幼い恋
貴女のお名前
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未だ、始まってない。
執務室を抜けた中庭で、父親の側に知らない顔を認めた夏侯覇は、その歩みを僅かに緩めた。
殆どの中庭が、四季折々の風情を楽しめるように造られている中、父親の所は少し、いや、かなり他所とは様子が違っている。
しばしば個人の趣味や、或いは抱えの庭師の腕前を誇示する場所になり得るのならば、更地に整えられ、幾つかの的が順序よく並んでいる、その殺風景な様子は笑われる所か、流石は弓の名手、夏侯淵の中庭かと、妙に納得させてしまう出来映えだ。
どのような庭であれ、従軍するよりも前、幼い頃から訪れていた息子にしてみれば、見慣れた光景である。
しかし今日は、そこに似つかわしくないような少女が居た。
夏侯覇が近付くに連れ、気配を察した夏侯淵が息子に気付いて片手を上げて見せる。
「よう、来てたのか」
「うん・・・ちょっと庭を借りようと思って・・・」
と、答える夏侯覇は利き手に弓を携えていた。
戦では大剣を振るう彼だが、いつもそれを扱えるとは限らない。
大剣が邪魔になるような戦場もあれば、劣化で折れてしまう時もあるだろう。
そうなった時に、得意とする得物が大剣だけでは心許なく、生き延びる為には他の得物は勿論、弓も扱えるに越した事はない。
それも常から腕を磨いておかなければ役にも立たず、夏侯覇は練習の場所として父親の執務室の中庭を借りに、ついでに指導もしてもらうつもりで遣って来たのだったが、見知らぬ少女の姿に続ける言葉を失う。
夏侯淵はどこか歯切れの悪い息子の様子に、側に立つ少女が原因だと直ぐに気付くと、夏侯覇に彼女を紹介して言った。
「名前は名無しさんってんだ」
と、彼女が夏侯覇に向かって優雅な礼を執った後に、その小さな肩に馴れ馴れしく手を置いて夏侯淵が言葉を続けて言うには、名無しさんは殿、つまり曹操の客人の娘だと言う事だった。
曹操が客人の相手をしている間、彼女の相手にと夏侯淵に白羽の矢が立ったのは単なる偶然か、それとも、好奇心旺盛な名無しさんの性格が呼び寄せたものか。
「夏侯淵様は弓の名手と聞きました。一度、その勇姿を見てみたいと思います」
「そう言われちゃ、断れねぇよな」
曹操に呼びつけられ、話を聞いて気を良くした夏侯淵が彼女を中庭に連れて来たのは先程の事。
二、三発、続け様に矢を的の中心に当てて見せる夏侯淵に名無しさんは興奮気味に頬を紅潮させて何度も手を叩く。
それにも気を良くした夏侯淵は、
「名無しさんもやってみるか?」
彼女が客人の娘であるにも関わらず、軽い気持ちで名無しさんに弓を持たせてやった。
「初めてにしちゃあ、中々、筋が良いんだぜ」
「だからって女の子に・・・」
言いながら、夏侯覇は彼女の手元に視線を送る。
自分よりも小柄な彼女が手にしているのは、夏侯覇が子供の時に使っていた練習用の弓だが、それでも武器に変わりない。
自分と同じ位の年頃の女の子に、武器を勧めて持たせるとは、我が父親ながら如何なものかと、呆れた視線を息子に投げて寄越され、夏侯淵は言い訳をするように言った。
「固い事言うなって。名無しさんも楽しんでんだからよ。な?」
言葉の最後に同意を求められた名無しさんは、即座に首を縦に振って、にこりと笑う。
「はい、とても楽しいです」
ほら見ろと言わんばかりに、得意気になる父親に夏侯覇はやれやれと溜め息を吐いた。
矢を射るのが楽しいなんて、最近の女の子って変わってんな。
「まあ、本人が良いなら良いけど・・・」
「だろ。よし、そんじゃあ続きといくか!」
我が意を得たり、夏侯淵は仕切り直しだと、夏侯覇の背中を叩く。
「折角来たんだ、名無しさんに良い所、見せてやれよ」
「いやいやいや、父さん、そんな緊張するような事、言わないでくれよ」
と、言いながら、夏侯覇は素直に弓を構えてから、ちらりと彼女の方に視線をやった。
女の子の前だ、どうせなら、良い所を見せたいと思うのが、年頃の少年の当然の心理と言うものだろう。
一応、父さんの息子だし、格好悪い所は見せられないよな。
夏侯覇は視線を的に戻し、引き絞った弦から矢を放つ。
命中する軽い音が響いた後、矢は的の真ん中より少し離れた所に刺さっていた。
狙ってても、やっぱり、父さんみたいに当てられないか。
内心で苦く思う夏侯覇の耳に、大きな拍手の音が届く。
「凄いです!お見事です!」
名無しさんが向けて来る満面の笑顔と、その喝采に夏侯覇はほんのりと頬を染めた。
何処に居ても夏侯淵の息子として見られてばかりの夏侯覇にとって、自分だけに向けられた称賛は、彼を年頃の少年にする。
息子が見せたその様子を、夏侯淵は見逃さなかった。
これはひょっとすると、ひょっとするんじゃないか?
息子の為に、ここは俺が一肌脱いでやるか。
そう思った矢先、彼女を迎えに来たであろう人影を視線の端に捉えた夏侯淵は、
「名無しさん、またいつでも来て良いからな」
「本当ですか?」
「おうよ、この夏侯妙才様に二言は無ぇ!」
大袈裟に胸を叩いて見せてから、続けて夏侯覇に言った。
「と言っても、俺様が居ない時もあるからな。その時は息子、頼んだぞ」
「ええ?俺が?」
父さんが言い出したのに何故こちらに振ってくるのかと、そう言いたげな視線を寄越して来る息子に、夏侯淵はぴしりと言う。
「いいか、息子。がむしゃらに射ちまくれば上手くなれるってもんじゃねぇ。人に教えるってのも大事なんだぞ」
「それは・・・そうかもしれないけど」
「だったら、やってみろ。何も名無しさんを戦に出せるようになるまで育てろって訳じゃねぇんだ。気楽なもんだろ」
夏侯淵の言葉は、何処か有無を言わさない調子で、夏侯覇は渋々頷いた。
執務室を抜けた中庭で、父親の側に知らない顔を認めた夏侯覇は、その歩みを僅かに緩めた。
殆どの中庭が、四季折々の風情を楽しめるように造られている中、父親の所は少し、いや、かなり他所とは様子が違っている。
しばしば個人の趣味や、或いは抱えの庭師の腕前を誇示する場所になり得るのならば、更地に整えられ、幾つかの的が順序よく並んでいる、その殺風景な様子は笑われる所か、流石は弓の名手、夏侯淵の中庭かと、妙に納得させてしまう出来映えだ。
どのような庭であれ、従軍するよりも前、幼い頃から訪れていた息子にしてみれば、見慣れた光景である。
しかし今日は、そこに似つかわしくないような少女が居た。
夏侯覇が近付くに連れ、気配を察した夏侯淵が息子に気付いて片手を上げて見せる。
「よう、来てたのか」
「うん・・・ちょっと庭を借りようと思って・・・」
と、答える夏侯覇は利き手に弓を携えていた。
戦では大剣を振るう彼だが、いつもそれを扱えるとは限らない。
大剣が邪魔になるような戦場もあれば、劣化で折れてしまう時もあるだろう。
そうなった時に、得意とする得物が大剣だけでは心許なく、生き延びる為には他の得物は勿論、弓も扱えるに越した事はない。
それも常から腕を磨いておかなければ役にも立たず、夏侯覇は練習の場所として父親の執務室の中庭を借りに、ついでに指導もしてもらうつもりで遣って来たのだったが、見知らぬ少女の姿に続ける言葉を失う。
夏侯淵はどこか歯切れの悪い息子の様子に、側に立つ少女が原因だと直ぐに気付くと、夏侯覇に彼女を紹介して言った。
「名前は名無しさんってんだ」
と、彼女が夏侯覇に向かって優雅な礼を執った後に、その小さな肩に馴れ馴れしく手を置いて夏侯淵が言葉を続けて言うには、名無しさんは殿、つまり曹操の客人の娘だと言う事だった。
曹操が客人の相手をしている間、彼女の相手にと夏侯淵に白羽の矢が立ったのは単なる偶然か、それとも、好奇心旺盛な名無しさんの性格が呼び寄せたものか。
「夏侯淵様は弓の名手と聞きました。一度、その勇姿を見てみたいと思います」
「そう言われちゃ、断れねぇよな」
曹操に呼びつけられ、話を聞いて気を良くした夏侯淵が彼女を中庭に連れて来たのは先程の事。
二、三発、続け様に矢を的の中心に当てて見せる夏侯淵に名無しさんは興奮気味に頬を紅潮させて何度も手を叩く。
それにも気を良くした夏侯淵は、
「名無しさんもやってみるか?」
彼女が客人の娘であるにも関わらず、軽い気持ちで名無しさんに弓を持たせてやった。
「初めてにしちゃあ、中々、筋が良いんだぜ」
「だからって女の子に・・・」
言いながら、夏侯覇は彼女の手元に視線を送る。
自分よりも小柄な彼女が手にしているのは、夏侯覇が子供の時に使っていた練習用の弓だが、それでも武器に変わりない。
自分と同じ位の年頃の女の子に、武器を勧めて持たせるとは、我が父親ながら如何なものかと、呆れた視線を息子に投げて寄越され、夏侯淵は言い訳をするように言った。
「固い事言うなって。名無しさんも楽しんでんだからよ。な?」
言葉の最後に同意を求められた名無しさんは、即座に首を縦に振って、にこりと笑う。
「はい、とても楽しいです」
ほら見ろと言わんばかりに、得意気になる父親に夏侯覇はやれやれと溜め息を吐いた。
矢を射るのが楽しいなんて、最近の女の子って変わってんな。
「まあ、本人が良いなら良いけど・・・」
「だろ。よし、そんじゃあ続きといくか!」
我が意を得たり、夏侯淵は仕切り直しだと、夏侯覇の背中を叩く。
「折角来たんだ、名無しさんに良い所、見せてやれよ」
「いやいやいや、父さん、そんな緊張するような事、言わないでくれよ」
と、言いながら、夏侯覇は素直に弓を構えてから、ちらりと彼女の方に視線をやった。
女の子の前だ、どうせなら、良い所を見せたいと思うのが、年頃の少年の当然の心理と言うものだろう。
一応、父さんの息子だし、格好悪い所は見せられないよな。
夏侯覇は視線を的に戻し、引き絞った弦から矢を放つ。
命中する軽い音が響いた後、矢は的の真ん中より少し離れた所に刺さっていた。
狙ってても、やっぱり、父さんみたいに当てられないか。
内心で苦く思う夏侯覇の耳に、大きな拍手の音が届く。
「凄いです!お見事です!」
名無しさんが向けて来る満面の笑顔と、その喝采に夏侯覇はほんのりと頬を染めた。
何処に居ても夏侯淵の息子として見られてばかりの夏侯覇にとって、自分だけに向けられた称賛は、彼を年頃の少年にする。
息子が見せたその様子を、夏侯淵は見逃さなかった。
これはひょっとすると、ひょっとするんじゃないか?
息子の為に、ここは俺が一肌脱いでやるか。
そう思った矢先、彼女を迎えに来たであろう人影を視線の端に捉えた夏侯淵は、
「名無しさん、またいつでも来て良いからな」
「本当ですか?」
「おうよ、この夏侯妙才様に二言は無ぇ!」
大袈裟に胸を叩いて見せてから、続けて夏侯覇に言った。
「と言っても、俺様が居ない時もあるからな。その時は息子、頼んだぞ」
「ええ?俺が?」
父さんが言い出したのに何故こちらに振ってくるのかと、そう言いたげな視線を寄越して来る息子に、夏侯淵はぴしりと言う。
「いいか、息子。がむしゃらに射ちまくれば上手くなれるってもんじゃねぇ。人に教えるってのも大事なんだぞ」
「それは・・・そうかもしれないけど」
「だったら、やってみろ。何も名無しさんを戦に出せるようになるまで育てろって訳じゃねぇんだ。気楽なもんだろ」
夏侯淵の言葉は、何処か有無を言わさない調子で、夏侯覇は渋々頷いた。