愛さずにはいられぬこの思い
貴女のお名前
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当たり前の日常の中で。
朝の冷気を追い払うように、柔らかな日差しが鍛錬場を照らしている。
時折、吹き抜ける風は冷たく、季節の移ろいを思わせる気配を運んでいた。
高い空の下で、張郃の声が響く。
「さあ、皆さん。もっと美しく、優雅に」
戦場でも美学を貫く彼らしい掛け声、そうして応えて響くのは武器がぶつかり、武具が擦れ合う音だ。
張郃はその様子を見回り、鍛錬場をゆっくりと巡る。
「ああ・・・そのように力んでは美しくありません」
だの、
「今の身のこなしは美しいですね。まるで、軽やかに跳ねる鹿のようです」
だのと、時に足を止めては兵たちに声を掛けていた。
それが端の方に居る兵であれ、細部まで美しくが指針の張郃が見落とす事はない。
ゆったりとした足取りでそちらへ行く張郃の目が、その視界の隅に不自然なものを捉えた。
鍛錬場の塀に沿って点々と並ぶ木々と草むらに、この時期には見かけない筈の鮮やかな色が見え隠れする。
「今のは・・・?」
張郃は訝しく思いながら、僅かに歩を速めてそちらへと向かった。
何か、小さなものが草むらの影で移動している。
更に近付くと、向こうもこちらに気が付いたのか、慌ててその場に姿を隠した。
張郃は目元を和らげ、傍まで来ると、草むらを覗き込むようにして鮮やかな色に声を掛ける。
「これは随分と可愛らしい花ですね」
そこには膝を抱えてしゃがみ込む名無しさんの姿があった。
隠れるように移動していた彼女は、気不味そうな表情で張郃を見上げる。
「・・・こんにちは、張郃様」
「こんにちは、名無しさん殿。この前は沢山のお裾分けをありがとうございます。・・・所で、今日はそのような場所で何を?」
と、尋ねる張郃には、丁寧な言葉と穏やかな表情とは裏腹に、その身を案じる気配を滲ませていた。
鍛錬の最中、いつ矢が飛んで来ないとも限らないこの場所で、何と危ない事をしているのか。
張郃は手を差し出して名無しさんを立たせると、半歩進み、鍛錬場の方からの視線を遮るように立った。
「袁紹殿の奥方が細作のような真似事とは・・・あまり感心しませんね」
「だって・・・こっちの方が近道なんだもん」
「近道、ですか?」
「・・・甄姫様の所に」
成る程、と張郃は頷く。
袁紹の屋敷から甄姫の居る室へは、この鍛錬場をぐるりと回らなければならない。
「そうでしたか。・・・確かに、ここを通った方が早いですね」
その言葉に、名無しさんがぱっと顔を上げる。
「じゃあ・・・」
通っても良いよね?と尋ねかける彼女を、張郃はぴしりと言った。
「ですが、矢張り危険です。今日の所は私が出口までお連れしますが、今後はこうはいきませんよ」
「・・・はぁい」
渋々と言った様子だったが、頷いた名無しさんを出口へと連れて歩き出す。
張郃は彼女が胸に大事そうに抱えている包みに気が付くと、尋ねて言った。
「甄姫殿の所へはどのようなご用で行かれるのですか?」
「刺繍を教えて頂きに」
名無しさんはそう言って、ちょっと包みを持ち直し、更に言葉を続ける。
「茱萸袋を作ってるんですけれど、私、そう言うの、あんまり得意じゃなくて・・・」
「そうでしたか」
茱萸袋と聞けば、その用途位は知っている。
張郃は微笑んで彼女に尋ねた。
「袁紹殿への贈物ですか?」
「・・・あっ!」
と、名無しさんが声を上げ、慌てた様子で口に手を当てる。
どうしたのかと思う間もなく、名無しさんが袖を引いて顔を寄せて来た。
「袁紹様には内緒!言っちゃ駄目!」
そのあまりの必死さに、張郃はくすくすと笑う。
恐らく、袁紹を驚かせたいのだろうとは容易に想像できた。
それ以上に、得意じゃないと言いながらも甄姫に教えを請いに行くとは。
近道に鍛錬場を突き抜けるのは頂けないが、もしもそこに逸る気持ちがあるのなら、何と可愛らしい人である事か。
張郃は屈んで名無しさんと視線を合わせると、
「承知致しました。この張儁乂、女性の頼みは断りません」
胸に手を当てて微笑んで見せた。
名無しさんがほっと息を吐く。
「本当に、言っちゃ駄目ですから」
「ええ、勿論です」
「約束ですよ」
と、小指を立てて差し出され、張郃は面食らって目を瞬かせた。
どこまでも、可愛らしい。
張郃はするりと指を絡めて頷く。
「名無しさん殿と私だけの秘密ですね」
そう言って漸く、彼女の顔が花のように綻んだ。
それを見て取った張郃は、絡めたままの指先に微かに力を込める。
「では、名無しさん殿。私の頼みも聞いて下さいますか?」
「はい、何でしょう」
「もし、これからも鍛錬場を通ると仰るのであれば、私をお呼び下さい」
途端に瞳を輝かせた彼女に、続けて言った。
「その時は私が貴女をご案内します。宜しいですね?」
「はい!よろしくお願いします」
名無しさんが見せた満開の笑顔、張郃はくすりと笑みを零す。
矢張り、突き抜ける予定がおありでしたか。
朝の冷気を追い払うように、柔らかな日差しが鍛錬場を照らしている。
時折、吹き抜ける風は冷たく、季節の移ろいを思わせる気配を運んでいた。
高い空の下で、張郃の声が響く。
「さあ、皆さん。もっと美しく、優雅に」
戦場でも美学を貫く彼らしい掛け声、そうして応えて響くのは武器がぶつかり、武具が擦れ合う音だ。
張郃はその様子を見回り、鍛錬場をゆっくりと巡る。
「ああ・・・そのように力んでは美しくありません」
だの、
「今の身のこなしは美しいですね。まるで、軽やかに跳ねる鹿のようです」
だのと、時に足を止めては兵たちに声を掛けていた。
それが端の方に居る兵であれ、細部まで美しくが指針の張郃が見落とす事はない。
ゆったりとした足取りでそちらへ行く張郃の目が、その視界の隅に不自然なものを捉えた。
鍛錬場の塀に沿って点々と並ぶ木々と草むらに、この時期には見かけない筈の鮮やかな色が見え隠れする。
「今のは・・・?」
張郃は訝しく思いながら、僅かに歩を速めてそちらへと向かった。
何か、小さなものが草むらの影で移動している。
更に近付くと、向こうもこちらに気が付いたのか、慌ててその場に姿を隠した。
張郃は目元を和らげ、傍まで来ると、草むらを覗き込むようにして鮮やかな色に声を掛ける。
「これは随分と可愛らしい花ですね」
そこには膝を抱えてしゃがみ込む名無しさんの姿があった。
隠れるように移動していた彼女は、気不味そうな表情で張郃を見上げる。
「・・・こんにちは、張郃様」
「こんにちは、名無しさん殿。この前は沢山のお裾分けをありがとうございます。・・・所で、今日はそのような場所で何を?」
と、尋ねる張郃には、丁寧な言葉と穏やかな表情とは裏腹に、その身を案じる気配を滲ませていた。
鍛錬の最中、いつ矢が飛んで来ないとも限らないこの場所で、何と危ない事をしているのか。
張郃は手を差し出して名無しさんを立たせると、半歩進み、鍛錬場の方からの視線を遮るように立った。
「袁紹殿の奥方が細作のような真似事とは・・・あまり感心しませんね」
「だって・・・こっちの方が近道なんだもん」
「近道、ですか?」
「・・・甄姫様の所に」
成る程、と張郃は頷く。
袁紹の屋敷から甄姫の居る室へは、この鍛錬場をぐるりと回らなければならない。
「そうでしたか。・・・確かに、ここを通った方が早いですね」
その言葉に、名無しさんがぱっと顔を上げる。
「じゃあ・・・」
通っても良いよね?と尋ねかける彼女を、張郃はぴしりと言った。
「ですが、矢張り危険です。今日の所は私が出口までお連れしますが、今後はこうはいきませんよ」
「・・・はぁい」
渋々と言った様子だったが、頷いた名無しさんを出口へと連れて歩き出す。
張郃は彼女が胸に大事そうに抱えている包みに気が付くと、尋ねて言った。
「甄姫殿の所へはどのようなご用で行かれるのですか?」
「刺繍を教えて頂きに」
名無しさんはそう言って、ちょっと包みを持ち直し、更に言葉を続ける。
「茱萸袋を作ってるんですけれど、私、そう言うの、あんまり得意じゃなくて・・・」
「そうでしたか」
茱萸袋と聞けば、その用途位は知っている。
張郃は微笑んで彼女に尋ねた。
「袁紹殿への贈物ですか?」
「・・・あっ!」
と、名無しさんが声を上げ、慌てた様子で口に手を当てる。
どうしたのかと思う間もなく、名無しさんが袖を引いて顔を寄せて来た。
「袁紹様には内緒!言っちゃ駄目!」
そのあまりの必死さに、張郃はくすくすと笑う。
恐らく、袁紹を驚かせたいのだろうとは容易に想像できた。
それ以上に、得意じゃないと言いながらも甄姫に教えを請いに行くとは。
近道に鍛錬場を突き抜けるのは頂けないが、もしもそこに逸る気持ちがあるのなら、何と可愛らしい人である事か。
張郃は屈んで名無しさんと視線を合わせると、
「承知致しました。この張儁乂、女性の頼みは断りません」
胸に手を当てて微笑んで見せた。
名無しさんがほっと息を吐く。
「本当に、言っちゃ駄目ですから」
「ええ、勿論です」
「約束ですよ」
と、小指を立てて差し出され、張郃は面食らって目を瞬かせた。
どこまでも、可愛らしい。
張郃はするりと指を絡めて頷く。
「名無しさん殿と私だけの秘密ですね」
そう言って漸く、彼女の顔が花のように綻んだ。
それを見て取った張郃は、絡めたままの指先に微かに力を込める。
「では、名無しさん殿。私の頼みも聞いて下さいますか?」
「はい、何でしょう」
「もし、これからも鍛錬場を通ると仰るのであれば、私をお呼び下さい」
途端に瞳を輝かせた彼女に、続けて言った。
「その時は私が貴女をご案内します。宜しいですね?」
「はい!よろしくお願いします」
名無しさんが見せた満開の笑顔、張郃はくすりと笑みを零す。
矢張り、突き抜ける予定がおありでしたか。