罪の償い
貴女のお名前
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許しは必要ない。
生きて、再び、この地を踏む事になると、あの時の私は想像していただろうか。
馬の背に揺られ、文鴦は出て行った時と変わらず、今もそこにある城を見上げた。
懐かしいと思うよりも、胸に込み上げて来るのは罪悪感だ。
父、文欽と毌丘倹が司馬師に反発して乱を起こした時の事を、昨日のように覚えている。
その後に、同様に司馬家に反旗を翻した諸葛誕の手に因って、父が殺された事も。
それに憤り、弟と共に司馬昭に降伏したのは、つい先日の事だ。
一度は裏切った将と言う立場上、あちらこちらから自分を処刑すべきだと声が上がっている事も知っている。
しかし、司馬昭は、いつもの、心底面倒臭そうな様子で言って退けた。
「今、ここで文鴦を処刑しちまったら、誰も俺たちに降伏しようなんて思わないだろ」
果たして、それで納得したのかは分からないが、少なくとも、文鴦は処刑されないまま、この場所に至る。
どのような顔で、この地を踏めば良いのか。
ここまでの道中、ずっと考えていたが、答えは未だ出ていない。
城門を潜った所で、司馬昭は彼に言った。
「文鴦、お前が今、どんな気持ちかなんて、俺には分からない。だから、俺がしたいようにした。文句があるなら、後から聞くけど、できれば遠慮したい」
強気なのか、弱気なのか、文鴦は司馬昭の言い方に僅かに頰を緩める。
司馬昭が何を手配して、自分の身にどのような事が待っているのかは知らないが、そこに否やと唱えるつもりはなかった。
「案内するまでもないだろうから、後は勝手に遣ってくれ」
文鴦が使っていた部屋は、中身はそのままにはしていないが、元の場所を好きに使ってくれて良い。
司馬昭は文鴦が降伏したとほぼ同時に伝令を出し、部屋を整えておくように手配していたと言う。
文鴦は深々と頭を垂れた。
「司馬昭殿のご配慮に言葉もありません」
俺は遣りたいようにしただけだと、司馬昭はぽりぽりと頭を掻き、文鴦の肩を軽く小突く。
「色々あったけど、これから頼りにしてるぜ?」
「はい」
文鴦は力強く頷くと、立ち去って行く彼を見送ってから、部屋へと向かった。
迷う事はない、かつて何度も通った廊下だ。
やがて見えて来た扉に手を掛け、軋む音を立てて開く。
そして、その場で文鴦は目を見開き、立ち尽くした。
「名無しさん・・・?」
丁度、部屋の中央辺り、来客用の長椅子に彼女が座って居た。
彼女の方も、扉を開けた音に顔を上げた姿勢のままで、驚いたように目を丸くしている。
「・・・文鴦、様?」
彼女の声に、文鴦は我に返った。
「名無しさん・・・」
と、再び、彼女の名を呼び、何かを言おうとして言葉に詰まり、開き掛けた口を噤む。
何を言えば良い。
かつて、心から愛した女性に、何を言えば良いのか。
今直ぐ、名無しさんを腕に抱き締めたいと思っている自分の感情に気付いていながらも、それをしないのは、一方的に彼女を捨てて行ったからだ。
それは余りにも酷い遣り方で、父親に従ってこの地を離れた時から、頭の片隅でいつも考えていた。
文鴦は父親と共に出立する折に、一通の書簡を名無しさん宛てに認めていた。
貴女に二度と会う事はないだろうと、理由も話さず、たった一言を書き残して消えた男に、今更、名無しさんを腕に抱き締める資格などない。
遣り場のない感情に苛まれる文鴦の脳裏に、不意に司馬昭の言葉が過る。
俺がしたいようにした。
文鴦と名無しさんが恋人同士だった事は彼も知っていた、ならば、この再会のどこに司馬昭の意図があるのか。
生きて、再び、この地を踏む事になると、あの時の私は想像していただろうか。
馬の背に揺られ、文鴦は出て行った時と変わらず、今もそこにある城を見上げた。
懐かしいと思うよりも、胸に込み上げて来るのは罪悪感だ。
父、文欽と毌丘倹が司馬師に反発して乱を起こした時の事を、昨日のように覚えている。
その後に、同様に司馬家に反旗を翻した諸葛誕の手に因って、父が殺された事も。
それに憤り、弟と共に司馬昭に降伏したのは、つい先日の事だ。
一度は裏切った将と言う立場上、あちらこちらから自分を処刑すべきだと声が上がっている事も知っている。
しかし、司馬昭は、いつもの、心底面倒臭そうな様子で言って退けた。
「今、ここで文鴦を処刑しちまったら、誰も俺たちに降伏しようなんて思わないだろ」
果たして、それで納得したのかは分からないが、少なくとも、文鴦は処刑されないまま、この場所に至る。
どのような顔で、この地を踏めば良いのか。
ここまでの道中、ずっと考えていたが、答えは未だ出ていない。
城門を潜った所で、司馬昭は彼に言った。
「文鴦、お前が今、どんな気持ちかなんて、俺には分からない。だから、俺がしたいようにした。文句があるなら、後から聞くけど、できれば遠慮したい」
強気なのか、弱気なのか、文鴦は司馬昭の言い方に僅かに頰を緩める。
司馬昭が何を手配して、自分の身にどのような事が待っているのかは知らないが、そこに否やと唱えるつもりはなかった。
「案内するまでもないだろうから、後は勝手に遣ってくれ」
文鴦が使っていた部屋は、中身はそのままにはしていないが、元の場所を好きに使ってくれて良い。
司馬昭は文鴦が降伏したとほぼ同時に伝令を出し、部屋を整えておくように手配していたと言う。
文鴦は深々と頭を垂れた。
「司馬昭殿のご配慮に言葉もありません」
俺は遣りたいようにしただけだと、司馬昭はぽりぽりと頭を掻き、文鴦の肩を軽く小突く。
「色々あったけど、これから頼りにしてるぜ?」
「はい」
文鴦は力強く頷くと、立ち去って行く彼を見送ってから、部屋へと向かった。
迷う事はない、かつて何度も通った廊下だ。
やがて見えて来た扉に手を掛け、軋む音を立てて開く。
そして、その場で文鴦は目を見開き、立ち尽くした。
「名無しさん・・・?」
丁度、部屋の中央辺り、来客用の長椅子に彼女が座って居た。
彼女の方も、扉を開けた音に顔を上げた姿勢のままで、驚いたように目を丸くしている。
「・・・文鴦、様?」
彼女の声に、文鴦は我に返った。
「名無しさん・・・」
と、再び、彼女の名を呼び、何かを言おうとして言葉に詰まり、開き掛けた口を噤む。
何を言えば良い。
かつて、心から愛した女性に、何を言えば良いのか。
今直ぐ、名無しさんを腕に抱き締めたいと思っている自分の感情に気付いていながらも、それをしないのは、一方的に彼女を捨てて行ったからだ。
それは余りにも酷い遣り方で、父親に従ってこの地を離れた時から、頭の片隅でいつも考えていた。
文鴦は父親と共に出立する折に、一通の書簡を名無しさん宛てに認めていた。
貴女に二度と会う事はないだろうと、理由も話さず、たった一言を書き残して消えた男に、今更、名無しさんを腕に抱き締める資格などない。
遣り場のない感情に苛まれる文鴦の脳裏に、不意に司馬昭の言葉が過る。
俺がしたいようにした。
文鴦と名無しさんが恋人同士だった事は彼も知っていた、ならば、この再会のどこに司馬昭の意図があるのか。