愛さずにはいられぬこの思い
貴女のお名前
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張郃に出口まで連れて来てもらった名無しさんは、廊下をぱたぱたと進む。
胸に抱えた包みを落とさないよう抱き直しながら、甄姫の部屋へと急いだ。
廊下を曲がった先に扉が見え、中に声を掛ける。
「あら、今日は随分と早いですわね」
「早く仕上げたくて・・・ご迷惑、でしたか?」
窺うような視線を向ける彼女に、甄姫はまさかと微笑んだ。
「そんな事ありませんわ、さあ中に」
促されて中に入ると、ふわりと上品な香りが名無しさんの鼻先を擽る。
甄姫は長椅子を勧め、彼女の目元に僅かな疲労を見て取った。
「まあ、名無しさん・・・」
また遅くまでしていらしたのね、夜更かしはお肌に悪いですわ。
そう言いかけた言葉を、甄姫は直ぐに喉の奥に飲み込む。
早く仕上げたいと言っていた、その気持ちが名無しさんに夜更かしをさせてしまうのだろう。
そもそも、彼女は刺繍どころか、裁縫そのものが苦手だったらしい。
始め頃は何度も糸を解いてはやり直し、薄い布を駄目にしてしまう事も少なくなかった。
それでも諦めず、針を取り続け、今では少しは見られる形になっている。
そうと知っていれば、彼女の目元の疲労は単なる不摂生ではなく、甄姫の目に可愛らしく映っていた。
立場は名無しさんの方が上になるだろうが、自分より年齢が下の、振る舞いも幼い彼女を、甄姫は妹のように思っている。
「甄姫様?どうかなさいましたか?」
名無しさんの声に甄姫ははっと我に返ると、彼女の隣に腰を下ろし、柔らかく微笑んで言った。
「いいえ、何でもありませんわ。刺繍は何処まで進んでいるのかしら。見せてご覧なさい」
名無しさんが包みを開く。
甄姫はそこに現れた布を見て、僅かに目を見張った。
「まあ・・・随分と進みましたのね」
針目は未だ少し揃っていない。
けれど、一針一針を丁寧に刺そうとしているのがよく分かる。
「頑張りましたのね、名無しさん」
「えへへっ・・・」
甄姫に褒められ、名無しさんは少し照れたように笑った。
「甄姫様が丁寧に教えて下さったから」
甄姫が擽ったそうに微笑む。
「まあ、可愛らしい事。・・・そうですわね、これなら、もう今日には袋に仕立てられそうですわ」
「本当?」
「ええ、完成は目前ですわ。さあ名無しさん、もう一息、頑張りましょう」
「はい」
名無しさんが刺繍の仕上げにかかろうと針を取り出した。
暫く、真剣に取り組んでいた彼女だったが、
「・・・袁紹様、喜んでくれるかな」
小さな唇から零れた言葉に、甄姫の目が和らぐ。
それは、今日までに何度も名無しさんが口にした問いだった。
同時に、甄姫も何度も同じ言葉を口にする。
「ええ、きっと喜んで下さいますわ」
「でも・・・」
針を動かしながら、名無しさんが不安そうに眉を下げた。
いつもと様子が違う気がしたのは甄姫の気の所為か。
いつもの彼女なら、
「うん、喜んでもらえるように頑張ります」
と、前向きに言うのに、何故、今日に限ってこのような表情を浮かべるのか。
「何をそんなに不安になるのです?」
甄姫が尋ねると、名無しさんは少し考えるように目を伏せ、それからぽつりと答えて言う。
「だって・・・誰かの為に何かをするの、初めてなんだもん」
甄姫は驚いたように目を瞬かせた。
初めて聞いた、名無しさんの胸の底。
そんな事はないでしょうにと、甄姫は目の前の名無しさんを見る。
きっとこの娘なら、村に居た頃から、誰かの為に動いて来た筈だ。
誰かが困らないように。
誰かが少しでも楽になるように。
けれど、恐らく、それは名無しさんにとって、当たり前の事だったのだろう。
誰かの笑顔を願って、自分から何かを贈ろうとする、それが初めてだからこそ、今日にも完成するであろう茱萸袋に、こんなにも不安になるのかもしれない。
初めての、喜んで欲しいと思う感情を持て余しているのだ。
本当に可愛らしい事、甄姫は心の中で小さく微笑む。
「大丈夫ですわ、名無しさん。こんなに一生懸命なんですもの。貴女のこの真心が届かない筈がありませんわ」
「・・・うん、甄姫様がそう言うなら」
そう言って彼女が見せた恥ずかしそうな笑顔に、甄姫はくらりと体を揺らした。
ああ・・・本当に、何て可愛らしいのかしら。
胸に抱えた包みを落とさないよう抱き直しながら、甄姫の部屋へと急いだ。
廊下を曲がった先に扉が見え、中に声を掛ける。
「あら、今日は随分と早いですわね」
「早く仕上げたくて・・・ご迷惑、でしたか?」
窺うような視線を向ける彼女に、甄姫はまさかと微笑んだ。
「そんな事ありませんわ、さあ中に」
促されて中に入ると、ふわりと上品な香りが名無しさんの鼻先を擽る。
甄姫は長椅子を勧め、彼女の目元に僅かな疲労を見て取った。
「まあ、名無しさん・・・」
また遅くまでしていらしたのね、夜更かしはお肌に悪いですわ。
そう言いかけた言葉を、甄姫は直ぐに喉の奥に飲み込む。
早く仕上げたいと言っていた、その気持ちが名無しさんに夜更かしをさせてしまうのだろう。
そもそも、彼女は刺繍どころか、裁縫そのものが苦手だったらしい。
始め頃は何度も糸を解いてはやり直し、薄い布を駄目にしてしまう事も少なくなかった。
それでも諦めず、針を取り続け、今では少しは見られる形になっている。
そうと知っていれば、彼女の目元の疲労は単なる不摂生ではなく、甄姫の目に可愛らしく映っていた。
立場は名無しさんの方が上になるだろうが、自分より年齢が下の、振る舞いも幼い彼女を、甄姫は妹のように思っている。
「甄姫様?どうかなさいましたか?」
名無しさんの声に甄姫ははっと我に返ると、彼女の隣に腰を下ろし、柔らかく微笑んで言った。
「いいえ、何でもありませんわ。刺繍は何処まで進んでいるのかしら。見せてご覧なさい」
名無しさんが包みを開く。
甄姫はそこに現れた布を見て、僅かに目を見張った。
「まあ・・・随分と進みましたのね」
針目は未だ少し揃っていない。
けれど、一針一針を丁寧に刺そうとしているのがよく分かる。
「頑張りましたのね、名無しさん」
「えへへっ・・・」
甄姫に褒められ、名無しさんは少し照れたように笑った。
「甄姫様が丁寧に教えて下さったから」
甄姫が擽ったそうに微笑む。
「まあ、可愛らしい事。・・・そうですわね、これなら、もう今日には袋に仕立てられそうですわ」
「本当?」
「ええ、完成は目前ですわ。さあ名無しさん、もう一息、頑張りましょう」
「はい」
名無しさんが刺繍の仕上げにかかろうと針を取り出した。
暫く、真剣に取り組んでいた彼女だったが、
「・・・袁紹様、喜んでくれるかな」
小さな唇から零れた言葉に、甄姫の目が和らぐ。
それは、今日までに何度も名無しさんが口にした問いだった。
同時に、甄姫も何度も同じ言葉を口にする。
「ええ、きっと喜んで下さいますわ」
「でも・・・」
針を動かしながら、名無しさんが不安そうに眉を下げた。
いつもと様子が違う気がしたのは甄姫の気の所為か。
いつもの彼女なら、
「うん、喜んでもらえるように頑張ります」
と、前向きに言うのに、何故、今日に限ってこのような表情を浮かべるのか。
「何をそんなに不安になるのです?」
甄姫が尋ねると、名無しさんは少し考えるように目を伏せ、それからぽつりと答えて言う。
「だって・・・誰かの為に何かをするの、初めてなんだもん」
甄姫は驚いたように目を瞬かせた。
初めて聞いた、名無しさんの胸の底。
そんな事はないでしょうにと、甄姫は目の前の名無しさんを見る。
きっとこの娘なら、村に居た頃から、誰かの為に動いて来た筈だ。
誰かが困らないように。
誰かが少しでも楽になるように。
けれど、恐らく、それは名無しさんにとって、当たり前の事だったのだろう。
誰かの笑顔を願って、自分から何かを贈ろうとする、それが初めてだからこそ、今日にも完成するであろう茱萸袋に、こんなにも不安になるのかもしれない。
初めての、喜んで欲しいと思う感情を持て余しているのだ。
本当に可愛らしい事、甄姫は心の中で小さく微笑む。
「大丈夫ですわ、名無しさん。こんなに一生懸命なんですもの。貴女のこの真心が届かない筈がありませんわ」
「・・・うん、甄姫様がそう言うなら」
そう言って彼女が見せた恥ずかしそうな笑顔に、甄姫はくらりと体を揺らした。
ああ・・・本当に、何て可愛らしいのかしら。