心音
貴女のお名前
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俺の命。
夢を見た。
どんな内容だったのか、目を覚ました瞬間に忘れてしまったが、嫌な夢だった気がする。
夏侯惇は首元に纏わり付くような汗に不快感を覚え、寝台の上で、のそりと体を起こした。
夜明けには未だ早いと、感覚的に察する。
何気なく、ちらりと視線を動かせば、隣で眠る恋人が穏やかな寝息を立てていた。
彼女は武将の夏侯惇とは違って、一度眠ったら、ちょっとやそっとでは目を覚まさない方だ。
それでも、夏侯惇は細心の注意を払って寝台を抜け出した。
夢見が悪かった所為で喉が渇いている。
昨夜の酒は未だ残っていただろうか。
こんな時に酒は良くないと思いつつも、酒でも飲まなければ再び眠れそうにもなく、夏侯惇は昨夜、恋人と飲んだ時の状態のまま、卓の上に置かれた酒瓶を振った。
ちゃぷちゃぷと僅かに底で音を立てる酒瓶を見付け、杯に注ぐのもまどろっこしく、直接、注ぎ口に口を付けて呷る。
焼くような感触すら、乾いた喉には心地好い。
一気に飲み干し、小さく息を吐いてから、勢い過ぎて溢れた酒で濡れた口の端を袖で拭う。
漸く、人心地を付いた気になって、夏侯惇は寝室へと戻った。
掛布を被って丸まっている恋人の隣に潜り込む。
冷え切った体の所為か、動く気配の所為か、
「ん・・・夏侯惇、様?」
恋人の体がもぞもぞと動いたかと思えば、舌足らずな声で呼ばれ、夏侯惇は小さな声で答えて言った。
「済まん、名無しさん。起こしたか?」
「うぅん・・・どうかした?」
名無しさんに覚醒した様子はなく、言葉は不明瞭で、今にも再び寝入ってしまいそうだ。
寝惚けたまま、問い掛けて来る彼女に、夏侯惇は口元を緩めて見せる。
覚えてもいない夢の内容で、名無しさんの眠りを妨げるのは気の毒だ。
彼女の頭に腕を回し、抱え込むようにして抱き寄せると、その耳元で囁いて言う。
「何でもない。寝ろ」
「うん・・・嫌な夢でも見た?」
頷きながらも質問を投げ掛けられ、その的確さに、夏侯惇は内心、どきりとする。
何故、そう思うのかと尋ねようとして、慌てて口を閉ざした。
質問を返しては、却って肯定しているようなものだ。
代わりに、無意識に回した腕に力が籠っていたようで、名無しさんから小さな悲鳴が上がる。
「苦しい・・・」
「ん、ああ・・・済まん」
名無しさんは緩んだ腕の中で、顔を巡らせると、彼を見上げた。
ぼんやりとした瞳に夏侯惇の顔を映し、緩く微笑む。
名無しさんはごそごそと体を動かすと、夏侯惇と同じ目線の高さに移動し、彼の閉じた左瞼に口付けた。
突然の行動に、夏侯惇は目を丸くする。
「おい、名無しさん・・・」
何事かと、困惑する声を無視して、名無しさんは両腕を伸ばし、夏侯惇の頭を胸に寄せた。
名無しさんの柔らかい胸の膨らみが頬に触れ、夏侯惇は思わず、身を固くする。
こんな真夜中に、誘っているのだろうか。
そろそろと手を彼女の細い腰に運んだ夏侯惇は、そっと名無しさんの様子を窺い見た。
「名無しさん」
と、呼び掛けてみるが、彼女から返事はない。
どうやら、眠ってしまったようだ。
そうと気付いて、夏侯惇は苦笑を溢す。
一体、名無しさんは何がしたかったのか。
寝惚けていた故の、意味のない行動か。
夏侯惇は名無しさんの胸に頭を預け、不意に、聞こえて来た音に耳を傾けた。
とくとくと静かに脈打つ、名無しさんの鼓動が聞こえる。
その音を聞きながら、夏侯惇は目を閉じた。
良い音だ。
俺の音だ。
俺が、生きている音だ。
名無しさんの「心音」に、この上ない安堵を覚えた夏侯惇は、いつの間にか、穏やかな寝息を立て始めていた。
→あとがき
夢を見た。
どんな内容だったのか、目を覚ました瞬間に忘れてしまったが、嫌な夢だった気がする。
夏侯惇は首元に纏わり付くような汗に不快感を覚え、寝台の上で、のそりと体を起こした。
夜明けには未だ早いと、感覚的に察する。
何気なく、ちらりと視線を動かせば、隣で眠る恋人が穏やかな寝息を立てていた。
彼女は武将の夏侯惇とは違って、一度眠ったら、ちょっとやそっとでは目を覚まさない方だ。
それでも、夏侯惇は細心の注意を払って寝台を抜け出した。
夢見が悪かった所為で喉が渇いている。
昨夜の酒は未だ残っていただろうか。
こんな時に酒は良くないと思いつつも、酒でも飲まなければ再び眠れそうにもなく、夏侯惇は昨夜、恋人と飲んだ時の状態のまま、卓の上に置かれた酒瓶を振った。
ちゃぷちゃぷと僅かに底で音を立てる酒瓶を見付け、杯に注ぐのもまどろっこしく、直接、注ぎ口に口を付けて呷る。
焼くような感触すら、乾いた喉には心地好い。
一気に飲み干し、小さく息を吐いてから、勢い過ぎて溢れた酒で濡れた口の端を袖で拭う。
漸く、人心地を付いた気になって、夏侯惇は寝室へと戻った。
掛布を被って丸まっている恋人の隣に潜り込む。
冷え切った体の所為か、動く気配の所為か、
「ん・・・夏侯惇、様?」
恋人の体がもぞもぞと動いたかと思えば、舌足らずな声で呼ばれ、夏侯惇は小さな声で答えて言った。
「済まん、名無しさん。起こしたか?」
「うぅん・・・どうかした?」
名無しさんに覚醒した様子はなく、言葉は不明瞭で、今にも再び寝入ってしまいそうだ。
寝惚けたまま、問い掛けて来る彼女に、夏侯惇は口元を緩めて見せる。
覚えてもいない夢の内容で、名無しさんの眠りを妨げるのは気の毒だ。
彼女の頭に腕を回し、抱え込むようにして抱き寄せると、その耳元で囁いて言う。
「何でもない。寝ろ」
「うん・・・嫌な夢でも見た?」
頷きながらも質問を投げ掛けられ、その的確さに、夏侯惇は内心、どきりとする。
何故、そう思うのかと尋ねようとして、慌てて口を閉ざした。
質問を返しては、却って肯定しているようなものだ。
代わりに、無意識に回した腕に力が籠っていたようで、名無しさんから小さな悲鳴が上がる。
「苦しい・・・」
「ん、ああ・・・済まん」
名無しさんは緩んだ腕の中で、顔を巡らせると、彼を見上げた。
ぼんやりとした瞳に夏侯惇の顔を映し、緩く微笑む。
名無しさんはごそごそと体を動かすと、夏侯惇と同じ目線の高さに移動し、彼の閉じた左瞼に口付けた。
突然の行動に、夏侯惇は目を丸くする。
「おい、名無しさん・・・」
何事かと、困惑する声を無視して、名無しさんは両腕を伸ばし、夏侯惇の頭を胸に寄せた。
名無しさんの柔らかい胸の膨らみが頬に触れ、夏侯惇は思わず、身を固くする。
こんな真夜中に、誘っているのだろうか。
そろそろと手を彼女の細い腰に運んだ夏侯惇は、そっと名無しさんの様子を窺い見た。
「名無しさん」
と、呼び掛けてみるが、彼女から返事はない。
どうやら、眠ってしまったようだ。
そうと気付いて、夏侯惇は苦笑を溢す。
一体、名無しさんは何がしたかったのか。
寝惚けていた故の、意味のない行動か。
夏侯惇は名無しさんの胸に頭を預け、不意に、聞こえて来た音に耳を傾けた。
とくとくと静かに脈打つ、名無しさんの鼓動が聞こえる。
その音を聞きながら、夏侯惇は目を閉じた。
良い音だ。
俺の音だ。
俺が、生きている音だ。
名無しさんの「心音」に、この上ない安堵を覚えた夏侯惇は、いつの間にか、穏やかな寝息を立て始めていた。
→あとがき