あなたが愛情を込めて
貴女のお名前
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我が家の門の前で名無しさんは何度目になるか分からない言葉を口にする。
「鄧艾様、もうここで・・・」
城下街を出てから、折に触れてはそう言っていた名無しさんだったが、
「いえ、もう少し先まで」
鄧艾は頑なにそれを譲ろうとしなかった。
それ所か、断ろうとする度に、もっと話がしたい、などと言われては名無しさんに断れる筈がない。
それがただの気遣いなのか、それとも違う何かなのか。
分からないまま、気が付けば自宅に帰り着いていた。
流石にここまで来れば大丈夫だと、名無しさんは礼を言う。
「送って下さって、ありがとうございました」
「こちらこそ。自分の趣味にお付き合い頂いて」
鄧艾は丁寧に頭を下げた。
「ご自宅に入られるまでを見届けるのが、自分の任務です」
任務だなんて、可笑しい。
でも、鄧艾様らしいわ。
名無しさんは軋む音を立てて門を開いた、その先に、
「随分と遅かったわね、名無しさん」
腕を組んで立つ母の姿を認め、背筋を強張らせる。
「お、お母様・・・」
笑顔なのが逆に怖い。
張春華は組んだ腕の、その指先をとんとんと叩いていた。
怒っているのが仕草から分かる。
「こんな時間まで一体、何処で何をしていたのかしら?」
「ええと、それは・・・」
「ちゃんと説明、できるわよね?」
「あ、あの・・・」
母に気圧されて一歩下がる彼女の後ろから、鄧艾が割って入った。
「申し訳ありません、全ての責は自分に。どうか、そこまでに・・・」
「あら、鄧艾殿」
そこで初めて、張春華は鄧艾の存在に気付いたのか、驚いたように目を瞬かせる。
鄧艾は一歩踏み出し、名無しさんの隣で改めて礼を執って言った。
「本日は自分が昼食に出ようとした所、名無しさん殿がいらしたので、つい声をかけてしまいました。名無しさん殿は自分に付き合って下さっただけの事」
「鄧艾様・・・」
名無しさんは鄧艾を見上げる。
どうしてそんな嘘を、と目で問い掛けて来る彼女に、鄧艾は軽く頷いて見せた。
どうせ本当の所は張春華には分からないのだ。
それならば、名無しさん殿の元気がなくならない方が良い。
「お叱りならば、自分が」
「そう・・・」
と、張春華が目を細める。
何かを言おうとして、ゆっくりと息を吸う動きに、名無しさんは声を上げた。
「違うんです、お母様。私が・・・私が一緒に行きたいって言ったんです!だから、鄧艾様は悪くないの」
「名無しさん殿・・・」
「ごめんなさい、帰るのが遅くなって」
張春華はそれを聞いて、優しく微笑む。
「ちゃんと謝れたわね」
「え・・・?」
「それで良いの」
そう言って、名無しさんに近付くと、彼女の頭を撫でた。
「先ず、ちゃんと謝る事。可愛い娘が中々帰って来ないんだもの、母親が心配するのは当たり前でしょう?どっちが誘った、なんて、どうでも良いのよ」
先程とは違う、優しい声。
大好きな母の声。
「今は詳しくは聞かないわ。態々、家まで送って下さったんですもの」
でも、後で聞かせて貰うわよと、名無しさんに耳打ちして、張春華は鄧艾に向き直った。
「鄧艾殿。娘を送って下さった事、私からもお礼を申し上げます」
「いえ、当然の事をしたまでです」
一貫して変わらない態度の鄧艾に対し、張春華は少し、口調を緩める。
「所で、鄧艾殿」
「は・・・何か」
「名無しさんは小さい割によく食べるでしょう?」
「お母様!?」
突然、何を言い出すのと、名無しさんは母親を見上げた。
顔を真っ赤にして抗議する娘の声を無視し、張春華が続けて言う。
「この子ったら毎回、うちの男たちにも負けない食欲を見せるんですもの。驚いたでしょう?」
「は・・・はあ。いえ、自分も食べる方なので・・・」
「お母様!そんな事、鄧艾様に言わないで!」
「あら、大事な事よ。名無しさん、貴女、ちゃんとお金払った?」
「あっ・・・」
言われてみれば、彼が傍に居る事が嬉しくて、初めての買い食いが楽しくて、夢中になっていたあまり、すっかり忘れていた。
懐を弄り出す名無しさんを、鄧艾が制して言う。
「いえ、今日の所は。自分が名無しさん殿をお誘いしたのですから」
徹底して、自分が誘った事にする鄧艾に、名無しさんは困ったように眉を下げた。
「でも・・・」
「お気になさらず。・・・張春華殿も、どうか」
唇の端を上げ、張春華がにっこりと微笑む。
「そう仰るのなら、せめて娘がお返しできる機会を作って下さらない?」
鄧艾はちらりと名無しさんに視線を遣った。
「・・・つまり、また名無しさん殿をお誘いしても良いと?」
「それは本人次第。直接、聞いて下さらないと」
澄ました顔で言う張春華に、鄧艾は息を吐く。
そうして、名無しさんの顔を正面から見て言った。
「では・・・名無しさん殿」
「は、はい」
名無しさんは反射的に背筋を伸ばす。
「機会があれば、また自分の趣味に付き合って頂けないだろうか」
鄧艾はそこで言葉を切ると、少し淀みながら続けて言った。
「・・・その、貴女と過ごす時間は楽しく、食事はいつもより美味しく感じられた。・・・自分としては、近い内にお誘いしたいのだが・・・」
「えぇと・・・」
また行っても良いのかしら、名無しさんは張春華を窺うように見るが、母親は何も言わない。
代わりに穏やかに頷いた。
好きにしなさい、そう言っているように見えて、名無しさんは頬を染め、短く答える。
「はい、是非」
鄧艾が去り、閉めた扉の内側で張春華は名無しさんに言った。
「名無しさん、後で肉まんを美味しく作る秘訣を教えてあげるわ」
「え、でも、私には未だ早いって・・・」
名無しさんが不思議そうな表情を浮かべる。
どういった心境の変化だろうと、首を傾げるその仕草は未だ未だ子どもっぽい。
しかし、確かに彼女は少しずつ成長していた。
張春華は何処か寂し気な様子で娘を見る。
「・・・そうね、さっきまではそう思っていたわ。けれど・・・」
恐らく、そう遠くない内に必要になるだろう、張春華は確信にも似た予感を、今日の二人の様子に抱いていた。
そしてこの日、名無しさんは母から秘訣を聞き出す。
「良い事、名無しさん。一番大切なのは、「あなたが愛情を込めて」作る事よ」
→あとがき
「鄧艾様、もうここで・・・」
城下街を出てから、折に触れてはそう言っていた名無しさんだったが、
「いえ、もう少し先まで」
鄧艾は頑なにそれを譲ろうとしなかった。
それ所か、断ろうとする度に、もっと話がしたい、などと言われては名無しさんに断れる筈がない。
それがただの気遣いなのか、それとも違う何かなのか。
分からないまま、気が付けば自宅に帰り着いていた。
流石にここまで来れば大丈夫だと、名無しさんは礼を言う。
「送って下さって、ありがとうございました」
「こちらこそ。自分の趣味にお付き合い頂いて」
鄧艾は丁寧に頭を下げた。
「ご自宅に入られるまでを見届けるのが、自分の任務です」
任務だなんて、可笑しい。
でも、鄧艾様らしいわ。
名無しさんは軋む音を立てて門を開いた、その先に、
「随分と遅かったわね、名無しさん」
腕を組んで立つ母の姿を認め、背筋を強張らせる。
「お、お母様・・・」
笑顔なのが逆に怖い。
張春華は組んだ腕の、その指先をとんとんと叩いていた。
怒っているのが仕草から分かる。
「こんな時間まで一体、何処で何をしていたのかしら?」
「ええと、それは・・・」
「ちゃんと説明、できるわよね?」
「あ、あの・・・」
母に気圧されて一歩下がる彼女の後ろから、鄧艾が割って入った。
「申し訳ありません、全ての責は自分に。どうか、そこまでに・・・」
「あら、鄧艾殿」
そこで初めて、張春華は鄧艾の存在に気付いたのか、驚いたように目を瞬かせる。
鄧艾は一歩踏み出し、名無しさんの隣で改めて礼を執って言った。
「本日は自分が昼食に出ようとした所、名無しさん殿がいらしたので、つい声をかけてしまいました。名無しさん殿は自分に付き合って下さっただけの事」
「鄧艾様・・・」
名無しさんは鄧艾を見上げる。
どうしてそんな嘘を、と目で問い掛けて来る彼女に、鄧艾は軽く頷いて見せた。
どうせ本当の所は張春華には分からないのだ。
それならば、名無しさん殿の元気がなくならない方が良い。
「お叱りならば、自分が」
「そう・・・」
と、張春華が目を細める。
何かを言おうとして、ゆっくりと息を吸う動きに、名無しさんは声を上げた。
「違うんです、お母様。私が・・・私が一緒に行きたいって言ったんです!だから、鄧艾様は悪くないの」
「名無しさん殿・・・」
「ごめんなさい、帰るのが遅くなって」
張春華はそれを聞いて、優しく微笑む。
「ちゃんと謝れたわね」
「え・・・?」
「それで良いの」
そう言って、名無しさんに近付くと、彼女の頭を撫でた。
「先ず、ちゃんと謝る事。可愛い娘が中々帰って来ないんだもの、母親が心配するのは当たり前でしょう?どっちが誘った、なんて、どうでも良いのよ」
先程とは違う、優しい声。
大好きな母の声。
「今は詳しくは聞かないわ。態々、家まで送って下さったんですもの」
でも、後で聞かせて貰うわよと、名無しさんに耳打ちして、張春華は鄧艾に向き直った。
「鄧艾殿。娘を送って下さった事、私からもお礼を申し上げます」
「いえ、当然の事をしたまでです」
一貫して変わらない態度の鄧艾に対し、張春華は少し、口調を緩める。
「所で、鄧艾殿」
「は・・・何か」
「名無しさんは小さい割によく食べるでしょう?」
「お母様!?」
突然、何を言い出すのと、名無しさんは母親を見上げた。
顔を真っ赤にして抗議する娘の声を無視し、張春華が続けて言う。
「この子ったら毎回、うちの男たちにも負けない食欲を見せるんですもの。驚いたでしょう?」
「は・・・はあ。いえ、自分も食べる方なので・・・」
「お母様!そんな事、鄧艾様に言わないで!」
「あら、大事な事よ。名無しさん、貴女、ちゃんとお金払った?」
「あっ・・・」
言われてみれば、彼が傍に居る事が嬉しくて、初めての買い食いが楽しくて、夢中になっていたあまり、すっかり忘れていた。
懐を弄り出す名無しさんを、鄧艾が制して言う。
「いえ、今日の所は。自分が名無しさん殿をお誘いしたのですから」
徹底して、自分が誘った事にする鄧艾に、名無しさんは困ったように眉を下げた。
「でも・・・」
「お気になさらず。・・・張春華殿も、どうか」
唇の端を上げ、張春華がにっこりと微笑む。
「そう仰るのなら、せめて娘がお返しできる機会を作って下さらない?」
鄧艾はちらりと名無しさんに視線を遣った。
「・・・つまり、また名無しさん殿をお誘いしても良いと?」
「それは本人次第。直接、聞いて下さらないと」
澄ました顔で言う張春華に、鄧艾は息を吐く。
そうして、名無しさんの顔を正面から見て言った。
「では・・・名無しさん殿」
「は、はい」
名無しさんは反射的に背筋を伸ばす。
「機会があれば、また自分の趣味に付き合って頂けないだろうか」
鄧艾はそこで言葉を切ると、少し淀みながら続けて言った。
「・・・その、貴女と過ごす時間は楽しく、食事はいつもより美味しく感じられた。・・・自分としては、近い内にお誘いしたいのだが・・・」
「えぇと・・・」
また行っても良いのかしら、名無しさんは張春華を窺うように見るが、母親は何も言わない。
代わりに穏やかに頷いた。
好きにしなさい、そう言っているように見えて、名無しさんは頬を染め、短く答える。
「はい、是非」
鄧艾が去り、閉めた扉の内側で張春華は名無しさんに言った。
「名無しさん、後で肉まんを美味しく作る秘訣を教えてあげるわ」
「え、でも、私には未だ早いって・・・」
名無しさんが不思議そうな表情を浮かべる。
どういった心境の変化だろうと、首を傾げるその仕草は未だ未だ子どもっぽい。
しかし、確かに彼女は少しずつ成長していた。
張春華は何処か寂し気な様子で娘を見る。
「・・・そうね、さっきまではそう思っていたわ。けれど・・・」
恐らく、そう遠くない内に必要になるだろう、張春華は確信にも似た予感を、今日の二人の様子に抱いていた。
そしてこの日、名無しさんは母から秘訣を聞き出す。
「良い事、名無しさん。一番大切なのは、「あなたが愛情を込めて」作る事よ」
→あとがき