誠実な不誠実
貴女のお名前
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態とじゃないさ。
始めは、異変と言う程のものではなかった。
本来、あるべき筈の場所にあるべきものがない。
「・・・おかしいですね。確か、ここに」
と、荀彧は書棚の前で呟いた。
場所は城内の書庫。
文献から兵法書、地図や設計図まであらゆる知が整然と並ぶ場所である。
その中の一葉を求めて訪れたのだが、何度、目を凝らしても見当たらない。
それ自体は珍しい事ではない。
誰かの手によって移動されたか、誰かが持ち出したと考えるのが普通だ。
先ずは、誰かが持ち出していないかを確認する為に、荀彧は書庫の責任者に声を掛けた。
記録をなぞり、その末に一人の名前を見付る。
「・・・満寵殿でしたか」
荀彧は妙に納得したような、それでいて困惑したような溜め息を吐いた。
あの御仁に持ち出された書は無事だろうか。
また、山積みの仲間になっているのだろうか。
その時の山具合にも因るが、大抵、探し出すのは困難で、考えるだけで肩が落ちる。
先日のように、名無しさんが居て、部屋を片付けてくれていれば良いのですが。
荀彧は記録を閉じ、溜め息を一つ吐いて書庫を後にした。
満寵の部屋の前で、荀彧は深呼吸をする。
「満寵殿、いらっしゃいますか」
と、声を掛けると、中から満寵が顔を出した。
相変わらず、全体的に墨で汚れている。
「やあ、荀彧殿。どうしたんだい?」
「済みません、お忙しい所・・・」
荀彧が書の名前を挙げると、満寵は困ったように頭を掻いた。
「ああ・・・あれか。うーん、何処に遣ったかな」
言いながら、室内を振り返る。
荀彧も視線を室内に向け、言葉を失った。
何と言う惨状、書の山は高く、床も木簡で埋め尽くされている。
「・・・満寵殿、少し片付けられては?」
「え?これ以上かい?」
けろりと言う満寵に、荀彧は頭を抱えた。
これが片付いていると言うのか。
片付いていると言うのなら、何故、何処に遣ったかと言う言葉が出て来るのか。
いや、兎に角、探し出さなければ。
軍議は待ってはくれないのだ。
荀彧は入室の許可を得ると、早速、一つの山に向かった。
丁寧に一冊ずつ、下ろしては中身を確かめていく。
暫く、黙々と探していた荀彧だったが、不意に背後を振り返った。
「・・・満寵殿、何をしていらっしゃるのですか」
荀彧にしては低い声、しかし、満寵はまたもけろりと言う。
「何って、作業の続きだけれど。・・・あ!気になるかい!?」
「いえ、全く。私が聞きたいのは、持ち出した貴方が何故探さないのかと言う事です」
「え?だって必要なのは荀彧殿だろう?」
不思議そうに首を傾げる満寵に、流石の荀彧も額に青筋を浮かべた。
「ええ、そうですね。ですが、元はと言えば満寵殿、貴方が借りたものを返さないからです。先日もそうだったでしょう」
「そう・・・だったかな?」
「そうです!」
荀彧はきっぱりと言ってから、痛むように額に手を遣ると、彼に深々と息を吐いて見せた。
「・・・名無しさんはどうしたのです?」
先日、ここへ書を探しに来た時、
「時々、片付けている」
と、彼女が言っていたのを思い出す。
時々がどれ位の頻度かは分からないが、部屋がこれ程になるまで名無しさんが放っておくとは考えられない。
満寵は察したように、短く頷くと、ぺらぺらと話し出した。
「ああ、それはほら、この前、見習いが入って来ただろう?今年は名無しさんが任されたみたいでね。それは別に良いんだ、名無しさんは優しいし、面倒見も良いから適任だと思うよ。私との間に子ができた時の練習にもなるしね。寧ろ、私の方が子に嫉妬するかもしれないけど。って、そうじゃないか。まあ、そう言う訳で名無しさんはそちらに掛かりっきりでね。朝から夜中までべったりさ。全く、見習いの子が羨ましいったらないよ。お陰で色々溜まりっぱなしだ。作業に没頭でもしてないと気が狂いそうになる」
もう狂っているのではないですか、と言い掛けて荀彧はその言葉を飲み込む。
下手に突っ込もうものなら、満寵の話は続く一方だ。
「そうでしたか。それは・・・何と言うか、大変ですね」
「そうなんだよ!荀彧殿なら分かってくれると思ってたよ!」
「いえ、満寵殿にではなく、名無しさんにです」
ぱっと顔を輝かせた満寵に、荀彧はにべもなく言った。
満寵が手にしていた工具を取り上げ、にっこりと続ける。
「名無しさんが来れない理由は分かりました。しかし、それとこれとは関係ありませんので」
笑顔を浮かべているのに目が笑ってない。
満寵は素直に書物の山に手を伸ばした。
始めは、異変と言う程のものではなかった。
本来、あるべき筈の場所にあるべきものがない。
「・・・おかしいですね。確か、ここに」
と、荀彧は書棚の前で呟いた。
場所は城内の書庫。
文献から兵法書、地図や設計図まであらゆる知が整然と並ぶ場所である。
その中の一葉を求めて訪れたのだが、何度、目を凝らしても見当たらない。
それ自体は珍しい事ではない。
誰かの手によって移動されたか、誰かが持ち出したと考えるのが普通だ。
先ずは、誰かが持ち出していないかを確認する為に、荀彧は書庫の責任者に声を掛けた。
記録をなぞり、その末に一人の名前を見付る。
「・・・満寵殿でしたか」
荀彧は妙に納得したような、それでいて困惑したような溜め息を吐いた。
あの御仁に持ち出された書は無事だろうか。
また、山積みの仲間になっているのだろうか。
その時の山具合にも因るが、大抵、探し出すのは困難で、考えるだけで肩が落ちる。
先日のように、名無しさんが居て、部屋を片付けてくれていれば良いのですが。
荀彧は記録を閉じ、溜め息を一つ吐いて書庫を後にした。
満寵の部屋の前で、荀彧は深呼吸をする。
「満寵殿、いらっしゃいますか」
と、声を掛けると、中から満寵が顔を出した。
相変わらず、全体的に墨で汚れている。
「やあ、荀彧殿。どうしたんだい?」
「済みません、お忙しい所・・・」
荀彧が書の名前を挙げると、満寵は困ったように頭を掻いた。
「ああ・・・あれか。うーん、何処に遣ったかな」
言いながら、室内を振り返る。
荀彧も視線を室内に向け、言葉を失った。
何と言う惨状、書の山は高く、床も木簡で埋め尽くされている。
「・・・満寵殿、少し片付けられては?」
「え?これ以上かい?」
けろりと言う満寵に、荀彧は頭を抱えた。
これが片付いていると言うのか。
片付いていると言うのなら、何故、何処に遣ったかと言う言葉が出て来るのか。
いや、兎に角、探し出さなければ。
軍議は待ってはくれないのだ。
荀彧は入室の許可を得ると、早速、一つの山に向かった。
丁寧に一冊ずつ、下ろしては中身を確かめていく。
暫く、黙々と探していた荀彧だったが、不意に背後を振り返った。
「・・・満寵殿、何をしていらっしゃるのですか」
荀彧にしては低い声、しかし、満寵はまたもけろりと言う。
「何って、作業の続きだけれど。・・・あ!気になるかい!?」
「いえ、全く。私が聞きたいのは、持ち出した貴方が何故探さないのかと言う事です」
「え?だって必要なのは荀彧殿だろう?」
不思議そうに首を傾げる満寵に、流石の荀彧も額に青筋を浮かべた。
「ええ、そうですね。ですが、元はと言えば満寵殿、貴方が借りたものを返さないからです。先日もそうだったでしょう」
「そう・・・だったかな?」
「そうです!」
荀彧はきっぱりと言ってから、痛むように額に手を遣ると、彼に深々と息を吐いて見せた。
「・・・名無しさんはどうしたのです?」
先日、ここへ書を探しに来た時、
「時々、片付けている」
と、彼女が言っていたのを思い出す。
時々がどれ位の頻度かは分からないが、部屋がこれ程になるまで名無しさんが放っておくとは考えられない。
満寵は察したように、短く頷くと、ぺらぺらと話し出した。
「ああ、それはほら、この前、見習いが入って来ただろう?今年は名無しさんが任されたみたいでね。それは別に良いんだ、名無しさんは優しいし、面倒見も良いから適任だと思うよ。私との間に子ができた時の練習にもなるしね。寧ろ、私の方が子に嫉妬するかもしれないけど。って、そうじゃないか。まあ、そう言う訳で名無しさんはそちらに掛かりっきりでね。朝から夜中までべったりさ。全く、見習いの子が羨ましいったらないよ。お陰で色々溜まりっぱなしだ。作業に没頭でもしてないと気が狂いそうになる」
もう狂っているのではないですか、と言い掛けて荀彧はその言葉を飲み込む。
下手に突っ込もうものなら、満寵の話は続く一方だ。
「そうでしたか。それは・・・何と言うか、大変ですね」
「そうなんだよ!荀彧殿なら分かってくれると思ってたよ!」
「いえ、満寵殿にではなく、名無しさんにです」
ぱっと顔を輝かせた満寵に、荀彧はにべもなく言った。
満寵が手にしていた工具を取り上げ、にっこりと続ける。
「名無しさんが来れない理由は分かりました。しかし、それとこれとは関係ありませんので」
笑顔を浮かべているのに目が笑ってない。
満寵は素直に書物の山に手を伸ばした。