上機嫌
貴女のお名前
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俺を見て。
鍛練場では、今日も多くの兵の掛け声が響いていた。
その中に在って、自分と同じく、監督役を担っている凌統の、明らかに不機嫌な様子に、陸遜は堪り兼ねて口を開く。
「凌統殿、名無しさんと喧嘩でもしたんですか?」
「あぁ?」
聞き返して声を上げる凌統のそれは、孫呉の中で一番、柄が悪いと言われる甘寧のものよりも凄味があった。
並の神経の持ち主ならば、逃げ出す所だろうが、生憎と陸遜はその程度で尻尾を巻くような繊細さを持ち合わせていない。
寧ろ、ずけずけと言葉を並べて言った。
「いえ、最近の凌統殿は随分と苛々されているようですので」
お陰で鍛練で怪我する人数が増えた、八つ当たりは程々にして下さいと、笑顔を向けられ、凌統は小さく舌を打つ。
「爽やかに嫌味を言ってくれるねぇ」
「嫌味に聞こえるのでしたら、自覚されていると受け取っても宜しいのでしょうか」
しれっと重ねて言われる事で、却って、気が削がれてしまう。
上手く隠しているつもりだったが、見抜かれているようじゃ、俺も未だ未だって事か。
凌統は唇の端に苦笑を浮かべた。
「悪かったよ、気を付ける」
素直に謝る凌統に、陸遜はそんな事よりと、今度は期待を込めた視線を彼に向ける。
「それで、名無しさんと喧嘩したんですか?」
「仮にそうだとしても、何で、陸遜がそんな嬉しそうな顔するんだっての」
と、言いながら、凌統には知っていた。
陸遜も、名無しさんが好きなのだ。
彼女が、他の誰でもない、自分の恋人と知っていながら。
「名無しさんと俺が喧嘩なんかする筈がないだろ。大体、喧嘩にすらならないっつの」
世間では喧嘩する程、仲が良いとは言うが、そもそも、惚れ込んでいる相手と、どうやって喧嘩をするのか、凌統には疑問だ。
凌統が名無しさんに重過ぎる愛情を向けている事は孫呉でも有名だった。
隙あらば、名無しさんに抱き付いたり、口付けたりしている彼の姿は、兵を率いる将とは思えない程、締まりのない表情を浮かべている。
名無しさんも名無しさんで、所構わず行動する彼に困ったような顔をするものの、嫌がる様子はなかった。
目を覆わずにはいられないような、相思相愛振り、だからこそ、凌統の不機嫌の原因が、そこにあると、陸遜が自分の都合の良いように勘繰ってしまうのも無理はない。
「まぁ・・・名無しさんが原因って言えば原因だけど」
ぽつりと言う凌統に、陸遜は更に目を輝かせる。
「名無しさんと別れるんですか!?」
「はぁ?冗談は休み休み言えっての!」
例え、名無しさんから別れを切り出されたとしても、死んでも彼女を手離すつもりはないと、凌統は続けて言った。
ならば何故、そうも不機嫌なのかと言いたげな陸遜に、仕方ないと凌統は理由を説明して口を開く。
意外と、他人の方がよく気付くと言う事もあるだろう。
「・・・最近、名無しさんに避けられてるような気がするんだよねぇ」
「そうですか」
「挨拶とか、そう言うのは普通にするんだけどさ。何て言うか・・・」
名無しさんと視線が合わない事が多い。
抱き締めている時も、口付けた後も、嫌がってはいないのに、何かの拍子に、逃れるように顔を背け、視線を外すのだ。
次いでに言うなら、その所為で以前のように名無しさんを誘えず、あっちの方もちょっとご無沙汰気味であり、それも苛々の原因の一つだった。
「・・・馬鹿馬鹿しいですね」
陸遜は吐き捨てるように言うと、深く溜め息を吐いた。
「おいおい、陸遜。訊いといてそれはないだろ」
「馬鹿馬鹿しいので、馬鹿馬鹿しいと言ったまでです」
凌統と名無しさんの関係を知っている上で、彼女に好意を寄せている自分の神経の太さは重々理解している、多少の惚気話は平気だった。
彼の不機嫌の原因である彼女の様子を訊いて、思い当たる理由を並べ立てた結果、二人が別れる事になったら、陸遜としては万々歳、名無しさんとの関係を進められる千載一遇の好機だ。
しかし、いざ蓋を開けて見たら、これ如何に、どこに不機嫌となる要素があると言うのか。
名無しさんは抱擁も口付けも、最近はご無沙汰とは言え、体すらも許しているではないか。
視線の一つや二つ、外された位が何だ、実に馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。
「大方、その時の凌統殿の顔が見るに堪えない程、酷かったんじゃないですか」
「顔が酷いって何だよ」
一応、身形には気を使う方だ、特に恋人の前では。
朝なら寝癖一つ、鍛練の後なら汚れ一つ、見落としがないように心掛けている。
その気の使い方は、外でも効果的で、名無しさんと恋人になる以前、どれだけの女性を泣かせて来た事か。
「さあ。凌統殿の方が女性の扱いはお得意でしょう」
「いつの話だっての。って言うか、陸遜。あんた、名無しさんに余計な事を吹き込んでんじゃないだろうね」
「吹き込まれて都合の悪い事でもあるんですか?」
ない、とは言い切れず、押し黙る凌統に、陸遜はくすくすと笑った。
「名無しさんと抱き合えて、口付けていられるんですから、どう考えても嫌われている訳ではないでしょう」
全く馬鹿馬鹿しい、さっさと名無しさんに視線を外す理由を訊いて解決して来い、八つ当たりで負傷した兵の手当てに使う薬だって水のように湧いて出て来る訳ではないのだ。
そう言われて、凌統はぽりぽりと頭を掻いた。
「ま、そりゃそうだな」
「結果、別れる事になったとしても名無しさんの事はご心配なく。彼女は私の全身全霊を掛けて幸せにしますので」
「無用な心配どうも。けど、念の為にもう一回、言っておくよ」
今までもこれからもずっと、名無しさんは俺の恋人だから。
鍛練場では、今日も多くの兵の掛け声が響いていた。
その中に在って、自分と同じく、監督役を担っている凌統の、明らかに不機嫌な様子に、陸遜は堪り兼ねて口を開く。
「凌統殿、名無しさんと喧嘩でもしたんですか?」
「あぁ?」
聞き返して声を上げる凌統のそれは、孫呉の中で一番、柄が悪いと言われる甘寧のものよりも凄味があった。
並の神経の持ち主ならば、逃げ出す所だろうが、生憎と陸遜はその程度で尻尾を巻くような繊細さを持ち合わせていない。
寧ろ、ずけずけと言葉を並べて言った。
「いえ、最近の凌統殿は随分と苛々されているようですので」
お陰で鍛練で怪我する人数が増えた、八つ当たりは程々にして下さいと、笑顔を向けられ、凌統は小さく舌を打つ。
「爽やかに嫌味を言ってくれるねぇ」
「嫌味に聞こえるのでしたら、自覚されていると受け取っても宜しいのでしょうか」
しれっと重ねて言われる事で、却って、気が削がれてしまう。
上手く隠しているつもりだったが、見抜かれているようじゃ、俺も未だ未だって事か。
凌統は唇の端に苦笑を浮かべた。
「悪かったよ、気を付ける」
素直に謝る凌統に、陸遜はそんな事よりと、今度は期待を込めた視線を彼に向ける。
「それで、名無しさんと喧嘩したんですか?」
「仮にそうだとしても、何で、陸遜がそんな嬉しそうな顔するんだっての」
と、言いながら、凌統には知っていた。
陸遜も、名無しさんが好きなのだ。
彼女が、他の誰でもない、自分の恋人と知っていながら。
「名無しさんと俺が喧嘩なんかする筈がないだろ。大体、喧嘩にすらならないっつの」
世間では喧嘩する程、仲が良いとは言うが、そもそも、惚れ込んでいる相手と、どうやって喧嘩をするのか、凌統には疑問だ。
凌統が名無しさんに重過ぎる愛情を向けている事は孫呉でも有名だった。
隙あらば、名無しさんに抱き付いたり、口付けたりしている彼の姿は、兵を率いる将とは思えない程、締まりのない表情を浮かべている。
名無しさんも名無しさんで、所構わず行動する彼に困ったような顔をするものの、嫌がる様子はなかった。
目を覆わずにはいられないような、相思相愛振り、だからこそ、凌統の不機嫌の原因が、そこにあると、陸遜が自分の都合の良いように勘繰ってしまうのも無理はない。
「まぁ・・・名無しさんが原因って言えば原因だけど」
ぽつりと言う凌統に、陸遜は更に目を輝かせる。
「名無しさんと別れるんですか!?」
「はぁ?冗談は休み休み言えっての!」
例え、名無しさんから別れを切り出されたとしても、死んでも彼女を手離すつもりはないと、凌統は続けて言った。
ならば何故、そうも不機嫌なのかと言いたげな陸遜に、仕方ないと凌統は理由を説明して口を開く。
意外と、他人の方がよく気付くと言う事もあるだろう。
「・・・最近、名無しさんに避けられてるような気がするんだよねぇ」
「そうですか」
「挨拶とか、そう言うのは普通にするんだけどさ。何て言うか・・・」
名無しさんと視線が合わない事が多い。
抱き締めている時も、口付けた後も、嫌がってはいないのに、何かの拍子に、逃れるように顔を背け、視線を外すのだ。
次いでに言うなら、その所為で以前のように名無しさんを誘えず、あっちの方もちょっとご無沙汰気味であり、それも苛々の原因の一つだった。
「・・・馬鹿馬鹿しいですね」
陸遜は吐き捨てるように言うと、深く溜め息を吐いた。
「おいおい、陸遜。訊いといてそれはないだろ」
「馬鹿馬鹿しいので、馬鹿馬鹿しいと言ったまでです」
凌統と名無しさんの関係を知っている上で、彼女に好意を寄せている自分の神経の太さは重々理解している、多少の惚気話は平気だった。
彼の不機嫌の原因である彼女の様子を訊いて、思い当たる理由を並べ立てた結果、二人が別れる事になったら、陸遜としては万々歳、名無しさんとの関係を進められる千載一遇の好機だ。
しかし、いざ蓋を開けて見たら、これ如何に、どこに不機嫌となる要素があると言うのか。
名無しさんは抱擁も口付けも、最近はご無沙汰とは言え、体すらも許しているではないか。
視線の一つや二つ、外された位が何だ、実に馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。
「大方、その時の凌統殿の顔が見るに堪えない程、酷かったんじゃないですか」
「顔が酷いって何だよ」
一応、身形には気を使う方だ、特に恋人の前では。
朝なら寝癖一つ、鍛練の後なら汚れ一つ、見落としがないように心掛けている。
その気の使い方は、外でも効果的で、名無しさんと恋人になる以前、どれだけの女性を泣かせて来た事か。
「さあ。凌統殿の方が女性の扱いはお得意でしょう」
「いつの話だっての。って言うか、陸遜。あんた、名無しさんに余計な事を吹き込んでんじゃないだろうね」
「吹き込まれて都合の悪い事でもあるんですか?」
ない、とは言い切れず、押し黙る凌統に、陸遜はくすくすと笑った。
「名無しさんと抱き合えて、口付けていられるんですから、どう考えても嫌われている訳ではないでしょう」
全く馬鹿馬鹿しい、さっさと名無しさんに視線を外す理由を訊いて解決して来い、八つ当たりで負傷した兵の手当てに使う薬だって水のように湧いて出て来る訳ではないのだ。
そう言われて、凌統はぽりぽりと頭を掻いた。
「ま、そりゃそうだな」
「結果、別れる事になったとしても名無しさんの事はご心配なく。彼女は私の全身全霊を掛けて幸せにしますので」
「無用な心配どうも。けど、念の為にもう一回、言っておくよ」
今までもこれからもずっと、名無しさんは俺の恋人だから。