我が人生は愛と喜び
貴女のお名前
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何か、おかしいと思った時、名無しさんの傍には幸いな事に趙雲が居た。
余り長居するのも負担を掛けるだろうとの気遣いと、二人きりにしてやろうとの思いから、彼らは早々に部屋を後にしていて、名無しさんは趙雲と甘い時間を過ごしていた。
繕い物を終え、今度は産着を縫い始めた名無しさんの隣で趙雲が優しい声音で言う。
「どちらが産まれるのだろうな」
その言葉も、いい加減聞き飽きていたが、名無しさんも気になる所なら、軽くあしらう事はない。
「どちらでしょうね。しょっちゅう、お腹を蹴っていたから、男の子かしら」
「早く、会いたいな」
趙雲は名無しさんのお腹を撫でながら声を掛ける。
「元気に産まれて来てくれ・・・」
切実な願い事のように呟く趙雲に、名無しさんは微笑んで言った。
「もう直ぐですよ」
「分かるのか?」
「ええ、微かですけれど」
それらしい兆候が体に出て来ている。
けれど、名無しさんに不安はなかった。
ここには、支えてくれる人が沢山居る。
だから、早く出ていらっしゃい。
名無しさんが心の中でそう語り掛けただろうか、彼女は俄に眉を寄せると、
「趙雲様・・・あの・・・」
何かを言い掛ける途中で、破水した。
突然の事に、趙雲が慌てふためく。
「名無しさん!?」
「う・・・産まれそう・・・」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってくれ。私はどうしたら良いんだ?」
おろおろと顔を覗き込んで来る趙雲に、名無しさんは何とか言葉を続けた。
「月英様を・・・」
「分かった、直ぐに呼んで来よう。それまで、我慢してくれ」
我慢してくれと言われても、産まれるものは産まれてしまうのだが、その慌て振りが可笑しくて、名無しさんは痛みに耐えて頷く。
程なくして、月英が数名の女官を連れて部屋に遣って来た。
彼女たちはてきぱきと支度を整えると、名無しさんが破水し、続けて陣痛が始まったと聞いて飛んで来た星彩と銀屏に声を掛けた。
「貴女たちにとっても大切な事でしょう。男性を部屋に入れる訳にはいきませんから、貴女たちが名無しさんの傍に居てあげて下さい」
「勿論です」
「私も、何でもします!」
星彩と銀屏は大きく頷くと、名無しさんの傍に寄って、その手を握る。
「名無しさん殿、頑張って下さい」
「私たちが付いてますから!」
一方で、部屋を追い出された趙雲と、入る事を断られた面々は、扉の前でそわそわと落ち着きのない様子を見せていた。
やがて、苦しそうに呻く名無しさんの声が彼らの耳に届く。
扉の向こうで、何が起きているのだろうか。
いや、分かっている、その上で誰もが、彼女の声にそう思わずにいられなかった。
それ程までに苦しそうな名無しさんの声に、趙雲は祈るように呟く。
「名無しさん・・・頑張ってくれ」
こんな時、祈る事しかできない自分が情けない。
その時間が、どれ位続いただろうか、名無しさんの声がぱたりと止み、星彩と銀屏が扉から顔を出した。
二人の目が、涙で濡れている。
「趙雲殿・・・おめでとうございます」
「元気な女の子ですよ!名無しさん殿も無事です!」
それを聞いて、趙雲は漸く、深々と息を吐く事ができた。
色々と言いたい事が頭の中を過っていたが、胸が一杯で何一つ、言葉が出て来ない。
「ありがとう・・・」
部屋の奥から聞こえて来る、赤ん坊が元気に泣く声に、ただ一言、そう言った。
名無しさんの腕の中の赤ん坊を覗き込み、
「可愛いな」
「可愛いよな」
「可愛い・・・」
「可愛いですね」
関平、張苞、関興、関索はそれぞれに同じ事を口にした。
出産から数日後、名無しさんの体調は順調に回復していて、今日、揃って見舞いに来ている所だ。
「名無しさんの子だからな、可愛いに決まっている」
得意気に言う趙雲は、早くも親馬鹿な一面を見せていた。
「名無しさん殿。赤ちゃん、抱かせて貰っても良いかな?」
「ええ、重いから気を付けて」
銀屏は名無しさんから、恐る恐る赤ん坊を受け取ると、その重さに驚いて言う。
「わあ、本当。こんなに小さいのに結構重いのね」
「名無しさん殿、私も抱いてみたい」
「あ、俺も!」
声を上げた星彩に続き、張苞も手を上げた事を始めとして、赤ん坊があちらこちらと人の間を渡って行った。
「随分と賑やかだな」
と、そこへ劉備が関羽、張飛と劉禅を伴って姿を現せる。
慌てて礼を執ろうとする彼らを、劉備は手で制して言った。
「見舞いに来ただけだ。この場でそう畏まってくれるな」
「うむ、先ずは母子共に健康そうで何より」
「へぇ、こいつが趙雲と名無しさんの子か」
劉備は名無しさんの腕に戻って来た赤ん坊を見て微笑む。
「どちらに似ているのだろうな」
「これだけの大人数に囲まれても泣き出さない所を見ると、趙雲似かもしれませんな」
「違ぇねぇ!肝の座った野郎だぜ」
「女の子なのですが・・・」
ぽつりと呟いた趙雲の言葉に、劉禅が反応して言った。
「そうか、女の子か。道理で名無しさんのように優しい顔立ちをしている。将来が楽しみだな」
「あ、劉禅様、駄目ですよ。この子は俺の嫁さんにするんですから」
と、張苞が横から口を挟み、趙雲がすかさず口を開く。
「嫁には出さんぞ」
その色々と早過ぎる返答に、忽ち、笑い声が部屋に溢れた。
「まあ、それはそれとして。名無しさん、劉禅にもその子を抱かせてやってくれぬか」
「はい、喜んで」
名無しさんはにこりと微笑み、劉禅に赤ん坊を差し出す。
赤ん坊が劉禅の手に渡るのを見届けてから、劉備は言った。
「それが命の重さだ。そこに貴賤はなく、その全ては等しく尊い」
ぐるりと視線を巡らせ、未だ若い彼らに続けて言う。
「お前たちもどうか忘れないでくれ。私が、私たちが目指す仁の世は、この重みと共にある事を」
劉備のその言葉に、誰ともなく、拝手していた。
趙雲はつくづく、自分は幸せ者だと思う。
劉備のような仁君に仕えられる事、支え合う仲間が居る事、次代を任せられる教え子たちが居る事、そして、愛する人と出会え、その人との間に子ができた事。
「我が人生は愛と喜び」に満ちている。
どうか、それが我が子にも受け継がれるように。
そう願いを込めて、趙雲は産まれたばかりの赤ん坊に名前を付けた。
→あとがき
余り長居するのも負担を掛けるだろうとの気遣いと、二人きりにしてやろうとの思いから、彼らは早々に部屋を後にしていて、名無しさんは趙雲と甘い時間を過ごしていた。
繕い物を終え、今度は産着を縫い始めた名無しさんの隣で趙雲が優しい声音で言う。
「どちらが産まれるのだろうな」
その言葉も、いい加減聞き飽きていたが、名無しさんも気になる所なら、軽くあしらう事はない。
「どちらでしょうね。しょっちゅう、お腹を蹴っていたから、男の子かしら」
「早く、会いたいな」
趙雲は名無しさんのお腹を撫でながら声を掛ける。
「元気に産まれて来てくれ・・・」
切実な願い事のように呟く趙雲に、名無しさんは微笑んで言った。
「もう直ぐですよ」
「分かるのか?」
「ええ、微かですけれど」
それらしい兆候が体に出て来ている。
けれど、名無しさんに不安はなかった。
ここには、支えてくれる人が沢山居る。
だから、早く出ていらっしゃい。
名無しさんが心の中でそう語り掛けただろうか、彼女は俄に眉を寄せると、
「趙雲様・・・あの・・・」
何かを言い掛ける途中で、破水した。
突然の事に、趙雲が慌てふためく。
「名無しさん!?」
「う・・・産まれそう・・・」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってくれ。私はどうしたら良いんだ?」
おろおろと顔を覗き込んで来る趙雲に、名無しさんは何とか言葉を続けた。
「月英様を・・・」
「分かった、直ぐに呼んで来よう。それまで、我慢してくれ」
我慢してくれと言われても、産まれるものは産まれてしまうのだが、その慌て振りが可笑しくて、名無しさんは痛みに耐えて頷く。
程なくして、月英が数名の女官を連れて部屋に遣って来た。
彼女たちはてきぱきと支度を整えると、名無しさんが破水し、続けて陣痛が始まったと聞いて飛んで来た星彩と銀屏に声を掛けた。
「貴女たちにとっても大切な事でしょう。男性を部屋に入れる訳にはいきませんから、貴女たちが名無しさんの傍に居てあげて下さい」
「勿論です」
「私も、何でもします!」
星彩と銀屏は大きく頷くと、名無しさんの傍に寄って、その手を握る。
「名無しさん殿、頑張って下さい」
「私たちが付いてますから!」
一方で、部屋を追い出された趙雲と、入る事を断られた面々は、扉の前でそわそわと落ち着きのない様子を見せていた。
やがて、苦しそうに呻く名無しさんの声が彼らの耳に届く。
扉の向こうで、何が起きているのだろうか。
いや、分かっている、その上で誰もが、彼女の声にそう思わずにいられなかった。
それ程までに苦しそうな名無しさんの声に、趙雲は祈るように呟く。
「名無しさん・・・頑張ってくれ」
こんな時、祈る事しかできない自分が情けない。
その時間が、どれ位続いただろうか、名無しさんの声がぱたりと止み、星彩と銀屏が扉から顔を出した。
二人の目が、涙で濡れている。
「趙雲殿・・・おめでとうございます」
「元気な女の子ですよ!名無しさん殿も無事です!」
それを聞いて、趙雲は漸く、深々と息を吐く事ができた。
色々と言いたい事が頭の中を過っていたが、胸が一杯で何一つ、言葉が出て来ない。
「ありがとう・・・」
部屋の奥から聞こえて来る、赤ん坊が元気に泣く声に、ただ一言、そう言った。
名無しさんの腕の中の赤ん坊を覗き込み、
「可愛いな」
「可愛いよな」
「可愛い・・・」
「可愛いですね」
関平、張苞、関興、関索はそれぞれに同じ事を口にした。
出産から数日後、名無しさんの体調は順調に回復していて、今日、揃って見舞いに来ている所だ。
「名無しさんの子だからな、可愛いに決まっている」
得意気に言う趙雲は、早くも親馬鹿な一面を見せていた。
「名無しさん殿。赤ちゃん、抱かせて貰っても良いかな?」
「ええ、重いから気を付けて」
銀屏は名無しさんから、恐る恐る赤ん坊を受け取ると、その重さに驚いて言う。
「わあ、本当。こんなに小さいのに結構重いのね」
「名無しさん殿、私も抱いてみたい」
「あ、俺も!」
声を上げた星彩に続き、張苞も手を上げた事を始めとして、赤ん坊があちらこちらと人の間を渡って行った。
「随分と賑やかだな」
と、そこへ劉備が関羽、張飛と劉禅を伴って姿を現せる。
慌てて礼を執ろうとする彼らを、劉備は手で制して言った。
「見舞いに来ただけだ。この場でそう畏まってくれるな」
「うむ、先ずは母子共に健康そうで何より」
「へぇ、こいつが趙雲と名無しさんの子か」
劉備は名無しさんの腕に戻って来た赤ん坊を見て微笑む。
「どちらに似ているのだろうな」
「これだけの大人数に囲まれても泣き出さない所を見ると、趙雲似かもしれませんな」
「違ぇねぇ!肝の座った野郎だぜ」
「女の子なのですが・・・」
ぽつりと呟いた趙雲の言葉に、劉禅が反応して言った。
「そうか、女の子か。道理で名無しさんのように優しい顔立ちをしている。将来が楽しみだな」
「あ、劉禅様、駄目ですよ。この子は俺の嫁さんにするんですから」
と、張苞が横から口を挟み、趙雲がすかさず口を開く。
「嫁には出さんぞ」
その色々と早過ぎる返答に、忽ち、笑い声が部屋に溢れた。
「まあ、それはそれとして。名無しさん、劉禅にもその子を抱かせてやってくれぬか」
「はい、喜んで」
名無しさんはにこりと微笑み、劉禅に赤ん坊を差し出す。
赤ん坊が劉禅の手に渡るのを見届けてから、劉備は言った。
「それが命の重さだ。そこに貴賤はなく、その全ては等しく尊い」
ぐるりと視線を巡らせ、未だ若い彼らに続けて言う。
「お前たちもどうか忘れないでくれ。私が、私たちが目指す仁の世は、この重みと共にある事を」
劉備のその言葉に、誰ともなく、拝手していた。
趙雲はつくづく、自分は幸せ者だと思う。
劉備のような仁君に仕えられる事、支え合う仲間が居る事、次代を任せられる教え子たちが居る事、そして、愛する人と出会え、その人との間に子ができた事。
「我が人生は愛と喜び」に満ちている。
どうか、それが我が子にも受け継がれるように。
そう願いを込めて、趙雲は産まれたばかりの赤ん坊に名前を付けた。
→あとがき