心と心を通わせて
貴女のお名前
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初めての二人の夜。
どうやってここに遣って来たのか、典韋には道中の記憶がなかった。
いや、今日と言う日そのものの記憶が朝から曖昧で、何か目出度い事があったような気がしてならないが、よく思い出せない。
「どうぞ、お入り下さい。既に名無しさん様が中でお待ちでございます」
「はあ・・・」
恭しく頭を下げる侍女に我に返り、典韋は勧められるままに部屋の扉に手を掛ける。
こんな夜更けに、お嬢は何の用があって儂を・・・。
手を掛けたまま、不思議そうに首を傾げる典韋に、侍女が差し出がましいとは思いますがと前置きをして口を開いた。
「名無しさん様もさぞかし緊張されておられる事でしょう。どうか、お優しくして、名無しさん様にお辛い思いだけはさせないで下さい」
「お、おう?」
何の事だと問い掛ける間もなく、侍女は礼をして行ってしまう。
一体、何だってんだ、典韋が扉を開けると、その音を聞いた名無しさんが奥から顔を覗かせた。
「随分遅かったわね、典韋」
「はあ・・・すいやせん」
咎めるような口調で言う彼女の、何処が緊張しているのか。
いつもと変わらないその様子に、反射的に謝った典韋はその場でぺこりと頭を下げる。
「そこに居たって仕方ないでしょう。こちらへいらっしゃい」
名無しさんは訝し気に眉を寄せて言った。
「え?あ、いや、でも・・・」
夜更けに女性の部屋を訪ねるだけでなく、室内に足を踏み入れるのは、如何なものか。
典韋は暫く、従うべきか迷っていたが、
「何をしているの、早く」
と、彼女に急かされ、仕方なく室内へと足を運んだ。
それでも奥に、寝室においそれと立ち入る訳にはいかず、その入り口で名無しさんに声を掛ける。
「お嬢?」
室内は暗く、よく見えないが、彼女は寝台の上に居るようだ。
「何を遠慮しているの?お入りなさいな」
「いやあ・・・流石にこの部屋には・・・」
名無しさんの方へ視線を向ける事すら、憚られるようで、典韋は首を巡らせて顔を逸らす。
「馬鹿な事を言ってないで、早くいらっしゃい。話にならないでしょう」
そう言われて渋々近付くと、名無しさんが座れと言うように、ぽんぽんと自分の隣を叩いた。
曹操の娘である彼女の言う事には従わねばならない身の上が辛い、典韋は内心、泣きそうな思いで寝台の隅に小さくなって腰を下ろす。
「全く、お前の方がそんな様子でどうするの」
と、言う彼女の表情は言葉とは裏腹に、笑みを浮かべていた。
名無しさんは寝台の上を移動して、典韋との距離を詰めると、そっと彼の体に寄り掛かる。
腕に触れた彼女の頭と、ふわりと鼻を擽る香の香りに典韋は驚き、体ごと跳ねさせた。
夜の寝室で男と二人きり、こんな風に無防備になるなんて、今夜のお嬢はどうかしている。
なるべく見ないように逸らしていた視線を恐る恐る、名無しさんに移して問う。
「お、お嬢・・・?何を・・・」
「何をって・・・典韋こそ、何を言っているの?」
名無しさんは顔を上げると、ぱちぱちを目を瞬かせた。
「今夜は私たちの初夜でしょう」
昼間に祝言を挙げたばかりではないかと続けて言われ、今度は典韋が目を瞬かせる。
そうと聞けば、典韋は昼間の出来事を鮮明に思い出した。
華やかで賑やかだったあの宴は、紛う事なく、自分と名無しさんの祝言だったのだ。
そうして、今の自分の状況に気付く。
祝言を挙げた当日の夜、ここに居る理由は一つしか思い当たらない。
「って事は、お嬢・・・まさか」
「だから、初夜だと言っているでしょう」
呆れたような表情で言われて漸く、侍女が言っていた意味が分かり、典韋は文字通り、頭を抱えた。
彼のその様子に、今夜は大切な夜なのにと、名無しさんは不機嫌を隠そうともせずに剥れて言う。
「まさか、典韋、この後に及んで未だ覚悟を決め兼ねてるのではないでしょうね?」
「いや、その・・・」
典韋はあからさまに口籠り、然り気無く、体を動かして彼女との距離を置いた。
曹操に娘を嫁がせると聞き、その名無しさんに押し切られるような形で頷いたあの日から、今日と言う日を考えなかった事はなかった。
いや、寧ろ、その事ばかり考えていた位だ。
どう考えたって自分には不釣り合いだと何度思った事か。
それとなく、曹操に考え直すよう進言してみたが、その度に素気なくあしらわれていた。
一度目は、話を聞かされた直後の事だ。
明るい日差しが射し込む室内で、典韋はその光に似合わぬ暗い表情で言った。
「殿・・・お嬢の事、やっぱり考え直して貰えやせんか?」
開け放たれた窓から入る風は爽やかだったが、彼の声は重苦しい。
机に向かい、淡々と筆を動かす曹操は、書簡から顔も上げずに答えて言う。
「名無しさんが良いと言っているのだ。儂が考え直した所で変わるものでもない。腹を括れ」
二度目はそれから幾月が過ぎた頃だ。
来たる戦に備え、鍛錬に力が入る日々。
拭っても拭っても浮かぶ汗が止まらないのは、照り付ける日差しのせいか。
「殿・・・いつ死ぬかも分からないような儂に嫁がせるってのは、あんまり酷じゃねぇですかい?」
「なれば尚の事。儂の覇道は道半ば、悪来の血筋を絶やす訳にはいかぬ。腹を括れ」
三度目は遡る事、幾月もない。
名無しさんが、婚儀の衣装が仕上がったと言った時だ。
まるで、彼女の心境を表すような、桂花の甘く柔らかな香りが風に乗って運ばれる。
「典韋と末永く過ごせるようにと、一針ひとはり、願いを込めて縫ったのよ。我ながら、良い仕上がりだと思うわ。だから・・・」
似合うって言ってね、その言葉を聞いた足で典韋は曹操の所に向かった。
「殿・・・」
「くどい」
何かを言い出す前に曹操にきっぱりと拒否を示される。
「・・・儂ゃあ、未だ何も言ってやせんぜ」
「言わずとも分かるわ。既に諸侯も招いている、今更覆せる話ではない」
曹操は静かに言い切る。
「逃げ場はない、腹を括れ」
そしてとうとう、今日と言う日を迎えてしまったのだ。
典韋は激しく頭を振って名無しさんに言った。
「覚悟も何も・・・お嬢、やっぱり、儂みたいなのとなんて、駄目ですぜ」
「往生際が悪いわね。私が良いと言っているのですよ?それとも、示してやらなければ分かりませんか」
名無しさんはそう言って、躊躇いもなく、自ら衣の腰紐を緩める。
開けた袷の隙間から白く輝く素肌が見え、典韋は慌てて顔を逸らした。
「お嬢!そんな簡単に脱ぐもんじゃねぇですぜ!」
「あら、典韋は脱がせる方が好みだった?」
「儂の好みなんて、どうでも良いでしょうや!」
「大事でしょう。殿方の好みを知らなければ良い営みができないと聞きましたよ」
誰にだ。
今直ぐ、そんな事を教えた奴をぶん殴りに行きてぇ。
典韋は膝の上に置いた拳を強く握る。
「と、取り敢えず、しまっちゃくれませんかね」
「やっぱり、脱がせる方が良いのね」
「いや、そう言う訳じゃねぇですけど・・・」
「それなら別に構わないでしょう」
名無しさんは典韋に躙り寄った。
視線を逸らして俯く典韋の顔を覗き込むと、甘えた声で言う。
「典韋、お願い・・・私を、妻にして?」
強気な彼女が見せる、媚びるような表情に、典韋の理性がぐらりと揺れた。
それは命令ではなく、懇願だった。
どうやってここに遣って来たのか、典韋には道中の記憶がなかった。
いや、今日と言う日そのものの記憶が朝から曖昧で、何か目出度い事があったような気がしてならないが、よく思い出せない。
「どうぞ、お入り下さい。既に名無しさん様が中でお待ちでございます」
「はあ・・・」
恭しく頭を下げる侍女に我に返り、典韋は勧められるままに部屋の扉に手を掛ける。
こんな夜更けに、お嬢は何の用があって儂を・・・。
手を掛けたまま、不思議そうに首を傾げる典韋に、侍女が差し出がましいとは思いますがと前置きをして口を開いた。
「名無しさん様もさぞかし緊張されておられる事でしょう。どうか、お優しくして、名無しさん様にお辛い思いだけはさせないで下さい」
「お、おう?」
何の事だと問い掛ける間もなく、侍女は礼をして行ってしまう。
一体、何だってんだ、典韋が扉を開けると、その音を聞いた名無しさんが奥から顔を覗かせた。
「随分遅かったわね、典韋」
「はあ・・・すいやせん」
咎めるような口調で言う彼女の、何処が緊張しているのか。
いつもと変わらないその様子に、反射的に謝った典韋はその場でぺこりと頭を下げる。
「そこに居たって仕方ないでしょう。こちらへいらっしゃい」
名無しさんは訝し気に眉を寄せて言った。
「え?あ、いや、でも・・・」
夜更けに女性の部屋を訪ねるだけでなく、室内に足を踏み入れるのは、如何なものか。
典韋は暫く、従うべきか迷っていたが、
「何をしているの、早く」
と、彼女に急かされ、仕方なく室内へと足を運んだ。
それでも奥に、寝室においそれと立ち入る訳にはいかず、その入り口で名無しさんに声を掛ける。
「お嬢?」
室内は暗く、よく見えないが、彼女は寝台の上に居るようだ。
「何を遠慮しているの?お入りなさいな」
「いやあ・・・流石にこの部屋には・・・」
名無しさんの方へ視線を向ける事すら、憚られるようで、典韋は首を巡らせて顔を逸らす。
「馬鹿な事を言ってないで、早くいらっしゃい。話にならないでしょう」
そう言われて渋々近付くと、名無しさんが座れと言うように、ぽんぽんと自分の隣を叩いた。
曹操の娘である彼女の言う事には従わねばならない身の上が辛い、典韋は内心、泣きそうな思いで寝台の隅に小さくなって腰を下ろす。
「全く、お前の方がそんな様子でどうするの」
と、言う彼女の表情は言葉とは裏腹に、笑みを浮かべていた。
名無しさんは寝台の上を移動して、典韋との距離を詰めると、そっと彼の体に寄り掛かる。
腕に触れた彼女の頭と、ふわりと鼻を擽る香の香りに典韋は驚き、体ごと跳ねさせた。
夜の寝室で男と二人きり、こんな風に無防備になるなんて、今夜のお嬢はどうかしている。
なるべく見ないように逸らしていた視線を恐る恐る、名無しさんに移して問う。
「お、お嬢・・・?何を・・・」
「何をって・・・典韋こそ、何を言っているの?」
名無しさんは顔を上げると、ぱちぱちを目を瞬かせた。
「今夜は私たちの初夜でしょう」
昼間に祝言を挙げたばかりではないかと続けて言われ、今度は典韋が目を瞬かせる。
そうと聞けば、典韋は昼間の出来事を鮮明に思い出した。
華やかで賑やかだったあの宴は、紛う事なく、自分と名無しさんの祝言だったのだ。
そうして、今の自分の状況に気付く。
祝言を挙げた当日の夜、ここに居る理由は一つしか思い当たらない。
「って事は、お嬢・・・まさか」
「だから、初夜だと言っているでしょう」
呆れたような表情で言われて漸く、侍女が言っていた意味が分かり、典韋は文字通り、頭を抱えた。
彼のその様子に、今夜は大切な夜なのにと、名無しさんは不機嫌を隠そうともせずに剥れて言う。
「まさか、典韋、この後に及んで未だ覚悟を決め兼ねてるのではないでしょうね?」
「いや、その・・・」
典韋はあからさまに口籠り、然り気無く、体を動かして彼女との距離を置いた。
曹操に娘を嫁がせると聞き、その名無しさんに押し切られるような形で頷いたあの日から、今日と言う日を考えなかった事はなかった。
いや、寧ろ、その事ばかり考えていた位だ。
どう考えたって自分には不釣り合いだと何度思った事か。
それとなく、曹操に考え直すよう進言してみたが、その度に素気なくあしらわれていた。
一度目は、話を聞かされた直後の事だ。
明るい日差しが射し込む室内で、典韋はその光に似合わぬ暗い表情で言った。
「殿・・・お嬢の事、やっぱり考え直して貰えやせんか?」
開け放たれた窓から入る風は爽やかだったが、彼の声は重苦しい。
机に向かい、淡々と筆を動かす曹操は、書簡から顔も上げずに答えて言う。
「名無しさんが良いと言っているのだ。儂が考え直した所で変わるものでもない。腹を括れ」
二度目はそれから幾月が過ぎた頃だ。
来たる戦に備え、鍛錬に力が入る日々。
拭っても拭っても浮かぶ汗が止まらないのは、照り付ける日差しのせいか。
「殿・・・いつ死ぬかも分からないような儂に嫁がせるってのは、あんまり酷じゃねぇですかい?」
「なれば尚の事。儂の覇道は道半ば、悪来の血筋を絶やす訳にはいかぬ。腹を括れ」
三度目は遡る事、幾月もない。
名無しさんが、婚儀の衣装が仕上がったと言った時だ。
まるで、彼女の心境を表すような、桂花の甘く柔らかな香りが風に乗って運ばれる。
「典韋と末永く過ごせるようにと、一針ひとはり、願いを込めて縫ったのよ。我ながら、良い仕上がりだと思うわ。だから・・・」
似合うって言ってね、その言葉を聞いた足で典韋は曹操の所に向かった。
「殿・・・」
「くどい」
何かを言い出す前に曹操にきっぱりと拒否を示される。
「・・・儂ゃあ、未だ何も言ってやせんぜ」
「言わずとも分かるわ。既に諸侯も招いている、今更覆せる話ではない」
曹操は静かに言い切る。
「逃げ場はない、腹を括れ」
そしてとうとう、今日と言う日を迎えてしまったのだ。
典韋は激しく頭を振って名無しさんに言った。
「覚悟も何も・・・お嬢、やっぱり、儂みたいなのとなんて、駄目ですぜ」
「往生際が悪いわね。私が良いと言っているのですよ?それとも、示してやらなければ分かりませんか」
名無しさんはそう言って、躊躇いもなく、自ら衣の腰紐を緩める。
開けた袷の隙間から白く輝く素肌が見え、典韋は慌てて顔を逸らした。
「お嬢!そんな簡単に脱ぐもんじゃねぇですぜ!」
「あら、典韋は脱がせる方が好みだった?」
「儂の好みなんて、どうでも良いでしょうや!」
「大事でしょう。殿方の好みを知らなければ良い営みができないと聞きましたよ」
誰にだ。
今直ぐ、そんな事を教えた奴をぶん殴りに行きてぇ。
典韋は膝の上に置いた拳を強く握る。
「と、取り敢えず、しまっちゃくれませんかね」
「やっぱり、脱がせる方が良いのね」
「いや、そう言う訳じゃねぇですけど・・・」
「それなら別に構わないでしょう」
名無しさんは典韋に躙り寄った。
視線を逸らして俯く典韋の顔を覗き込むと、甘えた声で言う。
「典韋、お願い・・・私を、妻にして?」
強気な彼女が見せる、媚びるような表情に、典韋の理性がぐらりと揺れた。
それは命令ではなく、懇願だった。