私には富も名声もいらない
貴女のお名前
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帰城したその日の夜に、郭嘉の言う店に連れ立って遣って来た名無しさんは早速、酒を口に含んで開口一番に言った。
「良い酒だな」
随分と質が良いと、二杯目も立て続けに干してしまう。
郭嘉はその飲みっ振りに満足そうな笑みを浮かべ、自分も杯に口を運ぶ。
「料理も絶品だ。だが、後に障りが出てもいけない、程々に楽しもう」
「暫くは休みだ。そう急ぐ事もないだろう」
「おや、奇遇だね。私も明日から休暇だ」
「よく言う。始めからそのつもりだろう」
名無しさんは短く笑って蒸し物に箸を伸ばした。
戦の後は報酬の内の一つとして、数日間の休暇を出されるのは皆の知る所だ。
この休暇をどう使うかは個人の自由、全てとまでは言わないが、その内の数日を、郭嘉は名無しさんと自堕落に過ごすつもりだった。
しかし、体の関係はあっても、彼女とは恋人ではない。
「名無しさんは何か予定でも?それなら無理にとは・・・」
名無しさんは郭嘉の言葉を遮って言った。
「いや、予定らしい予定はないな。そろそろ、得物を新調したいと思ってはいるが」
愛着のある武器も、使っている内に傷んで来るのが自然の事なら、どこかで諦めて手放さければならない。
武器の劣化は、それこそ、戦場に在って己が命に直結するのだ。
そう考えて、名無しさんは郭嘉をからかって言う。
「郭嘉の方こそ、馴染みの妓楼に顔を出さなくて良いのか?女の恨み程、怖いものはないだろう」
「女性になら喜んで刺されるし、嫉妬も愛らしいとは思うけれど、生憎とそれ程、彼女たちは私に夢中ではないよ」
妓女が囁く言葉は所詮、仕事だと互いに割り切っていると言う郭嘉に、名無しさんは曖昧に頷いた。
「そう言うものか」
「残念ながらね。それよりも、私はそう言う事を訊いて来る名無しさんに驚いているけれど」
この後、二人で楽しもうと言うのに、男に妓楼に行かないのかと訊ねるのも可笑しな話だ。
名無しさんは皿に乗せた蒸し物を弄ぶように箸先で突付く。
「・・・別に深い理由はない。好ましい女が居るなら、そちらに行った方が良いだろうと思っただけだ」
好ましい女性と言うのなら、それは名無しさん、貴女の事だ。
郭嘉は喉元まで出掛かる言葉を、酒を飲む事で抑え込んだ。
元々、興味を持っていたとは言え、恋愛感情のないままに体の関係を結んでしまった事を、後悔はしていない。
ただ、いつの間にか心まで惹かれている自分を知られたらどうなるか。
今の関係がぎくしゃくとして、二度と彼女に触れる事ができなくなるかもしれない。
気安く、心地好いこの関係をたった一言の本心を伝える事で終わらせるには余りに辛い。
それ程にまで、郭嘉は名無しさんに思いを寄せていた。
しかし、名無しさんの方はどう思っているだろうかと、郭嘉は訊ねる言葉を考えて然り気無く、口を開く。
「名無しさんこそ、最近はどうなのかな。ご実家から縁談の催促がなくなった訳ではないだろう?」
戦場では具足姿に得物、宮中では周囲から浮かない為にか男物の礼服姿、今は一応、女物だが女官たちよりも質素で、年頃の女性にしては凡そ着飾る事に興味がなさそうな彼女も、親にして見れば今にも婚期を逃しそうな娘だ。
男ならいざ知らず、女の身で将軍職とは何事かと、さぞかし、眠れぬ夜を過ごしているだろうと安易に想像できた。
余程、うんざりしているのか、名無しさんは顔一杯に渋面を作ると、弄んでいた蒸し物を乱暴に口に放り込む。
「思い出させるな。胸が悪くなる」
「おや、悪い事を訊いてしまったかな」
不快な様子を隠そうともしない名無しさんに、郭嘉はくすくすと笑った。
名無しさんはちらと郭嘉に視線を遣ると、溜め息混じりに言葉を放つ。
「何故かは分からんが、どうにも外れが多くてな。腕も立たんのに矜持だけは人一倍な奴か、そうでなければ腑抜けた奴ばかりだ。あんな奴らの相手をするなど・・・ああ、考えるだけで胸糞悪い」
郭嘉は吐き捨てるように言った彼女の、卓を苛々と叩く手にそっと触れた。
「では、私は合格と言う事になるのかな」
こうして二人きりで飲む事を許し、その後の時間も割いてくれるのだから。
そう言いながら、郭嘉は手を動かし、名無しさんの指に自分の指を絡める。
名無しさんはされるまま、空いている一方の手で酒をちびちびと口に運んでいた。
「そろそろ帰ろうか」
指先の戯れに飽きたのか、それとも昂って来たのか、郭嘉の静かな一言に名無しさんは黙って席を立つ。
「良い酒だな」
随分と質が良いと、二杯目も立て続けに干してしまう。
郭嘉はその飲みっ振りに満足そうな笑みを浮かべ、自分も杯に口を運ぶ。
「料理も絶品だ。だが、後に障りが出てもいけない、程々に楽しもう」
「暫くは休みだ。そう急ぐ事もないだろう」
「おや、奇遇だね。私も明日から休暇だ」
「よく言う。始めからそのつもりだろう」
名無しさんは短く笑って蒸し物に箸を伸ばした。
戦の後は報酬の内の一つとして、数日間の休暇を出されるのは皆の知る所だ。
この休暇をどう使うかは個人の自由、全てとまでは言わないが、その内の数日を、郭嘉は名無しさんと自堕落に過ごすつもりだった。
しかし、体の関係はあっても、彼女とは恋人ではない。
「名無しさんは何か予定でも?それなら無理にとは・・・」
名無しさんは郭嘉の言葉を遮って言った。
「いや、予定らしい予定はないな。そろそろ、得物を新調したいと思ってはいるが」
愛着のある武器も、使っている内に傷んで来るのが自然の事なら、どこかで諦めて手放さければならない。
武器の劣化は、それこそ、戦場に在って己が命に直結するのだ。
そう考えて、名無しさんは郭嘉をからかって言う。
「郭嘉の方こそ、馴染みの妓楼に顔を出さなくて良いのか?女の恨み程、怖いものはないだろう」
「女性になら喜んで刺されるし、嫉妬も愛らしいとは思うけれど、生憎とそれ程、彼女たちは私に夢中ではないよ」
妓女が囁く言葉は所詮、仕事だと互いに割り切っていると言う郭嘉に、名無しさんは曖昧に頷いた。
「そう言うものか」
「残念ながらね。それよりも、私はそう言う事を訊いて来る名無しさんに驚いているけれど」
この後、二人で楽しもうと言うのに、男に妓楼に行かないのかと訊ねるのも可笑しな話だ。
名無しさんは皿に乗せた蒸し物を弄ぶように箸先で突付く。
「・・・別に深い理由はない。好ましい女が居るなら、そちらに行った方が良いだろうと思っただけだ」
好ましい女性と言うのなら、それは名無しさん、貴女の事だ。
郭嘉は喉元まで出掛かる言葉を、酒を飲む事で抑え込んだ。
元々、興味を持っていたとは言え、恋愛感情のないままに体の関係を結んでしまった事を、後悔はしていない。
ただ、いつの間にか心まで惹かれている自分を知られたらどうなるか。
今の関係がぎくしゃくとして、二度と彼女に触れる事ができなくなるかもしれない。
気安く、心地好いこの関係をたった一言の本心を伝える事で終わらせるには余りに辛い。
それ程にまで、郭嘉は名無しさんに思いを寄せていた。
しかし、名無しさんの方はどう思っているだろうかと、郭嘉は訊ねる言葉を考えて然り気無く、口を開く。
「名無しさんこそ、最近はどうなのかな。ご実家から縁談の催促がなくなった訳ではないだろう?」
戦場では具足姿に得物、宮中では周囲から浮かない為にか男物の礼服姿、今は一応、女物だが女官たちよりも質素で、年頃の女性にしては凡そ着飾る事に興味がなさそうな彼女も、親にして見れば今にも婚期を逃しそうな娘だ。
男ならいざ知らず、女の身で将軍職とは何事かと、さぞかし、眠れぬ夜を過ごしているだろうと安易に想像できた。
余程、うんざりしているのか、名無しさんは顔一杯に渋面を作ると、弄んでいた蒸し物を乱暴に口に放り込む。
「思い出させるな。胸が悪くなる」
「おや、悪い事を訊いてしまったかな」
不快な様子を隠そうともしない名無しさんに、郭嘉はくすくすと笑った。
名無しさんはちらと郭嘉に視線を遣ると、溜め息混じりに言葉を放つ。
「何故かは分からんが、どうにも外れが多くてな。腕も立たんのに矜持だけは人一倍な奴か、そうでなければ腑抜けた奴ばかりだ。あんな奴らの相手をするなど・・・ああ、考えるだけで胸糞悪い」
郭嘉は吐き捨てるように言った彼女の、卓を苛々と叩く手にそっと触れた。
「では、私は合格と言う事になるのかな」
こうして二人きりで飲む事を許し、その後の時間も割いてくれるのだから。
そう言いながら、郭嘉は手を動かし、名無しさんの指に自分の指を絡める。
名無しさんはされるまま、空いている一方の手で酒をちびちびと口に運んでいた。
「そろそろ帰ろうか」
指先の戯れに飽きたのか、それとも昂って来たのか、郭嘉の静かな一言に名無しさんは黙って席を立つ。