夕映えに
貴女のお名前
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貴女が側に居てくれるなら。
朝から始まった軍議は、昼食を挟み、夕方になる前になって漸く終わりを告げた。
疲れた体を、周りにはそうとは覚らせないように自室に戻った劉禅は、背後で扉が閉まる音を聞いてから、深々と溜め息を吐いた。
「ああ・・・疲れた」
思わず、言葉が声となって出てしまい、慌てて口を噤む。
部屋の外、扉の傍には護衛の兵が控えている、君主たる者が疲れたなどとぼやいていては、彼らにどのような印象を与える事か。
それでなくとも、何かに付けて亡き父親と比べられるのだ、自分が未熟である事は重々、承知しているが、そもそも、別々の人間なら比べる意味もない。
それでも、比べられ、期待され、応えようとすればする程、その重圧に潰れそうになる。
劉禅は部屋の中へと進み、長椅子の背凭れに倒れ込むように体を預けた。
城内に在って、気が休まる場所など、ないにも等しい。
「劉禅様、劉禅様」
と、項垂れ、俯く劉禅の耳に、密やかに彼を呼ぶ声が届いた。
誰かと顔を上げてみれば、窓の外に知った顔が見える。
蜀将の一人、名無しさんだ。
劉禅は立ち上がり、窓を開けて彼女に微笑み掛けた。
「窓からとは・・・一体、どうしたと言うのだ」
「だって、扉には護衛の人が付いているんだもの」
名無しさんはちらりと扉の方を伺うと、窓の縁に手を掛けて劉禅に顔を近付け、潜めた声で言う。
「劉禅様、城下に美味しい点心のお店があるんです。行ってみませんか?」
時刻は夕食前、小腹が空く頃合いなら、何と魅力的な誘いだろうか。
しかも、彼女の言動から、お忍びだと知れた。
これまで、城下へ行くとなれば、四方八方を護衛に固められ、君主としての振る舞いを求められるのが常だ。
そうでないのだと想像して一瞬、心を動かした劉禅だったが、次にはふるふると首を振った。
曲がりなりにも、自分は君主なのだ。
「いや・・・名無しさんの誘いは嬉しいが、私の軽はずみな行動で皆に迷惑を掛ける訳にはいかない」
そう言って、劉禅は断る姿勢を見せたが、名無しさんは譲ろうとしなかった。
「ちょっとだけです。誰にも見付からないように行って、直ぐ戻って来れば大丈夫です」
何か算段でもあるのだろうか、随分と強気だ。
劉禅は僅かに揺らいだ心をそのままに、首を傾げる。
「だが、この格好では私だと分かってしまうだろう?」
と、名無しさんに両手を広げて見せた。
君主としての立場に相応しい誂えの衣装は、城下ではさぞかし、目立つ事だろう。
名無しさんはそれも折り込み済みだと言わんばかりに、自信たっぷりに微笑んだ。
「そう仰るだろうと思って、用意しておきました」
ぽんと窓の縁に包みを乗せ、劉禅に見えるように結び目を解く。
男性用の衣類一式を、名無しさんは用意していた。
「着替えて行けば、誰も劉禅様って気付きませんよ」
その準備万端振りに劉禅はくすくすと笑う。
どうやら、名無しさんは無理にでも連れ出したいようだ。
「分かった分かった」
劉禅は根負けして、彼女の用意した衣服を受け取った。
「少し、待っていてくれ」
と、着替えようと室内に戻る劉禅に、名無しさんは内心、安堵する。
彼女は、劉禅が弱っている事に、無理をして振る舞っている事に気付いていた。
彼の立場からしたら、当然の事だろう、その背中に父親から継いだ志を、国を、民を背負っているのだ。
生半可な覚悟で受け継いだ訳ではない事は確かだが、それでも、何か気晴らしになる事があればと、名無しさんは劉禅を誘ったのだった。
城下にちょっと散策に出て、次いでに美味しいものでも食べれば、元気になるかもしれない。
「待たせたな、名無しさん」
着替えを済ませて遣って来た劉禅に、名無しさんは微笑んだ。
「それじゃあ、行きましょうか」
劉禅は答える代わりに窓枠に足を掛ける。
何か悪い事をしているようで、実際にしているのだが、弾む気持ちは抑え切れない。
名無しさんの隣に下り立った劉禅は、一人の少年らしい表情を浮かべていた。
朝から始まった軍議は、昼食を挟み、夕方になる前になって漸く終わりを告げた。
疲れた体を、周りにはそうとは覚らせないように自室に戻った劉禅は、背後で扉が閉まる音を聞いてから、深々と溜め息を吐いた。
「ああ・・・疲れた」
思わず、言葉が声となって出てしまい、慌てて口を噤む。
部屋の外、扉の傍には護衛の兵が控えている、君主たる者が疲れたなどとぼやいていては、彼らにどのような印象を与える事か。
それでなくとも、何かに付けて亡き父親と比べられるのだ、自分が未熟である事は重々、承知しているが、そもそも、別々の人間なら比べる意味もない。
それでも、比べられ、期待され、応えようとすればする程、その重圧に潰れそうになる。
劉禅は部屋の中へと進み、長椅子の背凭れに倒れ込むように体を預けた。
城内に在って、気が休まる場所など、ないにも等しい。
「劉禅様、劉禅様」
と、項垂れ、俯く劉禅の耳に、密やかに彼を呼ぶ声が届いた。
誰かと顔を上げてみれば、窓の外に知った顔が見える。
蜀将の一人、名無しさんだ。
劉禅は立ち上がり、窓を開けて彼女に微笑み掛けた。
「窓からとは・・・一体、どうしたと言うのだ」
「だって、扉には護衛の人が付いているんだもの」
名無しさんはちらりと扉の方を伺うと、窓の縁に手を掛けて劉禅に顔を近付け、潜めた声で言う。
「劉禅様、城下に美味しい点心のお店があるんです。行ってみませんか?」
時刻は夕食前、小腹が空く頃合いなら、何と魅力的な誘いだろうか。
しかも、彼女の言動から、お忍びだと知れた。
これまで、城下へ行くとなれば、四方八方を護衛に固められ、君主としての振る舞いを求められるのが常だ。
そうでないのだと想像して一瞬、心を動かした劉禅だったが、次にはふるふると首を振った。
曲がりなりにも、自分は君主なのだ。
「いや・・・名無しさんの誘いは嬉しいが、私の軽はずみな行動で皆に迷惑を掛ける訳にはいかない」
そう言って、劉禅は断る姿勢を見せたが、名無しさんは譲ろうとしなかった。
「ちょっとだけです。誰にも見付からないように行って、直ぐ戻って来れば大丈夫です」
何か算段でもあるのだろうか、随分と強気だ。
劉禅は僅かに揺らいだ心をそのままに、首を傾げる。
「だが、この格好では私だと分かってしまうだろう?」
と、名無しさんに両手を広げて見せた。
君主としての立場に相応しい誂えの衣装は、城下ではさぞかし、目立つ事だろう。
名無しさんはそれも折り込み済みだと言わんばかりに、自信たっぷりに微笑んだ。
「そう仰るだろうと思って、用意しておきました」
ぽんと窓の縁に包みを乗せ、劉禅に見えるように結び目を解く。
男性用の衣類一式を、名無しさんは用意していた。
「着替えて行けば、誰も劉禅様って気付きませんよ」
その準備万端振りに劉禅はくすくすと笑う。
どうやら、名無しさんは無理にでも連れ出したいようだ。
「分かった分かった」
劉禅は根負けして、彼女の用意した衣服を受け取った。
「少し、待っていてくれ」
と、着替えようと室内に戻る劉禅に、名無しさんは内心、安堵する。
彼女は、劉禅が弱っている事に、無理をして振る舞っている事に気付いていた。
彼の立場からしたら、当然の事だろう、その背中に父親から継いだ志を、国を、民を背負っているのだ。
生半可な覚悟で受け継いだ訳ではない事は確かだが、それでも、何か気晴らしになる事があればと、名無しさんは劉禅を誘ったのだった。
城下にちょっと散策に出て、次いでに美味しいものでも食べれば、元気になるかもしれない。
「待たせたな、名無しさん」
着替えを済ませて遣って来た劉禅に、名無しさんは微笑んだ。
「それじゃあ、行きましょうか」
劉禅は答える代わりに窓枠に足を掛ける。
何か悪い事をしているようで、実際にしているのだが、弾む気持ちは抑え切れない。
名無しさんの隣に下り立った劉禅は、一人の少年らしい表情を浮かべていた。