慎ましい娘
貴女のお名前
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袁紹は懐から小刀を取り出すと、細い枝を選んで刃を当てた。
力を加え、玉のように丸く並ぶ黄色の花を枝ごと切り落とす。
名無しさんに花がよく見えるように差し出して言った。
「これは山茱萸 と言う」
それを聞いて、名無しさんの表情がぱっと輝く。
「それなら知ってます!」
名無しさんは袁紹に身を寄せ、勢い込んで続けて言った。
「秋になったら赤い実を付けます。食べたら口の中がちょっときゅってするけど、甘酸っぱくて私は好きです」
「そ、そうか・・・」
面食らって目を瞬かせる袁紹に構わず、名無しさんは更に彼に体をずいっと寄せる。
「あと、種を取ってから乾燥させてお薬にします。村のお年寄りが時々、使ってます」
「そうか」
その得意げな様子が可笑しいやら、愛らしいやら。
袁紹は目を細め、頬を緩めた。
しかし、ここでは違うと、口を開く。
「だが、我が屋敷では食したり薬として使う事はない。花とはあくまで愛でるもの・・・」
言いながら、手の中の山茱萸の枝を名無しさんの結い上げた髪に挿し込んだ。
袁家に嫁ぐ事を意識して誂えられたのであろう、彼女が着ている黄色の衣服とも揃いになる。
「ふむ、似合うではないか」
名無しさんは一瞬、何をされたか分からず、きょとんとした表情を浮かべた。
それから、髪に違和感を覚えて手を運び、柔らかい花に触れる。
花を飾られたのだ、そう気付いた途端、彼女はみるみる頬を赤く染めた。
「袁紹様・・・な、何を」
「何を、だと?」
袁紹が呆れたような表情を浮かべる。
「妻に花を送るのは当然であろう」
「で、でも・・・」
おろおろとする彼女に、袁紹は少しむっとした。
「何だ、気に入らぬのか」
「いえ・・・そうではなくて」
「では何だと言うのだ」
強い口調で言われ、名無しさんは、
「だって・・・だって・・」
と、真っ赤な顔で何度も同じ言葉を繰り返す。
一向に肝心の理由が出て来ない、流石の袁紹も、ちっとも進まない会話に焦れ、
「ええい、何だと言うのだ!」
つい、声を張り上げてしまった。
しまったと思った時には遅い、名無しさんが一つ、息を吸って、感情を溢れさせる。
「だって、こんな風にされたの初めてなんだもん!」
勢いで言葉遣いが田舎のそれに戻っていた。
その様子に、今度は袁紹が目を丸くする。
初めて、だと?
こんな事が、か?
花の一つや二つ、男から贈られていても不思議ではない年齢だと言うのに。
袁紹は目の前で恥ずかしそうに俯いた名無しさんをまじまじと見た。
頬を耳まで赤く染め、視線を忙しなく彷徨わせている。
勢い任せに叫んだとは思えぬ程、その体は小さく縮こまっていた。
名無しさんの髪に挿した山茱萸が吹く風に揺れている。
愛らしい、その短い一言が不意に脳裏を過ぎり、袁紹は僅かに眉を顰めた。
花を挿した程度で。
ただ、それだけの事で。
名族の男であれば、女へ花を贈るなど珍しくも何ともない。
まして相手は己の妻なのだ、至極当然だろう。
それを、この娘は、頬どころか耳まで赤く染め、今にも消えてしまいそうな程、小さくなっている。
袁紹は無意識に名無しさんの髪へ視線を向けた。
黒髪に揺れる山茱萸の明るい色が、春の日差しによく映えている。
似合うではないか、いや、そうではない。
だが、先程、名無しさんの髪へ触れた時の柔らかな感触が、何故か未だ指先に残っている気がした。
袁紹は誤魔化すように咳払いを一つすると、
「・・・そうであったか」
とだけ言った。
名無しさんが恐る恐る顔を上げる。
潤んだ瞳が不安げに袁紹を窺っていた。
先程、声を荒げた事を気にしているのだろう。
袁紹は小さく息を吐く。
「別に、咎めてはおらぬ」
「え・・・?」
「花を贈られた程度で、そこまで慌てる娘は珍しいと思っただけよ」
そう言った途端、名無しさんの顔がまた赤くなる。
袁紹は彼女のその反応に、内心で首を傾げた。
本当に、初めてなのだろうか。
花を贈られた事も、男に髪へ触れられた事も。
そう思えば、確かに得心がいく。
祝言の時の、我ながら上っ面の良いと思いながら掛けた言葉に、恥ずかしそうに頬を染めた娘。
先程からの反応も、それなら説明が付いた。
袁紹は改めて名無しさんを見た。
春風に揺れる山茱萸。
その下で恥ずかしそうに俯く横顔。
他の男へ、このような顔を向けた事はないのかも知れぬ。
そう考えた瞬間、不思議と胸の内が満たされる。
袁紹はそれを悟られぬよう、静かに視線を逸らした。
当然だ。
この袁本初の妻となる女が、他の男から軽々しく花など贈られていて堪るものか。
そう思う一方で、口元が僅かに緩みそうになる。
袁紹は再び咳払いをして、それを押し隠した。
力を加え、玉のように丸く並ぶ黄色の花を枝ごと切り落とす。
名無しさんに花がよく見えるように差し出して言った。
「これは
それを聞いて、名無しさんの表情がぱっと輝く。
「それなら知ってます!」
名無しさんは袁紹に身を寄せ、勢い込んで続けて言った。
「秋になったら赤い実を付けます。食べたら口の中がちょっときゅってするけど、甘酸っぱくて私は好きです」
「そ、そうか・・・」
面食らって目を瞬かせる袁紹に構わず、名無しさんは更に彼に体をずいっと寄せる。
「あと、種を取ってから乾燥させてお薬にします。村のお年寄りが時々、使ってます」
「そうか」
その得意げな様子が可笑しいやら、愛らしいやら。
袁紹は目を細め、頬を緩めた。
しかし、ここでは違うと、口を開く。
「だが、我が屋敷では食したり薬として使う事はない。花とはあくまで愛でるもの・・・」
言いながら、手の中の山茱萸の枝を名無しさんの結い上げた髪に挿し込んだ。
袁家に嫁ぐ事を意識して誂えられたのであろう、彼女が着ている黄色の衣服とも揃いになる。
「ふむ、似合うではないか」
名無しさんは一瞬、何をされたか分からず、きょとんとした表情を浮かべた。
それから、髪に違和感を覚えて手を運び、柔らかい花に触れる。
花を飾られたのだ、そう気付いた途端、彼女はみるみる頬を赤く染めた。
「袁紹様・・・な、何を」
「何を、だと?」
袁紹が呆れたような表情を浮かべる。
「妻に花を送るのは当然であろう」
「で、でも・・・」
おろおろとする彼女に、袁紹は少しむっとした。
「何だ、気に入らぬのか」
「いえ・・・そうではなくて」
「では何だと言うのだ」
強い口調で言われ、名無しさんは、
「だって・・・だって・・」
と、真っ赤な顔で何度も同じ言葉を繰り返す。
一向に肝心の理由が出て来ない、流石の袁紹も、ちっとも進まない会話に焦れ、
「ええい、何だと言うのだ!」
つい、声を張り上げてしまった。
しまったと思った時には遅い、名無しさんが一つ、息を吸って、感情を溢れさせる。
「だって、こんな風にされたの初めてなんだもん!」
勢いで言葉遣いが田舎のそれに戻っていた。
その様子に、今度は袁紹が目を丸くする。
初めて、だと?
こんな事が、か?
花の一つや二つ、男から贈られていても不思議ではない年齢だと言うのに。
袁紹は目の前で恥ずかしそうに俯いた名無しさんをまじまじと見た。
頬を耳まで赤く染め、視線を忙しなく彷徨わせている。
勢い任せに叫んだとは思えぬ程、その体は小さく縮こまっていた。
名無しさんの髪に挿した山茱萸が吹く風に揺れている。
愛らしい、その短い一言が不意に脳裏を過ぎり、袁紹は僅かに眉を顰めた。
花を挿した程度で。
ただ、それだけの事で。
名族の男であれば、女へ花を贈るなど珍しくも何ともない。
まして相手は己の妻なのだ、至極当然だろう。
それを、この娘は、頬どころか耳まで赤く染め、今にも消えてしまいそうな程、小さくなっている。
袁紹は無意識に名無しさんの髪へ視線を向けた。
黒髪に揺れる山茱萸の明るい色が、春の日差しによく映えている。
似合うではないか、いや、そうではない。
だが、先程、名無しさんの髪へ触れた時の柔らかな感触が、何故か未だ指先に残っている気がした。
袁紹は誤魔化すように咳払いを一つすると、
「・・・そうであったか」
とだけ言った。
名無しさんが恐る恐る顔を上げる。
潤んだ瞳が不安げに袁紹を窺っていた。
先程、声を荒げた事を気にしているのだろう。
袁紹は小さく息を吐く。
「別に、咎めてはおらぬ」
「え・・・?」
「花を贈られた程度で、そこまで慌てる娘は珍しいと思っただけよ」
そう言った途端、名無しさんの顔がまた赤くなる。
袁紹は彼女のその反応に、内心で首を傾げた。
本当に、初めてなのだろうか。
花を贈られた事も、男に髪へ触れられた事も。
そう思えば、確かに得心がいく。
祝言の時の、我ながら上っ面の良いと思いながら掛けた言葉に、恥ずかしそうに頬を染めた娘。
先程からの反応も、それなら説明が付いた。
袁紹は改めて名無しさんを見た。
春風に揺れる山茱萸。
その下で恥ずかしそうに俯く横顔。
他の男へ、このような顔を向けた事はないのかも知れぬ。
そう考えた瞬間、不思議と胸の内が満たされる。
袁紹はそれを悟られぬよう、静かに視線を逸らした。
当然だ。
この袁本初の妻となる女が、他の男から軽々しく花など贈られていて堪るものか。
そう思う一方で、口元が僅かに緩みそうになる。
袁紹は再び咳払いをして、それを押し隠した。