心からお前を愛する
貴女のお名前
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夏侯惇が遣って来たのは、酒が何巡目かを回った頃だった。
「済まん、遅くなった」
「漸く来たか」
曹操が杯を翳して彼に入室を促す。
「・・・誰の所為だ」
そう言って曹操を睨んだ夏侯惇は、慣れた様子で室内に足を踏み入れると、空いている席にどっかりと腰を下ろした。
再び、乾杯しようと各々の杯に酒が満たされた所で、ちらりと名無しさんに視線を遣って口を開く。
「・・・変わりないか、名無しさん」
「はい、夏侯惇様も。遅くまでお疲れ様でした」
夏侯惇が加わった事で昔話は更に盛り上がった。
話題は尽きる事なく、部屋は笑い声で溢れ返る。
その中心は、矢張りと言うべきか、久し振りに顔を見せた従妹の事ばかりだった。
野を駆けていた名無しさんが転んで大声で泣き出した事、その時に夏侯惇が背負ってやった事。
沢に魚釣りに行って、釣れないと言って不貞腐れる名無しさんに、夏侯惇が自分の釣果を分けてやった事。
夏侯淵が笑いながら言う。
「名無しさんは昔っから惇兄が好きだったよなぁ」
「そ、そうでしょうか・・・?」
名無しさんはどきりと胸を跳ねさせ、そっと夏侯惇を見た。
涼しい顔で酒を飲む夏侯惇からは、その胸の内は読み取れない。
「まあ、惇兄は世話好きだからな」
「好んで世話をしている訳ではない。名無しさんが直ぐに泣くからだ」
そう言いながら、動く夏侯惇の手元に曹仁がくつりと笑う。
「しかし、名無しさんももう年頃であれば、流石にもう好き嫌いは言わぬと思われるが」
と、指し示すのは向かい合わせに座る夏侯惇と名無しさんの前に出された料理。
夏侯惇は名無しさんが苦手とするものを自分の皿に移し、代わりに好みとするものを彼女の皿に移していた。
曹仁に言われて、一斉に名無しさんの皿に視線が注がれる。
「何だ、名無しさん。未だそいつが苦手なのか?」
夏侯淵に続いて、曹操もくつくつと笑って言った。
「そう言えば、名無しさんは苦味の強いものが苦手であったな」
「それは・・・子どもの頃の話で・・・」
「今でも苦手だろう。無理をするな」
夏侯惇は気にした様子もなく、箸を運ぶ。
名無しさんが困ったように皿の上に手を翳した。
「夏侯惇様、もう食べられますから・・・」
「そう言っていつも残すだろう」
その言葉に、三人の男の動きがぴたりと止まる。
いつも。
いつもって何だ。
昔の話をしていた筈なのに、何故、いつもと言う言葉が出て来るのか。
いや、その前に今でも、とも言っていたな。
曹操は静かに杯を置き、口を開いた。
「夏侯惇よ。お主、時々名無しさんと会っていたのか」
「気にかけるのは当たり前だろう」
夏侯惇が肩を竦めて答える。
その様子は、ただ離れて暮らす従妹を心配するだけの世話好きの男にしか見えない事もなかった。
「もしや、夏侯惇殿が時々行方知れずになっていたのは・・・」
「ああ、名無しさんの所に行っていた」
さらりと曹仁に答えた夏侯惇に、何故か名無しさんが頬を染める。
曹操が不満そうに酒を口に運んだ。
「それならばそうと言えば良いだろう。儂とて名無しさんの顔を見たかったわ」
「孟徳が一緒となれば必然的にぞろぞろと護衛を引き連れる事になる。それではゆっくり過ごせんだろうが」
誰がだ、誰がゆっくり過ごせないのだ。
夏侯惇か、名無しさんか、それとも二人か。
その答えを求めて、三人は夏侯惇と名無しさんを交互に見比べる。
平然と酒を飲み、摘みに手を伸ばしている夏侯惇からは何も読み取れない。
ならば名無しさんはどうだと、視線を運ぶ先の彼女は、顔を真っ赤にさせ、居た堪れないように俯いていた。
「・・・名無しさんよ」
「は、はいっ」
曹操の呼びかけに、名無しさんが弾かれたように顔を上げる。
「お主ら、いつからだ」
「い、いつからって・・・」
名無しさんは困ったように視線を彷徨わせ、助けを求めて夏侯惇を見た。
夏侯惇は仕方ないと言うように杯を置く。
「孟徳、名無しさんを困らせるな。大体、いつからも何もない。ずっとだ」
それは答えになっていない、誰もがそう思ったが、夏侯惇が余りにも落ち着いている為に、
「そうか」
としか言えなかった。
「でもよ、惇兄。ちっと位ぇ、俺たちに声かけてくれても良かったんじゃねぇか?」
俺たちだって、惇兄と同じように名無しさんを大切に思っている。
今でこそ、離れて暮らしているが、昔は一緒に駆け回った仲だ。
寂しげにそう言った夏侯淵に、夏侯惇はまたもさらりと言った。
「どうせ妻に迎えたら、いつも俺の家に居る事になる。これから幾らでも会えるのだから、別に良いだろう」
その一言は静かで、それ故に場に沈黙をもたらす。
夏侯惇一人が変わらず、酒を干し、摘みを食べていた。
暫くして、夏侯淵が名無しさんに尋ねる。
「名無しさん、本当なのか?」
彼女がこくりと小さく頷いた。
再び、沈黙が場を満たす。
「済まん、遅くなった」
「漸く来たか」
曹操が杯を翳して彼に入室を促す。
「・・・誰の所為だ」
そう言って曹操を睨んだ夏侯惇は、慣れた様子で室内に足を踏み入れると、空いている席にどっかりと腰を下ろした。
再び、乾杯しようと各々の杯に酒が満たされた所で、ちらりと名無しさんに視線を遣って口を開く。
「・・・変わりないか、名無しさん」
「はい、夏侯惇様も。遅くまでお疲れ様でした」
夏侯惇が加わった事で昔話は更に盛り上がった。
話題は尽きる事なく、部屋は笑い声で溢れ返る。
その中心は、矢張りと言うべきか、久し振りに顔を見せた従妹の事ばかりだった。
野を駆けていた名無しさんが転んで大声で泣き出した事、その時に夏侯惇が背負ってやった事。
沢に魚釣りに行って、釣れないと言って不貞腐れる名無しさんに、夏侯惇が自分の釣果を分けてやった事。
夏侯淵が笑いながら言う。
「名無しさんは昔っから惇兄が好きだったよなぁ」
「そ、そうでしょうか・・・?」
名無しさんはどきりと胸を跳ねさせ、そっと夏侯惇を見た。
涼しい顔で酒を飲む夏侯惇からは、その胸の内は読み取れない。
「まあ、惇兄は世話好きだからな」
「好んで世話をしている訳ではない。名無しさんが直ぐに泣くからだ」
そう言いながら、動く夏侯惇の手元に曹仁がくつりと笑う。
「しかし、名無しさんももう年頃であれば、流石にもう好き嫌いは言わぬと思われるが」
と、指し示すのは向かい合わせに座る夏侯惇と名無しさんの前に出された料理。
夏侯惇は名無しさんが苦手とするものを自分の皿に移し、代わりに好みとするものを彼女の皿に移していた。
曹仁に言われて、一斉に名無しさんの皿に視線が注がれる。
「何だ、名無しさん。未だそいつが苦手なのか?」
夏侯淵に続いて、曹操もくつくつと笑って言った。
「そう言えば、名無しさんは苦味の強いものが苦手であったな」
「それは・・・子どもの頃の話で・・・」
「今でも苦手だろう。無理をするな」
夏侯惇は気にした様子もなく、箸を運ぶ。
名無しさんが困ったように皿の上に手を翳した。
「夏侯惇様、もう食べられますから・・・」
「そう言っていつも残すだろう」
その言葉に、三人の男の動きがぴたりと止まる。
いつも。
いつもって何だ。
昔の話をしていた筈なのに、何故、いつもと言う言葉が出て来るのか。
いや、その前に今でも、とも言っていたな。
曹操は静かに杯を置き、口を開いた。
「夏侯惇よ。お主、時々名無しさんと会っていたのか」
「気にかけるのは当たり前だろう」
夏侯惇が肩を竦めて答える。
その様子は、ただ離れて暮らす従妹を心配するだけの世話好きの男にしか見えない事もなかった。
「もしや、夏侯惇殿が時々行方知れずになっていたのは・・・」
「ああ、名無しさんの所に行っていた」
さらりと曹仁に答えた夏侯惇に、何故か名無しさんが頬を染める。
曹操が不満そうに酒を口に運んだ。
「それならばそうと言えば良いだろう。儂とて名無しさんの顔を見たかったわ」
「孟徳が一緒となれば必然的にぞろぞろと護衛を引き連れる事になる。それではゆっくり過ごせんだろうが」
誰がだ、誰がゆっくり過ごせないのだ。
夏侯惇か、名無しさんか、それとも二人か。
その答えを求めて、三人は夏侯惇と名無しさんを交互に見比べる。
平然と酒を飲み、摘みに手を伸ばしている夏侯惇からは何も読み取れない。
ならば名無しさんはどうだと、視線を運ぶ先の彼女は、顔を真っ赤にさせ、居た堪れないように俯いていた。
「・・・名無しさんよ」
「は、はいっ」
曹操の呼びかけに、名無しさんが弾かれたように顔を上げる。
「お主ら、いつからだ」
「い、いつからって・・・」
名無しさんは困ったように視線を彷徨わせ、助けを求めて夏侯惇を見た。
夏侯惇は仕方ないと言うように杯を置く。
「孟徳、名無しさんを困らせるな。大体、いつからも何もない。ずっとだ」
それは答えになっていない、誰もがそう思ったが、夏侯惇が余りにも落ち着いている為に、
「そうか」
としか言えなかった。
「でもよ、惇兄。ちっと位ぇ、俺たちに声かけてくれても良かったんじゃねぇか?」
俺たちだって、惇兄と同じように名無しさんを大切に思っている。
今でこそ、離れて暮らしているが、昔は一緒に駆け回った仲だ。
寂しげにそう言った夏侯淵に、夏侯惇はまたもさらりと言った。
「どうせ妻に迎えたら、いつも俺の家に居る事になる。これから幾らでも会えるのだから、別に良いだろう」
その一言は静かで、それ故に場に沈黙をもたらす。
夏侯惇一人が変わらず、酒を干し、摘みを食べていた。
暫くして、夏侯淵が名無しさんに尋ねる。
「名無しさん、本当なのか?」
彼女がこくりと小さく頷いた。
再び、沈黙が場を満たす。