しさんも自分の腕の中を見て、そこから数本を抜き取ると、丁寧に編み始めた。
「何を作るんだ?」
「花冠です」
「花冠か・・・」
呟くように言って、曹休も腕の中から数本を選ぶ。
「文烈様も花冠をお作りになった事が?」
「いや、ないが。名無しさんが楽しそうだからな。真似したくなった。早速だが、どうやるんだ?」
知らないのに、このやる気。
名無しさんは内心、可笑しく思いながら、彼に身を寄せた。
「最初はここをこうして・・・こちらをこうやって」
「えっ、今何したんだ?」
「ここの茎をこちらに」
「ああ、そうか。よし、これを続けるんだな」
真剣な表情で花冠を編む曹休の横顔に、名無しさんの頬が自然と緩む。
高が花冠、そんなものに一生懸命に取り組む彼の姿が好ましい。
「見てくれ、名無しさん。ここまでできたぞ」
と、合間合間に得意気に見せて来る所も、
「名無しさん、俺は何処で間違えたのだ・・・」
と、悲壮な表情を浮かべる所も、曹休の全てが名無しさんに好ましかった。
名無しさんは手元の傍ら、優しく丁寧に曹休を導く。
「・・・できたぞ!」
苦戦しながらも、出来上がった花冠に曹休は満足そうに両手で名無しさんの目の前に掲げた。
「どうだろうか。初めてにしては中々上手くできたと自分では思うのだが」
お世辞にも上手いとは言えない出来映え、子どもの方が未だ上手に作るだろう。
しかし、そこは問題ではないのだ。
「ええ、とてもお上手です」
名無しさんがそう言うと、曹休は表情が輝かせた。
「ならば、名無しさんに贈ろう」
「え・・・?」
言うが早いか、曹休の手が名無しさんの頭に伸びる。
ぽすんと軽い音がして、花冠が乗せられた。
「ぶ、文烈様・・・?」
「俺が初めて作ったものだ。名無しさんへの贈物はいつも何処かで買い求めていたからな・・・何だか、照れ臭いが嬉しいものだな」
にこにこと笑う彼の真っ直ぐな言葉に、名無しさんは頬を染める。
これまで数々の品物を彼から受け取って来た。
何処かの姫君が愛用していた香炉、絶世の美女が毎日髪を梳いていた櫛、希少な石を使った耳飾り。
出所もはっきりしなければ、真偽も定かではないものを、曹休が思って用意してくれた、ただそれだけが嬉しくて受け取って来た。
けれど、これは・・・どうしましょう。
名無しさんはそろそろと頭に手を伸ばす。
指先に触れた柔らかい花の感触に、胸が震えた。
「文烈様・・・」
と、呼んだきり、名無しさんが黙り込む。
その様子に曹休はおろおろと言った。
「す、済まない!迷惑だったか!?」
「いいえ・・・いいえ、今までで一番、嬉しいです」
そう言った名無しさんに、曹休は安堵したように息を吐き、嬉しそうに微笑んだ。
「そうか、良かった」
名無しさんも微笑み返し、曹休よりも先に出来上がっていた花冠を彼に差し出す。
「私のも、受け取って下さいますか?」
「ああ、勿論だ!」
名無しさんは彼の頭に花冠をそっと乗せた。
夕暮れに沈む街には、煮炊きの匂いが漂っていた。
花売りの子どもたちの姿は既になく、早い所では商いを終い始めている店もあった。
それでも、そこここに人の営みを肌に感じる。
同時に、視線も感じていた。
擦れ違う人々は、並んで歩く曹休と名無しさんに一瞬、視線を走らせるが、納得したように直ぐに逸らす。
不快を覚える程でもなかったが、曹休はつい、溢すように言った。
「・・・分かってはいたが、落ち着かないな」
「ふふっ、そうですわね」
二人とも頭に花冠を乗せているのだ、視線を集めない筈がない。
買い求めた花の残りは、今は曹休の片腕に纏めて収まっていた。
その空いている一方の手で名無しさんの小さな手を包んでいる。
隣にある彼女の温もりを確かめるように、曹休は指先に僅かに力を籠めた。
名無しさんはその横顔を見上げ、そっと視線を落とす。
胸元に残る花の香り、髪に留まった花冠の重み、そのどれもが今日という一日を静かに思い出させた。
ふわりと、「夕べのそよ風」が頬を撫で、名無しさんの髪を揺らす。
曹休が編んだ花冠が小さな音を立てた。
→あとがき
「楽しかったですね」
「ああ。・・・だが、何処かで休憩しよう」
そうは言っても両手一杯に花を抱えたままでは、店に迷惑が掛かるだろう。
近くの川へ向かい、土に汚れる事も厭わずに並んで腰を下ろした。
腕の中と同じ花が咲いている。
「あの子どもたちは、ここで毎朝摘んでいるのだろうな」
「ええ。今度混ぜてもらいましょうか」
「それは良いな。早起きは得意だ!」
彼女の提案に、曹休が楽しそうに言った。
想像以上の食い付きに、名無しさんは甘えるように言う。
「その時は迎えに来て下さいね?」
「勿論だ!その時は俺が一番綺麗な花を名無しさんに贈ろう!」
未だ何も決まっていないにも関わらず、意気込む曹休を名無しさんはくすくすと笑った。
「差し当たってはこの花だが・・・」
曹休は腕の中の花を見下ろす。
名無しさんも自分の腕の中を見て、そこから数本を抜き取ると、丁寧に編み始めた。
「何を作るんだ?」
「花冠です」
「花冠か・・・」
呟くように言って、曹休も腕の中から数本を選ぶ。
「文烈様も花冠をお作りになった事が?」
「いや、ないが。名無しさんが楽しそうだからな。真似したくなった。早速だが、どうやるんだ?」
知らないのに、このやる気。
名無しさんは内心、可笑しく思いながら、彼に身を寄せた。
「最初はここをこうして・・・こちらをこうやって」
「えっ、今何したんだ?」
「ここの茎をこちらに」
「ああ、そうか。よし、これを続けるんだな」
真剣な表情で花冠を編む曹休の横顔に、名無しさんの頬が自然と緩む。
高が花冠、そんなものに一生懸命に取り組む彼の姿が好ましい。
「見てくれ、名無しさん。ここまでできたぞ」
と、合間合間に得意気に見せて来る所も、
「名無しさん、俺は何処で間違えたのだ・・・」
と、悲壮な表情を浮かべる所も、曹休の全てが名無しさんに好ましかった。
名無しさんは手元の傍ら、優しく丁寧に曹休を導く。
「・・・できたぞ!」
苦戦しながらも、出来上がった花冠に曹休は満足そうに両手で名無しさんの目の前に掲げた。
「どうだろうか。初めてにしては中々上手くできたと自分では思うのだが」
お世辞にも上手いとは言えない出来映え、子どもの方が未だ上手に作るだろう。
しかし、そこは問題ではないのだ。
「ええ、とてもお上手です」
名無しさんがそう言うと、曹休は表情が輝かせた。
「ならば、名無しさんに贈ろう」
「え・・・?」
言うが早いか、曹休の手が名無しさんの頭に伸びる。
ぽすんと軽い音がして、花冠が乗せられた。
「ぶ、文烈様・・・?」
「俺が初めて作ったものだ。名無しさんへの贈物はいつも何処かで買い求めていたからな・・・何だか、照れ臭いが嬉しいものだな」
にこにこと笑う彼の真っ直ぐな言葉に、名無しさんは頬を染める。
これまで数々の品物を彼から受け取って来た。
何処かの姫君が愛用していた香炉、絶世の美女が毎日髪を梳いていた櫛、希少な石を使った耳飾り。
出所もはっきりしなければ、真偽も定かではないものを、曹休が思って用意してくれた、ただそれだけが嬉しくて受け取って来た。
けれど、これは・・・どうしましょう。
名無しさんはそろそろと頭に手を伸ばす。
指先に触れた柔らかい花の感触に、胸が震えた。
「文烈様・・・」
と、呼んだきり、名無しさんが黙り込む。
その様子に曹休はおろおろと言った。
「す、済まない!迷惑だったか!?」
「いいえ・・・いいえ、今までで一番、嬉しいです」
そう言った名無しさんに、曹休は安堵したように息を吐き、嬉しそうに微笑んだ。
「そうか、良かった」
名無しさんも微笑み返し、曹休よりも先に出来上がっていた花冠を彼に差し出す。
「私のも、受け取って下さいますか?」
「ああ、勿論だ!」
名無しさんは彼の頭に花冠をそっと乗せた。
夕暮れに沈む街には、煮炊きの匂いが漂っていた。
花売りの子どもたちの姿は既になく、早い所では商いを終い始めている店もあった。
それでも、そこここに人の営みを肌に感じる。
同時に、視線も感じていた。
擦れ違う人々は、並んで歩く曹休と名無しさんに一瞬、視線を走らせるが、納得したように直ぐに逸らす。
不快を覚える程でもなかったが、曹休はつい、溢すように言った。
「・・・分かってはいたが、落ち着かないな」
「ふふっ、そうですわね」
二人とも頭に花冠を乗せているのだ、視線を集めない筈がない。
買い求めた花の残りは、今は曹休の片腕に纏めて収まっていた。
その空いている一方の手で名無しさんの小さな手を包んでいる。
隣にある彼女の温もりを確かめるように、曹休は指先に僅かに力を籠めた。
名無しさんはその横顔を見上げ、そっと視線を落とす。
胸元に残る花の香り、髪に留まった花冠の重み、そのどれもが今日という一日を静かに思い出させた。
ふわりと、「夕べのそよ風」が頬を撫で、名無しさんの髪を揺らす。
曹休が編んだ花冠が小さな音を立てた。
→あとがき