理性と感情がひどく対立し
貴女のお名前
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父親と娘、その筈だ。
砂塵が視界を覆い、鉄のぶつかり合う甲高い音と怒号が鼓膜を突き刺す。
そこから数里離れた場所で、名無しさんも戦っていた。
「大丈夫。見た目程、傷は深くないわ」
そう言って、血を流し、痛みに呻く兵の腹に布を巻き付ける。
「手当が終わったら、直ぐに後方へ」
「ですが・・・っ!」
悔しそうに歯を食いしばる兵に、名無しさんは微笑んで見せた。
「孫堅様なら、そう仰るわ」
渋々と言った様子だったが、頷く兵を見て、彼女は次の負傷兵の所へ向かう。
最前線から次から次へと運ばれて来る兵たち、名無しさんは彼らの手当に駆け回っていた。
頬を伝う汗を、拭う暇も惜しい。
誰かに大声で呼ばれ、そちらに駆け出す。
視界の隅で、また新たな兵が運ばれて来ているのを捉えた名無しさんは無意識に手を握り締めた。
切りがない、と投げ出してしまいそうになる。
怖い、と逃げ出してしまいそうになる。
けれど、そんな事をしては、他人の自分を、ここまで育ててくれた孫堅の恩義に背く事になる。
名無しさんは次の負傷兵の元にやって来ると、その様子に一度だけ目を伏せた。
これは・・・もう助からない。
しかし、彼女はそうは言わない。
震える手で兵の手を握る。
「未だ、死にたくない・・・!」
「ええ、大丈夫よ。直ぐに楽になるわ」
「故郷には・・・家族が・・・」
「お願い、喋らないで。傷に障るわ」
違う、と名無しさんは胸の中で自分の言葉を否定した。
聞きたくないのだ、これを背負うには自分は未熟で、きっと押し潰されてしまう。
だから、助からないと分かっていて、手当をしようとしている。
それでも、名無しさんは手を止めようとはしなかった。
少しずつ、兵の呼吸が弱くなり、やがてその体から力が抜ける。
名無しさんは小さく肩を落とした。
名も知らぬ一人の兵の死が、のしかかるように重い。
それを追い払ったのは、次を急かす声でもなければ、味方の励ましでもなかった。
大地を揺るがす馬の足音と、
「敵襲!」
続けて聞こえて来た叫び声に、名無しさんははっと顔を上げる。
忽ち、騒然とする周りに釣られたように立ち上がった彼女は、土の上に横たわる彼に視線を向けたが、直視できずに逸らした。
「・・・ごめんなさい」
口の中で溢れたその声は、迫り来る怒号に掻き消される。
名無しさんは走り出した。
砂煙の向こうで、敵の影が増えている。
負傷兵と、その手当にあたる衛生兵が殆どだ、応戦など、ろくにできる筈がない。
一人、また一人と味方が倒れ、気付けばその場に残っているのは僅かだった。
左右から敵が回り込み、退路が塞がれる。
囲まれた、その事実が、名無しさんの息を詰まらせる。
じりじりと追い詰めて来る敵兵に、彼女の足が震えた。
もう駄目、名無しさんが煌めいた刃に目を閉じる、その瞬間、
「名無しさん!」
鋭い声が飛んで来る。
弾かれたように目を開けると、敵の一人が吹き飛ばされていた。
土を蹴る音と共に、 名無しさんの前に影が割り込む。
「大丈夫か!」
「孫策様!」
彼の登場に、囲まれていた空気が僅かに緩んだ。
孫策は手を伸ばすと、
「よく頑張ったな!俺が来たから、もう大丈夫だぜ」
体を支えるように彼女の小さな肩を引き寄せた。
「・・・はい」
名無しさんは彼の胸に縋り付く。
もう大丈夫、孫策様が来て下さった。
しかし、囲いが崩れた訳ではない。
今しも、斬りかかろうとする敵兵に、孫策が向き直る。
敵兵が一歩を踏み出すと同時に、地面が低く震えた。
砂が跳ね、囲んでいた敵兵が横へ押し流されるように崩れる。
遅れて、叩きつけられる馬蹄の音に、空気が変わった。
そこにあった戦線そのものが裂かれていく。
砂煙の奥に、 もう一つの影が現れた。
馬を止めるでもなく、ただその場を通過するように戦場へ入って来る。
進路を塞ぐ敵兵を、一撃で倒す鋭い牙。
返り血を浴びながらも、その勢いは一切止まらない。
そこに、敵味方の誰もが虎の姿を見た。
猛り狂うと言う表現すら追いつかない動き、孫策が声を上げる。
「親父!」
「策か!」
呼ばれて視線を巡らせた孫堅は、息子の姿を認め、彼の腕の中の名無しさんに、一瞬、言葉を失った。
何故、そこに居る、孫堅は無意識に武器を持つ手に力を込める。
「・・・無事か」
「はい」
短く頷く名無しさんから視線を外し、孫策に移して言った。
「直に権も来る。策、お前は隊を纏めて後退しろ」
「そう言うなよ、親父。未だ全然、暴れ足りてないぜ」
息子の言い様に、孫堅は苦笑いを浮かべる。
「馬鹿を言うな、策。家族を守れ」
家族、その言葉に孫策は腕の中の名無しさんを見た。
自分にとって、孫権や孫尚香と同じ存在の彼女。
「そうだな・・・。よし、名無しさん、俺が守ってやるからな!心配すんな」
「はい」
名無しさんは素直に頷くと、孫堅に視線を移す。
「孫堅様、ありがとうございます」
「・・・気にするな。お前に死なれては、あいつに顔向けできん」
孫堅はそう言うと、二人に背中を向けた。
武器を翳し、大声を上げる。
「江東の虎、ここにあり!この牙、恐ろしくなければ掛かって来い!」
砂塵が視界を覆い、鉄のぶつかり合う甲高い音と怒号が鼓膜を突き刺す。
そこから数里離れた場所で、名無しさんも戦っていた。
「大丈夫。見た目程、傷は深くないわ」
そう言って、血を流し、痛みに呻く兵の腹に布を巻き付ける。
「手当が終わったら、直ぐに後方へ」
「ですが・・・っ!」
悔しそうに歯を食いしばる兵に、名無しさんは微笑んで見せた。
「孫堅様なら、そう仰るわ」
渋々と言った様子だったが、頷く兵を見て、彼女は次の負傷兵の所へ向かう。
最前線から次から次へと運ばれて来る兵たち、名無しさんは彼らの手当に駆け回っていた。
頬を伝う汗を、拭う暇も惜しい。
誰かに大声で呼ばれ、そちらに駆け出す。
視界の隅で、また新たな兵が運ばれて来ているのを捉えた名無しさんは無意識に手を握り締めた。
切りがない、と投げ出してしまいそうになる。
怖い、と逃げ出してしまいそうになる。
けれど、そんな事をしては、他人の自分を、ここまで育ててくれた孫堅の恩義に背く事になる。
名無しさんは次の負傷兵の元にやって来ると、その様子に一度だけ目を伏せた。
これは・・・もう助からない。
しかし、彼女はそうは言わない。
震える手で兵の手を握る。
「未だ、死にたくない・・・!」
「ええ、大丈夫よ。直ぐに楽になるわ」
「故郷には・・・家族が・・・」
「お願い、喋らないで。傷に障るわ」
違う、と名無しさんは胸の中で自分の言葉を否定した。
聞きたくないのだ、これを背負うには自分は未熟で、きっと押し潰されてしまう。
だから、助からないと分かっていて、手当をしようとしている。
それでも、名無しさんは手を止めようとはしなかった。
少しずつ、兵の呼吸が弱くなり、やがてその体から力が抜ける。
名無しさんは小さく肩を落とした。
名も知らぬ一人の兵の死が、のしかかるように重い。
それを追い払ったのは、次を急かす声でもなければ、味方の励ましでもなかった。
大地を揺るがす馬の足音と、
「敵襲!」
続けて聞こえて来た叫び声に、名無しさんははっと顔を上げる。
忽ち、騒然とする周りに釣られたように立ち上がった彼女は、土の上に横たわる彼に視線を向けたが、直視できずに逸らした。
「・・・ごめんなさい」
口の中で溢れたその声は、迫り来る怒号に掻き消される。
名無しさんは走り出した。
砂煙の向こうで、敵の影が増えている。
負傷兵と、その手当にあたる衛生兵が殆どだ、応戦など、ろくにできる筈がない。
一人、また一人と味方が倒れ、気付けばその場に残っているのは僅かだった。
左右から敵が回り込み、退路が塞がれる。
囲まれた、その事実が、名無しさんの息を詰まらせる。
じりじりと追い詰めて来る敵兵に、彼女の足が震えた。
もう駄目、名無しさんが煌めいた刃に目を閉じる、その瞬間、
「名無しさん!」
鋭い声が飛んで来る。
弾かれたように目を開けると、敵の一人が吹き飛ばされていた。
土を蹴る音と共に、 名無しさんの前に影が割り込む。
「大丈夫か!」
「孫策様!」
彼の登場に、囲まれていた空気が僅かに緩んだ。
孫策は手を伸ばすと、
「よく頑張ったな!俺が来たから、もう大丈夫だぜ」
体を支えるように彼女の小さな肩を引き寄せた。
「・・・はい」
名無しさんは彼の胸に縋り付く。
もう大丈夫、孫策様が来て下さった。
しかし、囲いが崩れた訳ではない。
今しも、斬りかかろうとする敵兵に、孫策が向き直る。
敵兵が一歩を踏み出すと同時に、地面が低く震えた。
砂が跳ね、囲んでいた敵兵が横へ押し流されるように崩れる。
遅れて、叩きつけられる馬蹄の音に、空気が変わった。
そこにあった戦線そのものが裂かれていく。
砂煙の奥に、 もう一つの影が現れた。
馬を止めるでもなく、ただその場を通過するように戦場へ入って来る。
進路を塞ぐ敵兵を、一撃で倒す鋭い牙。
返り血を浴びながらも、その勢いは一切止まらない。
そこに、敵味方の誰もが虎の姿を見た。
猛り狂うと言う表現すら追いつかない動き、孫策が声を上げる。
「親父!」
「策か!」
呼ばれて視線を巡らせた孫堅は、息子の姿を認め、彼の腕の中の名無しさんに、一瞬、言葉を失った。
何故、そこに居る、孫堅は無意識に武器を持つ手に力を込める。
「・・・無事か」
「はい」
短く頷く名無しさんから視線を外し、孫策に移して言った。
「直に権も来る。策、お前は隊を纏めて後退しろ」
「そう言うなよ、親父。未だ全然、暴れ足りてないぜ」
息子の言い様に、孫堅は苦笑いを浮かべる。
「馬鹿を言うな、策。家族を守れ」
家族、その言葉に孫策は腕の中の名無しさんを見た。
自分にとって、孫権や孫尚香と同じ存在の彼女。
「そうだな・・・。よし、名無しさん、俺が守ってやるからな!心配すんな」
「はい」
名無しさんは素直に頷くと、孫堅に視線を移す。
「孫堅様、ありがとうございます」
「・・・気にするな。お前に死なれては、あいつに顔向けできん」
孫堅はそう言うと、二人に背中を向けた。
武器を翳し、大声を上げる。
「江東の虎、ここにあり!この牙、恐ろしくなければ掛かって来い!」