初恋
貴女のお名前
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とは言え、疑問を疑問のままにしておくのも心地が悪い。
孫尚香の言葉もある、それを含めて、もう一度名無しさんに尋ねてみるかと、呂蒙は彼女を呼び出した。
「済まんな、忙しい所」
「いいえ。私にお話とは何でしょう?」
「うむ・・・まあ、掛けてくれ」
執務室の長椅子を勧め、名無しさんが優雅な所作で向かいに腰掛けるのを待ってから、徐に、呂蒙は口を開く。
「実は、姫様から聞いたのだが・・・名無しさんは希望して俺の所に来たようだな」
名無しさんの、膝の上に行儀良く重ねて置かれた手が僅かな反応を示した。
名無しさんは無表情に正面を見据えたまま、何も答えない。
視線は呂蒙を見ているようで、その瞳に彼を映していなかった。
呂蒙はそれを気にするでもなく、続けて言う。
「そこでだ、以前の話を蒸し返す事になるが・・・名無しさん、俺とどこかで会っていないか?」
名無しさんは暫く悩んだ様子を見せ、漸く何かを言おうとして口を開いたかと思えば、更に躊躇った後に、絞り出すようにして声を出した。
「・・・何故、そのような事を気になさるのですか?」
呂蒙は唇の端に苦笑いを浮かべる。
正直に言うなら、名無しさんに惹かれているからだ。
だから知りたい、彼女といつ、どこで会っていたのか。
どんな思惑で自分の所へ遣って来たのか。
しかし、それをそのまま名無しさんに伝える程、呂蒙は愚かではなかった。
下手に伝えて気まずくなってしまっては、仕事に支障が出る。
その時はその時で、一人ひっそりと想うだけで良い。
「深い理由はない。気になるだけだ。大体、俺の所に希望して来た聞かされた方の身にもなってみろ。気にするなと言う方が無理があるぞ」
名無しさんは視線を呂蒙に移した。
「・・・夏の暑い日の事でございました」
「何?」
突然の、脈絡のない話の始まりに、呂蒙は聞き返し、慌てて口を噤む。
名無しさんは何かを伝えようとしているのだ。
「余りに暑かったので、私は一人で家の近くの川で水浴びをしていました。誰も居ないと思って・・・下着姿で」
そこまで言って、思い出したのだろう、名無しさんは頬を赤く染めた。
「そうしたら、茂みから人が現れて。その人と目が合って。私は驚いて足を滑らせて、川に落ちたんです。流されて溺れる私を、その人が助けてくれました・・・」
話の終わりに、名無しさんは呂蒙と視線を合わせる。
「・・・覚えて、いませんか?」
「あ、いや・・・そんな事もあったが、まさか」
あの時の少女か、と呂蒙は目の前の名無しさんをまじまじと見た。
もう何年も前の事だ、記憶も曖昧で、頭の隅が面影を感じていても名無しさんがあの時の少女だとは思いもしなかったのだ。
それ程までに名無しさんは様変わりしていた。
「もう少し、ひょろひょろとしていた気がするが・・・」
「私も成長します!」
名無しさんが感情を露にさせたのは一瞬の事、直ぐに落ち着きを取り戻し、続けて言う。
「ぐったりする私に、ご自身が着てらした服を掛けて下さって。それから・・・私を抱えて、家まで運んで下さいました」
呂蒙様が名乗ったのは一度きり、両親に私を引き渡した時だけだと言った。
その名前だけを頼りに、ずっと探し続けて来た。
そして、ここに居る事を知った。
「あの時、呂蒙様が助けて下さらなければ私は今、ここには居りません。・・・呂蒙様は私の命の恩人なのです」
「そこまで言われると照れるな・・・」
自分としては、当然の事をしたまでだ。
ともあれ、彼女が何者か分かって、呂蒙は安堵する。
「そうか・・・あの時の娘か。しかし、何故、今まで何も言わなかったのだ」
「・・・言える訳ありません」
呂蒙の質問に、名無しさんは彼の視線から逃げるように俯いた。
その頬は先程のように、いや、先程よりも赤く染まっている。
「呂蒙様は・・・あの時、私に何をしたか覚えていらっしゃらないのですか?」
「う、うむ・・・?俺は何か仕出かしたか?」
首を傾げる呂蒙の様子に、本当に覚えていないのだと、名無しさんは膝の上で、ぎゅっと手を握った。
真っ赤になった顔を上げ、睨むように呂蒙を見る。
「私に・・・口付けたんですよ」
呂蒙はそれを思い出して、瞬く間に顔を赤らめた。
「あ、あれは名無しさんを助ける為だ!」
「今なら分かります!でも、あの時は分かりませんでした」
それでも、あの時に抱いた感情は、成長した今でも未だ、変わっていない。
「下着姿を見られて、初めて口付けられて、とても恥ずかしかった。・・・でも、呂蒙様は・・・私の「初恋」の人なんです」
「名無しさん・・・」
何と言う展開か、呂蒙は深く息を吐いた。
しかし、これ以上、嬉しい展開はない。
「名無しさん、俺の所へ来て、その話をすると言う事は、今でも俺を・・・その・・・」
「はい・・・お慕いしております」
呂蒙は彼女の潤んだ瞳に一つ、胸を大きく跳ねさせる。
惹かれている女性に、そう言われて、自分の思いを告げない呂蒙ではなかった。
→あとがき
孫尚香の言葉もある、それを含めて、もう一度名無しさんに尋ねてみるかと、呂蒙は彼女を呼び出した。
「済まんな、忙しい所」
「いいえ。私にお話とは何でしょう?」
「うむ・・・まあ、掛けてくれ」
執務室の長椅子を勧め、名無しさんが優雅な所作で向かいに腰掛けるのを待ってから、徐に、呂蒙は口を開く。
「実は、姫様から聞いたのだが・・・名無しさんは希望して俺の所に来たようだな」
名無しさんの、膝の上に行儀良く重ねて置かれた手が僅かな反応を示した。
名無しさんは無表情に正面を見据えたまま、何も答えない。
視線は呂蒙を見ているようで、その瞳に彼を映していなかった。
呂蒙はそれを気にするでもなく、続けて言う。
「そこでだ、以前の話を蒸し返す事になるが・・・名無しさん、俺とどこかで会っていないか?」
名無しさんは暫く悩んだ様子を見せ、漸く何かを言おうとして口を開いたかと思えば、更に躊躇った後に、絞り出すようにして声を出した。
「・・・何故、そのような事を気になさるのですか?」
呂蒙は唇の端に苦笑いを浮かべる。
正直に言うなら、名無しさんに惹かれているからだ。
だから知りたい、彼女といつ、どこで会っていたのか。
どんな思惑で自分の所へ遣って来たのか。
しかし、それをそのまま名無しさんに伝える程、呂蒙は愚かではなかった。
下手に伝えて気まずくなってしまっては、仕事に支障が出る。
その時はその時で、一人ひっそりと想うだけで良い。
「深い理由はない。気になるだけだ。大体、俺の所に希望して来た聞かされた方の身にもなってみろ。気にするなと言う方が無理があるぞ」
名無しさんは視線を呂蒙に移した。
「・・・夏の暑い日の事でございました」
「何?」
突然の、脈絡のない話の始まりに、呂蒙は聞き返し、慌てて口を噤む。
名無しさんは何かを伝えようとしているのだ。
「余りに暑かったので、私は一人で家の近くの川で水浴びをしていました。誰も居ないと思って・・・下着姿で」
そこまで言って、思い出したのだろう、名無しさんは頬を赤く染めた。
「そうしたら、茂みから人が現れて。その人と目が合って。私は驚いて足を滑らせて、川に落ちたんです。流されて溺れる私を、その人が助けてくれました・・・」
話の終わりに、名無しさんは呂蒙と視線を合わせる。
「・・・覚えて、いませんか?」
「あ、いや・・・そんな事もあったが、まさか」
あの時の少女か、と呂蒙は目の前の名無しさんをまじまじと見た。
もう何年も前の事だ、記憶も曖昧で、頭の隅が面影を感じていても名無しさんがあの時の少女だとは思いもしなかったのだ。
それ程までに名無しさんは様変わりしていた。
「もう少し、ひょろひょろとしていた気がするが・・・」
「私も成長します!」
名無しさんが感情を露にさせたのは一瞬の事、直ぐに落ち着きを取り戻し、続けて言う。
「ぐったりする私に、ご自身が着てらした服を掛けて下さって。それから・・・私を抱えて、家まで運んで下さいました」
呂蒙様が名乗ったのは一度きり、両親に私を引き渡した時だけだと言った。
その名前だけを頼りに、ずっと探し続けて来た。
そして、ここに居る事を知った。
「あの時、呂蒙様が助けて下さらなければ私は今、ここには居りません。・・・呂蒙様は私の命の恩人なのです」
「そこまで言われると照れるな・・・」
自分としては、当然の事をしたまでだ。
ともあれ、彼女が何者か分かって、呂蒙は安堵する。
「そうか・・・あの時の娘か。しかし、何故、今まで何も言わなかったのだ」
「・・・言える訳ありません」
呂蒙の質問に、名無しさんは彼の視線から逃げるように俯いた。
その頬は先程のように、いや、先程よりも赤く染まっている。
「呂蒙様は・・・あの時、私に何をしたか覚えていらっしゃらないのですか?」
「う、うむ・・・?俺は何か仕出かしたか?」
首を傾げる呂蒙の様子に、本当に覚えていないのだと、名無しさんは膝の上で、ぎゅっと手を握った。
真っ赤になった顔を上げ、睨むように呂蒙を見る。
「私に・・・口付けたんですよ」
呂蒙はそれを思い出して、瞬く間に顔を赤らめた。
「あ、あれは名無しさんを助ける為だ!」
「今なら分かります!でも、あの時は分かりませんでした」
それでも、あの時に抱いた感情は、成長した今でも未だ、変わっていない。
「下着姿を見られて、初めて口付けられて、とても恥ずかしかった。・・・でも、呂蒙様は・・・私の「初恋」の人なんです」
「名無しさん・・・」
何と言う展開か、呂蒙は深く息を吐いた。
しかし、これ以上、嬉しい展開はない。
「名無しさん、俺の所へ来て、その話をすると言う事は、今でも俺を・・・その・・・」
「はい・・・お慕いしております」
呂蒙は彼女の潤んだ瞳に一つ、胸を大きく跳ねさせる。
惹かれている女性に、そう言われて、自分の思いを告げない呂蒙ではなかった。
→あとがき