恋は盲目
貴女のお名前
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それよりも、曹休の騙され易さだ。
親子兄弟でも疑い合い、殺し合う乱世、武将でありながら、簡単に人を信じてしまう曹休の、その性格は名無しさんの好む所ではある。
それでも、限度と言うものがあるだろうが。
その内、見知らぬ女性に、
「貴方の子です」
とか言われたら、身に覚えがない事でも頷いてしまい兼ねない。
その様子がいとも容易く想像できてしまう程、彼は人が良いのだ。
そんな事を考えながら、受け取った簪を手の中で弄んでいた名無しさんは、折角だからと、提案して言う。
「文烈様、早速、着けてみても宜しいでしょうか」
「ああ、勿論だ」
名無しさんが簪を渡し、髪を整えるように言うと、侍女は怪訝な顔をした。
本当に着けるのですかと、目で問う侍女に、名無しさんは承知の上だと、頷いて答える。
「文烈様。髪とは言え、身嗜みを整えるのですから、少しの間、あちらを向いていて下さらない?」
「あ、ああ・・・済まない」
曹休は忽ち、顔を真っ赤にさせると、音がしそうな位に素早い動きで首をぐるりと巡らせた。
こうなっては仕方ない、侍女は渋々、名無しさんの髪を、簪が映えるように整える。
暫くして、名無しさんから声を掛けられた曹休は、そろそろと首を元の位置へと戻し、簪を挿した彼女の姿を目に映すと、眩し気に目を細め、頬を緩めた。
「ああ、思った通りだ。よく似合う」
どこがだと、侍女たちは僅かに眉を顰める。
安物であろう簪の飾りは、一つ一つの細工の色味も形も、てんでばらばらで、しかも、大振りなだけ、派手な印象を与える。
一方で、着ているものは上質な布地に、精緻な紋様が品良く配置されていた。
どうにも不釣り合いな取り合わせなら、似合っていると言う言葉は相応しくない。
侍女たちは全員一致でそう思ったが、それを口に出すようでは世話係は務まらない。
大体、名無しさん自身も、曹休の言葉に擽ったそうに微笑んでいるのだ、何も言わずに、そっと引き下がる事を、侍女たちは心得ていた。
「まるで天女のように綺麗だ」
「ふふ、文烈様ったら、お上手ね」
うっとりと言う曹休に、名無しさんがくすくすと笑う。
曹休と過ごした楽しい時間を思い出しながら、名無しさんは眠る前に貰った簪の手入れをしていた。
柔らかい布で、隅々まで念入りに拭いている。
「曹休様からの贈り物も随分増えましたね」
と、鏡の前に腰掛ける名無しさんの背後に立ち、彼女の髪を梳けずりながら、侍女が言った。
「そうね。相変わらず、馬以外の目利きはさっぱりみたいだけれど」
名無しさんはそう言うと、小さく笑い声を上げた。
何処かの姫君が愛用していた香炉、絶世の美女が毎日髪を梳いていた櫛、希少な石を使った耳飾り等々、出所もはっきりしなければ、真偽も定かではないものが幾つもある。
「いつか、それとなくお伝えしてみたら如何です?」
「あら、必要ないでしょう。別に困っている訳ではないもの」
「ですが・・・」
身分のある人が持つものではないと、口の中でもごもごと言う侍女に、名無しさんは鏡越しに微笑んだ。
侍女の言う事も分かる、身に着ける装飾品一つで育ちや教養を測られる事もあれば、下手をすれば家名を落とし兼ねない。
そうと分かっていて、名無しさんは侍女に答えて言った。
「良いのよ。贋物にしろ、安物にしろ、文烈様が私を思って選んで下さったのですもの」
そこに込められているのは、紛れもなく、彼の思いだ。
愛する彼の思いが詰まった代物は、贋物でも安物でも、私の心を幸せで一杯に満たしてくれる。
「だから良いのよ」
名無しさんは磨き終わった簪を、他の高価な簪と同じ列に丁寧に並べて置いた。
価値なんて人それぞれ、名無しさんにとってはどんなものであれ、曹休が自分にと用意してくれたものである事が何よりなのだ。
安物を大切に扱う名無しさんに、侍女は苦笑いを浮かべると、一礼して部屋を出て行った。
「恋は盲目」と言う、不釣り合いで不恰好な装いの名無しさんを見て綺麗だと言う曹休も、曹休が用意したものだからと言う理由だけで、安物を身に着ける名無しさんも、傍目から見れば愚かしく映る。
しかし、恋とは、そう言うものなのだ。
それならば、せめて、曹休からの贈り物を身に着ける名無しさんが、周りから笑われる事のないよう、腕に縒りを掛けて仕立て上げようと、侍女は気合いを入れたのだった。
→あとがき
親子兄弟でも疑い合い、殺し合う乱世、武将でありながら、簡単に人を信じてしまう曹休の、その性格は名無しさんの好む所ではある。
それでも、限度と言うものがあるだろうが。
その内、見知らぬ女性に、
「貴方の子です」
とか言われたら、身に覚えがない事でも頷いてしまい兼ねない。
その様子がいとも容易く想像できてしまう程、彼は人が良いのだ。
そんな事を考えながら、受け取った簪を手の中で弄んでいた名無しさんは、折角だからと、提案して言う。
「文烈様、早速、着けてみても宜しいでしょうか」
「ああ、勿論だ」
名無しさんが簪を渡し、髪を整えるように言うと、侍女は怪訝な顔をした。
本当に着けるのですかと、目で問う侍女に、名無しさんは承知の上だと、頷いて答える。
「文烈様。髪とは言え、身嗜みを整えるのですから、少しの間、あちらを向いていて下さらない?」
「あ、ああ・・・済まない」
曹休は忽ち、顔を真っ赤にさせると、音がしそうな位に素早い動きで首をぐるりと巡らせた。
こうなっては仕方ない、侍女は渋々、名無しさんの髪を、簪が映えるように整える。
暫くして、名無しさんから声を掛けられた曹休は、そろそろと首を元の位置へと戻し、簪を挿した彼女の姿を目に映すと、眩し気に目を細め、頬を緩めた。
「ああ、思った通りだ。よく似合う」
どこがだと、侍女たちは僅かに眉を顰める。
安物であろう簪の飾りは、一つ一つの細工の色味も形も、てんでばらばらで、しかも、大振りなだけ、派手な印象を与える。
一方で、着ているものは上質な布地に、精緻な紋様が品良く配置されていた。
どうにも不釣り合いな取り合わせなら、似合っていると言う言葉は相応しくない。
侍女たちは全員一致でそう思ったが、それを口に出すようでは世話係は務まらない。
大体、名無しさん自身も、曹休の言葉に擽ったそうに微笑んでいるのだ、何も言わずに、そっと引き下がる事を、侍女たちは心得ていた。
「まるで天女のように綺麗だ」
「ふふ、文烈様ったら、お上手ね」
うっとりと言う曹休に、名無しさんがくすくすと笑う。
曹休と過ごした楽しい時間を思い出しながら、名無しさんは眠る前に貰った簪の手入れをしていた。
柔らかい布で、隅々まで念入りに拭いている。
「曹休様からの贈り物も随分増えましたね」
と、鏡の前に腰掛ける名無しさんの背後に立ち、彼女の髪を梳けずりながら、侍女が言った。
「そうね。相変わらず、馬以外の目利きはさっぱりみたいだけれど」
名無しさんはそう言うと、小さく笑い声を上げた。
何処かの姫君が愛用していた香炉、絶世の美女が毎日髪を梳いていた櫛、希少な石を使った耳飾り等々、出所もはっきりしなければ、真偽も定かではないものが幾つもある。
「いつか、それとなくお伝えしてみたら如何です?」
「あら、必要ないでしょう。別に困っている訳ではないもの」
「ですが・・・」
身分のある人が持つものではないと、口の中でもごもごと言う侍女に、名無しさんは鏡越しに微笑んだ。
侍女の言う事も分かる、身に着ける装飾品一つで育ちや教養を測られる事もあれば、下手をすれば家名を落とし兼ねない。
そうと分かっていて、名無しさんは侍女に答えて言った。
「良いのよ。贋物にしろ、安物にしろ、文烈様が私を思って選んで下さったのですもの」
そこに込められているのは、紛れもなく、彼の思いだ。
愛する彼の思いが詰まった代物は、贋物でも安物でも、私の心を幸せで一杯に満たしてくれる。
「だから良いのよ」
名無しさんは磨き終わった簪を、他の高価な簪と同じ列に丁寧に並べて置いた。
価値なんて人それぞれ、名無しさんにとってはどんなものであれ、曹休が自分にと用意してくれたものである事が何よりなのだ。
安物を大切に扱う名無しさんに、侍女は苦笑いを浮かべると、一礼して部屋を出て行った。
「恋は盲目」と言う、不釣り合いで不恰好な装いの名無しさんを見て綺麗だと言う曹休も、曹休が用意したものだからと言う理由だけで、安物を身に着ける名無しさんも、傍目から見れば愚かしく映る。
しかし、恋とは、そう言うものなのだ。
それならば、せめて、曹休からの贈り物を身に着ける名無しさんが、周りから笑われる事のないよう、腕に縒りを掛けて仕立て上げようと、侍女は気合いを入れたのだった。
→あとがき