あなたの優しいまなざしに
貴女のお名前
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名無しさんはひっそりと静まり返った城内の廊下を歩いていた。
その足は書庫に向いている。
昨日の今日で早速来てしまったけれど、関平様を驚かせてしまうかしら。
せめて、仕事が残っていればと思う。
そうすれば、書庫に居るのも向かうのも不自然ではなく、彼に気を遣わせる事もないだろう。
しかし、何故か今日は仕事がすいすいと進んでしまった。
昨日、あんな風に言ったばかりなのに。
廊下を歩きながら、名無しさんは昨夜の事を思い出す。
部屋に着くまでの間、関平は熱心に名無しさんに質問をして来た。
「あの言葉にはどう言う意味があったのだろう」
「あの行動が、拙者には理解できなかったのだが・・・」
などと問われる度、名無しさんは、あくまでも私の解釈ですがと前置きをして答える。
「その言葉は・・・相手を揺さぶる為のものと言うより、自分の考えを確かめる為の言葉だったように思えます。問いかけながら、自分の中の答えを探しているような」
「あの行動には、迷いがないと言うより、迷う前に動いてしまったように見えました。もしかしたら、時にはそれを良しとしなければならないのではないかと私は思います」
逐一、名無しさんが丁寧に説明すると、
「そうか・・・そう言う風に見れば・・・」
「迷う前に・・・拙者はどうだろうか」
と、関平はぶつぶつと言いながら真剣に考え込む様子を見せた。
そうしている内に、部屋の前へと辿り着く。
流石に夜更けに女性の室内に入る訳には行かず、関平は扉の所で名無しさんに書簡を渡しながら言った。
「名無しさん殿。拙者に付き合ってくれて、感謝する」
「いいえ、私も聞いて頂けて楽しかったです」
礼を言ってそれを受け取り、部屋へ入ろうと背中を向ける名無しさんに、関平が咄嗟に声を上げる。
「あの・・・名無しさん殿」
「はい、何でしょう」
「その、また・・・」
「また?」
関平は続きを言おうか言わまいか、暫く悩んだ末、拳を握って言った。
「また、教えて頂けないだろうか。名無しさん殿の説明は丁寧で分かりやすく、拙者は目の前が開けたように思えた。だから・・・」
関平の拳に更に力が籠る
迷惑かもしれない、けれどと、関平は言葉を続けた。
「毎日でなくて良いのだ、名無しさん殿の都合の良い時に。また・・・貴女の時間を拙者に分けては頂けないだろうか?」
その熱心さが、名無しさんを頷かせる。
「ええ、良いですよ」
「ほ、本当に・・・?」
断られると思っていたのだろう、驚いたように聞いて来る関平に、名無しさんはもう一度、頷いた。
「ええ。・・・確かに、仕事の進み具合もありますので、毎日とはいかないでしょうけれど」
と、答えたのが昨日の夜の事だ。
名無しさんは書庫の扉をそっと開けた。
奥の方で明かりが揺らめいている。
本当に、毎日いらっしゃってるのね。
そろそろと奥に進むと、机に向かう関平の横顔が見えた。
その表情は昨日と同じく真剣で、名無しさんは彼に声を掛けるのを躊躇ってしまう。
しかし、相手は関平だ。
先に気配を察して、関平が顔を上げた。
「名無しさん殿!来て下さったのですか!」
途端に破顔し、名無しさんの傍へと遣って来る。
「昨日はありがとうございます。あの後、再び読んでみたのですが、名無しさん殿のお陰で理解が深まりました!」
「そ、そうですか・・・それは良かった、です」
そう言いながら、名無しさんは自分の手元を見た。
勢いの余り、手を握られている。
「あの、関平様・・・手が」
「手?手がどうか・・・っ!」
言い掛けている途中で、関平も自分が何をしているのか気付いたようだった。
慌てて手を離し、一歩退く。
「す、済まない!つい・・・」
「いいえ・・・嫌では、ありませんから」
関平は一度、握っていた方の手を見てから、ぎこちなく視線を逸らした。
思わず、手を握ってしまった。
拙者は何と言う事をしてしまったのか・・・しかし、彼女は嫌ではないと言ってくれた。
それならば、と関平は口を開く。
「・・・今日も良いのだろうか」
声は先程よりも僅かに小さい。
その変化に気付いたのかどうか、名無しさんは静かに頷いた。
関平は彼女を机に促し、向かい合わせに座る。
「ええと、この部分なのだが・・・」
「はい」
名無しさんは関平が指差す部分を覗き込んだ。
「ああ、これですね。これは・・・」
と、説明する言葉に、関平は耳を傾けるつもりだったのだが、先程触れた彼女の手の感触に、どうにも集中できない。
自分の手とは全然違って、妹の銀屏ともまた違う。
小さくて柔らかかった。
「・・・と、私は解釈しました。・・・関平様?」
説明が終えた所で、顔を上げた名無しさんは、どこかぼんやりとしている様子の関平に声を掛ける。
「あの・・・分かり難かったですか?」
「えっ!?あ、いいや・・・」
不安そうに尋ねて来る名無しさんの大きな瞳に見詰められ、関平は頬を染めた。
近い。
心なしか、良い匂いもする。
って何を考えているんだ、拙者は。
雑念を払うように関平は勢いよく頭を振る。
「ごめんなさい。ちょっと分かり難かったですね」
と、謝る彼女に、関平は慌てて言った。
「ち、違うんだ!少し、良からぬ事が・・・」
「良からぬ事?」
名無しさんが細い首を傾げる。
関平は自分の失言に気付くと、誤魔化して言った。
「いや、名無しさん殿の説明を聞いていると、自分が益々、未熟に思えて・・・」
「誰だって、初めはそうですよ」
名無しさんはくすりと笑い、続けて言う。
「私も、色んな人から沢山教えて頂きました。だから、関平様、一緒に頑張りましょう」
「一緒に・・・」
その言葉が、関平の中でずっと響いていた。
その足は書庫に向いている。
昨日の今日で早速来てしまったけれど、関平様を驚かせてしまうかしら。
せめて、仕事が残っていればと思う。
そうすれば、書庫に居るのも向かうのも不自然ではなく、彼に気を遣わせる事もないだろう。
しかし、何故か今日は仕事がすいすいと進んでしまった。
昨日、あんな風に言ったばかりなのに。
廊下を歩きながら、名無しさんは昨夜の事を思い出す。
部屋に着くまでの間、関平は熱心に名無しさんに質問をして来た。
「あの言葉にはどう言う意味があったのだろう」
「あの行動が、拙者には理解できなかったのだが・・・」
などと問われる度、名無しさんは、あくまでも私の解釈ですがと前置きをして答える。
「その言葉は・・・相手を揺さぶる為のものと言うより、自分の考えを確かめる為の言葉だったように思えます。問いかけながら、自分の中の答えを探しているような」
「あの行動には、迷いがないと言うより、迷う前に動いてしまったように見えました。もしかしたら、時にはそれを良しとしなければならないのではないかと私は思います」
逐一、名無しさんが丁寧に説明すると、
「そうか・・・そう言う風に見れば・・・」
「迷う前に・・・拙者はどうだろうか」
と、関平はぶつぶつと言いながら真剣に考え込む様子を見せた。
そうしている内に、部屋の前へと辿り着く。
流石に夜更けに女性の室内に入る訳には行かず、関平は扉の所で名無しさんに書簡を渡しながら言った。
「名無しさん殿。拙者に付き合ってくれて、感謝する」
「いいえ、私も聞いて頂けて楽しかったです」
礼を言ってそれを受け取り、部屋へ入ろうと背中を向ける名無しさんに、関平が咄嗟に声を上げる。
「あの・・・名無しさん殿」
「はい、何でしょう」
「その、また・・・」
「また?」
関平は続きを言おうか言わまいか、暫く悩んだ末、拳を握って言った。
「また、教えて頂けないだろうか。名無しさん殿の説明は丁寧で分かりやすく、拙者は目の前が開けたように思えた。だから・・・」
関平の拳に更に力が籠る
迷惑かもしれない、けれどと、関平は言葉を続けた。
「毎日でなくて良いのだ、名無しさん殿の都合の良い時に。また・・・貴女の時間を拙者に分けては頂けないだろうか?」
その熱心さが、名無しさんを頷かせる。
「ええ、良いですよ」
「ほ、本当に・・・?」
断られると思っていたのだろう、驚いたように聞いて来る関平に、名無しさんはもう一度、頷いた。
「ええ。・・・確かに、仕事の進み具合もありますので、毎日とはいかないでしょうけれど」
と、答えたのが昨日の夜の事だ。
名無しさんは書庫の扉をそっと開けた。
奥の方で明かりが揺らめいている。
本当に、毎日いらっしゃってるのね。
そろそろと奥に進むと、机に向かう関平の横顔が見えた。
その表情は昨日と同じく真剣で、名無しさんは彼に声を掛けるのを躊躇ってしまう。
しかし、相手は関平だ。
先に気配を察して、関平が顔を上げた。
「名無しさん殿!来て下さったのですか!」
途端に破顔し、名無しさんの傍へと遣って来る。
「昨日はありがとうございます。あの後、再び読んでみたのですが、名無しさん殿のお陰で理解が深まりました!」
「そ、そうですか・・・それは良かった、です」
そう言いながら、名無しさんは自分の手元を見た。
勢いの余り、手を握られている。
「あの、関平様・・・手が」
「手?手がどうか・・・っ!」
言い掛けている途中で、関平も自分が何をしているのか気付いたようだった。
慌てて手を離し、一歩退く。
「す、済まない!つい・・・」
「いいえ・・・嫌では、ありませんから」
関平は一度、握っていた方の手を見てから、ぎこちなく視線を逸らした。
思わず、手を握ってしまった。
拙者は何と言う事をしてしまったのか・・・しかし、彼女は嫌ではないと言ってくれた。
それならば、と関平は口を開く。
「・・・今日も良いのだろうか」
声は先程よりも僅かに小さい。
その変化に気付いたのかどうか、名無しさんは静かに頷いた。
関平は彼女を机に促し、向かい合わせに座る。
「ええと、この部分なのだが・・・」
「はい」
名無しさんは関平が指差す部分を覗き込んだ。
「ああ、これですね。これは・・・」
と、説明する言葉に、関平は耳を傾けるつもりだったのだが、先程触れた彼女の手の感触に、どうにも集中できない。
自分の手とは全然違って、妹の銀屏ともまた違う。
小さくて柔らかかった。
「・・・と、私は解釈しました。・・・関平様?」
説明が終えた所で、顔を上げた名無しさんは、どこかぼんやりとしている様子の関平に声を掛ける。
「あの・・・分かり難かったですか?」
「えっ!?あ、いいや・・・」
不安そうに尋ねて来る名無しさんの大きな瞳に見詰められ、関平は頬を染めた。
近い。
心なしか、良い匂いもする。
って何を考えているんだ、拙者は。
雑念を払うように関平は勢いよく頭を振る。
「ごめんなさい。ちょっと分かり難かったですね」
と、謝る彼女に、関平は慌てて言った。
「ち、違うんだ!少し、良からぬ事が・・・」
「良からぬ事?」
名無しさんが細い首を傾げる。
関平は自分の失言に気付くと、誤魔化して言った。
「いや、名無しさん殿の説明を聞いていると、自分が益々、未熟に思えて・・・」
「誰だって、初めはそうですよ」
名無しさんはくすりと笑い、続けて言う。
「私も、色んな人から沢山教えて頂きました。だから、関平様、一緒に頑張りましょう」
「一緒に・・・」
その言葉が、関平の中でずっと響いていた。