優しい微笑みを浮かべた男
貴女のお名前
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汚れた上着を洗い場に持って行った帰りに、盥にぬるま湯を張り、清潔な布を持って名無しさんが部屋に戻ってみれば、満寵はそれで整えたつもりなのか、襟は緩く、腰紐は縦に結んだ不恰好な姿で長椅子に座って書物を開いていた。
満寵様はいつになったら、きちんとできるようになるのかしら。
彼と居ると口煩くなってしまう自分が時々、嫌になる。
「満寵様・・・」
「やあ、お帰り、名無しさん」
満寵は広げていた書物から顔を上げると、何か言いたげな名無しさんの表情に、慌てて言った。
「着替えたし、顔も手も洗ったよ」
腕を広げてまで見せる、その必死な様子が可愛らしく、名無しさんはつい、微笑んでしまった。
「ええ、そのようですね」
彼なりに頑張ったのだ、名無しさんは満寵の隣に腰を下ろし、優しい声で言う。
「でも、少しだけ、私にお手伝いさせて下さいね?」
と、緩んだ襟を正し、腰紐をきっちりと結び直した。
それから、未だ僅かに墨の残る彼の手を取り、湯に浸した布で汚れを優しく拭う。
「お水は冷たくありませんでしたか?お湯を持って来ましたからね。後で温かいお茶もお淹れしますね」
「うん、助かるよ。あと、できれば・・・」
「ええ、何か軽く摘まめるものもお持ちします」
満寵が何をしていたのかは彼女の知らぬ所だが、あれだけ汚れていたのだ、頭も体も使っていたのだとは想像に易い。
食事は採っているだろうが、既にお腹が空いているだろう。
「ははっ、名無しさんは何でもお見通しだね」
満寵はにこにこと笑顔を浮かべた。
足りない所を然り気無く補ってくれる、先回りして欲しい言葉を言ってくれる、それは例えるのならば、
「まるで母上みたいだ」
そう言った満寵に、名無しさんは心外だと目を見開く。
「まあ・・・!満寵様みたいな大きな子供を持った覚えはありませんよ」
「そうだね。確かに名無しさんが母上だと困るな」
満寵はそう言うと、
「だって、母上なら、こう言う事はできないだろう?」
名無しさんに顔を寄せ、小さな唇に唇を押し付けた。
触れるだけの口付けに、しかし、名無しさんは頬を赤く染める。
「ははっ、顔が真っ赤だ」
「もう・・・!誰の所為で・・・」
「うん、私の所為だね」
睨んで来る彼女に、やっと、恋人の顔をしてくれたと、満寵は微笑んだ。
名無しさんの気遣いはありがたいし、助かっているのは確かだ。
けれど、二人きりの時位、恋人らしい、甘い表情を見せてくれても良いんじゃないかと思うし、見せて欲しいと思う。
彼女がそうしないのは、或いはできないのが自分の所為ならば、それを取り払えるのもまた、自分だけだ。
満寵は汚れを拭う名無しさんの手を解くと、今度は自分の方から重ねた。
「荀彧殿を訪ねるのは夕方だし・・・少しだけ。・・・駄目かい?」
何かを仄めかすような触り方に、彼女の頬が益々、赤く染まる。
「だ、駄目です。未だ日も高いのに・・・」
「でも、名無しさんに触れたいんだ」
飾らない満寵の言葉選びは、時に周囲の不興を買う事もあるが、この場合はそうとも限らない。
事実、名無しさんは満寵に熱く見詰められ、今にも溶けてしまいそうだった。
満寵は彼女の頬に自分の頬を擦り寄せ、耳元で囁く。
「大丈夫。後の仕事に支障が出る程、激しくはしないよ。ね、名無しさん」
その姿勢のまま、彼女を長椅子の上にゆっくりと押し倒した。
こうなっては逆らえない、満寵の、楽しみを思い付いた時のきらきらとした表情が、好きな所の一つなら、最終的に頷く自分が簡単に想像できる。
頷けば、きっと彼は満面に笑顔を浮かべ、優しく愛してくれるだろう。
そして、その時に彼が見せる表情も、名無しさんは堪らなく好きだった。
駄目だと分かっていても、絆されて甘やかしてしまうのは、自分の悪い癖だと、名無しさんはこっそりと息を吐いた。
本当に、私は満寵様に甘いわ。
口煩くなるのと同様に、時々、嫌になる部分だが、それでいて悪い気がしないのは、そうである自分を、満寵が好きだと言ってくれるからだ。
名無しさんが諦めたように微笑むと、満寵の表情がぱっと明るくなる。
「荀彧様とお約束されてる事、忘れてはいけませんよ?」
「ああ、分かってるよ」
「その前に身形を整える時間も必要ですからね」
「勿論、手伝ってくれるだろう?」
「満寵様次第ですね。程々にして下さらないと、動けなくなります」
「いつも程々のつもりだけどね、そう言うなら仕方ない。名無しさんに手伝って貰わないと、私一人で整えるのは無理だろうし・・・うん、頑張ってみるよ」
そう言って、「優しい微笑みを浮かべた男」の、その目の奥が笑っていないように見えたのは名無しさんの気の所為か。
それは今から分かる事だ。
→あとがき
満寵様はいつになったら、きちんとできるようになるのかしら。
彼と居ると口煩くなってしまう自分が時々、嫌になる。
「満寵様・・・」
「やあ、お帰り、名無しさん」
満寵は広げていた書物から顔を上げると、何か言いたげな名無しさんの表情に、慌てて言った。
「着替えたし、顔も手も洗ったよ」
腕を広げてまで見せる、その必死な様子が可愛らしく、名無しさんはつい、微笑んでしまった。
「ええ、そのようですね」
彼なりに頑張ったのだ、名無しさんは満寵の隣に腰を下ろし、優しい声で言う。
「でも、少しだけ、私にお手伝いさせて下さいね?」
と、緩んだ襟を正し、腰紐をきっちりと結び直した。
それから、未だ僅かに墨の残る彼の手を取り、湯に浸した布で汚れを優しく拭う。
「お水は冷たくありませんでしたか?お湯を持って来ましたからね。後で温かいお茶もお淹れしますね」
「うん、助かるよ。あと、できれば・・・」
「ええ、何か軽く摘まめるものもお持ちします」
満寵が何をしていたのかは彼女の知らぬ所だが、あれだけ汚れていたのだ、頭も体も使っていたのだとは想像に易い。
食事は採っているだろうが、既にお腹が空いているだろう。
「ははっ、名無しさんは何でもお見通しだね」
満寵はにこにこと笑顔を浮かべた。
足りない所を然り気無く補ってくれる、先回りして欲しい言葉を言ってくれる、それは例えるのならば、
「まるで母上みたいだ」
そう言った満寵に、名無しさんは心外だと目を見開く。
「まあ・・・!満寵様みたいな大きな子供を持った覚えはありませんよ」
「そうだね。確かに名無しさんが母上だと困るな」
満寵はそう言うと、
「だって、母上なら、こう言う事はできないだろう?」
名無しさんに顔を寄せ、小さな唇に唇を押し付けた。
触れるだけの口付けに、しかし、名無しさんは頬を赤く染める。
「ははっ、顔が真っ赤だ」
「もう・・・!誰の所為で・・・」
「うん、私の所為だね」
睨んで来る彼女に、やっと、恋人の顔をしてくれたと、満寵は微笑んだ。
名無しさんの気遣いはありがたいし、助かっているのは確かだ。
けれど、二人きりの時位、恋人らしい、甘い表情を見せてくれても良いんじゃないかと思うし、見せて欲しいと思う。
彼女がそうしないのは、或いはできないのが自分の所為ならば、それを取り払えるのもまた、自分だけだ。
満寵は汚れを拭う名無しさんの手を解くと、今度は自分の方から重ねた。
「荀彧殿を訪ねるのは夕方だし・・・少しだけ。・・・駄目かい?」
何かを仄めかすような触り方に、彼女の頬が益々、赤く染まる。
「だ、駄目です。未だ日も高いのに・・・」
「でも、名無しさんに触れたいんだ」
飾らない満寵の言葉選びは、時に周囲の不興を買う事もあるが、この場合はそうとも限らない。
事実、名無しさんは満寵に熱く見詰められ、今にも溶けてしまいそうだった。
満寵は彼女の頬に自分の頬を擦り寄せ、耳元で囁く。
「大丈夫。後の仕事に支障が出る程、激しくはしないよ。ね、名無しさん」
その姿勢のまま、彼女を長椅子の上にゆっくりと押し倒した。
こうなっては逆らえない、満寵の、楽しみを思い付いた時のきらきらとした表情が、好きな所の一つなら、最終的に頷く自分が簡単に想像できる。
頷けば、きっと彼は満面に笑顔を浮かべ、優しく愛してくれるだろう。
そして、その時に彼が見せる表情も、名無しさんは堪らなく好きだった。
駄目だと分かっていても、絆されて甘やかしてしまうのは、自分の悪い癖だと、名無しさんはこっそりと息を吐いた。
本当に、私は満寵様に甘いわ。
口煩くなるのと同様に、時々、嫌になる部分だが、それでいて悪い気がしないのは、そうである自分を、満寵が好きだと言ってくれるからだ。
名無しさんが諦めたように微笑むと、満寵の表情がぱっと明るくなる。
「荀彧様とお約束されてる事、忘れてはいけませんよ?」
「ああ、分かってるよ」
「その前に身形を整える時間も必要ですからね」
「勿論、手伝ってくれるだろう?」
「満寵様次第ですね。程々にして下さらないと、動けなくなります」
「いつも程々のつもりだけどね、そう言うなら仕方ない。名無しさんに手伝って貰わないと、私一人で整えるのは無理だろうし・・・うん、頑張ってみるよ」
そう言って、「優しい微笑みを浮かべた男」の、その目の奥が笑っていないように見えたのは名無しさんの気の所為か。
それは今から分かる事だ。
→あとがき