喜んで
貴女のお名前
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帰城した張遼は、報告を済ませて自室に戻り、着替えた後に改めて、血で染まった戦袍を広げて見た。
すっかり乾いてしまった血は赤黒く、洗った所で既に遅いと分かる。
曹操軍に帰順した折に仕立てて貰ったと言うのに、早くも駄目にしてしまうとは、心苦しいばかりだ。
しかし、いつ再び戦場に赴くかも分からない身、張遼は新たに、且つ、早急に仕立てて貰おうと、部屋付きの女官が居る控えの間に声を掛けた。
「済まぬ、名無しさん。頼みがあるのだが・・・」
「はい、張遼様」
名無しさんと呼ばれた女官は、丁度、縫い物をしていたらしく、手元に遣っていた視線を上げて彼に応える。
血生臭い言葉は、女性である名無しさんには聞くも辛いだろうと、張遼は言葉を選びながら、彼女に言った。
「先達て仕立てて貰ったものだが・・・その、もう駄目にしてしまったのだ。忙しいとは思うが、再び、新しいものを仕立てては貰えないだろうか」
「それなら、もう仕立て上がりますよ」
名無しさんはそれを縫っていた所だと言うと、張遼の目の前で広げて見せた。
「前のとは少し、お色味が違いますけれど、こちらも素敵でしょう?」
どこか誇らし気に言われて見る新しい戦袍は、やや紫掛かった青色だ。
彼女は張遼の肩に布を宛てて言う。
「やっぱり、思った通りだわ。きっと張遼様に似合うだろうなって思ってたんです」
「そ、そうか・・・」
満足そうな名無しさんの微笑みに、張遼は曖昧に頷いた。
もう仕立て上がると名無しさんは言っていた、今更、本当は、黒で仕立てて欲しかったなどと言える筈もない。
今回は諦めるかと思う一方で、次の時の為に口を開く。
「名無しさん、そなたの心遣いはありがたく思うが、次からは黒で仕立てて貰えないだろうか」
「すみません・・・この色は張遼様のお好みではありませんでしたか?」
決して、張遼の声音に責めるような色はなかったが、名無しさんは目に見えて、しょんぼりと肩を落とした。
好みも聞かず、勝手に仕立ててしまった事で、彼の不興を買ったのではないかと考えたのだろう。
「いや、私も良い色だと思っている」
そうではないのだと伝える為に、張遼は慌てた様子で言葉を続ける。
「それに、名無しさんが私の為に選んでくれたのならば、尚の事、一日も早く、袖を通してみたいと思ってもいるのだ」
その言葉は紛れもなく、本心だった。
女官の間でも、張遼が呂布軍に居た事は知られている。
彼女たちから向けられるものも、兵と同じく、怯えを含んだ視線ならば、その様子を微塵も見せずに部屋付きとして居てくれる名無しさんは、張遼にとっては特別な存在だ。
ただ、それを伝えるには、二人の付き合いは未だ短く、浅い。
張遼は、今は胸の内に思いを秘めたまま、しかしと、説明して言った。
「しかし、戦に出向く度に酷く汚し、新しく仕立てて貰うようでは、名無しさんの手を煩わせる事になるだろう。故に、汚れの目立ち難い、黒で仕立てて欲しいだけで、決して名無しさんが選んだ色が気に入らなかった訳ではない」
名無しさんはそうと聞いて深く安堵し、彼に微笑んで見せる。
「そのような事、気になさらないで下さい」
衣服を仕立てる事も、自分の仕事の内の一つだ、何ら苦ではないし、張遼様のものとなれば寧ろ、誇らしい。
「これをお召しになった張遼様の、そのご活躍を間近で見る事が叶わないのが残念です」
名無しさんが女官である限り、立場上、戦場に赴く事はない。
一番大変な時に、お支えする事ができないのならば、せめて、お召し物の一つ、張遼様を思って仕立てていたい。
これから先、何度となく。
名無しさんはそう言って、僅かに頰を染め、にっこりと微笑んだ。
「それに、張遼様には黒より青色の方が良くお似合いです」
「名無しさん・・・」
張遼も頰を染めると、名無しさんが持っている戦袍に視線を遣った。
そのような思いで、仕立ててくれているとは。
張遼は然り気無く、戦袍越しに名無しさんの手を取る。
恐らく、幾度となく頼む事になるだろう。
「・・・ならば、これからも私の為に仕立てて貰えるだろうか」
名無しさんは微笑んだ表情で、強く頷いた。
「喜んで」
再び、張遼は戦場に在って、その武を遺憾なく発揮した。
返り血で、埃で、どれだけ汚れても構わない。
名無しさんが自分を思って、新しいものを仕立ててくれているのだから。
→あとがき
すっかり乾いてしまった血は赤黒く、洗った所で既に遅いと分かる。
曹操軍に帰順した折に仕立てて貰ったと言うのに、早くも駄目にしてしまうとは、心苦しいばかりだ。
しかし、いつ再び戦場に赴くかも分からない身、張遼は新たに、且つ、早急に仕立てて貰おうと、部屋付きの女官が居る控えの間に声を掛けた。
「済まぬ、名無しさん。頼みがあるのだが・・・」
「はい、張遼様」
名無しさんと呼ばれた女官は、丁度、縫い物をしていたらしく、手元に遣っていた視線を上げて彼に応える。
血生臭い言葉は、女性である名無しさんには聞くも辛いだろうと、張遼は言葉を選びながら、彼女に言った。
「先達て仕立てて貰ったものだが・・・その、もう駄目にしてしまったのだ。忙しいとは思うが、再び、新しいものを仕立てては貰えないだろうか」
「それなら、もう仕立て上がりますよ」
名無しさんはそれを縫っていた所だと言うと、張遼の目の前で広げて見せた。
「前のとは少し、お色味が違いますけれど、こちらも素敵でしょう?」
どこか誇らし気に言われて見る新しい戦袍は、やや紫掛かった青色だ。
彼女は張遼の肩に布を宛てて言う。
「やっぱり、思った通りだわ。きっと張遼様に似合うだろうなって思ってたんです」
「そ、そうか・・・」
満足そうな名無しさんの微笑みに、張遼は曖昧に頷いた。
もう仕立て上がると名無しさんは言っていた、今更、本当は、黒で仕立てて欲しかったなどと言える筈もない。
今回は諦めるかと思う一方で、次の時の為に口を開く。
「名無しさん、そなたの心遣いはありがたく思うが、次からは黒で仕立てて貰えないだろうか」
「すみません・・・この色は張遼様のお好みではありませんでしたか?」
決して、張遼の声音に責めるような色はなかったが、名無しさんは目に見えて、しょんぼりと肩を落とした。
好みも聞かず、勝手に仕立ててしまった事で、彼の不興を買ったのではないかと考えたのだろう。
「いや、私も良い色だと思っている」
そうではないのだと伝える為に、張遼は慌てた様子で言葉を続ける。
「それに、名無しさんが私の為に選んでくれたのならば、尚の事、一日も早く、袖を通してみたいと思ってもいるのだ」
その言葉は紛れもなく、本心だった。
女官の間でも、張遼が呂布軍に居た事は知られている。
彼女たちから向けられるものも、兵と同じく、怯えを含んだ視線ならば、その様子を微塵も見せずに部屋付きとして居てくれる名無しさんは、張遼にとっては特別な存在だ。
ただ、それを伝えるには、二人の付き合いは未だ短く、浅い。
張遼は、今は胸の内に思いを秘めたまま、しかしと、説明して言った。
「しかし、戦に出向く度に酷く汚し、新しく仕立てて貰うようでは、名無しさんの手を煩わせる事になるだろう。故に、汚れの目立ち難い、黒で仕立てて欲しいだけで、決して名無しさんが選んだ色が気に入らなかった訳ではない」
名無しさんはそうと聞いて深く安堵し、彼に微笑んで見せる。
「そのような事、気になさらないで下さい」
衣服を仕立てる事も、自分の仕事の内の一つだ、何ら苦ではないし、張遼様のものとなれば寧ろ、誇らしい。
「これをお召しになった張遼様の、そのご活躍を間近で見る事が叶わないのが残念です」
名無しさんが女官である限り、立場上、戦場に赴く事はない。
一番大変な時に、お支えする事ができないのならば、せめて、お召し物の一つ、張遼様を思って仕立てていたい。
これから先、何度となく。
名無しさんはそう言って、僅かに頰を染め、にっこりと微笑んだ。
「それに、張遼様には黒より青色の方が良くお似合いです」
「名無しさん・・・」
張遼も頰を染めると、名無しさんが持っている戦袍に視線を遣った。
そのような思いで、仕立ててくれているとは。
張遼は然り気無く、戦袍越しに名無しさんの手を取る。
恐らく、幾度となく頼む事になるだろう。
「・・・ならば、これからも私の為に仕立てて貰えるだろうか」
名無しさんは微笑んだ表情で、強く頷いた。
「喜んで」
再び、張遼は戦場に在って、その武を遺憾なく発揮した。
返り血で、埃で、どれだけ汚れても構わない。
名無しさんが自分を思って、新しいものを仕立ててくれているのだから。
→あとがき