どうしようもないこの思い
貴女のお名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
二人のこれから。
彼女と初めて顔を合わせた時、陸遜はてっきり同じ位か、少し下の年齢かと思っていた。
しかし、実際には陸遜の方が年下で、それを知った彼女は時折、
「陸遜様は私より年下なんですから」
と、理屈にならない理屈で彼を遣り込めようとする所があった。
「弟のものを取り上げるのは、姉のする事ではありません」
今も、口ではそう言いながら、物欲しそうな視線を陸遜の手元にちらちらと送っている。
陸遜はその様子を内心で可愛らしく思いながら、手の中の焼き菓子を半分に割った。
「では半分ならばどうですか?一つは多過ぎて、私では持て余します」
彼女は一瞬、笑顔を浮かべ、それから取り繕うように咳払いをして言う。
「それならば仕方ありませんね、困っている弟を助けるのも姉の役目です」
澄ました仕草で陸遜の手元に手を伸ばし、割れた菓子の半分を取って口に運んだ。
口内にじわりと広がる甘い味に彼女の頬が緩む。
「甘くて美味しいです」
「それは良かったです」
陸遜は微笑み、自らも菓子を頬張った。
甘味は贅沢品だ、そうそう口にできるものではない。
それが手に入ったのはつい先程の事、施策についての相談で、主である孫権の部屋を訪れた陸遜は立ち去り際、彼に小さな包みを渡された。
「これは・・・?」
「菓子だ、軍師は頭を使うから甘いものが必要だろう?」
労いの意味で用意したのだろう、その心遣いを嬉しく思い、陸遜は素直に受け取った。
陸遜にと渡されたのだから、独り占めしても良かったのだが、折角だから彼女と分けて食べようと思っていた矢先の出来事である。
「偶には甘いものも良いですね、名無しさん」
「は、はい・・・」
名無しさんはもごもごと動かしている口元を手で覆って隠しながら答えて頷いた。
半分に割った菓子を一口、二口で食べてしまった陸遜に対し、大事そうに少しずつ食べる所も可愛らしい。
「ふふ・・・名無しさん、付いてますよ」
陸遜は自分の口元をちょいちょいと突いて、彼女の口元に菓子の切れ端が付着している事を示す。
名無しさんは頬を赤らめ、それを指先で取ると何事もなかったように言った。
「お茶でも淹れて来ましょうか?」
「そうですね、お願いします」
姉と弟にしては少々、他人行儀で、知らぬ者が見たら一連の会話の流れに首を傾げるだろうが、二人にとっては、これが普通だった。
それもその筈、名無しさんは陸遜の部屋付きの女官で、年齢が彼より上であっても、立場はあくまでも彼女の方が下だ。
そうでありながら、初対面でこんな事を思うのは失礼かもしれないですけれどと、名無しさんは前置きをして言ったのだ。
「弟ができたみたいで嬉しいです」
「貴女にご兄弟は?」
「どうぞ、名無しさんとお呼び下さい。生憎と。私が末子でございますれば、失礼な事を申し上げました」
成る程、彼女が同じ年頃か、年下と感じたのもその所為かと、陸遜は納得して頷いた。
末子だからと多少、甘やかされて育てられたのだろう、纏う雰囲気がそれらしい。
そうとは言え、礼儀も所作も確りとしたもので、不都合はない。
「名無しさん、貴女が宜しければ、姉上のように頼らせて頂きたいと思います」
名無しさんを部屋付きの女官として迎えた時、そう言ってしまった事を、陸遜は後悔していた。
始めは良かった、若くして陸家を背負わねばならない陸遜にとって、時に優しく微笑み、頭を撫でながら誉めてくれる名無しさんを、本当の姉であるかのように慕っていた。
しかし、そうして彼女と共に過ごす内に陸遜は、本当の姉と弟ならば、決して抱かない感情を名無しさんに対して持つようになったのだ。
これを世間で何と呼ぶのか知っている、それに気付いてからと言うもの、彼女との関係に胸を痛めない日はなかった。
弟ではなく、男として見て欲しい。
そうと願うも虚しく、名無しさんの、弟扱いする所は一向に変わらず、陸遜は彼女が出て行った扉に向かって溜め息を吐いた。
いつになれば、この気持ちを打ち明けられるのか。
いっそ、本当に弟であればと、思わない日はなかった。
陸遜が胸に思いを伝える事なく、幾月か過ぎたある夜、孫呉で宴が催された。
先達ての戦の慰労と祝勝を兼ねた催しで、軍師として出陣していた陸遜は、その時の功績もあって、孫権の傍に座していた。
「陸遜が居れば、我が孫呉は安泰だな。呂蒙も鼻が高い事だろう」
「いえ、私など・・・呂蒙殿には遠く及ばず、今回も多くのご助力を頂きました」
呂蒙も戦に参加していたが、陸遜に経験を積ませてやろうとの思惑で終始、表に立たず、それ故に今回は末席の方に座っている。
功績が一つの指標なら、将として、そう簡単にできる事ではない。
「本当に、呂蒙殿には・・・」
知略も器も敵わないと、呂蒙の居る方向へ視線を巡らせた陸遜は、不意に目を見開き、言葉を詰まらせた。
「どうした、陸遜」
孫権の伺う声に我に返り、咄嗟に平静を装う。
「いえ・・・何でもありません」
何が陸遜を驚かせたのか、彼の視線の先には呂蒙と、彼と談笑する名無しさんの姿が在った。
それだけなら未だ良い、呂蒙も名無しさんも、互いに面識のない間柄ではないのだから。
寧ろ、付き合いが長いからなのだろう、二人の間に見て取れた雰囲気は親し気で、名無しさんは陸遜の前では見せた事のないような、甘えるような笑みを浮かべていた。
言葉を交わす距離も近い。
再び、孫権と言葉を交わす陸遜の、その胸の内は激しく揺さぶられた。
あの笑顔を、自分は知らない。
陸遜は酒の味も分からず、惰性で杯を干し続ける。
彼女と初めて顔を合わせた時、陸遜はてっきり同じ位か、少し下の年齢かと思っていた。
しかし、実際には陸遜の方が年下で、それを知った彼女は時折、
「陸遜様は私より年下なんですから」
と、理屈にならない理屈で彼を遣り込めようとする所があった。
「弟のものを取り上げるのは、姉のする事ではありません」
今も、口ではそう言いながら、物欲しそうな視線を陸遜の手元にちらちらと送っている。
陸遜はその様子を内心で可愛らしく思いながら、手の中の焼き菓子を半分に割った。
「では半分ならばどうですか?一つは多過ぎて、私では持て余します」
彼女は一瞬、笑顔を浮かべ、それから取り繕うように咳払いをして言う。
「それならば仕方ありませんね、困っている弟を助けるのも姉の役目です」
澄ました仕草で陸遜の手元に手を伸ばし、割れた菓子の半分を取って口に運んだ。
口内にじわりと広がる甘い味に彼女の頬が緩む。
「甘くて美味しいです」
「それは良かったです」
陸遜は微笑み、自らも菓子を頬張った。
甘味は贅沢品だ、そうそう口にできるものではない。
それが手に入ったのはつい先程の事、施策についての相談で、主である孫権の部屋を訪れた陸遜は立ち去り際、彼に小さな包みを渡された。
「これは・・・?」
「菓子だ、軍師は頭を使うから甘いものが必要だろう?」
労いの意味で用意したのだろう、その心遣いを嬉しく思い、陸遜は素直に受け取った。
陸遜にと渡されたのだから、独り占めしても良かったのだが、折角だから彼女と分けて食べようと思っていた矢先の出来事である。
「偶には甘いものも良いですね、名無しさん」
「は、はい・・・」
名無しさんはもごもごと動かしている口元を手で覆って隠しながら答えて頷いた。
半分に割った菓子を一口、二口で食べてしまった陸遜に対し、大事そうに少しずつ食べる所も可愛らしい。
「ふふ・・・名無しさん、付いてますよ」
陸遜は自分の口元をちょいちょいと突いて、彼女の口元に菓子の切れ端が付着している事を示す。
名無しさんは頬を赤らめ、それを指先で取ると何事もなかったように言った。
「お茶でも淹れて来ましょうか?」
「そうですね、お願いします」
姉と弟にしては少々、他人行儀で、知らぬ者が見たら一連の会話の流れに首を傾げるだろうが、二人にとっては、これが普通だった。
それもその筈、名無しさんは陸遜の部屋付きの女官で、年齢が彼より上であっても、立場はあくまでも彼女の方が下だ。
そうでありながら、初対面でこんな事を思うのは失礼かもしれないですけれどと、名無しさんは前置きをして言ったのだ。
「弟ができたみたいで嬉しいです」
「貴女にご兄弟は?」
「どうぞ、名無しさんとお呼び下さい。生憎と。私が末子でございますれば、失礼な事を申し上げました」
成る程、彼女が同じ年頃か、年下と感じたのもその所為かと、陸遜は納得して頷いた。
末子だからと多少、甘やかされて育てられたのだろう、纏う雰囲気がそれらしい。
そうとは言え、礼儀も所作も確りとしたもので、不都合はない。
「名無しさん、貴女が宜しければ、姉上のように頼らせて頂きたいと思います」
名無しさんを部屋付きの女官として迎えた時、そう言ってしまった事を、陸遜は後悔していた。
始めは良かった、若くして陸家を背負わねばならない陸遜にとって、時に優しく微笑み、頭を撫でながら誉めてくれる名無しさんを、本当の姉であるかのように慕っていた。
しかし、そうして彼女と共に過ごす内に陸遜は、本当の姉と弟ならば、決して抱かない感情を名無しさんに対して持つようになったのだ。
これを世間で何と呼ぶのか知っている、それに気付いてからと言うもの、彼女との関係に胸を痛めない日はなかった。
弟ではなく、男として見て欲しい。
そうと願うも虚しく、名無しさんの、弟扱いする所は一向に変わらず、陸遜は彼女が出て行った扉に向かって溜め息を吐いた。
いつになれば、この気持ちを打ち明けられるのか。
いっそ、本当に弟であればと、思わない日はなかった。
陸遜が胸に思いを伝える事なく、幾月か過ぎたある夜、孫呉で宴が催された。
先達ての戦の慰労と祝勝を兼ねた催しで、軍師として出陣していた陸遜は、その時の功績もあって、孫権の傍に座していた。
「陸遜が居れば、我が孫呉は安泰だな。呂蒙も鼻が高い事だろう」
「いえ、私など・・・呂蒙殿には遠く及ばず、今回も多くのご助力を頂きました」
呂蒙も戦に参加していたが、陸遜に経験を積ませてやろうとの思惑で終始、表に立たず、それ故に今回は末席の方に座っている。
功績が一つの指標なら、将として、そう簡単にできる事ではない。
「本当に、呂蒙殿には・・・」
知略も器も敵わないと、呂蒙の居る方向へ視線を巡らせた陸遜は、不意に目を見開き、言葉を詰まらせた。
「どうした、陸遜」
孫権の伺う声に我に返り、咄嗟に平静を装う。
「いえ・・・何でもありません」
何が陸遜を驚かせたのか、彼の視線の先には呂蒙と、彼と談笑する名無しさんの姿が在った。
それだけなら未だ良い、呂蒙も名無しさんも、互いに面識のない間柄ではないのだから。
寧ろ、付き合いが長いからなのだろう、二人の間に見て取れた雰囲気は親し気で、名無しさんは陸遜の前では見せた事のないような、甘えるような笑みを浮かべていた。
言葉を交わす距離も近い。
再び、孫権と言葉を交わす陸遜の、その胸の内は激しく揺さぶられた。
あの笑顔を、自分は知らない。
陸遜は酒の味も分からず、惰性で杯を干し続ける。