無理強いの結婚
貴女のお名前
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嫌々ではないの。
意表を突く曹操の遣り方を知らない典韋ではなかったが、流石に今回の発言ばかりは想像できず、確かめて聞き返した。
「あの、殿・・・今、何て・・・」
「悪来よ、耄碌するには未だ早いぞ」
ぽかんと開いた口をそのままに、間抜けな表情で居る典韋をからかうように、曹操は唇の端を吊り上げる。
「名無しさんをお主に嫁がせると言ったのだ」
「へぇ・・・」
部屋に呼び出され、開口一番、言われた言葉を再び曹操の口から聞いた典韋は曖昧な返事をして、それから慌てて首を振った。
「ちょっと待って下せぇ!お嬢を儂に・・・と、嫁がせるなんて・・・」
「あら、典韋は私が妻では不満なの?」
と、曹操の隣に控えていた女性が口を挟む。
その声音には、曹操同様にからかうような色が含まれていて、典韋は眉尻を下げた。
「不満なんて事ぁ・・・って、お嬢もからかわないで下せぇ」
「誰もお前をからかってなどいないわ」
そう言って、名無しさんは口元を袖で覆い、慌てふためく典韋の様子を心底、可笑しそうにころころと笑う。
からかっていないのなら、尚更だ、典韋は情けない声で言った。
「殿もお嬢も・・・本気なんですかい?」
「名無しさんも良い年頃だ。だからと言って、才のない誰ぞに儂の娘をくれてやるつもりもない」
それならば、忠臣に嫁がせる方が幾分も良い。
では誰にと考えた末、一番の忠臣、典韋が独り身である事に思い至ったと曹操は軽く言う。
「だからって・・・殿ぉ・・・」
相変わらず、情けない表情の典韋に、名無しさんはぴしりと突き付けて言った。
「もう決まった事よ、諦めなさいな」
「名無しさんの言う通りだ、悪来。お主も男ならば、腹を括れ」
くつくつと喉の奥で笑っている曹操に、典韋は恨めしそうな視線を向ける。
こうと決めたら譲らない曹操の性格は、よく知っていた。
「腹を括るって・・・何にですかい」
「そんなの、決まっているでしょう」
名無しさんは見惚れる程に美しく微笑むと、彼に答えて言う。
「私と幸せになる覚悟よ」
彼女もまた、曹操によく似ていて、こうと決めたら譲らない性格だった。
話はそれだけだと言われ、部屋を後にした典韋は混乱した頭を抱えたまま、宛てもなく、廊下を進んでいた。
「おう、典韋。どうした、随分と暗い顔をしているな」
と、進む先で夏侯惇に出会し、声を掛けられて典韋は俯けていた顔を上げる。
「旦那ぁ・・・」
思いの外、泣きそうな声で言われて、夏侯惇は驚いたように目を丸くした。
古の豪傑の名を二つ名として持つ典韋が、こんな様子を見せるなど、余程の事だ。
「何だ、一体どうしたと言うんだ」
「うう・・・聞いて下せぇ・・・」
典韋は先程、自分の身に起きたばかりの事の顛末を夏侯惇に話して聞かせる。
「殿もお嬢も、儂の話なんぞ聞いてくれやしないんでさぁ」
「そうか・・・」
夏侯惇は痛みを覚えたように頭に手を遣り、溜め息を吐いた。
名無しさんの嫁ぎ先の話は、彼女の叔父としても、曹操の家臣としても、夏侯惇も耳にしないではなかった。
それがいつの間にか決まっていたとは、夏侯惇自身にとっても、寝耳に水、余りに突然過ぎるが、しかし、悪い人選ではないと思う。
典韋を曹操に推挙したのは自分だ、その彼が、娘を嫁がせるに値すると言われているのだから、正直、喜ばしく、誇らしいが、選ばれた本人は堪ったものではないだろう。
いきなり決まったと言われて、典韋が混乱するのも無理はなかった。
典韋がどう反応するか分かっていて楽しんでいる節もある、全く、孟徳も人が悪い。
「それで?典韋、お前はどうしたいんだ?」
「どうって・・・どうもこうもありやせんぜ。お嬢を、つ、妻に迎えるなんて」
儂には勿体ねぇと、頬を赤らめ、大きな図体で小さくなる典韋に、夏侯惇は口元を緩めた。
女慣れをしていない訳ではないだろうが、相手が曹操の娘なだけに気後れしているのだろう。
「ああ、典韋、ここに居たのね」
と、渦中の人、名無しさんが典韋を探して遣って来た。
「げっ、お嬢・・・」
思わず、渋面を作り、そう言ってしまって、典韋は急いで口を噤んだが、名無しさんには確り聞こえたようで、彼女は唇を尖らせて見せる。
「典韋、妻になる私にその言い種はないのではなくて?」
「いや、その・・・つい」
「つい?つい、何だと言うのかしら」
ずいと、名無しさんは典韋との距離を詰めると、彼を睨むように見上げた。
堪え切れず、典韋は夏侯惇に助け船を求めて視線を送る。
今日の自分は情けない所ばかり見せている気がするが、形振り構っていられない。
二人の遣り取りに、忍び笑いを零していた夏侯惇が名無しさんを宥めるように言った。
「名無しさん、そう典韋を苛めてやるな。夫になる相手にそんな顔で詰め寄っていては嫁ぐ前に逃げられるぞ」
そうじゃない、そうじゃないですぜ、旦那。
典韋はそう言いたい気持ちで、それでいて何も言えず、口をぱくぱくとさせていたが、名無しさんは夏侯惇の言葉に納得したように息を吐く。
「それもそうですわね。これから祝言を挙げると言うのに、喧嘩などしていては先が思いやられますわ」
「こ、これから!?」
これからなんて、聞いてなけりゃ、心の準備だってできていやせんぜ、名無しさんの言葉を文字通りに受け取った典韋は、目に見えて狼狽えていた。
その様子を、名無しさんがくすくすと笑う。
「ふふ・・・典韋、これからって言っても、今直ぐの話ではないわ。先々の事よ」
「そうですかい・・・」
安堵して肩の力を抜く典韋に、彼女は追い打ちを掛けるように続けて言った。
「私は今からでも全然構わないのだけれど」
「お嬢!滅多な事を言うもんじゃ・・・」
「あら、失礼ね。私、何も考えなしにそう言っているのではなくてよ。典韋になら私・・・」
「尚更、駄目ですぜ!」
彼女が何を言おうとしているのか分からなかったが、典韋は半ば悲鳴のような声を上げて、言葉の続きを遮る。
彼女の言葉は心臓に悪い。
意表を突く曹操の遣り方を知らない典韋ではなかったが、流石に今回の発言ばかりは想像できず、確かめて聞き返した。
「あの、殿・・・今、何て・・・」
「悪来よ、耄碌するには未だ早いぞ」
ぽかんと開いた口をそのままに、間抜けな表情で居る典韋をからかうように、曹操は唇の端を吊り上げる。
「名無しさんをお主に嫁がせると言ったのだ」
「へぇ・・・」
部屋に呼び出され、開口一番、言われた言葉を再び曹操の口から聞いた典韋は曖昧な返事をして、それから慌てて首を振った。
「ちょっと待って下せぇ!お嬢を儂に・・・と、嫁がせるなんて・・・」
「あら、典韋は私が妻では不満なの?」
と、曹操の隣に控えていた女性が口を挟む。
その声音には、曹操同様にからかうような色が含まれていて、典韋は眉尻を下げた。
「不満なんて事ぁ・・・って、お嬢もからかわないで下せぇ」
「誰もお前をからかってなどいないわ」
そう言って、名無しさんは口元を袖で覆い、慌てふためく典韋の様子を心底、可笑しそうにころころと笑う。
からかっていないのなら、尚更だ、典韋は情けない声で言った。
「殿もお嬢も・・・本気なんですかい?」
「名無しさんも良い年頃だ。だからと言って、才のない誰ぞに儂の娘をくれてやるつもりもない」
それならば、忠臣に嫁がせる方が幾分も良い。
では誰にと考えた末、一番の忠臣、典韋が独り身である事に思い至ったと曹操は軽く言う。
「だからって・・・殿ぉ・・・」
相変わらず、情けない表情の典韋に、名無しさんはぴしりと突き付けて言った。
「もう決まった事よ、諦めなさいな」
「名無しさんの言う通りだ、悪来。お主も男ならば、腹を括れ」
くつくつと喉の奥で笑っている曹操に、典韋は恨めしそうな視線を向ける。
こうと決めたら譲らない曹操の性格は、よく知っていた。
「腹を括るって・・・何にですかい」
「そんなの、決まっているでしょう」
名無しさんは見惚れる程に美しく微笑むと、彼に答えて言う。
「私と幸せになる覚悟よ」
彼女もまた、曹操によく似ていて、こうと決めたら譲らない性格だった。
話はそれだけだと言われ、部屋を後にした典韋は混乱した頭を抱えたまま、宛てもなく、廊下を進んでいた。
「おう、典韋。どうした、随分と暗い顔をしているな」
と、進む先で夏侯惇に出会し、声を掛けられて典韋は俯けていた顔を上げる。
「旦那ぁ・・・」
思いの外、泣きそうな声で言われて、夏侯惇は驚いたように目を丸くした。
古の豪傑の名を二つ名として持つ典韋が、こんな様子を見せるなど、余程の事だ。
「何だ、一体どうしたと言うんだ」
「うう・・・聞いて下せぇ・・・」
典韋は先程、自分の身に起きたばかりの事の顛末を夏侯惇に話して聞かせる。
「殿もお嬢も、儂の話なんぞ聞いてくれやしないんでさぁ」
「そうか・・・」
夏侯惇は痛みを覚えたように頭に手を遣り、溜め息を吐いた。
名無しさんの嫁ぎ先の話は、彼女の叔父としても、曹操の家臣としても、夏侯惇も耳にしないではなかった。
それがいつの間にか決まっていたとは、夏侯惇自身にとっても、寝耳に水、余りに突然過ぎるが、しかし、悪い人選ではないと思う。
典韋を曹操に推挙したのは自分だ、その彼が、娘を嫁がせるに値すると言われているのだから、正直、喜ばしく、誇らしいが、選ばれた本人は堪ったものではないだろう。
いきなり決まったと言われて、典韋が混乱するのも無理はなかった。
典韋がどう反応するか分かっていて楽しんでいる節もある、全く、孟徳も人が悪い。
「それで?典韋、お前はどうしたいんだ?」
「どうって・・・どうもこうもありやせんぜ。お嬢を、つ、妻に迎えるなんて」
儂には勿体ねぇと、頬を赤らめ、大きな図体で小さくなる典韋に、夏侯惇は口元を緩めた。
女慣れをしていない訳ではないだろうが、相手が曹操の娘なだけに気後れしているのだろう。
「ああ、典韋、ここに居たのね」
と、渦中の人、名無しさんが典韋を探して遣って来た。
「げっ、お嬢・・・」
思わず、渋面を作り、そう言ってしまって、典韋は急いで口を噤んだが、名無しさんには確り聞こえたようで、彼女は唇を尖らせて見せる。
「典韋、妻になる私にその言い種はないのではなくて?」
「いや、その・・・つい」
「つい?つい、何だと言うのかしら」
ずいと、名無しさんは典韋との距離を詰めると、彼を睨むように見上げた。
堪え切れず、典韋は夏侯惇に助け船を求めて視線を送る。
今日の自分は情けない所ばかり見せている気がするが、形振り構っていられない。
二人の遣り取りに、忍び笑いを零していた夏侯惇が名無しさんを宥めるように言った。
「名無しさん、そう典韋を苛めてやるな。夫になる相手にそんな顔で詰め寄っていては嫁ぐ前に逃げられるぞ」
そうじゃない、そうじゃないですぜ、旦那。
典韋はそう言いたい気持ちで、それでいて何も言えず、口をぱくぱくとさせていたが、名無しさんは夏侯惇の言葉に納得したように息を吐く。
「それもそうですわね。これから祝言を挙げると言うのに、喧嘩などしていては先が思いやられますわ」
「こ、これから!?」
これからなんて、聞いてなけりゃ、心の準備だってできていやせんぜ、名無しさんの言葉を文字通りに受け取った典韋は、目に見えて狼狽えていた。
その様子を、名無しさんがくすくすと笑う。
「ふふ・・・典韋、これからって言っても、今直ぐの話ではないわ。先々の事よ」
「そうですかい・・・」
安堵して肩の力を抜く典韋に、彼女は追い打ちを掛けるように続けて言った。
「私は今からでも全然構わないのだけれど」
「お嬢!滅多な事を言うもんじゃ・・・」
「あら、失礼ね。私、何も考えなしにそう言っているのではなくてよ。典韋になら私・・・」
「尚更、駄目ですぜ!」
彼女が何を言おうとしているのか分からなかったが、典韋は半ば悲鳴のような声を上げて、言葉の続きを遮る。
彼女の言葉は心臓に悪い。