愛さずにはいられぬこの思い
貴女のお名前
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自棄に静かだ。
机に向かっていた袁紹は不意にその事に気付いて書簡から視線を上げた。
日に何度も聞く筈の、ぱたぱたと走る音を、今日は未だ一度も聞いていない。
聞いたら聞いたで、
「廊下を走るなと何度言えば分かるのだ!」
と、声を張り上げるのだ。
ないならないで良い事ではないか。
そうと思いながらも、張り合いがないような気がして、袁紹は椅子から立ち上がった。
廊下に出ると、屋敷の中の温度が低いように思えた。
過ぎて行く季節、これから訪れる季節を思えば当然の事だ。
しかし何故か、袁紹はそれだけではないと足元を抜ける風に思う。
名無しさんが嫁いで来てから、屋敷の中には確かに温もりがあった。
山茱萸の傍に三枝九葉草を植える時に、
「庭師の人が汚れるといけないからって、前掛けをくれたの」と。
それを干す時に、
「束にするのを侍女の皆が手伝ってくれたの。お陰で早く終わったんですよ」と。
赤く色付いた実を兵たちに配った後で、
「お礼にと態々お菓子を届けてくれたの。私、甘い物、大好き!」
と、彼女はいつも暖かな日差しのような、或いは満開の花のような笑顔を浮かべて言っていた。
そうして、庭師は言う。
「あの方には妙に気を許してしまいます」
侍女たちもまた、同じように口にする。
「田舎に居た頃を思い出します。久し振りに楽しい時間でした」
兵たちの間でも、それは変わらない。
「ついつい、甘やかしてしまいそうで・・・」
「あのような方を奥方に持つ袁紹殿は、大変でしょうね」
そんな声が、どこか冗談めかして交わされている。
馴染めないのではないかとあれ程案じていた娘は、いつの間にか、この袁家で根を下ろしていたのだ。
それが当然であるかのように。
その姿が、今日はどこにもない。
「名無しさんは?」
袁紹は見かけた侍女に声を掛けていた。
侍女は短く、彼女が甄姫を訪ねている事を伝えると、心配そうに付け加えて言う。
「今日は少し、お戻りが遅いように思います」
「そうか」
袁紹は溜め息混じりに呟いた。
「全く・・・何をしておるのか」
仕方ない、妻の様子を見に行くのは当然の事だと、廊下を歩み始めた時だった。
向こうの方から、ぱたぱたと走る音が聞こえて来る。
その瞬間、袁紹の口元が無意識に緩んでいた。
帰って来おったか、と思う間もなく、廊下の角から彼女が顔を覗かせる。
「袁紹様!」
弾けるような声と、満面の笑顔。
忽ち、屋敷の中に温もりが広がったようだった。
「名無しさん」
と、その名前を呼べば、足音を立てて駆けて来る。
目の前に遣って来た名無しさんに、袁紹は苦笑いを浮かべて言った。
「何度も言うが、廊下を走るな」
「でも、早く袁紹様に会いたかったんだもん」
名無しさんは走って来た勢いのまま、顔を近付ける。
それから、彼女は持っていた包みを袁紹の目に突き付けるようにして差し出した。
「これ、袁紹様に」
「うん?何だ、それは」
袁紹は首を傾げながらも受け取り、その場で包みを開こうと指を動かす。
名無しさんが慌てた様子で袁紹の手を押さえ付けて言った。
「あっ、駄目。部屋で開けて下さい。皆に見られたら恥ずかしい」
誰も居ないではないか、と言い掛ける言葉を収め、袁紹は素直に部屋へと戻り始める。
その後ろを、名無しさんが当然のように付いて来た。
机に向かっていた袁紹は不意にその事に気付いて書簡から視線を上げた。
日に何度も聞く筈の、ぱたぱたと走る音を、今日は未だ一度も聞いていない。
聞いたら聞いたで、
「廊下を走るなと何度言えば分かるのだ!」
と、声を張り上げるのだ。
ないならないで良い事ではないか。
そうと思いながらも、張り合いがないような気がして、袁紹は椅子から立ち上がった。
廊下に出ると、屋敷の中の温度が低いように思えた。
過ぎて行く季節、これから訪れる季節を思えば当然の事だ。
しかし何故か、袁紹はそれだけではないと足元を抜ける風に思う。
名無しさんが嫁いで来てから、屋敷の中には確かに温もりがあった。
山茱萸の傍に三枝九葉草を植える時に、
「庭師の人が汚れるといけないからって、前掛けをくれたの」と。
それを干す時に、
「束にするのを侍女の皆が手伝ってくれたの。お陰で早く終わったんですよ」と。
赤く色付いた実を兵たちに配った後で、
「お礼にと態々お菓子を届けてくれたの。私、甘い物、大好き!」
と、彼女はいつも暖かな日差しのような、或いは満開の花のような笑顔を浮かべて言っていた。
そうして、庭師は言う。
「あの方には妙に気を許してしまいます」
侍女たちもまた、同じように口にする。
「田舎に居た頃を思い出します。久し振りに楽しい時間でした」
兵たちの間でも、それは変わらない。
「ついつい、甘やかしてしまいそうで・・・」
「あのような方を奥方に持つ袁紹殿は、大変でしょうね」
そんな声が、どこか冗談めかして交わされている。
馴染めないのではないかとあれ程案じていた娘は、いつの間にか、この袁家で根を下ろしていたのだ。
それが当然であるかのように。
その姿が、今日はどこにもない。
「名無しさんは?」
袁紹は見かけた侍女に声を掛けていた。
侍女は短く、彼女が甄姫を訪ねている事を伝えると、心配そうに付け加えて言う。
「今日は少し、お戻りが遅いように思います」
「そうか」
袁紹は溜め息混じりに呟いた。
「全く・・・何をしておるのか」
仕方ない、妻の様子を見に行くのは当然の事だと、廊下を歩み始めた時だった。
向こうの方から、ぱたぱたと走る音が聞こえて来る。
その瞬間、袁紹の口元が無意識に緩んでいた。
帰って来おったか、と思う間もなく、廊下の角から彼女が顔を覗かせる。
「袁紹様!」
弾けるような声と、満面の笑顔。
忽ち、屋敷の中に温もりが広がったようだった。
「名無しさん」
と、その名前を呼べば、足音を立てて駆けて来る。
目の前に遣って来た名無しさんに、袁紹は苦笑いを浮かべて言った。
「何度も言うが、廊下を走るな」
「でも、早く袁紹様に会いたかったんだもん」
名無しさんは走って来た勢いのまま、顔を近付ける。
それから、彼女は持っていた包みを袁紹の目に突き付けるようにして差し出した。
「これ、袁紹様に」
「うん?何だ、それは」
袁紹は首を傾げながらも受け取り、その場で包みを開こうと指を動かす。
名無しさんが慌てた様子で袁紹の手を押さえ付けて言った。
「あっ、駄目。部屋で開けて下さい。皆に見られたら恥ずかしい」
誰も居ないではないか、と言い掛ける言葉を収め、袁紹は素直に部屋へと戻り始める。
その後ろを、名無しさんが当然のように付いて来た。