あなたが愛情を込めて
貴女のお名前
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時刻は昼時、城下は多くの人が行き交っていた。
商人たちの威勢の良い客呼び、互いに負けまいと必死に声を張り上げている。
蒸し立ての饅頭を売る店が並び、湯気の立つ麺が卓へと運ばれ、鉄鍋の中では油がぐらぐらと煮え立っていた。
忙しい時間帯なら、幼い子どもたちまでもが駆り出されていて、一生懸命に動き回る姿が微笑ましい。
油の匂いと香辛料の香りが入り混じる通りで、鄧艾はぐるりと辺りを見回した。
「人が多いですね」
と、少し離れた所で名無しさんが声を上げる。
鄧艾は短く頷くと、彼女に手を差し出した。
「お嫌でなければ、自分の手をお取り下さい」
「え・・・?」
「司馬懿殿の大切なご息女に何かあっては、自分が困ります」
「こ、困りますか・・・?」
「はい」
真っ直ぐな答え、名無しさんは差し出された鄧艾の手に手を伸ばし、一度躊躇うように止めて、それから彼の指先にそっと触れた。
その瞬間、名無しさんの頬が赤く染まる。
「よろしく・・・お願いします」
「はい、お任せ下さい」
鄧艾は壊れ物を扱うような丁寧さで、彼女の手を包んだ。
「では、参りましょう」
優しく手を引かれ、名無しさんは人の波へと流れ込む。
そうして歩いていると、鄧艾は歩幅を合わせながらも、名無しさんが人と打つからないようにする為だろう、少しだけ、本当に少しだけ前を歩いている事に気付いた。
「名無しさん殿のお好きな食べ物は何でしょうか」
と、鄧艾が尋ねて来る。
「肉まんが好きです」
「ああ、自分もです」
鄧艾は頷いてから、思い出したように言葉を続ける。
「そう言えば、張春華殿の作る肉まんは絶品と聞きます」
「はい、とっても美味しいです」
「何か、秘訣のようなものがあるのでしょうか」
「多分、そうだと思います。私が作っても同じ味にはならないんです」
「そうですか。教わったりは・・・」
「教えて欲しいって言っても、私には未だ早いって。その時が来たら教えてあげるわねって。その時って、どんな時なんでしょう」
「さあ・・・自分には何とも」
二人して首を傾げるが、答えなど分かる筈もない。
張春華の言う、その時とは、誰かの為に愛情を込めて作る時の事だ。
名無しさんが誰かとそうなった時、教えるつもりの親心、子知らずである。
それはさておき、いい加減、入る店を決めなければならない。
鄧艾は名無しさんとの会話の傍ら、店を物色していたが、時間が時間なら、どこも混雑していて、入れそうな所が見当たらなかった。
名無しさんを歩かせ続けるのも気の毒だ。
「名無しさん殿。もし良ければ、幾つかの店で少しずつ買って、広場にでも行こうと思うが・・・」
「わあ、それは楽しそうです!」
私、買い食いってした事ないんです、と名無しさんがはしゃぐ。
名無しさんはずいっと顔を寄せると、
「何を買いますか?」
「名無しさん殿がお選び下さい。先ずは肉まんでしょうか?」
「それは絶対です!鄧艾様は、他に好きな食べ物はありますか?」
「ふむ・・・豚足を好んで食べます」
「じゃあ、それも買いましょう!」
少し急かすように、鄧艾の手を引っ張った。
二人は幾つかの店を回り、肉まん、豚足、串焼き、揚げ物等々と、両手に溢れんばかりの食べ物を抱えて広場へと向かった。
何処か腰を下ろせる場所はないかと、鄧艾は視線を巡らせる。
「あ、鄧艾様。あそこ。あそこが気持ち良さそうです」
彼女が指したのは大きな木の下、丁度、ぽっかりと空いた一角で、鄧艾の返事も待たずにそちらへ駆けて行ってしまう。
鄧艾は小さな背中を見失わぬよう、大きな歩幅で後を追った。
見上げた木の、葉擦れの音が耳に心地良い。
「うむ、良い場所だ」
無意識の内に、鄧艾の口から言葉が溢れる。
名無しさんはそれを聞いて嬉しそうに言った。
「じゃあ、早速食べましょう」
「ああ。ですが、その前に・・・」
鄧艾は腕の中の食べ物を持ち替えると、上着を脱ぎ、器用に畳んで芝生の上に敷いた。
「汚れては困るでしょう。どうぞ、こちらへ」
その気遣いに、名無しさんの頬がぽっと染まる。
それはまるで、一人の女性として扱われているようで、何処か面映ゆい。
腰を下ろす時も、さり気なく手を貸してくれたりして、胸の内が落ち着かない。
足を崩し、横に流して座る名無しさんの直ぐ隣に鄧艾は胡座で腰を落とすと、彼女を促した。
「では・・・」
「はい、頂きます」
重なり合った枝葉が作り出す影の下で、肉まんに齧り付く。
鄧艾の一口は大きく、名無しさんの一口は小さいが、
「うむ、美味い」
「美味しい」
二人同時に声を上げた。
どちらともなく顔を見合わせ、笑みを零す。
「美味しいですね」
「ああ、味も良いが・・・この食感は、筍か」
食感を残す為に態と大きめに刻んでいるのかと、断面を興味深げに眺める鄧艾を他所に、名無しさんは早くも二口目に取り掛かっていた。
小さな口いっぱいに肉まんを頬張り、鄧艾に笑顔を寄越す。
「歯ざわりが、楽しいです」
その無邪気な食いっぷりは見ていて気持ち良かった。
思わず、鄧艾は視線を緩める。
作り方など、どうでもよくなり、自分もがぶりと肉まんに齧り付いた。
「美味い」
肉まんから始まり、豚足、揚げ物と続き、今度は串焼きに手を伸ばす。
「名無しさん殿はこちらの方であったな」
「はい」
二本並んだ串焼き、それぞれの好みの味付けの串を買っていた。
名無しさんは自分が選んだ串焼きに歯を立てて肉を引き抜き、もぐもぐと口を動かす。
「柔らかくって美味しいです」
鄧艾も倣って串焼きを手に取った。
「む・・・香辛料が、結構利いてるな」
「辛いですか?」
「いや、自分はそれ程でもありませんが・・・香辛料の効かせ方が複雑で、絶妙です」
ごくんと飲み込んでそう言えば、名無しさんの視線が自分の串焼きに熱心に注がれている事に気付く。
「どんな香辛料を使ってるんでしょう」
と、ぽつりと呟く彼女の目の前に、鄧艾は串焼きを差し出した。
「一口、召し上がってみますか?」
「えっ・・・」
差し出された串焼きと、鄧艾の顔とを、名無しさんは交互に見比べる。
良いのかしら、鄧艾様の分が減っちゃうわ。
でも、ちょっと食べてみたい。
躊躇う様子の彼女に、鄧艾は言った。
「その代わり、名無しさん殿のを一口、自分に頂けますか?そちらの味も気になります」
「それなら・・・あの、どうぞお先に」
小さな彼女には重いのだろうか、串焼きを持って差し出す両手が微かに震えていて危なっかしい。
鄧艾は空いている手を伸ばすと、
「失礼」
短く断ってから、名無しさんの手の甲を包んで固定して引き寄せ、顔を近付けた。
串焼きごと、食べられちゃうじゃないかと、そんな事が過ぎる程に大きく開いた鄧艾の口に、肉が入り込む。
「うむ、塩だけと言うのも良いものだな。素材の味が強く出ている」
鄧艾は咀嚼して飲み込み、感想を述べるが、名無しさんはそれ所ではない。
彼に取られたままの手が熱く、
「そ、そうですか・・・」
と、返すのが精一杯だった。
何か、もう色々、お腹いっぱいだわ。
それを気にするでもなく、鄧艾は唇に付いた脂を舌で舐め取り、言葉を続ける。
「火入れも良い。外側は香ばしく焼けているが、硬くなり過ぎていないな」
そこまで言って、何事もなかったように手を離すと、次は自分の番だと名無しさんの口元に串焼きを運んだ。
「どうぞ」
「はい・・・頂きます」
名無しさんは緊張した面持ちで鄧艾の串焼きに齧り付く。
動く口元を手で覆って隠し、
「あ、本当。そんなに辛く・・・」
ないですね、と言いかけた瞬間、後からやって来た鋭い刺激に目を白黒とさせた。
「辛っ・・・!」
行儀が悪いと思ったが、そうも言ってられない、舌を出してぱたぱたと手で扇ぎながら竹筒の水へと手を伸ばす。
必死にごくごくと飲み下す名無しさんの様子は、どこか小動物のように忙しなく、愛らしく鄧艾の目に映る。
「そんなに辛かったか?」
「辛かったです・・・鄧艾様はこの辛さでも平気なんですね」
涙目で尋ねて来る彼女に、鄧艾は実は、と口を開いた。
「実は、自分もかなり辛いと思いました。食べられない程ではありませんが」
「えっ?でも、さっき・・・」
「はい」
鄧艾はそう言って、くつりと喉の奥を鳴らすと、
「名無しさん殿が何でも食べると言っていたので、少し、確かめてみたくなりました」
出てしまいそうな笑い声を抑え込む。
「まあ・・・!私に意地悪をなさったんですね!」
「申し訳・・・ありません」
謝罪の言葉の間に小さな笑い声、未だ微かに揺れている彼の肩に、名無しさんは頬を膨らませたが、やがて自分もくすくすと笑い出した。
「もう・・・!お父様に言い付けますから」
「それはご勘弁を。司馬懿殿に知られたら、二度と娘に近付くなと言われそうです。そうなったら、貴女を食事に誘えなくなる」
鄧艾の何気ない一言に、名無しさんの胸が大きく跳ねる。
誘えなくなるって、誘うつもりがあったって事なのかしら。
それとも、ただの社交辞令かしら。
そっと視線を運んで見る鄧艾は、淡々と串焼きを口に運んでいた。
「名無しさん殿、早く食べねば折角の串焼きが冷めてしまいます」
「は・・・はい」
名無しさんは急いで手の中の串焼きに口を付ける。
何故か、殆ど味がしなかった。
商人たちの威勢の良い客呼び、互いに負けまいと必死に声を張り上げている。
蒸し立ての饅頭を売る店が並び、湯気の立つ麺が卓へと運ばれ、鉄鍋の中では油がぐらぐらと煮え立っていた。
忙しい時間帯なら、幼い子どもたちまでもが駆り出されていて、一生懸命に動き回る姿が微笑ましい。
油の匂いと香辛料の香りが入り混じる通りで、鄧艾はぐるりと辺りを見回した。
「人が多いですね」
と、少し離れた所で名無しさんが声を上げる。
鄧艾は短く頷くと、彼女に手を差し出した。
「お嫌でなければ、自分の手をお取り下さい」
「え・・・?」
「司馬懿殿の大切なご息女に何かあっては、自分が困ります」
「こ、困りますか・・・?」
「はい」
真っ直ぐな答え、名無しさんは差し出された鄧艾の手に手を伸ばし、一度躊躇うように止めて、それから彼の指先にそっと触れた。
その瞬間、名無しさんの頬が赤く染まる。
「よろしく・・・お願いします」
「はい、お任せ下さい」
鄧艾は壊れ物を扱うような丁寧さで、彼女の手を包んだ。
「では、参りましょう」
優しく手を引かれ、名無しさんは人の波へと流れ込む。
そうして歩いていると、鄧艾は歩幅を合わせながらも、名無しさんが人と打つからないようにする為だろう、少しだけ、本当に少しだけ前を歩いている事に気付いた。
「名無しさん殿のお好きな食べ物は何でしょうか」
と、鄧艾が尋ねて来る。
「肉まんが好きです」
「ああ、自分もです」
鄧艾は頷いてから、思い出したように言葉を続ける。
「そう言えば、張春華殿の作る肉まんは絶品と聞きます」
「はい、とっても美味しいです」
「何か、秘訣のようなものがあるのでしょうか」
「多分、そうだと思います。私が作っても同じ味にはならないんです」
「そうですか。教わったりは・・・」
「教えて欲しいって言っても、私には未だ早いって。その時が来たら教えてあげるわねって。その時って、どんな時なんでしょう」
「さあ・・・自分には何とも」
二人して首を傾げるが、答えなど分かる筈もない。
張春華の言う、その時とは、誰かの為に愛情を込めて作る時の事だ。
名無しさんが誰かとそうなった時、教えるつもりの親心、子知らずである。
それはさておき、いい加減、入る店を決めなければならない。
鄧艾は名無しさんとの会話の傍ら、店を物色していたが、時間が時間なら、どこも混雑していて、入れそうな所が見当たらなかった。
名無しさんを歩かせ続けるのも気の毒だ。
「名無しさん殿。もし良ければ、幾つかの店で少しずつ買って、広場にでも行こうと思うが・・・」
「わあ、それは楽しそうです!」
私、買い食いってした事ないんです、と名無しさんがはしゃぐ。
名無しさんはずいっと顔を寄せると、
「何を買いますか?」
「名無しさん殿がお選び下さい。先ずは肉まんでしょうか?」
「それは絶対です!鄧艾様は、他に好きな食べ物はありますか?」
「ふむ・・・豚足を好んで食べます」
「じゃあ、それも買いましょう!」
少し急かすように、鄧艾の手を引っ張った。
二人は幾つかの店を回り、肉まん、豚足、串焼き、揚げ物等々と、両手に溢れんばかりの食べ物を抱えて広場へと向かった。
何処か腰を下ろせる場所はないかと、鄧艾は視線を巡らせる。
「あ、鄧艾様。あそこ。あそこが気持ち良さそうです」
彼女が指したのは大きな木の下、丁度、ぽっかりと空いた一角で、鄧艾の返事も待たずにそちらへ駆けて行ってしまう。
鄧艾は小さな背中を見失わぬよう、大きな歩幅で後を追った。
見上げた木の、葉擦れの音が耳に心地良い。
「うむ、良い場所だ」
無意識の内に、鄧艾の口から言葉が溢れる。
名無しさんはそれを聞いて嬉しそうに言った。
「じゃあ、早速食べましょう」
「ああ。ですが、その前に・・・」
鄧艾は腕の中の食べ物を持ち替えると、上着を脱ぎ、器用に畳んで芝生の上に敷いた。
「汚れては困るでしょう。どうぞ、こちらへ」
その気遣いに、名無しさんの頬がぽっと染まる。
それはまるで、一人の女性として扱われているようで、何処か面映ゆい。
腰を下ろす時も、さり気なく手を貸してくれたりして、胸の内が落ち着かない。
足を崩し、横に流して座る名無しさんの直ぐ隣に鄧艾は胡座で腰を落とすと、彼女を促した。
「では・・・」
「はい、頂きます」
重なり合った枝葉が作り出す影の下で、肉まんに齧り付く。
鄧艾の一口は大きく、名無しさんの一口は小さいが、
「うむ、美味い」
「美味しい」
二人同時に声を上げた。
どちらともなく顔を見合わせ、笑みを零す。
「美味しいですね」
「ああ、味も良いが・・・この食感は、筍か」
食感を残す為に態と大きめに刻んでいるのかと、断面を興味深げに眺める鄧艾を他所に、名無しさんは早くも二口目に取り掛かっていた。
小さな口いっぱいに肉まんを頬張り、鄧艾に笑顔を寄越す。
「歯ざわりが、楽しいです」
その無邪気な食いっぷりは見ていて気持ち良かった。
思わず、鄧艾は視線を緩める。
作り方など、どうでもよくなり、自分もがぶりと肉まんに齧り付いた。
「美味い」
肉まんから始まり、豚足、揚げ物と続き、今度は串焼きに手を伸ばす。
「名無しさん殿はこちらの方であったな」
「はい」
二本並んだ串焼き、それぞれの好みの味付けの串を買っていた。
名無しさんは自分が選んだ串焼きに歯を立てて肉を引き抜き、もぐもぐと口を動かす。
「柔らかくって美味しいです」
鄧艾も倣って串焼きを手に取った。
「む・・・香辛料が、結構利いてるな」
「辛いですか?」
「いや、自分はそれ程でもありませんが・・・香辛料の効かせ方が複雑で、絶妙です」
ごくんと飲み込んでそう言えば、名無しさんの視線が自分の串焼きに熱心に注がれている事に気付く。
「どんな香辛料を使ってるんでしょう」
と、ぽつりと呟く彼女の目の前に、鄧艾は串焼きを差し出した。
「一口、召し上がってみますか?」
「えっ・・・」
差し出された串焼きと、鄧艾の顔とを、名無しさんは交互に見比べる。
良いのかしら、鄧艾様の分が減っちゃうわ。
でも、ちょっと食べてみたい。
躊躇う様子の彼女に、鄧艾は言った。
「その代わり、名無しさん殿のを一口、自分に頂けますか?そちらの味も気になります」
「それなら・・・あの、どうぞお先に」
小さな彼女には重いのだろうか、串焼きを持って差し出す両手が微かに震えていて危なっかしい。
鄧艾は空いている手を伸ばすと、
「失礼」
短く断ってから、名無しさんの手の甲を包んで固定して引き寄せ、顔を近付けた。
串焼きごと、食べられちゃうじゃないかと、そんな事が過ぎる程に大きく開いた鄧艾の口に、肉が入り込む。
「うむ、塩だけと言うのも良いものだな。素材の味が強く出ている」
鄧艾は咀嚼して飲み込み、感想を述べるが、名無しさんはそれ所ではない。
彼に取られたままの手が熱く、
「そ、そうですか・・・」
と、返すのが精一杯だった。
何か、もう色々、お腹いっぱいだわ。
それを気にするでもなく、鄧艾は唇に付いた脂を舌で舐め取り、言葉を続ける。
「火入れも良い。外側は香ばしく焼けているが、硬くなり過ぎていないな」
そこまで言って、何事もなかったように手を離すと、次は自分の番だと名無しさんの口元に串焼きを運んだ。
「どうぞ」
「はい・・・頂きます」
名無しさんは緊張した面持ちで鄧艾の串焼きに齧り付く。
動く口元を手で覆って隠し、
「あ、本当。そんなに辛く・・・」
ないですね、と言いかけた瞬間、後からやって来た鋭い刺激に目を白黒とさせた。
「辛っ・・・!」
行儀が悪いと思ったが、そうも言ってられない、舌を出してぱたぱたと手で扇ぎながら竹筒の水へと手を伸ばす。
必死にごくごくと飲み下す名無しさんの様子は、どこか小動物のように忙しなく、愛らしく鄧艾の目に映る。
「そんなに辛かったか?」
「辛かったです・・・鄧艾様はこの辛さでも平気なんですね」
涙目で尋ねて来る彼女に、鄧艾は実は、と口を開いた。
「実は、自分もかなり辛いと思いました。食べられない程ではありませんが」
「えっ?でも、さっき・・・」
「はい」
鄧艾はそう言って、くつりと喉の奥を鳴らすと、
「名無しさん殿が何でも食べると言っていたので、少し、確かめてみたくなりました」
出てしまいそうな笑い声を抑え込む。
「まあ・・・!私に意地悪をなさったんですね!」
「申し訳・・・ありません」
謝罪の言葉の間に小さな笑い声、未だ微かに揺れている彼の肩に、名無しさんは頬を膨らませたが、やがて自分もくすくすと笑い出した。
「もう・・・!お父様に言い付けますから」
「それはご勘弁を。司馬懿殿に知られたら、二度と娘に近付くなと言われそうです。そうなったら、貴女を食事に誘えなくなる」
鄧艾の何気ない一言に、名無しさんの胸が大きく跳ねる。
誘えなくなるって、誘うつもりがあったって事なのかしら。
それとも、ただの社交辞令かしら。
そっと視線を運んで見る鄧艾は、淡々と串焼きを口に運んでいた。
「名無しさん殿、早く食べねば折角の串焼きが冷めてしまいます」
「は・・・はい」
名無しさんは急いで手の中の串焼きに口を付ける。
何故か、殆ど味がしなかった。