恋人の胸に
貴女のお名前
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名無しさんはぐったりとした表情で孫尚香の部屋を後にした。
ただの話し相手のつもりが、まさかこんな事になるとは。
自分の姿の、余りの見慣れなさに、何だかそわそわする。
普段は目元にまで朱を入れない。
髪に挿す簪は、纏められたら良いだけで、こんなに涼やかな音を立てる事はない。
細やかで優美な刺繍が施された服だってそうだ、女官服の手触りと全く違う。
「ひ、姫様・・・何もここまでしなくても」
「あら、似合ってるんだから良いじゃない。きっと呂蒙も見惚れちゃうわ」
孫尚香は先程と同じ、悪戯っぽい笑顔を浮かべ、続けて言った。
「何なら・・・呂蒙から返して貰っても良いわよ?」
何を想像したのか、名無しさんの頬が真っ赤に染まる。
「ふふっ、名無しさんったら」
「もう・・・!からかわないで下さい!」
と、怒っている様子を見せていても、内心では孫尚香に感謝をしていた。
ここまでして下さったんですもの、少しだけでも、進めなくちゃ。
名無しさんは一つ、息を吐いて歩き出した。
呂蒙は孫尚香に呼び出されたと言って出て行ったきり、中々帰って来ない名無しさんを探していた。
女性同士だ、話が長くなるのは当然、そうと知っていても今日は自棄に遅い気がする。
孫尚香の部屋へと続く道筋を行く呂蒙は、その前方に華やかな人の姿を認め、脇へと逸れて道を空けた。
その人がこちらに近付いて来る気配に、視線も逸らす。
この道の先は貴人の私室が並ぶ場所だ、姿形から女性と分かっていれば尚の事、じろじろと見るものではない。
「あの、呂蒙様・・・」
と、その人影に名を呼ばれ、呂蒙は訝しく思いながらそちらに視線を戻した。
はて、聞き覚えのある声だが。
呂蒙は目に映った華やかな女性の姿に一瞬首を傾げてから、気付いて声を上げる。
「・・・名無しさんか」
感心したような深い息を漏らし、しげしげと彼女を眺めた。
「これは、また・・・」
随分と着飾ったものだ。
その癖、自分でも背伸びをしていると思っているのだろう、恥ずかしそうに組んだ指先を弄んでいる。
「あの・・・」
呼ばれたきり、何も言わず自分を眺める呂蒙に名無しさんは恐る恐る尋ねた。
「変、でしょうか・・・?」
そこで漸く、不躾な程、彼女を見ていた事にはっと気付き、呂蒙は早口で捲し立てる。
「うん・・・ああ、いや済まん。いや、そんな事はないぞ。その、まあ良いんじゃないか」
それを聞いて、名無しさんは安堵の息を吐いた。
良かった、変じゃないみたい。
緊張が少し解けたのか、彼女が見せた柔らかい表情に、呂蒙は胸を大きく跳ねさせる。
何と言うか、これはまずい。
非常にまずい。
触れても良いかと、言葉に出そうになって、呂蒙は咄嗟に口元を手で覆った。
視線を逸らそうとするが、逸らせない。
「その、名無しさん・・・」
「はい」
名無しさんが呂蒙を見上げる。
呼べば直ぐに返事をする、いつもの名無しさんだ。
なのに、どうしてこうも鼓動がうるさいのか。
「姫様との時間は楽しかったか」
決して、遅くなった事への嫌味ではなかった。
様子の変わった彼女に、似合っているだの、綺麗だのと、気の利いた事の一つも言えず、苦し紛れに出た言葉だったが、名無しさんは申し訳なさそうに肩を落とす。
「遅くなりまして・・・」
「いや、そうではない!」
そうではないのだ。
そんな事を言いたいのではない。
本当は似合っていると、綺麗だと言ってやりたい。
しかし、呂蒙はそれを素直に口にできるような性分ではなかった。
気不味い沈黙が二人を包む。
微かな風の音すら聞こえるような静けさの中で、名無しさんは指先をぎゅっと握った。
少しでも、進めるって決めたんだもの。
「呂蒙様」
はっきりとした声で彼を呼び、一歩だけ近付く。
「私・・・触れたいです」
震えそうになりながらも、名無しさんは言葉を続けた。
顔を上げ、呂蒙を見つめる。
「少しだけでも良いんです。・・・呂蒙様に、触れたい、です」
「触れ・・・っ?」
呂蒙が驚いたように目を丸くした。
触れたいとはどう言う意味だ。
そのままの意味か、それとも何か他の事を指しているのか。
いや、根が素直な名無しさんだ、軍師を気取ろうと言う訳でもないだろう。
そうとなれば、言葉通りに受け取るのが正しく、呂蒙は顔を真っ赤に染め上げた。
「ま、待て、名無しさん。俺にも色々と準備が・・・」
ありありと出てしまった動揺を見られたくなくて、顔を背け、彼女の視界を塞ぐように掌を向けて突き付ける。
名無しさんは恋人だ、触れられるのは嫌ではない。
寧ろ、触れたいと思っていたのだ、渡りに船とはこの事だろう。
しかし、と呂蒙は思い留まる。
今、こんな風に着飾った彼女に触れられたら、触れてしまったら、自分がどうにかなりそうだ。
勢いに乗ってあんな事やこんな事の一つや二つ、仕出かしてしまいそうで、落ち着けと自分に強く言い聞かせる。
掌の向こうで名無しさんが動いた。
ただの話し相手のつもりが、まさかこんな事になるとは。
自分の姿の、余りの見慣れなさに、何だかそわそわする。
普段は目元にまで朱を入れない。
髪に挿す簪は、纏められたら良いだけで、こんなに涼やかな音を立てる事はない。
細やかで優美な刺繍が施された服だってそうだ、女官服の手触りと全く違う。
「ひ、姫様・・・何もここまでしなくても」
「あら、似合ってるんだから良いじゃない。きっと呂蒙も見惚れちゃうわ」
孫尚香は先程と同じ、悪戯っぽい笑顔を浮かべ、続けて言った。
「何なら・・・呂蒙から返して貰っても良いわよ?」
何を想像したのか、名無しさんの頬が真っ赤に染まる。
「ふふっ、名無しさんったら」
「もう・・・!からかわないで下さい!」
と、怒っている様子を見せていても、内心では孫尚香に感謝をしていた。
ここまでして下さったんですもの、少しだけでも、進めなくちゃ。
名無しさんは一つ、息を吐いて歩き出した。
呂蒙は孫尚香に呼び出されたと言って出て行ったきり、中々帰って来ない名無しさんを探していた。
女性同士だ、話が長くなるのは当然、そうと知っていても今日は自棄に遅い気がする。
孫尚香の部屋へと続く道筋を行く呂蒙は、その前方に華やかな人の姿を認め、脇へと逸れて道を空けた。
その人がこちらに近付いて来る気配に、視線も逸らす。
この道の先は貴人の私室が並ぶ場所だ、姿形から女性と分かっていれば尚の事、じろじろと見るものではない。
「あの、呂蒙様・・・」
と、その人影に名を呼ばれ、呂蒙は訝しく思いながらそちらに視線を戻した。
はて、聞き覚えのある声だが。
呂蒙は目に映った華やかな女性の姿に一瞬首を傾げてから、気付いて声を上げる。
「・・・名無しさんか」
感心したような深い息を漏らし、しげしげと彼女を眺めた。
「これは、また・・・」
随分と着飾ったものだ。
その癖、自分でも背伸びをしていると思っているのだろう、恥ずかしそうに組んだ指先を弄んでいる。
「あの・・・」
呼ばれたきり、何も言わず自分を眺める呂蒙に名無しさんは恐る恐る尋ねた。
「変、でしょうか・・・?」
そこで漸く、不躾な程、彼女を見ていた事にはっと気付き、呂蒙は早口で捲し立てる。
「うん・・・ああ、いや済まん。いや、そんな事はないぞ。その、まあ良いんじゃないか」
それを聞いて、名無しさんは安堵の息を吐いた。
良かった、変じゃないみたい。
緊張が少し解けたのか、彼女が見せた柔らかい表情に、呂蒙は胸を大きく跳ねさせる。
何と言うか、これはまずい。
非常にまずい。
触れても良いかと、言葉に出そうになって、呂蒙は咄嗟に口元を手で覆った。
視線を逸らそうとするが、逸らせない。
「その、名無しさん・・・」
「はい」
名無しさんが呂蒙を見上げる。
呼べば直ぐに返事をする、いつもの名無しさんだ。
なのに、どうしてこうも鼓動がうるさいのか。
「姫様との時間は楽しかったか」
決して、遅くなった事への嫌味ではなかった。
様子の変わった彼女に、似合っているだの、綺麗だのと、気の利いた事の一つも言えず、苦し紛れに出た言葉だったが、名無しさんは申し訳なさそうに肩を落とす。
「遅くなりまして・・・」
「いや、そうではない!」
そうではないのだ。
そんな事を言いたいのではない。
本当は似合っていると、綺麗だと言ってやりたい。
しかし、呂蒙はそれを素直に口にできるような性分ではなかった。
気不味い沈黙が二人を包む。
微かな風の音すら聞こえるような静けさの中で、名無しさんは指先をぎゅっと握った。
少しでも、進めるって決めたんだもの。
「呂蒙様」
はっきりとした声で彼を呼び、一歩だけ近付く。
「私・・・触れたいです」
震えそうになりながらも、名無しさんは言葉を続けた。
顔を上げ、呂蒙を見つめる。
「少しだけでも良いんです。・・・呂蒙様に、触れたい、です」
「触れ・・・っ?」
呂蒙が驚いたように目を丸くした。
触れたいとはどう言う意味だ。
そのままの意味か、それとも何か他の事を指しているのか。
いや、根が素直な名無しさんだ、軍師を気取ろうと言う訳でもないだろう。
そうとなれば、言葉通りに受け取るのが正しく、呂蒙は顔を真っ赤に染め上げた。
「ま、待て、名無しさん。俺にも色々と準備が・・・」
ありありと出てしまった動揺を見られたくなくて、顔を背け、彼女の視界を塞ぐように掌を向けて突き付ける。
名無しさんは恋人だ、触れられるのは嫌ではない。
寧ろ、触れたいと思っていたのだ、渡りに船とはこの事だろう。
しかし、と呂蒙は思い留まる。
今、こんな風に着飾った彼女に触れられたら、触れてしまったら、自分がどうにかなりそうだ。
勢いに乗ってあんな事やこんな事の一つや二つ、仕出かしてしまいそうで、落ち着けと自分に強く言い聞かせる。
掌の向こうで名無しさんが動いた。