口付けの望み
貴女のお名前
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そっと叶えて。
彼女がそう言った訳ではない、しかし、それが全てに現れていた。
曲の最後の旋律を奏でて、笛を唇から離した甄姫は堪え切れずに笑みを溢す。
「名無しさん、今日は随分と浮かれてますわね」
その言葉に問い詰める気配はなく、寧ろ、からかうような調子だった。
「この後、お会いになりますの?」
と、続けて訊ねてみれば、肯定するよりも早く、名無しさんの頬が朱に染まる。
「嫌だ、私ったら・・・そんなに顔に出ていますか?」
恥ずかしそうに両手を頬に添えて隠す彼女は、どこから見ても、恋する女性そのものだ。
その様子に、蔡文姫も笑顔を浮かべて言った。
「ふふっ・・・名無しさん様の音色は正直でいらっしゃいますから。隠されていても、分かってしまいます」
「文姫様まで・・・」
困ったように眉を寄せる名無しさんは、それでいて頬を緩ませている。
名無しさんと曹魏の将の一人、于禁との間で縁談が纏まった事は既に周知の事実、会う予定があるのならば、彼女が浮かれているのも無理はない。
聞いた所によると、話を持って来られた于禁も、その場で二つ返事で受けたらしい。
一体、どのような経緯でそうなったのか、甄姫も蔡文姫も仔細は知らないが、何はともあれ、めでたい話だ。
その話が瞬く間に城内を駆け巡り、あの堅物が、と周囲の注目を集めた于禁が暫く質問責めに会っていたのも、記憶に新しい。
同時に相手である名無しさんの周りも、彼女を一目見たさに遣って来る同僚や部下たちで、一時騒然となり、甄姫、蔡文姫と音曲を奏でる所ではなかった。
それも今は落ち着き、そうして見る名無しさんは、初めて会った時よりも美しくなったと、甄姫と蔡文姫は思う。
姿形だけではない、奏でる音色も艶が出て来た。
全くもって、恋の力とは、いや、愛の力か、どちらにしろ偉大で、二人の関係は順調なのだろうと察せられる。
だからこそ、興味を引かれてしまう。
繰り返すが、あの于禁が相手だ。
自分にも他人にも厳しく、常に眉間に皺を寄せているような彼が、名無しさんの前だと、どんな様子を見せるのか。
甄姫は紅を塗った艶やかな唇に笑みを浮かべ、訊ねて言った。
「所で、名無しさん。二人きりの時は殿方はどのようなご様子ですの?」
「于禁様のご様子・・・ですか?」
名無しさんは何故、甄姫がそれを訊ねるのか分からず、不思議そうな表情を浮かべたが、次には恥ずかしそうな様子で口を開く。
「いつも、お優しくして下さいます。この前も・・・」
と、名無しさんは于禁の事を二人に話して聞かせた。
于禁が武将と言う立場上、会瀬の時に急に呼び出される事も少なくない。
しかし、そんな時は、于禁は必ず、後から謝罪の文を寄越してくれた。
しかも、名無しさんが好きな菓子を添えて。
以前、出された時に、好きだと言った事を覚えてくれているのが嬉しいと名無しさんは言う。
凛々しいお顔を緩めて浮かべる笑顔も、とても素敵だとも言った。
「それから、于禁様の穏やかなお声を聞いていると、胸が温かくなります」
そうと聞いて、甄姫と蔡文姫はこっそりと顔を見合わせる。
優しいも、素敵な笑顔も穏やかも、于禁と言う男を語る時に、これ程似つかわしくない言葉はないだろう。
だからと言って、彼女の感覚を否定する真似はできず、蔡文姫は言葉を選んで言った。
「于禁様は厳しい方だとばかり思っていましたが、お話を伺うと、そうでもないご様子ですね。それとも、名無しさん様がお相手だからでしょうか」
「ふふ、私たちの知らない一面を知る事ができるのも、愛し合う者たちの特権ですわね」
「愛し合っていると・・・思っていて良いのですよね・・・」
と、不意に名無しさんが暗い表情を浮かべ、甄姫と蔡文姫は目を丸くする。
今の話に、不安になる要素があったとは思えない。
何故、そんな事を言い出すのかと二人は口を揃えて問い掛けた。
名無しさんの伏せた長い睫毛が、心の内を表すように目元に影を落としている。
「私は・・・私は于禁様をお慕いしております。でも、于禁様も私を同じように思って下さっているのでしょうか・・・」
彼は気遣いも、優しくも、微笑んでもくれるが、果たして、それは愛から来る行動だと考えて良いのだろうか。
「こんなにして頂いているのに、于禁様のお気持ちを量るなんて、失礼な事を言っているのは承知しています・・・でも、時々、不安に思うのです」
その気遣いも、優しさも微笑みも、どこから来るものなのかを知りたい。
愛していると、同じ気持ちであると言葉で伝えて欲しい。
そう言った名無しさんに、甄姫と蔡文姫はそんな事はないと励ますように力強く言った。
「恐らく、于禁様も名無しさん様と同じお気持ちでいらっしゃいます」
「ええ、そうですわ。そもそも、縁談を二つ返事でお受けになったんですもの。名無しさんを悪くなど思っている筈がありませんわ」
名無しさんは二人の言葉に、薄く微笑む。
「だと良いのですけれど・・・」
大丈夫だと言ってやるのは易い、彼女の表情は尚も未だ、不安そうで、蔡文姫は提案して言った。
「名無しさん様から、于禁様にご自分のお気持ちを伝えてみてはいかがですか?」
名無しさんはふるふると首を振る。
「そんな・・・もし、于禁様のお心が私に向いていなかったらと思うと、とても怖くて・・・」
「でしたら、名無しさん、良い方法がありますわよ」
と、甄姫は紅を塗った艶やかな唇に、妖しい笑みを浮かべた。
言葉にしなくても、于禁が名無しさんをどう思っているか、知る方法があると言う。
それを名無しさんに説明して聞かせる甄姫の説明は、含みを持たせるような言い方だった。
名無しさんが首を傾げる。
「それで、私はどうしたら良いのでしょうか」
「何も。全て、殿方にお任せしていれば宜しいですわ」
その一言で締め括った時の甄姫の表情は、余りに妖艶で、蔡文姫は約束の時間だからと言って去って行く名無しさんを見送ってから、ぽつりと言った。
「・・・于禁様は、お分かりになるでしょうか」
「そこまで察しの悪い方だとは思いませんけれど」
結果、どうなるかは、于禁次第だ。
彼女がそう言った訳ではない、しかし、それが全てに現れていた。
曲の最後の旋律を奏でて、笛を唇から離した甄姫は堪え切れずに笑みを溢す。
「名無しさん、今日は随分と浮かれてますわね」
その言葉に問い詰める気配はなく、寧ろ、からかうような調子だった。
「この後、お会いになりますの?」
と、続けて訊ねてみれば、肯定するよりも早く、名無しさんの頬が朱に染まる。
「嫌だ、私ったら・・・そんなに顔に出ていますか?」
恥ずかしそうに両手を頬に添えて隠す彼女は、どこから見ても、恋する女性そのものだ。
その様子に、蔡文姫も笑顔を浮かべて言った。
「ふふっ・・・名無しさん様の音色は正直でいらっしゃいますから。隠されていても、分かってしまいます」
「文姫様まで・・・」
困ったように眉を寄せる名無しさんは、それでいて頬を緩ませている。
名無しさんと曹魏の将の一人、于禁との間で縁談が纏まった事は既に周知の事実、会う予定があるのならば、彼女が浮かれているのも無理はない。
聞いた所によると、話を持って来られた于禁も、その場で二つ返事で受けたらしい。
一体、どのような経緯でそうなったのか、甄姫も蔡文姫も仔細は知らないが、何はともあれ、めでたい話だ。
その話が瞬く間に城内を駆け巡り、あの堅物が、と周囲の注目を集めた于禁が暫く質問責めに会っていたのも、記憶に新しい。
同時に相手である名無しさんの周りも、彼女を一目見たさに遣って来る同僚や部下たちで、一時騒然となり、甄姫、蔡文姫と音曲を奏でる所ではなかった。
それも今は落ち着き、そうして見る名無しさんは、初めて会った時よりも美しくなったと、甄姫と蔡文姫は思う。
姿形だけではない、奏でる音色も艶が出て来た。
全くもって、恋の力とは、いや、愛の力か、どちらにしろ偉大で、二人の関係は順調なのだろうと察せられる。
だからこそ、興味を引かれてしまう。
繰り返すが、あの于禁が相手だ。
自分にも他人にも厳しく、常に眉間に皺を寄せているような彼が、名無しさんの前だと、どんな様子を見せるのか。
甄姫は紅を塗った艶やかな唇に笑みを浮かべ、訊ねて言った。
「所で、名無しさん。二人きりの時は殿方はどのようなご様子ですの?」
「于禁様のご様子・・・ですか?」
名無しさんは何故、甄姫がそれを訊ねるのか分からず、不思議そうな表情を浮かべたが、次には恥ずかしそうな様子で口を開く。
「いつも、お優しくして下さいます。この前も・・・」
と、名無しさんは于禁の事を二人に話して聞かせた。
于禁が武将と言う立場上、会瀬の時に急に呼び出される事も少なくない。
しかし、そんな時は、于禁は必ず、後から謝罪の文を寄越してくれた。
しかも、名無しさんが好きな菓子を添えて。
以前、出された時に、好きだと言った事を覚えてくれているのが嬉しいと名無しさんは言う。
凛々しいお顔を緩めて浮かべる笑顔も、とても素敵だとも言った。
「それから、于禁様の穏やかなお声を聞いていると、胸が温かくなります」
そうと聞いて、甄姫と蔡文姫はこっそりと顔を見合わせる。
優しいも、素敵な笑顔も穏やかも、于禁と言う男を語る時に、これ程似つかわしくない言葉はないだろう。
だからと言って、彼女の感覚を否定する真似はできず、蔡文姫は言葉を選んで言った。
「于禁様は厳しい方だとばかり思っていましたが、お話を伺うと、そうでもないご様子ですね。それとも、名無しさん様がお相手だからでしょうか」
「ふふ、私たちの知らない一面を知る事ができるのも、愛し合う者たちの特権ですわね」
「愛し合っていると・・・思っていて良いのですよね・・・」
と、不意に名無しさんが暗い表情を浮かべ、甄姫と蔡文姫は目を丸くする。
今の話に、不安になる要素があったとは思えない。
何故、そんな事を言い出すのかと二人は口を揃えて問い掛けた。
名無しさんの伏せた長い睫毛が、心の内を表すように目元に影を落としている。
「私は・・・私は于禁様をお慕いしております。でも、于禁様も私を同じように思って下さっているのでしょうか・・・」
彼は気遣いも、優しくも、微笑んでもくれるが、果たして、それは愛から来る行動だと考えて良いのだろうか。
「こんなにして頂いているのに、于禁様のお気持ちを量るなんて、失礼な事を言っているのは承知しています・・・でも、時々、不安に思うのです」
その気遣いも、優しさも微笑みも、どこから来るものなのかを知りたい。
愛していると、同じ気持ちであると言葉で伝えて欲しい。
そう言った名無しさんに、甄姫と蔡文姫はそんな事はないと励ますように力強く言った。
「恐らく、于禁様も名無しさん様と同じお気持ちでいらっしゃいます」
「ええ、そうですわ。そもそも、縁談を二つ返事でお受けになったんですもの。名無しさんを悪くなど思っている筈がありませんわ」
名無しさんは二人の言葉に、薄く微笑む。
「だと良いのですけれど・・・」
大丈夫だと言ってやるのは易い、彼女の表情は尚も未だ、不安そうで、蔡文姫は提案して言った。
「名無しさん様から、于禁様にご自分のお気持ちを伝えてみてはいかがですか?」
名無しさんはふるふると首を振る。
「そんな・・・もし、于禁様のお心が私に向いていなかったらと思うと、とても怖くて・・・」
「でしたら、名無しさん、良い方法がありますわよ」
と、甄姫は紅を塗った艶やかな唇に、妖しい笑みを浮かべた。
言葉にしなくても、于禁が名無しさんをどう思っているか、知る方法があると言う。
それを名無しさんに説明して聞かせる甄姫の説明は、含みを持たせるような言い方だった。
名無しさんが首を傾げる。
「それで、私はどうしたら良いのでしょうか」
「何も。全て、殿方にお任せしていれば宜しいですわ」
その一言で締め括った時の甄姫の表情は、余りに妖艶で、蔡文姫は約束の時間だからと言って去って行く名無しさんを見送ってから、ぽつりと言った。
「・・・于禁様は、お分かりになるでしょうか」
「そこまで察しの悪い方だとは思いませんけれど」
結果、どうなるかは、于禁次第だ。