我が人生は愛と喜び
貴女のお名前
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この上ない幸せを、次代へと。
針を持つ白魚のような指が、布地の上をすいすいと澱みなく走り、割けた部分が見ている内に糸で塞がれていく様子に、銀屏は吐息と共に口を開いた。
「名無しさん殿って、凄いのね。まるで手品を見てるみたい」
「まあ、銀屏様ったら。大袈裟ね」
と、針を持つ女性、名無しさんが手を動かしながら、穏やかに笑って言う。
「慣れたら誰でも出来ますよ」
「でも・・・不思議なんだもの」
名無しさんの鮮やかな指の動きから目を離せず、銀屏は彼女の隣でその様子をじっと見ていた。
名無しさんが針を通しているのは銀屏が鍛練で破いてしまった服で、彼女に繕ってもらっている所だ。
「私が縫おうとすると、いつも途中で針が折れちゃうのよね。何でだろう?」
「あらあら、どうしてかしら、困ったわね。・・・はい、お終い」
終わりを結んで、名無しさんが差し出した服を受け取った銀屏は、その仕上がりに目を丸くする。
「凄い。元通りになってる」
と、彼女が感動するのも無理はない。
一体、どこが破れていたのか、そもそも破れなどあったのか、見分けが付かない程、綺麗に繕われていた。
銀屏はぎゅっと服を抱き締め、満面に笑みを浮かべる。
「ありがとう、名無しさん殿。これ、お気に入りだから、凄く嬉しい」
「どういたしまして」
にこりと応え、名無しさんは視線を動かして言った。
「さあ、次は星彩様。はい、貸して下さい」
「はい。お願いします」
と、順番を待っていた星彩が、服を差し出す。
名無しさんはそれを受け取り、同じように針を通し始めた。
揃いも揃って部屋に押し掛け、繕い物を頼みに来た彼女らに、嫌な顔一つせず、名無しさんは手を動かし続ける。
銀屏と星彩も、幼い頃から自分たちの面倒を見てくれている彼女を姉のように慕っていた。
銀屏は名無しさんの、繕い物をする指先の下、彼女の大きくなったお腹を見て言う。
「ねえ、名無しさん殿。赤ちゃん、いつ産まれるの?」
「さあ、そろそろでしょうけれど。こればかりは、ね」
二人が姉と慕う名無しさんの妊娠が分かった半年程前、彼女は趙雲の恋人から妻となっていた。
暫くは女官としての仕事を続けていたが、お腹が大きくなるに連れ、初めての事に狼狽える趙雲から、
「名無しさん。頼むから、無理はしないでくれ」
と、必死な形相で頼まれていた。
それから幾月、名無しさんは臨月を迎えている。
「名無しさん殿、体の具合はどう?」
「ありがとうございます、星彩様。今日は調子が良いんですよ」
いつ産まれてもおかしくない頃合い、繕い物を頼む事を口実に、銀屏と星彩は一時的に女官を退いた名無しさんの話し相手も兼ねて様子を伺いに来たのだ。
「ねえ、名無しさん殿・・・お腹、触っても良い?」
「ええ、勿論ですよ」
銀屏はそっと名無しさんのお腹に触れる。
「不思議・・・ここに赤ちゃんが居るのよね」
「ええ、そうですよ。銀屏様も星彩様も、産まれる前はお母様のお腹に居たんですよ」
名無しさんは愛し気な視線をお腹に向けた。
愛する人の子供が、命が確かに宿り、育っている。
名無しさんの視線は既に母親のものになっていた。
「名無しさん殿!具合はどうですか?」
と、そこへ張苞の声が届く。
続けて、関平、関興、関索がぞろぞろと顔を覗かせた。
その最後尾に、夫の趙雲の顔が見える。
「あら、皆さんお揃いで。どうなさったの?」
「どうもしないが、名無しさんの様子を見に行きたいと言って聞かないのでな」
そう言う自分も、名無しさんの様子が気になって仕方がないのだ、趙雲は苦笑混じりに答えると、愛する妻の傍に寄って言った。
「名無しさん、具合はどうだ?」
「今朝から変わりませんよ。趙雲様は心配性ね」
「そう言わないでくれ。心配する位しかできないのだから」
趙雲の優しい言葉に、名無しさんは微笑む。
「ふふっ・・・趙雲様ったら。皆さんの前ですよ」
そう言われて、顔を巡らせて見れば、教え子たちが、にやにやと趙雲を見ていた。
「名無しさん殿の前では長坂の英雄も、形無しですね」
と、その頃を知る関平の一言に、趙雲は頬を僅かに染め、咳払いをして誤魔化す。
「兎に角、大切な体だ。何かあったら・・・」
「はいはい、直ぐに趙雲様をお呼びしますから」
余程、聞き飽きているのだろう、名無しさんは困った表情で、それでも嬉しそうに微笑んでいた。
その様子に、彼女に淡い恋心を抱いていた少年たちは少なからず、胸を痛める。
初恋の熱に浮かされ、劉備の言葉を真に受けて趙雲に挑んだ事もあったが、名無しさんの妊娠が発覚した瞬間、その思いは音を立てて崩れた筈だった。
しかし、崩れただけで、未だどこかに残っていたのだろうか。
今更、どうにかなる訳がないと分かっているにも関わらず、彼女のその笑顔が自分に向けられていない事を残念に思う。
矢張、自分たちは、例え一人前と言われるようになっても、名無しさんにとっては、いつまでも経っても面倒を見て来た幼い子供たちのままなのだ。
そうと思えば、その立場だからこそ、言える事もある。
「名無しさん殿、何か必要なものはありませんか?俺、何でも用意します」
「冷やすのは良くない・・・何か掛けるものでも」
「名無しさん殿、温かい飲み物でも持って来ましょうか」
張苞、関興、関索に口々に言われ、名無しさんはくすくすと笑って言った。
「まあまあ、皆さんまで。ありがとうございます。本当に大丈夫ですから」
その余裕がなくなったのは、それから数刻後の事である。
針を持つ白魚のような指が、布地の上をすいすいと澱みなく走り、割けた部分が見ている内に糸で塞がれていく様子に、銀屏は吐息と共に口を開いた。
「名無しさん殿って、凄いのね。まるで手品を見てるみたい」
「まあ、銀屏様ったら。大袈裟ね」
と、針を持つ女性、名無しさんが手を動かしながら、穏やかに笑って言う。
「慣れたら誰でも出来ますよ」
「でも・・・不思議なんだもの」
名無しさんの鮮やかな指の動きから目を離せず、銀屏は彼女の隣でその様子をじっと見ていた。
名無しさんが針を通しているのは銀屏が鍛練で破いてしまった服で、彼女に繕ってもらっている所だ。
「私が縫おうとすると、いつも途中で針が折れちゃうのよね。何でだろう?」
「あらあら、どうしてかしら、困ったわね。・・・はい、お終い」
終わりを結んで、名無しさんが差し出した服を受け取った銀屏は、その仕上がりに目を丸くする。
「凄い。元通りになってる」
と、彼女が感動するのも無理はない。
一体、どこが破れていたのか、そもそも破れなどあったのか、見分けが付かない程、綺麗に繕われていた。
銀屏はぎゅっと服を抱き締め、満面に笑みを浮かべる。
「ありがとう、名無しさん殿。これ、お気に入りだから、凄く嬉しい」
「どういたしまして」
にこりと応え、名無しさんは視線を動かして言った。
「さあ、次は星彩様。はい、貸して下さい」
「はい。お願いします」
と、順番を待っていた星彩が、服を差し出す。
名無しさんはそれを受け取り、同じように針を通し始めた。
揃いも揃って部屋に押し掛け、繕い物を頼みに来た彼女らに、嫌な顔一つせず、名無しさんは手を動かし続ける。
銀屏と星彩も、幼い頃から自分たちの面倒を見てくれている彼女を姉のように慕っていた。
銀屏は名無しさんの、繕い物をする指先の下、彼女の大きくなったお腹を見て言う。
「ねえ、名無しさん殿。赤ちゃん、いつ産まれるの?」
「さあ、そろそろでしょうけれど。こればかりは、ね」
二人が姉と慕う名無しさんの妊娠が分かった半年程前、彼女は趙雲の恋人から妻となっていた。
暫くは女官としての仕事を続けていたが、お腹が大きくなるに連れ、初めての事に狼狽える趙雲から、
「名無しさん。頼むから、無理はしないでくれ」
と、必死な形相で頼まれていた。
それから幾月、名無しさんは臨月を迎えている。
「名無しさん殿、体の具合はどう?」
「ありがとうございます、星彩様。今日は調子が良いんですよ」
いつ産まれてもおかしくない頃合い、繕い物を頼む事を口実に、銀屏と星彩は一時的に女官を退いた名無しさんの話し相手も兼ねて様子を伺いに来たのだ。
「ねえ、名無しさん殿・・・お腹、触っても良い?」
「ええ、勿論ですよ」
銀屏はそっと名無しさんのお腹に触れる。
「不思議・・・ここに赤ちゃんが居るのよね」
「ええ、そうですよ。銀屏様も星彩様も、産まれる前はお母様のお腹に居たんですよ」
名無しさんは愛し気な視線をお腹に向けた。
愛する人の子供が、命が確かに宿り、育っている。
名無しさんの視線は既に母親のものになっていた。
「名無しさん殿!具合はどうですか?」
と、そこへ張苞の声が届く。
続けて、関平、関興、関索がぞろぞろと顔を覗かせた。
その最後尾に、夫の趙雲の顔が見える。
「あら、皆さんお揃いで。どうなさったの?」
「どうもしないが、名無しさんの様子を見に行きたいと言って聞かないのでな」
そう言う自分も、名無しさんの様子が気になって仕方がないのだ、趙雲は苦笑混じりに答えると、愛する妻の傍に寄って言った。
「名無しさん、具合はどうだ?」
「今朝から変わりませんよ。趙雲様は心配性ね」
「そう言わないでくれ。心配する位しかできないのだから」
趙雲の優しい言葉に、名無しさんは微笑む。
「ふふっ・・・趙雲様ったら。皆さんの前ですよ」
そう言われて、顔を巡らせて見れば、教え子たちが、にやにやと趙雲を見ていた。
「名無しさん殿の前では長坂の英雄も、形無しですね」
と、その頃を知る関平の一言に、趙雲は頬を僅かに染め、咳払いをして誤魔化す。
「兎に角、大切な体だ。何かあったら・・・」
「はいはい、直ぐに趙雲様をお呼びしますから」
余程、聞き飽きているのだろう、名無しさんは困った表情で、それでも嬉しそうに微笑んでいた。
その様子に、彼女に淡い恋心を抱いていた少年たちは少なからず、胸を痛める。
初恋の熱に浮かされ、劉備の言葉を真に受けて趙雲に挑んだ事もあったが、名無しさんの妊娠が発覚した瞬間、その思いは音を立てて崩れた筈だった。
しかし、崩れただけで、未だどこかに残っていたのだろうか。
今更、どうにかなる訳がないと分かっているにも関わらず、彼女のその笑顔が自分に向けられていない事を残念に思う。
矢張、自分たちは、例え一人前と言われるようになっても、名無しさんにとっては、いつまでも経っても面倒を見て来た幼い子供たちのままなのだ。
そうと思えば、その立場だからこそ、言える事もある。
「名無しさん殿、何か必要なものはありませんか?俺、何でも用意します」
「冷やすのは良くない・・・何か掛けるものでも」
「名無しさん殿、温かい飲み物でも持って来ましょうか」
張苞、関興、関索に口々に言われ、名無しさんはくすくすと笑って言った。
「まあまあ、皆さんまで。ありがとうございます。本当に大丈夫ですから」
その余裕がなくなったのは、それから数刻後の事である。