紅きその唇
貴女のお名前
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客間に通された曹操は、袁紹が勧めるよりも早く、椅子に腰掛けた。
腕を組み、片腕で顎を支える。
「あれが妻か・・・」
何やら思案げに呟かれ、袁紹は軽く不快感を覚えた。
「何だ」
曹操は一度、ちらりと袁紹を見ると、小さく肩を揺らす。
「・・・いや、随分と幼いと思ってな」
「それだけか?」
「うむ」
それだけではなかったが、それ以上を今は説明する気にはなれず、曹操は話題を変えて言った。
「時に袁紹よ、お主はあれを綻びと見るか?」
「うむ?あれとは何だ」
「あの娘の足元よ。山茱萸の傍に、妙な茂みがあったであろう」
袁紹が黙る。
曹操がくつくつと笑った。
「ふ・・・お主の目には妻しか映っておらなんだか」
「そ、そんな事はない!そんな事はないぞ、うむ、言われてみればあったような気がせんでもない!」
「まあどちらでも良いが。・・・あの娘、あそこで何かを育てているぞ」
「何!?」
と、声を荒げた袁紹は、
「私の許可なく何かを育てているだと!?何たる不遜!・・・とでも言うと思ったか?」
次にはにやりと笑って続ける。
「あの庭は名無しさんにくれてやったものだ。何をしようが私の知った事ではない」
曹操はその言葉に軽く眉を動かした。
「ほう?随分と気前が良いな」
「庭の一つや二つ、どうと言う事はない。気にはなるがな。・・・綻びと言う位だ、曹操よ、お前は何かを知っているな?」
「さて、それは本人に聞いた方が早いであろうよ。のう、袁紹の妻よ」
扉の向こうに覚えた気配に、曹操が声を掛ける。
着替えを済ませた名無しさんが、扉を開け、茶を乗せた盆を手に持って入って来た。
「先程はお見苦しい所を・・・」
頭を下げる彼女を制して曹操が口を開く。
「いや、構わぬ。中々、興味深い光景であった」
興味深い、その言葉を露わになった脹ら脛の事だと受け取った名無しさんは再び、頬を染めた。
習った通りに、茶をそれぞれの前に差し出し、袁紹の背後に立つ。
袁紹はそこで改めて彼女を紹介して言った。
「妻の名無しさんだ。察しの通り、未だ慣れていない。余り虐めてやるな」
慣れていないと言う割りには、優雅な所作で礼を執る名無しさんに、曹操は目を細め、短く名乗る。
「袁紹とは旧知の仲だ。そう畏まらずとも良い」
「曹操よ、お前はもう少し遠慮を知れ」
その遣り取りに、名無しさんがくすっと笑った。
それを見て取った曹操は出された茶を一口含み、彼女に尋ねて言う。
「時に名無しさんよ、あの庭は袁紹からの贈り物だそうだな」
「はい、袁紹様に嫁いで・・・。お迎え頂いた時に」
袁紹に山茱萸の枝を飾られた時の事を思い出したのだろう、彼女はそっと指先で髪に触れた。
その経緯を曹操は知らないが、ちらりと見遣る袁紹は、名無しさんから少し視線を逸らしていて、何かあったなと覚る。
しかし、知りたいのはそれではない。
曹操は名無しさんを見据えた。
さて、どれ程のものかと、口を開く。
「あの場所で袁紹の知らぬ内に何かを育てているな?」
婉曲ではない質問に、名無しさんは無意識に背筋を伸ばしながらも、袁紹の様子を横目で窺い、答えて言った。
「・・・三枝九葉草 を育てています」
「・・・ふむ」
と、一つ頷いて、曹操は茶を含んで飲み下す。
「待て待て、一人で納得するな。何だ、その三枝・・・?」
聞き慣れない名前に戸惑う袁紹に、曹操が、
「三枝九葉草」
「そう、その三枝九葉草とは」
続きを名無しさんが引き取って言った。
「お薬になる植物の名前です」
「薬・・・だと?」
「はい」
名無しさんは頷くと、曹操に困ったような笑みを向ける。
悪戯が露見してしまった子どものように、ぺろりと小さく舌を出し、続けて言った。
「あの場所なら、見付かり難いと思ったんですけれど・・・」
「ほう、それだけで場所を選んだか」
試すような曹操の口振り、名無しさんは直ぐに否定して首を振る。
「いいえ、あの場所は少し前までは日当たりの良い場所でした。この時期には日陰にもなる位置でしたし、風通しも良いので、あの場所に植えました」
「植えたのは嫁いで間もない頃か」
「はい」
「その時に既にあの場所ならば日陰になると分かっていたのか?」
何故、曹操がそんな質問をするのか、名無しさんは不思議に思って首を傾げた。
「だって、太陽の位置を見れば分かるでしょう?」
いつの間にか、名無しさんの言葉の様子も変わっている。
くつり、と堪え切れない声が、曹操から漏れた。
「そうか、では何故、三枝九葉草なのだ。似たようなものならば、他にもあろう」
それこそ、何を言っているのだろうと、彼女は目を瞬かせる。
「だって、山茱萸があるじゃないですか」
何と言う娘だ。
今度こそ、曹操は声を上げて笑った。
この上なく愉快だった。
さっぱり分からないのは袁紹だけで、二人の顔を交互に見ている。
「待て、二人とも。私を置いて行くな。私にも分かるように説明せんか」
「まあもう少し待て、袁紹。・・・名無しさんよ、何故、三枝九葉草なのだ。これは先程の問いと同じではない。分かっていような?」
名無しさんはそこで照れたような表情を浮かべた。
「袁紹様はお忙しいから、お疲れが取れるようにと思って・・・。村の人が農作業で疲れた時に飲んでたから」
「・・・そうか」
その答えは曹操の好みではなかったようだ、しかし、名無しさんはそれ以外の答えを持っていなかった。
それでも、曹操は静かに頷いて深く息を吐く。
「・・・さて、袁紹よ」
「何だ」
置いてきぼりを食らった袁紹は、不機嫌そうに曹操を睨んだ。
そんな彼を、曹操は宥めるようにして言う。
「そう睨むな。後でゆっくり説明してやる。お主の拗ねた顔なぞ見たくもないわ」
「睨んでもおらぬし、拗ねてもおらぬわ」
吐き捨てるような言い方に、また曹操が笑った。
「・・・袁紹よ。儂が思うに、三枝九葉草が植えられていては、あの庭の景観を損ねるであろう」
「まあ、外れているとは言え、全体的に見ればそうであろうな」
それを聞いて、名無しさんの肩が落ちる。
袁紹様に叱られるかな。
黙って勝手に植えちゃったし。
でも、曹操様は分かってくれたみたいだし、袁紹様を説得してくれるかな。
そう思って、そろりと見る曹操はこの状況を楽しんでいるように見えた。
曹操が茶を含む。
「となれば、あの茂みは屋敷の綻びと言えよう」
「まあ、そうであろうな」
あまり深く考えずに袁紹は頷いた。
曹操が何を言いたいのか、さっぱり分からない。
「だが、名無しさんならば、そうとは見ぬであろうな」
「まあ・・・私の体を気遣うが故にやった事だと思えば・・・」
可愛いと思わないでもない、と言う言葉を飲み込み、彼女に視線を移す。
名無しさんも袁紹を見ていたようで、視線が合った瞬間、慌てたように顔を俯けた。
その仕草に、曹操は小さく笑みを零す。
賢いかと思えば、初々しい面も見せおるか。
「それで結局、お前は何が言いたいのだ?」
と、袁紹に急かされ、曹操は視線を戻した。
「うむ、見ように因っては、あの庭はあのままでも良いのかもしれんと思ってな」
「だから何だ?」
曹操は無言でそれに目を向ける。
袁紹の傍らにある、彼女から取り上げたまま、持って来た鉄鏟。
「それを名無しさんに返してやってはどうだ?」
それを聞いた瞬間、ぱっと名無しさんの顔が輝いた。
袁紹も深く息を吐くと、苦笑いを浮かべて言う。
「それならそうと言えば良いものを。回りくどい」
「だが、理由なく儂の言う事を聞くお主でもあるまい?」
そうかもしれんな、と袁紹は内心で頷いた。
何も知らないままであったら、名族としての振る舞いではないと彼女を叱っていただろう。
しかし今、彼女の行いが自分の体を慮った故の事であるなら、それを嬉しく思う自分が居る。
袁紹は名無しさんに鉄鏟を差し出した。
「名無しさんよ。許すからと言って、何でもかんでも植えるでないぞ」
「はい!」
名無しさんは受け取った鉄鏟を大事そうに胸に抱えると、
「ありがとうございます、曹操様!」
「そこは私だろう!?」
曹操を盛大に笑わせた。
腕を組み、片腕で顎を支える。
「あれが妻か・・・」
何やら思案げに呟かれ、袁紹は軽く不快感を覚えた。
「何だ」
曹操は一度、ちらりと袁紹を見ると、小さく肩を揺らす。
「・・・いや、随分と幼いと思ってな」
「それだけか?」
「うむ」
それだけではなかったが、それ以上を今は説明する気にはなれず、曹操は話題を変えて言った。
「時に袁紹よ、お主はあれを綻びと見るか?」
「うむ?あれとは何だ」
「あの娘の足元よ。山茱萸の傍に、妙な茂みがあったであろう」
袁紹が黙る。
曹操がくつくつと笑った。
「ふ・・・お主の目には妻しか映っておらなんだか」
「そ、そんな事はない!そんな事はないぞ、うむ、言われてみればあったような気がせんでもない!」
「まあどちらでも良いが。・・・あの娘、あそこで何かを育てているぞ」
「何!?」
と、声を荒げた袁紹は、
「私の許可なく何かを育てているだと!?何たる不遜!・・・とでも言うと思ったか?」
次にはにやりと笑って続ける。
「あの庭は名無しさんにくれてやったものだ。何をしようが私の知った事ではない」
曹操はその言葉に軽く眉を動かした。
「ほう?随分と気前が良いな」
「庭の一つや二つ、どうと言う事はない。気にはなるがな。・・・綻びと言う位だ、曹操よ、お前は何かを知っているな?」
「さて、それは本人に聞いた方が早いであろうよ。のう、袁紹の妻よ」
扉の向こうに覚えた気配に、曹操が声を掛ける。
着替えを済ませた名無しさんが、扉を開け、茶を乗せた盆を手に持って入って来た。
「先程はお見苦しい所を・・・」
頭を下げる彼女を制して曹操が口を開く。
「いや、構わぬ。中々、興味深い光景であった」
興味深い、その言葉を露わになった脹ら脛の事だと受け取った名無しさんは再び、頬を染めた。
習った通りに、茶をそれぞれの前に差し出し、袁紹の背後に立つ。
袁紹はそこで改めて彼女を紹介して言った。
「妻の名無しさんだ。察しの通り、未だ慣れていない。余り虐めてやるな」
慣れていないと言う割りには、優雅な所作で礼を執る名無しさんに、曹操は目を細め、短く名乗る。
「袁紹とは旧知の仲だ。そう畏まらずとも良い」
「曹操よ、お前はもう少し遠慮を知れ」
その遣り取りに、名無しさんがくすっと笑った。
それを見て取った曹操は出された茶を一口含み、彼女に尋ねて言う。
「時に名無しさんよ、あの庭は袁紹からの贈り物だそうだな」
「はい、袁紹様に嫁いで・・・。お迎え頂いた時に」
袁紹に山茱萸の枝を飾られた時の事を思い出したのだろう、彼女はそっと指先で髪に触れた。
その経緯を曹操は知らないが、ちらりと見遣る袁紹は、名無しさんから少し視線を逸らしていて、何かあったなと覚る。
しかし、知りたいのはそれではない。
曹操は名無しさんを見据えた。
さて、どれ程のものかと、口を開く。
「あの場所で袁紹の知らぬ内に何かを育てているな?」
婉曲ではない質問に、名無しさんは無意識に背筋を伸ばしながらも、袁紹の様子を横目で窺い、答えて言った。
「・・・
「・・・ふむ」
と、一つ頷いて、曹操は茶を含んで飲み下す。
「待て待て、一人で納得するな。何だ、その三枝・・・?」
聞き慣れない名前に戸惑う袁紹に、曹操が、
「三枝九葉草」
「そう、その三枝九葉草とは」
続きを名無しさんが引き取って言った。
「お薬になる植物の名前です」
「薬・・・だと?」
「はい」
名無しさんは頷くと、曹操に困ったような笑みを向ける。
悪戯が露見してしまった子どものように、ぺろりと小さく舌を出し、続けて言った。
「あの場所なら、見付かり難いと思ったんですけれど・・・」
「ほう、それだけで場所を選んだか」
試すような曹操の口振り、名無しさんは直ぐに否定して首を振る。
「いいえ、あの場所は少し前までは日当たりの良い場所でした。この時期には日陰にもなる位置でしたし、風通しも良いので、あの場所に植えました」
「植えたのは嫁いで間もない頃か」
「はい」
「その時に既にあの場所ならば日陰になると分かっていたのか?」
何故、曹操がそんな質問をするのか、名無しさんは不思議に思って首を傾げた。
「だって、太陽の位置を見れば分かるでしょう?」
いつの間にか、名無しさんの言葉の様子も変わっている。
くつり、と堪え切れない声が、曹操から漏れた。
「そうか、では何故、三枝九葉草なのだ。似たようなものならば、他にもあろう」
それこそ、何を言っているのだろうと、彼女は目を瞬かせる。
「だって、山茱萸があるじゃないですか」
何と言う娘だ。
今度こそ、曹操は声を上げて笑った。
この上なく愉快だった。
さっぱり分からないのは袁紹だけで、二人の顔を交互に見ている。
「待て、二人とも。私を置いて行くな。私にも分かるように説明せんか」
「まあもう少し待て、袁紹。・・・名無しさんよ、何故、三枝九葉草なのだ。これは先程の問いと同じではない。分かっていような?」
名無しさんはそこで照れたような表情を浮かべた。
「袁紹様はお忙しいから、お疲れが取れるようにと思って・・・。村の人が農作業で疲れた時に飲んでたから」
「・・・そうか」
その答えは曹操の好みではなかったようだ、しかし、名無しさんはそれ以外の答えを持っていなかった。
それでも、曹操は静かに頷いて深く息を吐く。
「・・・さて、袁紹よ」
「何だ」
置いてきぼりを食らった袁紹は、不機嫌そうに曹操を睨んだ。
そんな彼を、曹操は宥めるようにして言う。
「そう睨むな。後でゆっくり説明してやる。お主の拗ねた顔なぞ見たくもないわ」
「睨んでもおらぬし、拗ねてもおらぬわ」
吐き捨てるような言い方に、また曹操が笑った。
「・・・袁紹よ。儂が思うに、三枝九葉草が植えられていては、あの庭の景観を損ねるであろう」
「まあ、外れているとは言え、全体的に見ればそうであろうな」
それを聞いて、名無しさんの肩が落ちる。
袁紹様に叱られるかな。
黙って勝手に植えちゃったし。
でも、曹操様は分かってくれたみたいだし、袁紹様を説得してくれるかな。
そう思って、そろりと見る曹操はこの状況を楽しんでいるように見えた。
曹操が茶を含む。
「となれば、あの茂みは屋敷の綻びと言えよう」
「まあ、そうであろうな」
あまり深く考えずに袁紹は頷いた。
曹操が何を言いたいのか、さっぱり分からない。
「だが、名無しさんならば、そうとは見ぬであろうな」
「まあ・・・私の体を気遣うが故にやった事だと思えば・・・」
可愛いと思わないでもない、と言う言葉を飲み込み、彼女に視線を移す。
名無しさんも袁紹を見ていたようで、視線が合った瞬間、慌てたように顔を俯けた。
その仕草に、曹操は小さく笑みを零す。
賢いかと思えば、初々しい面も見せおるか。
「それで結局、お前は何が言いたいのだ?」
と、袁紹に急かされ、曹操は視線を戻した。
「うむ、見ように因っては、あの庭はあのままでも良いのかもしれんと思ってな」
「だから何だ?」
曹操は無言でそれに目を向ける。
袁紹の傍らにある、彼女から取り上げたまま、持って来た鉄鏟。
「それを名無しさんに返してやってはどうだ?」
それを聞いた瞬間、ぱっと名無しさんの顔が輝いた。
袁紹も深く息を吐くと、苦笑いを浮かべて言う。
「それならそうと言えば良いものを。回りくどい」
「だが、理由なく儂の言う事を聞くお主でもあるまい?」
そうかもしれんな、と袁紹は内心で頷いた。
何も知らないままであったら、名族としての振る舞いではないと彼女を叱っていただろう。
しかし今、彼女の行いが自分の体を慮った故の事であるなら、それを嬉しく思う自分が居る。
袁紹は名無しさんに鉄鏟を差し出した。
「名無しさんよ。許すからと言って、何でもかんでも植えるでないぞ」
「はい!」
名無しさんは受け取った鉄鏟を大事そうに胸に抱えると、
「ありがとうございます、曹操様!」
「そこは私だろう!?」
曹操を盛大に笑わせた。