幼い恋
貴女のお名前
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迎えの馬車まであと数歩、その手前で夏侯覇は不意に立ち止まり、後ろを振り返った。
「あのさ、名無しさん」
「は、はいっ」
直ぐ後ろに付いていた名無しさんは、突然の出来事に歩みを止められず、足を縺れさせる。
「あ、悪い」
体勢を崩し掛ける彼女に夏侯覇は咄嗟に手を伸ばした。
細い手首を掴み、体を引き寄せる。
「ふぅ・・・間に合ったな」
と、笑顔を向けるが、その手は未だ名無しさんの手首を掴んだままで、
「あ、あの・・・夏侯覇様」
彼女は忽ち、顔を真っ赤にさせた。
それを見て、夏侯覇も気付いたようで慌てた様子で手を離すと、気不味そうに小さく謝る。
「悪かったな・・・痛く、なかったか?」
尋ねながら、名無しさんの、細かったなと、夏侯覇は無意識に掌を握ったり開いたりを繰り返していた。
彼に掴まれた手首を擦り、名無しさんは大丈夫だと答える代わりに頷く。
「ええと・・・それで、何でしょうか」
「あ、うん」
夏侯覇は気を取り直したように、彼女に視線を向けた。
「さっきは悪かったなと思って」
「え・・・?」
何の事かしら、名無しさんは首を傾げる。
手首を掴んだ事なら、謝ってもらったばかりだ。
「いや、ほら。さっき俺、下手くそとか形が悪いとか言っちまったから・・・」
「ああ・・・でも、本当の事ですから」
気になさらないで下さいと言う彼女に、夏侯覇は大袈裟なまでに首を振った。
「いやいやいや、気にするって」
名無しさんの前に揃えて置かれた手を指して言う。
「だって、そんなになるまで練習したんだろ?」
「えっ・・・」
「火傷」
実は夏侯淵よりも早く、夏侯覇はそれに気付いていた。
弓の練習をしていればどうしても目に入る場所だ。
どうしたんだろうと思っていたが、女の子に火傷の理由をあれこれ聞くのは憚られ、あの焼き菓子が名無しさんの手作りだと知ってから、それが分かった。
「ちゃんと謝るからさ。また・・・」
「また・・・?」
「あ、いや、何て言うか、結構俺好みの味だったし。もっと食べたいって言うか・・・」
そこまで言って、自分が言っている事を自覚したのだろう、夏侯覇は態と軽い調子で続ける。
「いやいやいや。また作って欲しいなんて、ちょっと図々しいよな」
忘れてくれ、そう言った彼の表情は言葉とは裏腹に、心底からそれを望んでいるように見えた。
名無しさんは祈るように胸の前で指を組み、思い切って一歩、詰め寄って尋ねる。
「また、作って来たら・・・次までにもっと沢山練習しておきますから。そうしたら、また召し上がってくれますか?」
少しだけ近付いた距離に夏侯覇は頬を染め、
「そりゃあ・・・」
視線を僅かに逸らして照れ隠しに指先で頬を掻いた。
「名無しさんが・・・良いって言うなら」
「はい。頑張ります」
名無しさんが嬉しそうに微笑む。
その微笑みはまるで、あの菓子のように甘やかで、夏侯覇の胸が一つ、大きく跳ねた。
「・・・うん、じゃあまたな」
「はい」
「楽しみにしてるからな。・・・けど、あんまり無理はするなよ」
「はい」
夏侯覇は名無しさんを馬車に促し、扉を閉める前にもう一度、彼女に言う。
「またな」
ゆっくりと進み出す馬車を見送りながら、夏侯覇は考えていた。
今度は俺も何か名無しさんに用意しておいた方が良いかな。
頑張るって言ってたし、貰いっぱなしって言うのも格好悪いし。
どんなのが好きなのか全然分かんないけど、父さんに聞くって言うのも何か違う気がするし。
無自覚にうんうんと唸る様子を、名無しさんとの遣り取りの一部始終を、まさか当の父親に見られていたとは、頭を抱えて悩む夏侯覇は気付きもしなかった。
「まあ、先ず先ずってとこだな」
二人の、未だ形にもならないような「幼い恋」。
「・・・こりゃあ、長生きしねぇとな」
→あとがき
「あのさ、名無しさん」
「は、はいっ」
直ぐ後ろに付いていた名無しさんは、突然の出来事に歩みを止められず、足を縺れさせる。
「あ、悪い」
体勢を崩し掛ける彼女に夏侯覇は咄嗟に手を伸ばした。
細い手首を掴み、体を引き寄せる。
「ふぅ・・・間に合ったな」
と、笑顔を向けるが、その手は未だ名無しさんの手首を掴んだままで、
「あ、あの・・・夏侯覇様」
彼女は忽ち、顔を真っ赤にさせた。
それを見て、夏侯覇も気付いたようで慌てた様子で手を離すと、気不味そうに小さく謝る。
「悪かったな・・・痛く、なかったか?」
尋ねながら、名無しさんの、細かったなと、夏侯覇は無意識に掌を握ったり開いたりを繰り返していた。
彼に掴まれた手首を擦り、名無しさんは大丈夫だと答える代わりに頷く。
「ええと・・・それで、何でしょうか」
「あ、うん」
夏侯覇は気を取り直したように、彼女に視線を向けた。
「さっきは悪かったなと思って」
「え・・・?」
何の事かしら、名無しさんは首を傾げる。
手首を掴んだ事なら、謝ってもらったばかりだ。
「いや、ほら。さっき俺、下手くそとか形が悪いとか言っちまったから・・・」
「ああ・・・でも、本当の事ですから」
気になさらないで下さいと言う彼女に、夏侯覇は大袈裟なまでに首を振った。
「いやいやいや、気にするって」
名無しさんの前に揃えて置かれた手を指して言う。
「だって、そんなになるまで練習したんだろ?」
「えっ・・・」
「火傷」
実は夏侯淵よりも早く、夏侯覇はそれに気付いていた。
弓の練習をしていればどうしても目に入る場所だ。
どうしたんだろうと思っていたが、女の子に火傷の理由をあれこれ聞くのは憚られ、あの焼き菓子が名無しさんの手作りだと知ってから、それが分かった。
「ちゃんと謝るからさ。また・・・」
「また・・・?」
「あ、いや、何て言うか、結構俺好みの味だったし。もっと食べたいって言うか・・・」
そこまで言って、自分が言っている事を自覚したのだろう、夏侯覇は態と軽い調子で続ける。
「いやいやいや。また作って欲しいなんて、ちょっと図々しいよな」
忘れてくれ、そう言った彼の表情は言葉とは裏腹に、心底からそれを望んでいるように見えた。
名無しさんは祈るように胸の前で指を組み、思い切って一歩、詰め寄って尋ねる。
「また、作って来たら・・・次までにもっと沢山練習しておきますから。そうしたら、また召し上がってくれますか?」
少しだけ近付いた距離に夏侯覇は頬を染め、
「そりゃあ・・・」
視線を僅かに逸らして照れ隠しに指先で頬を掻いた。
「名無しさんが・・・良いって言うなら」
「はい。頑張ります」
名無しさんが嬉しそうに微笑む。
その微笑みはまるで、あの菓子のように甘やかで、夏侯覇の胸が一つ、大きく跳ねた。
「・・・うん、じゃあまたな」
「はい」
「楽しみにしてるからな。・・・けど、あんまり無理はするなよ」
「はい」
夏侯覇は名無しさんを馬車に促し、扉を閉める前にもう一度、彼女に言う。
「またな」
ゆっくりと進み出す馬車を見送りながら、夏侯覇は考えていた。
今度は俺も何か名無しさんに用意しておいた方が良いかな。
頑張るって言ってたし、貰いっぱなしって言うのも格好悪いし。
どんなのが好きなのか全然分かんないけど、父さんに聞くって言うのも何か違う気がするし。
無自覚にうんうんと唸る様子を、名無しさんとの遣り取りの一部始終を、まさか当の父親に見られていたとは、頭を抱えて悩む夏侯覇は気付きもしなかった。
「まあ、先ず先ずってとこだな」
二人の、未だ形にもならないような「幼い恋」。
「・・・こりゃあ、長生きしねぇとな」
→あとがき