愛しい頬よ
貴女のお名前
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貴方の腕の中で輝きたい。
店から彼女が出て来た瞬間、辺りから感嘆にも似たどよめきが上がった。
ひそひそと交わされる会話は自分に対する嘲りか、それとも気付かなかった為の悔恨か、何にしろ、彼女は気にも止めず、真っ直ぐに背筋を伸ばして一歩を踏み出す。
一歩、また一歩と足を進める毎に高鳴る胸を、紅潮する頬を覚えながら、彼女は微動だにしないで自分を待つ男の元へと向かっていた。
「魯粛様・・・!」
堪え切れず、小さく彼の名を呟けば、未だその声が聞こえる距離でないにも関わらず、応えるように男が微笑む。
漸く、漸く彼の元へ行けるのだ。
思い返せば、今日に至るまでの月日の何と長かった事か。
喜びを満面に浮かべる彼女は、男と初めて出会った時の事を思い出していた。
彼女が魯粛と初めて顔を合わせたのは、自分が妓楼に買われて間もない頃だった。
右も左も分からず、言われるまま、部屋に酒を運んだ時、客として来ていた彼が興味を示したのだ。
「その娘は?」
まさか、客から声を掛けられるとは思ってもおらず、答えてよいものかと判断に迷う彼女の代わりに、魯粛の相手をしていた姉役が口を挟む。
最近、店に来たばかりの下働きの娘で、名乗る名前もない。
当然、躾もなっていなければ、客の相手などできる筈もなく、魯粛様が気に止める価値もない女だと言った。
それに、と姉役は彼女を汚いものでも見るような目付きで言葉を続ける。
「あの顔の傷。本来ならば、人前にも出しませんが、何せ人手が足りないので・・・」
彼女は姉役の言葉に顔を俯け、ぎゅっと拳を握り締めた。
自分の顔には、頬には刀で切り付けられた大きな傷痕がある。
それはどうしようもない事実で、妓楼に買われてから毎日、嫌と言う程耳にしていたが、言い返す事もできず、ただ堪えるしかなかった。
「それは勿体ないぞ」
と、魯粛は彼女を顔を覗き込むようにして言う。
「中々、愛らしい娘ではないか。傷の一つや二つ、周りを金粉なりで飾れば、それもまた美しいものだろう」
魯粛はそう言って、考え込むように顎に手を遣ったかと思えば、腰を上げて言った。
「よし、俺が店主と話をしよう」
一体、何をどのように話を着けたのか、詳細は分からないが、その日を境に彼女は見習いとしての教育を受け始めた。
生来、賢く、器用だったのだろう、そして、努力家だったのだろう、彼女は与えられるものを次々と吸収して行く。
魯粛は時折、店に遣って来ては、彼女の成長振りを喜んだ。
「ふむ、お前は見る度にどんどん美しくなっていくな」
その言葉に頬を染める彼女は、彼に対して淡い恋心を自覚していて、会う毎にその思いを胸に募らせる。
同時に、疑問でもあった。
何故、傷物の自分にそこまでしてくれるのか。
聞けば、彼女の教育を与える為に、投資として結構な金額を店に渡したらしい。
「何故、魯粛様は私にこんなにして下さるのでしょうか」
一度、彼女が尋ねた折、魯粛はからからと笑って言った。
「はっは、磨けば玉になると見込んだ俺の目に狂いはなかったと豪語したいだけだ」
魯粛の言う通り、数年の後に、彼女は正に磨いた玉のような美しさと教養を兼ね備えた女性に仕上がった。
となれば、次に待っているのは水揚げだ。
いよいよと言う日に、彼女は名前を、魯粛様から立っての願いだと言われて付けられる。
「名無しさん」
彼女が生まれた時に貰った名前は、戦禍に巻き込まれ、その中で頬に傷を負うばかりか、家族とも離れ離れになり、人買いの手に因ってこの店に売られた時に既に捨てていた。
そうでもしなければ自らの身の上の不運を嘆き、心が壊れていたのだろう。
魯粛が与えてくれた新たな名前に、まるで、生まれ変わるような心地を覚え、名無しさんは無事に水揚げを終えた。
店から彼女が出て来た瞬間、辺りから感嘆にも似たどよめきが上がった。
ひそひそと交わされる会話は自分に対する嘲りか、それとも気付かなかった為の悔恨か、何にしろ、彼女は気にも止めず、真っ直ぐに背筋を伸ばして一歩を踏み出す。
一歩、また一歩と足を進める毎に高鳴る胸を、紅潮する頬を覚えながら、彼女は微動だにしないで自分を待つ男の元へと向かっていた。
「魯粛様・・・!」
堪え切れず、小さく彼の名を呟けば、未だその声が聞こえる距離でないにも関わらず、応えるように男が微笑む。
漸く、漸く彼の元へ行けるのだ。
思い返せば、今日に至るまでの月日の何と長かった事か。
喜びを満面に浮かべる彼女は、男と初めて出会った時の事を思い出していた。
彼女が魯粛と初めて顔を合わせたのは、自分が妓楼に買われて間もない頃だった。
右も左も分からず、言われるまま、部屋に酒を運んだ時、客として来ていた彼が興味を示したのだ。
「その娘は?」
まさか、客から声を掛けられるとは思ってもおらず、答えてよいものかと判断に迷う彼女の代わりに、魯粛の相手をしていた姉役が口を挟む。
最近、店に来たばかりの下働きの娘で、名乗る名前もない。
当然、躾もなっていなければ、客の相手などできる筈もなく、魯粛様が気に止める価値もない女だと言った。
それに、と姉役は彼女を汚いものでも見るような目付きで言葉を続ける。
「あの顔の傷。本来ならば、人前にも出しませんが、何せ人手が足りないので・・・」
彼女は姉役の言葉に顔を俯け、ぎゅっと拳を握り締めた。
自分の顔には、頬には刀で切り付けられた大きな傷痕がある。
それはどうしようもない事実で、妓楼に買われてから毎日、嫌と言う程耳にしていたが、言い返す事もできず、ただ堪えるしかなかった。
「それは勿体ないぞ」
と、魯粛は彼女を顔を覗き込むようにして言う。
「中々、愛らしい娘ではないか。傷の一つや二つ、周りを金粉なりで飾れば、それもまた美しいものだろう」
魯粛はそう言って、考え込むように顎に手を遣ったかと思えば、腰を上げて言った。
「よし、俺が店主と話をしよう」
一体、何をどのように話を着けたのか、詳細は分からないが、その日を境に彼女は見習いとしての教育を受け始めた。
生来、賢く、器用だったのだろう、そして、努力家だったのだろう、彼女は与えられるものを次々と吸収して行く。
魯粛は時折、店に遣って来ては、彼女の成長振りを喜んだ。
「ふむ、お前は見る度にどんどん美しくなっていくな」
その言葉に頬を染める彼女は、彼に対して淡い恋心を自覚していて、会う毎にその思いを胸に募らせる。
同時に、疑問でもあった。
何故、傷物の自分にそこまでしてくれるのか。
聞けば、彼女の教育を与える為に、投資として結構な金額を店に渡したらしい。
「何故、魯粛様は私にこんなにして下さるのでしょうか」
一度、彼女が尋ねた折、魯粛はからからと笑って言った。
「はっは、磨けば玉になると見込んだ俺の目に狂いはなかったと豪語したいだけだ」
魯粛の言う通り、数年の後に、彼女は正に磨いた玉のような美しさと教養を兼ね備えた女性に仕上がった。
となれば、次に待っているのは水揚げだ。
いよいよと言う日に、彼女は名前を、魯粛様から立っての願いだと言われて付けられる。
「名無しさん」
彼女が生まれた時に貰った名前は、戦禍に巻き込まれ、その中で頬に傷を負うばかりか、家族とも離れ離れになり、人買いの手に因ってこの店に売られた時に既に捨てていた。
そうでもしなければ自らの身の上の不運を嘆き、心が壊れていたのだろう。
魯粛が与えてくれた新たな名前に、まるで、生まれ変わるような心地を覚え、名無しさんは無事に水揚げを終えた。