愛の妙薬
貴女のお名前
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備え付けの、診療台も兼ねた寝台の縁に腰掛け、楽進は名無しさんを待つ。
医務室に勤めてはいるが、あくまでも名無しさんは女官で、医師ではなく、患者を診察する事はない。
先程までしていたように、薬研で薬となる原料を細かくしたり、調合された薬を運んだり、包帯の交換をしたりと内容は多岐に渡るが、医師の補助をするのが彼女の仕事だ。
鍛練で作った、診察の必要もない軽い傷の手当てを受けに、武将が医務室を訪れるのが日常茶飯事なら、それも名無しさんの仕事の一つだった。
それでも、充分な知識と修練を必要とする。
程なくして、沸かした湯と、清潔な布を持って、名無しさんが楽進の隣に腰を下ろした。
「少し染みますよ」
と、楽進の頬に湯で濡らした布を当てる。
「痛っ」
「男の子でしょう、我慢なさい」
「お、男の子・・・」
普段、患者にはこんな感じなのだろうか、それにしたって立派な男に、ましてや恋人に男の子とは、恐らく、無意識の内の言葉だろう。
そうとでも思わなければ、いたたまれない。
しかし、我慢なさいと口では云っていても、傷口を拭き取っていく名無しさんの手付きは丁寧で優しい。
それが分かるからこそ、楽進は痛みを我慢して大人しくしていた。
それに、それにだ、こんなに近くに名無しさんが居るのが嬉しい。
恋人とは云っても、女官と武将の立場があれば、一日の内で一緒に居られる時間は限られている。
猫に引っ掻かれた事は災難だったが、名無しさんと二人きりで過ごす時間を得られたのは僥倖だろう。
そんな事を考えていたのが、顔に出ていたのか、名無しさんが微笑んでくる。
「楽進様、怪我をしたって云うのに、何だか嬉しそうですね」
「そうですか?」
「ええ、何となくですけれど」
名無しさんは布から軟膏に持ち変え、指先に取って云った。
「何か、良い事でもありました?」
楽進はその質問に、どこまで行動に移して良いものか、と少し躊躇う。
そんな楽進を促すように、名無しさんは微笑みはそのままに、首を傾げた。
「その、凄く恐縮なんですが・・・」
と、云いながら、楽進は頬を染め、名無しさんの細い腰を少しだけ引き寄せて云った。
「名無しさんが側に居るのが嬉しいので・・・」
楽進の行動と言葉に、名無しさんは一瞬、目を丸くさせ、それから頬を染めると、
「もう楽進様ったら・・・はい、お薬、塗りますよ」
照れ隠しにそう云って、傷口に軟膏を塗り始める。
頬と手と、猫に引っ掻かれた場所の手当てが終わると、名無しさんは一粒の丸薬を取り出した。
「化膿止めのお薬です。ちょっと苦いですけど、ちゃんと噛んで飲み込んで下さいね」
「分かりました」
と、楽進は受け取ろうと片手を差し出す。
もう片方の手は、手当てには差し支えない事を良い事に、名無しさんの腰に回したままだった。
名無しさんにもまた、回された手を気にする様子はなく、しかし、差し出された楽進の手に丸薬を渡す事は拒んでみせた。
代わりに、手ずから飲ませようと、彼の口元に丸薬を運ぶ。
「はい、あーん」
「えっと、名無しさん・・・それは」
少し恥ずかしいです、と顔を引く楽進に、名無しさんは上目遣いで云った。
「折角二人きりなんですもの、これ位・・・駄目?」
上目遣いに加えて、首を傾げた、その可愛らしい名無しさんの姿は、羞恥心を砕くのに充分だった。
「駄目じゃありません!頂きます!」
勢い良く云って、丸薬を放り込まれる。
云われた通り、噛み砕く、つもりだったが、
「う、苦い・・・」
いざ噛み砕いてみれば、想像以上の苦さが口内に広がり、楽進は眉根を寄せた。
「楽進様、出しちゃ駄目ですよ、頑張って」
「うう・・・」
名無しさんに励まされ、楽進は涙目になりながらも、何とか丸薬を噛み砕いて飲み込む。
「ちゃんと飲み込めたわね、偉いわ」
そう云って名無しさんは楽進の髪を撫でた。
「それじゃあ、楽進様にご褒美をあげなくちゃね」
名無しさんはごそごそと自分の懐をまさぐりながら云う。
「お薬、苦かったでしょう?お口直し、用意してあるんです。あ、楽進様、ちょっと目を閉じてて下さいね」
医務室に勤めてはいるが、あくまでも名無しさんは女官で、医師ではなく、患者を診察する事はない。
先程までしていたように、薬研で薬となる原料を細かくしたり、調合された薬を運んだり、包帯の交換をしたりと内容は多岐に渡るが、医師の補助をするのが彼女の仕事だ。
鍛練で作った、診察の必要もない軽い傷の手当てを受けに、武将が医務室を訪れるのが日常茶飯事なら、それも名無しさんの仕事の一つだった。
それでも、充分な知識と修練を必要とする。
程なくして、沸かした湯と、清潔な布を持って、名無しさんが楽進の隣に腰を下ろした。
「少し染みますよ」
と、楽進の頬に湯で濡らした布を当てる。
「痛っ」
「男の子でしょう、我慢なさい」
「お、男の子・・・」
普段、患者にはこんな感じなのだろうか、それにしたって立派な男に、ましてや恋人に男の子とは、恐らく、無意識の内の言葉だろう。
そうとでも思わなければ、いたたまれない。
しかし、我慢なさいと口では云っていても、傷口を拭き取っていく名無しさんの手付きは丁寧で優しい。
それが分かるからこそ、楽進は痛みを我慢して大人しくしていた。
それに、それにだ、こんなに近くに名無しさんが居るのが嬉しい。
恋人とは云っても、女官と武将の立場があれば、一日の内で一緒に居られる時間は限られている。
猫に引っ掻かれた事は災難だったが、名無しさんと二人きりで過ごす時間を得られたのは僥倖だろう。
そんな事を考えていたのが、顔に出ていたのか、名無しさんが微笑んでくる。
「楽進様、怪我をしたって云うのに、何だか嬉しそうですね」
「そうですか?」
「ええ、何となくですけれど」
名無しさんは布から軟膏に持ち変え、指先に取って云った。
「何か、良い事でもありました?」
楽進はその質問に、どこまで行動に移して良いものか、と少し躊躇う。
そんな楽進を促すように、名無しさんは微笑みはそのままに、首を傾げた。
「その、凄く恐縮なんですが・・・」
と、云いながら、楽進は頬を染め、名無しさんの細い腰を少しだけ引き寄せて云った。
「名無しさんが側に居るのが嬉しいので・・・」
楽進の行動と言葉に、名無しさんは一瞬、目を丸くさせ、それから頬を染めると、
「もう楽進様ったら・・・はい、お薬、塗りますよ」
照れ隠しにそう云って、傷口に軟膏を塗り始める。
頬と手と、猫に引っ掻かれた場所の手当てが終わると、名無しさんは一粒の丸薬を取り出した。
「化膿止めのお薬です。ちょっと苦いですけど、ちゃんと噛んで飲み込んで下さいね」
「分かりました」
と、楽進は受け取ろうと片手を差し出す。
もう片方の手は、手当てには差し支えない事を良い事に、名無しさんの腰に回したままだった。
名無しさんにもまた、回された手を気にする様子はなく、しかし、差し出された楽進の手に丸薬を渡す事は拒んでみせた。
代わりに、手ずから飲ませようと、彼の口元に丸薬を運ぶ。
「はい、あーん」
「えっと、名無しさん・・・それは」
少し恥ずかしいです、と顔を引く楽進に、名無しさんは上目遣いで云った。
「折角二人きりなんですもの、これ位・・・駄目?」
上目遣いに加えて、首を傾げた、その可愛らしい名無しさんの姿は、羞恥心を砕くのに充分だった。
「駄目じゃありません!頂きます!」
勢い良く云って、丸薬を放り込まれる。
云われた通り、噛み砕く、つもりだったが、
「う、苦い・・・」
いざ噛み砕いてみれば、想像以上の苦さが口内に広がり、楽進は眉根を寄せた。
「楽進様、出しちゃ駄目ですよ、頑張って」
「うう・・・」
名無しさんに励まされ、楽進は涙目になりながらも、何とか丸薬を噛み砕いて飲み込む。
「ちゃんと飲み込めたわね、偉いわ」
そう云って名無しさんは楽進の髪を撫でた。
「それじゃあ、楽進様にご褒美をあげなくちゃね」
名無しさんはごそごそと自分の懐をまさぐりながら云う。
「お薬、苦かったでしょう?お口直し、用意してあるんです。あ、楽進様、ちょっと目を閉じてて下さいね」