我が心にどれほど喜ばしいことか
貴女のお名前
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気が付けば、名無しさんは人で賑わう城下街の中を馬超に手を引かれて歩いていた。
名無しさんの手を握る馬超の手は優しく、彼の歩幅は合わせているように狭い。
「馬超様。いい加減、手を離してくれませんか?」
と、少し先を行く彼の背中に声を掛ける。
「今日は人が多い。逸れては護衛の意味がないだろう」
「でも・・・」
周りの視線が痛いったらない。
それでなくても馬超は人の目を惹きつける容姿をしている。
それに加えて、五虎将と言う立場と名声を持っているのだ。
その彼が昼間の往来を女の手を引いて堂々と歩いている、どう見たって街に遊びに来た仲睦まじい恋人同士としてしか受け取られないだろう。
こんな所、誰かに見られたら明日から部屋を出られない。
こんなの、私でなければ勘違いする所だ。
いい加減、文句の一つでも言ってやろうと、名無しさんはちらりと馬超の横顔を見上げる。
目に入った彼の耳が、何故か妙に赤かった。
「・・・馬超様」
「むっ、どうした?」
名無しさんは即座に振り向いた馬超の耳を指差して言う。
「何か、耳、赤いですよ」
「んなっ!」
馬超は素っ頓狂な声を上げると、慌てたように言った。
「こ、これは暑いからだ!」
「涼しい位ですよ?」
「では、虫刺されだ!」
では、って何だ、そんな滅茶苦茶な言い訳があるか。
「と、兎に角、先を急ぐぞ!日が暮れる!」
「未だ昼過ぎですけど?」
「太陽が早仕舞するかもしれん!」
何だ、それ。
名無しさんはくすくすと笑いながら、手を引く馬超に身を任せた。
二人が最初に訪れたのは薬屋だった。
戦はなくとも、怪我や病は常に纏わりついている。
減りは遅いが、確かに減っているのだ。
その補充を手配するのが名無しさんの仕事の一つなら、すっかり顔馴染みで、彼女は事もあろうに店主を隣に侍らせながら、店内を見て回っていた。
「ええと・・・これとこれと、あとあの棚のを」
店主は言われるまま、帳面に薬の名を記す。
「名無しさん!これはいらんのか」
「いりません。変なの持って来ないで下さい。あ、店主、これも追加して下さい」
と、素気ない彼女に馬超はすごすごと持って来た甕を棚に返した。
一回りした後で、名無しさんは満足そうに頷き、
「うん・・・こんなもんかな。幾らになりそうですか」
「名無しさん、終わったか?」
「今、計算して貰ってますから。ちょっと待ってて下さい」
するりと伸びて来た馬超の手を何気なく取る。
馬超は嬉しそうな表情を浮かべたが、名無しさんの目は店主が提示した金額に向けられていた。
「・・・高いわね。前より値段上がってないですか?」
「その年によって採れる量が違いますからねぇ」
「でも、何とかならないかしら。うちの懐が厳しいのは知ってるでしょう?」
「・・・それなら、おまけにこいつをこっそり入れておきますよ」
店主が一拍置いて、算木を並べた机の下から鍵付きの木箱を取り出す。
中から出て来た漆塗りの入れ物に、名無しさんは興味津々と言った様子で尋ねた。
「何ですか、それ」
「別に怪しいものじゃありませんよ」
店主はそこで言葉を切ると、二人の繋いだ手に視線を移してから、にやりと続ける。
「お二人の夜が更に良いものになるだけで」
それを聞いて、名無しさんの頬がみるみる赤く染まった。
「い、いりませんっ!」
「いや、買おう!」
即答して馬超が空いている手を差し出した。
名無しさんが慌てて止めに掛かる。
「ちょっと!何言ってやがるんですか、馬超様っ!」
「いや、人の厚意を無下にする奴は馬に蹴られると・・・」
「厚意じゃなくって悪意ですっ!大体、公費で買える訳ないじゃないですか!」
「俺の金なら良いのだな。よし。取り敢えず、毎日使うとして、一月 分。店主、幾らだ」
「ええと、それ位の量なら・・・」
本気で買おうとして懐を弄る馬超と、改めて算木を並べ変え始める店主に、名無しさんは悲鳴のような声を上げた。
「毎日って何!?あああ待って!計算しなくて良いから!」
何でこんな事に、と名無しさんは今にも泣き出しそうになって、漸く気付く。
何で私、馬超様と手を繋いでるの!?
「馬超様っ!何で手握ってるんですか!」
言いながら、解こうと手を振るが女の力で、いや、馬超が離す訳がなかった。
「何を言う。名無しさんの方から握って来たのだろう。店主、幾らになる」
「まあ、馬超様が今後も当店とお付き合い頂けるなら・・・これ位で」
「よし、ならば二月 分にしよう」
二月 分!?を、毎日?
止めて、死んじゃう!!
名無しさんは顔を青褪めさせると、実力行使に出た。
「ごめんなさいっ!」
と、一応、謝りながら、馬超の向こう脛を思いっ切り蹴り上げる。
五虎将と言えども、そこは弱い。
「ぐあっ!!」
向こう脛を押さえて踞る馬超を、名無しさんは引き摺って出口に向かう。
「兎に角、私が注文した分だけで良いですから!後で城に持って来て下さいね!変なもの入れてたら次はありませんからねっ!」
そう言い捨てて出て行った後で、店主は漆塗りの蓋を開けた。
匙を使って、中身を丁寧に包紙に移す。
折角の見込み客、それも五虎将の一人だ。
みすみす、見逃すつもりはなかった。
商いとは、時に命がけである。
名無しさんの手を握る馬超の手は優しく、彼の歩幅は合わせているように狭い。
「馬超様。いい加減、手を離してくれませんか?」
と、少し先を行く彼の背中に声を掛ける。
「今日は人が多い。逸れては護衛の意味がないだろう」
「でも・・・」
周りの視線が痛いったらない。
それでなくても馬超は人の目を惹きつける容姿をしている。
それに加えて、五虎将と言う立場と名声を持っているのだ。
その彼が昼間の往来を女の手を引いて堂々と歩いている、どう見たって街に遊びに来た仲睦まじい恋人同士としてしか受け取られないだろう。
こんな所、誰かに見られたら明日から部屋を出られない。
こんなの、私でなければ勘違いする所だ。
いい加減、文句の一つでも言ってやろうと、名無しさんはちらりと馬超の横顔を見上げる。
目に入った彼の耳が、何故か妙に赤かった。
「・・・馬超様」
「むっ、どうした?」
名無しさんは即座に振り向いた馬超の耳を指差して言う。
「何か、耳、赤いですよ」
「んなっ!」
馬超は素っ頓狂な声を上げると、慌てたように言った。
「こ、これは暑いからだ!」
「涼しい位ですよ?」
「では、虫刺されだ!」
では、って何だ、そんな滅茶苦茶な言い訳があるか。
「と、兎に角、先を急ぐぞ!日が暮れる!」
「未だ昼過ぎですけど?」
「太陽が早仕舞するかもしれん!」
何だ、それ。
名無しさんはくすくすと笑いながら、手を引く馬超に身を任せた。
二人が最初に訪れたのは薬屋だった。
戦はなくとも、怪我や病は常に纏わりついている。
減りは遅いが、確かに減っているのだ。
その補充を手配するのが名無しさんの仕事の一つなら、すっかり顔馴染みで、彼女は事もあろうに店主を隣に侍らせながら、店内を見て回っていた。
「ええと・・・これとこれと、あとあの棚のを」
店主は言われるまま、帳面に薬の名を記す。
「名無しさん!これはいらんのか」
「いりません。変なの持って来ないで下さい。あ、店主、これも追加して下さい」
と、素気ない彼女に馬超はすごすごと持って来た甕を棚に返した。
一回りした後で、名無しさんは満足そうに頷き、
「うん・・・こんなもんかな。幾らになりそうですか」
「名無しさん、終わったか?」
「今、計算して貰ってますから。ちょっと待ってて下さい」
するりと伸びて来た馬超の手を何気なく取る。
馬超は嬉しそうな表情を浮かべたが、名無しさんの目は店主が提示した金額に向けられていた。
「・・・高いわね。前より値段上がってないですか?」
「その年によって採れる量が違いますからねぇ」
「でも、何とかならないかしら。うちの懐が厳しいのは知ってるでしょう?」
「・・・それなら、おまけにこいつをこっそり入れておきますよ」
店主が一拍置いて、算木を並べた机の下から鍵付きの木箱を取り出す。
中から出て来た漆塗りの入れ物に、名無しさんは興味津々と言った様子で尋ねた。
「何ですか、それ」
「別に怪しいものじゃありませんよ」
店主はそこで言葉を切ると、二人の繋いだ手に視線を移してから、にやりと続ける。
「お二人の夜が更に良いものになるだけで」
それを聞いて、名無しさんの頬がみるみる赤く染まった。
「い、いりませんっ!」
「いや、買おう!」
即答して馬超が空いている手を差し出した。
名無しさんが慌てて止めに掛かる。
「ちょっと!何言ってやがるんですか、馬超様っ!」
「いや、人の厚意を無下にする奴は馬に蹴られると・・・」
「厚意じゃなくって悪意ですっ!大体、公費で買える訳ないじゃないですか!」
「俺の金なら良いのだな。よし。取り敢えず、毎日使うとして、
「ええと、それ位の量なら・・・」
本気で買おうとして懐を弄る馬超と、改めて算木を並べ変え始める店主に、名無しさんは悲鳴のような声を上げた。
「毎日って何!?あああ待って!計算しなくて良いから!」
何でこんな事に、と名無しさんは今にも泣き出しそうになって、漸く気付く。
何で私、馬超様と手を繋いでるの!?
「馬超様っ!何で手握ってるんですか!」
言いながら、解こうと手を振るが女の力で、いや、馬超が離す訳がなかった。
「何を言う。名無しさんの方から握って来たのだろう。店主、幾らになる」
「まあ、馬超様が今後も当店とお付き合い頂けるなら・・・これ位で」
「よし、ならば
止めて、死んじゃう!!
名無しさんは顔を青褪めさせると、実力行使に出た。
「ごめんなさいっ!」
と、一応、謝りながら、馬超の向こう脛を思いっ切り蹴り上げる。
五虎将と言えども、そこは弱い。
「ぐあっ!!」
向こう脛を押さえて踞る馬超を、名無しさんは引き摺って出口に向かう。
「兎に角、私が注文した分だけで良いですから!後で城に持って来て下さいね!変なもの入れてたら次はありませんからねっ!」
そう言い捨てて出て行った後で、店主は漆塗りの蓋を開けた。
匙を使って、中身を丁寧に包紙に移す。
折角の見込み客、それも五虎将の一人だ。
みすみす、見逃すつもりはなかった。
商いとは、時に命がけである。