明日の朝
貴女のお名前
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袁紹は最後に鏡の中の自分を一瞥した。
寸分の隙もない、名族の姿。
「良い」
その一言に、使用人が静かに下がる。
それと入れ違いに、ぱたぱたと廊下を走る音が耳に届き、袁紹はぴくりと眉を上げた。
この屋敷でこんな音を立てるのは一人しか居ない。
全く、廊下を走るなと、何度言えば分かるのだ。
呆れ半分、怒り半分と言った様子で袁紹は廊下に顔を出す。
「あ、袁紹様!おはようございます」
言いながらこちらへ遣って来た彼女は、その勢いのまま、袁紹の手を両手で取った。
「袁紹様。こっち、こっちです」
ぐいぐいと手を引っ張る名無しさんに、袁紹は言う。
「待て。何だ、朝っぱらから騒々しい」
そうは言っていても、袁紹に手を振り解く様子はなく、名無しさんは彼を急かした。
「早く早く。見せたいものがあるんです」
山茱萸の木が逃げる訳でも、実が直ぐに落ちる訳でもない。
それでも、早く見せたい一心で、その手を引く。
袁紹は苦笑いを浮かべて、歩を進めた。
「名無しさんよ、見せたいものとは何だ」
「ふふっ、内緒です。でも、袁紹様もきっとびっくりしますよ」
廊下を進み、庭に出る。
何処までも広がる高く澄み渡った空、僅かに冷たくなった風が頬を撫でた。
もうそんなにかと、過ぎる時の早さに袁紹は前を行く名無しさんに視線を移す。
初めは、触れられる事に戸惑いを覚えていた彼女が、いつの間にか、自分から触れて来るようになった。
悪くない、その言葉が袁紹の胸を過ぎる。
名無しさんは足を緩めると、彼を振り返って言った。
「ほら、見て下さい袁紹様。実があんなに」
「ああ、どれ・・・」
促されて、視線を運ぶと、袁紹の目に山茱萸の赤い実が映る。
それは、袁紹にとっては何の変哲もない、ただの実だった。
そもそも、名無しさんを迎える前から庭はあったのだ。
その頃から時折、この庭を訪れていれば、この時期に山茱萸が赤く色付く事を忘れていても、知らない筈はない。
見飽きたとまでは言わないが、少なくとも彼女のように目を輝かせる程でもなかった。
「つやつやしてて、とっても綺麗でしょう?」
と、はしゃぐ名無しさんに、袁紹は口元を緩める。
「そうだな」
今年は特にそう思えた。
袁紹は手を伸ばし、幾つか実を摘み取る。
掌に乗る赤い実の一つ一つが、小さな灯火のようだ。
「これも、お薬になりますよ?」
窺うように名無しさんが聞いて来る。
遠回しに、しても良いかと聞いているのが分かり、袁紹はくつりと喉の奥を鳴らした。
全く、この娘は。
私が何を言おうと、あの軒先の束のように、いや、その元となる草を植えた時のように、勝手にやり出すだろうに。
それとも、私が断る筈がないと思って尋ねて来ているのか。
どちらにしろ、袁紹の中では、答える言葉は決まっていた。
「構わん、好きにせよ」
苦笑混じりの声、それでも許可は許可だ。
名無しさんは嬉しそうに頷く。
眺めていただけのこの実も、名無しさんの手にかかれば、あの軒先の仲間入りか、袁紹は掌の中の山茱萸を見下ろした。
不意に、彼女が言った言葉を思い出す。
「甘酸っぱくて、私は好きです」
袁紹は実を一つ、小枝から外すと、
「名無しさん、口を開けよ」
彼女の口元に運んだ。
名無しさんは何の迷いもなく口を開ける。
そのまま、袁紹は実を落とすように放り込んだ。
実を歯で噛み潰した瞬間、甘みよりも先に酸っぱさを舌に覚え、名無しさんは目と口をきゅっと閉じる。
それから、こくんと喉を動かして言った。
「甘酸っぱくて、美味しいです」
そう言って笑顔を見せた彼女は、何でもないことのように袁紹の掌に乗っていた実を摘み取る。
「袁紹様」
呼びかける声に、袁紹が視線を向けるより先に、名無しさんはその実を当たり前のように彼の口元に差し出していた。
その何気ない彼女の行動に、袁紹は一瞬だけ動きを止める。
私にも食べろと言う事か、とは聞かずとも分かった。
しかし、名族たる私が、児戯のような振る舞いをと、袁紹は躊躇う。
ちらりと名無しさんを見てみれば、変わらずにこにことしていて、袁紹は溜め息を吐いた。
「全く・・・」
そう呟いて、僅かに身を寄せて屈めると、名無しさんが背伸びをして袁紹の口に実を運ぶ。
「ふむ・・・酸いな」
寸分の隙もない、名族の姿。
「良い」
その一言に、使用人が静かに下がる。
それと入れ違いに、ぱたぱたと廊下を走る音が耳に届き、袁紹はぴくりと眉を上げた。
この屋敷でこんな音を立てるのは一人しか居ない。
全く、廊下を走るなと、何度言えば分かるのだ。
呆れ半分、怒り半分と言った様子で袁紹は廊下に顔を出す。
「あ、袁紹様!おはようございます」
言いながらこちらへ遣って来た彼女は、その勢いのまま、袁紹の手を両手で取った。
「袁紹様。こっち、こっちです」
ぐいぐいと手を引っ張る名無しさんに、袁紹は言う。
「待て。何だ、朝っぱらから騒々しい」
そうは言っていても、袁紹に手を振り解く様子はなく、名無しさんは彼を急かした。
「早く早く。見せたいものがあるんです」
山茱萸の木が逃げる訳でも、実が直ぐに落ちる訳でもない。
それでも、早く見せたい一心で、その手を引く。
袁紹は苦笑いを浮かべて、歩を進めた。
「名無しさんよ、見せたいものとは何だ」
「ふふっ、内緒です。でも、袁紹様もきっとびっくりしますよ」
廊下を進み、庭に出る。
何処までも広がる高く澄み渡った空、僅かに冷たくなった風が頬を撫でた。
もうそんなにかと、過ぎる時の早さに袁紹は前を行く名無しさんに視線を移す。
初めは、触れられる事に戸惑いを覚えていた彼女が、いつの間にか、自分から触れて来るようになった。
悪くない、その言葉が袁紹の胸を過ぎる。
名無しさんは足を緩めると、彼を振り返って言った。
「ほら、見て下さい袁紹様。実があんなに」
「ああ、どれ・・・」
促されて、視線を運ぶと、袁紹の目に山茱萸の赤い実が映る。
それは、袁紹にとっては何の変哲もない、ただの実だった。
そもそも、名無しさんを迎える前から庭はあったのだ。
その頃から時折、この庭を訪れていれば、この時期に山茱萸が赤く色付く事を忘れていても、知らない筈はない。
見飽きたとまでは言わないが、少なくとも彼女のように目を輝かせる程でもなかった。
「つやつやしてて、とっても綺麗でしょう?」
と、はしゃぐ名無しさんに、袁紹は口元を緩める。
「そうだな」
今年は特にそう思えた。
袁紹は手を伸ばし、幾つか実を摘み取る。
掌に乗る赤い実の一つ一つが、小さな灯火のようだ。
「これも、お薬になりますよ?」
窺うように名無しさんが聞いて来る。
遠回しに、しても良いかと聞いているのが分かり、袁紹はくつりと喉の奥を鳴らした。
全く、この娘は。
私が何を言おうと、あの軒先の束のように、いや、その元となる草を植えた時のように、勝手にやり出すだろうに。
それとも、私が断る筈がないと思って尋ねて来ているのか。
どちらにしろ、袁紹の中では、答える言葉は決まっていた。
「構わん、好きにせよ」
苦笑混じりの声、それでも許可は許可だ。
名無しさんは嬉しそうに頷く。
眺めていただけのこの実も、名無しさんの手にかかれば、あの軒先の仲間入りか、袁紹は掌の中の山茱萸を見下ろした。
不意に、彼女が言った言葉を思い出す。
「甘酸っぱくて、私は好きです」
袁紹は実を一つ、小枝から外すと、
「名無しさん、口を開けよ」
彼女の口元に運んだ。
名無しさんは何の迷いもなく口を開ける。
そのまま、袁紹は実を落とすように放り込んだ。
実を歯で噛み潰した瞬間、甘みよりも先に酸っぱさを舌に覚え、名無しさんは目と口をきゅっと閉じる。
それから、こくんと喉を動かして言った。
「甘酸っぱくて、美味しいです」
そう言って笑顔を見せた彼女は、何でもないことのように袁紹の掌に乗っていた実を摘み取る。
「袁紹様」
呼びかける声に、袁紹が視線を向けるより先に、名無しさんはその実を当たり前のように彼の口元に差し出していた。
その何気ない彼女の行動に、袁紹は一瞬だけ動きを止める。
私にも食べろと言う事か、とは聞かずとも分かった。
しかし、名族たる私が、児戯のような振る舞いをと、袁紹は躊躇う。
ちらりと名無しさんを見てみれば、変わらずにこにことしていて、袁紹は溜め息を吐いた。
「全く・・・」
そう呟いて、僅かに身を寄せて屈めると、名無しさんが背伸びをして袁紹の口に実を運ぶ。
「ふむ・・・酸いな」