愛しい頬よ
貴女のお名前
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その翌日、店に遣って来た魯粛に、名無しさんは挨拶もそこそこに詰め寄った。
「何故、昨日にお越し下さらなかったのですか」
ここまで面倒を見たのだ、水揚げの相手は魯粛だと思っていたし、それを望んでいたのだが、実際に迎えてみれば、違う相手だった事に、名無しさんは腹を立てていた。
子供のように頬を膨らませ、魯粛を恨めしそうに睨み付ける。
「私はてっきり、魯粛様だとばかり・・・」
「うむ、初めは俺の手で名無しさんと言う女を完成させるのも悪くはないと思ったのだがな」
魯粛はけろりとした調子で答えて言った。
「だが、通過儀礼と言うか、途中経過に過ぎんのだと気付いてしまってな」
男を知った名無しさんはこれから、もっともっと美しくなるだろう。
その証拠に、今日の名無しさんはこれまでより、ずっと艶かしく美しい。
誰もが醜いと言って目を背けていた、頬の刀の傷跡に沿うようにあしらった金粉が、閨の中で見れば夜空に輝く月の如くに映り、彼女の魅力を引き出している。
たった一夜で、これだけ変わるのだ。
夜を重ねれば重ねる程、名無しさんは美しくなると、魯粛は確信していた。
「今の俺は、名無しさんと言う女の完成を楽しみに、時々様子を見に遣って来る酔狂な男だ。さあ、名無しさん。折角だ、音曲の一つでも奏でてくれ」
魯粛は言葉通り、時々、店に顔を出しては名無しさんに音曲や舞、囲碁の相手などを求めた。
そうして過ごす内に、名無しさんは気付く。
魯粛が言う、完成の時が訪れるまで、彼は自分に触れる気はないのだと。
その癖、都度、料金以上の金を落とし、名無しさんに面倒な客が着かないように、店に頼み込んでくれていたのだと。
思い出してみれば、水揚げの相手も、それから以降に相手をする客も、魯粛の知り合いか、紹介か、身元は皆はっきりとしている人ばかりだった。
姉役たちが愚痴にして言う、手荒な真似をされた事もない。
その優しさに、その気持ちに、お返しをしたいと思っても、触れてもくれないのなら、名無しさんにできる事は一つだ。
一日も早く、彼が望む、完成した女になろう。
そして、そうなれたなら、魯粛様にこの恋心を打ち明けて、伝えて言おう。
貴方が好き。
貴方に触れて欲しい。
貴方のものになりたい。
名無しさんは、新たな希望を胸に宿した。
それから、幾つかの月日が流れた。
今や、この妓楼が並ぶ界隈で名無しさんの名を知らぬ者は居ない。
閨の中でしか目にする事ができない輝く月の噂が、男の情欲を煽り、彼女を一目見ようと、訪れる客は後を絶たなかった。
しかし、魯粛の紹介がなければ、会う事が叶わず、それが一層、名無しさんの名を高めている。
「ううむ・・・想像以上の結果だな」
唸りながらも、魯粛はどこか嬉しそうな表情で目の前の名無しさんを見詰めた。
「魯粛様のお陰です」
「いや、名無しさんの努力があってこその結果だ。よくやったな」
「そんな・・・」
その機会をくれたのは魯粛だ。
でも、褒められて嬉しいと、名無しさんははにかんだように微笑む。
魯粛は、彼女のその恥じらう姿に、初めて大きく胸を跳ねさせた。
僅かに染まった頬も、緩んだ口元も、伏せた睫までも、その全ての何と美しい事か。
このような姿を、毎夜、男たちに見せているのか。
この時の魯粛は名無しさんを確かに意識し、劣情を胸に覚え始めていた。
劣情のままに名無しさん求めれば、直ぐにでも応えるだろう、自分は客なのだから。
だが、今夜ひと時、彼女を求めた所で、それでは他の客と変わらない。
名無しさんを唯一人、自分のものだけにしたい。
そうと心に決めたならば、善は急げと、魯粛は腰を浮かした。
「名無しさん、済まんが急用を思い出してな。今日の所は・・・」
「まあ・・・そうですか」
残念そうに眉を下げる表情もまた、魯粛の胸を掻き乱す。
「また、いらして下さいね」
「ああ、必ず」
魯粛は力強く頷くと、昇り始めた月を背に、花街を後にした。
「何故、昨日にお越し下さらなかったのですか」
ここまで面倒を見たのだ、水揚げの相手は魯粛だと思っていたし、それを望んでいたのだが、実際に迎えてみれば、違う相手だった事に、名無しさんは腹を立てていた。
子供のように頬を膨らませ、魯粛を恨めしそうに睨み付ける。
「私はてっきり、魯粛様だとばかり・・・」
「うむ、初めは俺の手で名無しさんと言う女を完成させるのも悪くはないと思ったのだがな」
魯粛はけろりとした調子で答えて言った。
「だが、通過儀礼と言うか、途中経過に過ぎんのだと気付いてしまってな」
男を知った名無しさんはこれから、もっともっと美しくなるだろう。
その証拠に、今日の名無しさんはこれまでより、ずっと艶かしく美しい。
誰もが醜いと言って目を背けていた、頬の刀の傷跡に沿うようにあしらった金粉が、閨の中で見れば夜空に輝く月の如くに映り、彼女の魅力を引き出している。
たった一夜で、これだけ変わるのだ。
夜を重ねれば重ねる程、名無しさんは美しくなると、魯粛は確信していた。
「今の俺は、名無しさんと言う女の完成を楽しみに、時々様子を見に遣って来る酔狂な男だ。さあ、名無しさん。折角だ、音曲の一つでも奏でてくれ」
魯粛は言葉通り、時々、店に顔を出しては名無しさんに音曲や舞、囲碁の相手などを求めた。
そうして過ごす内に、名無しさんは気付く。
魯粛が言う、完成の時が訪れるまで、彼は自分に触れる気はないのだと。
その癖、都度、料金以上の金を落とし、名無しさんに面倒な客が着かないように、店に頼み込んでくれていたのだと。
思い出してみれば、水揚げの相手も、それから以降に相手をする客も、魯粛の知り合いか、紹介か、身元は皆はっきりとしている人ばかりだった。
姉役たちが愚痴にして言う、手荒な真似をされた事もない。
その優しさに、その気持ちに、お返しをしたいと思っても、触れてもくれないのなら、名無しさんにできる事は一つだ。
一日も早く、彼が望む、完成した女になろう。
そして、そうなれたなら、魯粛様にこの恋心を打ち明けて、伝えて言おう。
貴方が好き。
貴方に触れて欲しい。
貴方のものになりたい。
名無しさんは、新たな希望を胸に宿した。
それから、幾つかの月日が流れた。
今や、この妓楼が並ぶ界隈で名無しさんの名を知らぬ者は居ない。
閨の中でしか目にする事ができない輝く月の噂が、男の情欲を煽り、彼女を一目見ようと、訪れる客は後を絶たなかった。
しかし、魯粛の紹介がなければ、会う事が叶わず、それが一層、名無しさんの名を高めている。
「ううむ・・・想像以上の結果だな」
唸りながらも、魯粛はどこか嬉しそうな表情で目の前の名無しさんを見詰めた。
「魯粛様のお陰です」
「いや、名無しさんの努力があってこその結果だ。よくやったな」
「そんな・・・」
その機会をくれたのは魯粛だ。
でも、褒められて嬉しいと、名無しさんははにかんだように微笑む。
魯粛は、彼女のその恥じらう姿に、初めて大きく胸を跳ねさせた。
僅かに染まった頬も、緩んだ口元も、伏せた睫までも、その全ての何と美しい事か。
このような姿を、毎夜、男たちに見せているのか。
この時の魯粛は名無しさんを確かに意識し、劣情を胸に覚え始めていた。
劣情のままに名無しさん求めれば、直ぐにでも応えるだろう、自分は客なのだから。
だが、今夜ひと時、彼女を求めた所で、それでは他の客と変わらない。
名無しさんを唯一人、自分のものだけにしたい。
そうと心に決めたならば、善は急げと、魯粛は腰を浮かした。
「名無しさん、済まんが急用を思い出してな。今日の所は・・・」
「まあ・・・そうですか」
残念そうに眉を下げる表情もまた、魯粛の胸を掻き乱す。
「また、いらして下さいね」
「ああ、必ず」
魯粛は力強く頷くと、昇り始めた月を背に、花街を後にした。