恋する瞳
貴女のお名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その穏やかな時間に終わりの兆しが見えたのは、日が暮れる少し前だった。
「趙雲、世話を掛けたな」
と、父親たち、劉備、関羽、張飛が揃って縁側に顔を出した。
例え懐いていても、長い時間、親と離れているのは子供にとって心細いものなのだろう、我先にと駆け寄って行く。
「おお、名無しさんも居てくれたか」
近付いて来る我が子の先に、名無しさんの姿を認め、関羽が声を掛けた。
応えて会釈をする名無しさんの足元で、唯一人、張苞が彼女の衣服の裾を掴んで駄々を捏ねている。
「張苞、何やってんだ、帰ぇるぞ」
「嫌だ、俺、未だ帰んねぇ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、おら、その手を離さねぇか。名無しさんが困るだろうがよ」
「名無しさん殿は俺が傍に居てやらないと寂しくって泣いちまうんだぞ!」
「んな訳あるか!愚図愚図してっと張っ倒すぞ!」
ぎゃあぎゃあと喚く張苞と張飛の、その遣り取りは微笑ましいが、いつまでもこうしている訳にはいかないだろう。
名無しさんはしゃがみ込むと、張苞に視線を合わせて言った。
「張苞様はお優しいのね。お気持ちは嬉しいけど、お家には帰らなくちゃ」
「でも・・・俺、未だ帰りたくない」
遊び足りないのか、それとも彼女と別れたくないのか、ぽつりと本音を口にする張苞は、小さな手で名無しさんの裾をぎゅっと握る。
「名無しさん殿は俺が居ないと泣いちまうんだろ?」
上目遣いで尋ねて来る彼の頭を、名無しさんは優しく撫でた。
「少し位なら我慢できますよ。また今度、一緒に過ごして下さいね。約束ですよ?」
そう言って差し出された名無しさんの白く細い小指に、それでも張苞は渋々な様子で小指を絡める。
「約束・・・だからな」
「はい、約束です」
そう言って、蕩けるような笑顔を浮かべる名無しさんに見惚れたのは、張苞だけではなかった。
それに気付いていれば、劉備は呆けたように立ち尽くしている趙雲に声を掛けた。
「名無しさんは良い母親になるだろうな」
趙雲は独り言にも似た劉備の声に我に返ると、慌てた様子で口を開く。
「は、はい・・・」
咄嗟の事に、何と答えたら良いのか分からず、頷くだけの趙雲を気にするでもなく、劉備は続けて言った。
「どうだ、趙雲。名無しさんを伴侶に迎えては」
「劉備殿!何を・・・」
忽ち、趙雲の顔が真っ赤に染まる。
「おお、それは良い考えですな、兄者」
「関羽殿まで!」
と、趙雲は声を上げて見せるが、それを全く想像していなかった訳ではなかった。
彼女の手腕もだが、何より、子供たちの面倒を見ている間、常に絶やさず浮かべていた名無しさんの笑顔が、今も趙雲の瞼に焼き付いている。
柔らかく、穏やかで優しい名無しさんの微笑みは、時に趙雲にも向けられ、その度に胸を高鳴らせていた。
名無しさんのような人を恋人、行く行くは妻として迎えられたら、どれだけ幸せだろうかと脳裏を過っていたからこそ、彼女の蕩けるような笑顔に見惚れ、劉備と関羽に、それを見透かされたようで、趙雲は二人の言葉に過剰に反応したのだった。
「何を言う、趙雲も名無しさんも独り者同士、年齢もそう離れていないのだろう?似合いの二人ではないか、なあ、雲長」
「うむ、二人ならば、良き家庭を築けよう。どうだ、趙雲」
「どうだと仰られても・・・」
まさか、もう想像していましたとは言えず、趙雲は言葉を濁らせる。
返答に散々迷った末に、趙雲は当たり障りのない言葉で返して言った。
「私は兎も角・・・名無しさんの気持ちもあるでしょう」
「つまり、趙雲の方は良いと言う事だな。とすれば、名無しさんに訊いてみるとしよう。・・・名無しさん!」
と、劉備は言葉尻を捉え、直ぐ様、名無しさんを呼びつける。
「お、お待ち下さい、劉備殿!」
何が何でもくっ付けたいのか、慌てて制止の声を上げる趙雲の前に、関羽が立ちはだかった。
「まあ、待て趙雲。兄者とて、そなたの伴侶になれとは急には仰らぬだろう。暫く見ておれ」
「そうでしょうが・・・しかし」
そう言われた所で、落ち着いていられる筈もなく、趙雲は困惑した視線を劉備の背中に向けた。
「劉備様。何かご用でしょうか」
「うむ、実は折り入って話があるのだが」
「はい、何なりと」
何も知らない名無しさんは変わらない笑顔で言葉の続きを待つ。
劉備は徐に口を開くと、
「子供たちもそなたと過ごして楽しんでいたようだ」
ぐるりと子供たちを見回して言った。
「これだけの人数だ、趙雲一人では手が足りぬだろう。そこでだ、名無しさん。今後も、何かの折りには、子供たちの世話を頼めぬだろうか」
「私で宜しければ、喜んでお引き受け致します」
名無しさんはにこりと微笑み、二つ返事で引き受ける。
「私も、楽しい時間を過ごせましたし、張苞様ともお約束しておりますもの。ね、張苞様」
最後の方は張苞に向け、それから、名無しさんは一人一人に向けて言った。
「関平様、今度は私にも、ご本を読んで聞かせて下さいませね」
「は、はい!」
「阿斗様、次は私のお膝に座って頂ける?」
「うむ」
「星彩様、銀屏様。花冠、とてもお上手にできましたね。私にも作って頂きたいわ」
「名無しさん殿が、そう言うなら」
「勿論です、名無しさん殿!」
「関興様、今日は余りお話しできませんでしたね。次はお話ししましょうね」
「うん・・・頑張る」
「関索様、お菓子を持って来たら、私にも素敵な花束を下さるかしら?」
「はい、お菓子がなくても、今日より素敵なものを用意します」
その様子を眺めていた劉備は、そっと趙雲に目配せして、得意気に唇の端を上げて見せた。
これなら良いだろう、趙雲。
言葉にしなくとも、劉備の言っている事が分かった趙雲は、安堵に胸を撫で下ろし、そして、期待に大きく膨らませた。
これから先、子供たちの世話をする時には名無しさんが傍に居る。
趙雲は確かな恋心を持って、それを喜んだ。
程なくして趙雲の、自分を熱く見詰める「恋する瞳」に気付いた名無しさんが彼の思いを受け入れ、恋仲となり、公私共に互いに支え合った後に二人は夫婦となる。
やがて、趙雲と名無しさんの間に子が生まれ、その子の世話を、成長した我が子たちがする事になるのだが、果たして、そこまで想像した上での行動だったのか、それは劉備のみぞ知る所だ。
→あとがき
「趙雲、世話を掛けたな」
と、父親たち、劉備、関羽、張飛が揃って縁側に顔を出した。
例え懐いていても、長い時間、親と離れているのは子供にとって心細いものなのだろう、我先にと駆け寄って行く。
「おお、名無しさんも居てくれたか」
近付いて来る我が子の先に、名無しさんの姿を認め、関羽が声を掛けた。
応えて会釈をする名無しさんの足元で、唯一人、張苞が彼女の衣服の裾を掴んで駄々を捏ねている。
「張苞、何やってんだ、帰ぇるぞ」
「嫌だ、俺、未だ帰んねぇ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、おら、その手を離さねぇか。名無しさんが困るだろうがよ」
「名無しさん殿は俺が傍に居てやらないと寂しくって泣いちまうんだぞ!」
「んな訳あるか!愚図愚図してっと張っ倒すぞ!」
ぎゃあぎゃあと喚く張苞と張飛の、その遣り取りは微笑ましいが、いつまでもこうしている訳にはいかないだろう。
名無しさんはしゃがみ込むと、張苞に視線を合わせて言った。
「張苞様はお優しいのね。お気持ちは嬉しいけど、お家には帰らなくちゃ」
「でも・・・俺、未だ帰りたくない」
遊び足りないのか、それとも彼女と別れたくないのか、ぽつりと本音を口にする張苞は、小さな手で名無しさんの裾をぎゅっと握る。
「名無しさん殿は俺が居ないと泣いちまうんだろ?」
上目遣いで尋ねて来る彼の頭を、名無しさんは優しく撫でた。
「少し位なら我慢できますよ。また今度、一緒に過ごして下さいね。約束ですよ?」
そう言って差し出された名無しさんの白く細い小指に、それでも張苞は渋々な様子で小指を絡める。
「約束・・・だからな」
「はい、約束です」
そう言って、蕩けるような笑顔を浮かべる名無しさんに見惚れたのは、張苞だけではなかった。
それに気付いていれば、劉備は呆けたように立ち尽くしている趙雲に声を掛けた。
「名無しさんは良い母親になるだろうな」
趙雲は独り言にも似た劉備の声に我に返ると、慌てた様子で口を開く。
「は、はい・・・」
咄嗟の事に、何と答えたら良いのか分からず、頷くだけの趙雲を気にするでもなく、劉備は続けて言った。
「どうだ、趙雲。名無しさんを伴侶に迎えては」
「劉備殿!何を・・・」
忽ち、趙雲の顔が真っ赤に染まる。
「おお、それは良い考えですな、兄者」
「関羽殿まで!」
と、趙雲は声を上げて見せるが、それを全く想像していなかった訳ではなかった。
彼女の手腕もだが、何より、子供たちの面倒を見ている間、常に絶やさず浮かべていた名無しさんの笑顔が、今も趙雲の瞼に焼き付いている。
柔らかく、穏やかで優しい名無しさんの微笑みは、時に趙雲にも向けられ、その度に胸を高鳴らせていた。
名無しさんのような人を恋人、行く行くは妻として迎えられたら、どれだけ幸せだろうかと脳裏を過っていたからこそ、彼女の蕩けるような笑顔に見惚れ、劉備と関羽に、それを見透かされたようで、趙雲は二人の言葉に過剰に反応したのだった。
「何を言う、趙雲も名無しさんも独り者同士、年齢もそう離れていないのだろう?似合いの二人ではないか、なあ、雲長」
「うむ、二人ならば、良き家庭を築けよう。どうだ、趙雲」
「どうだと仰られても・・・」
まさか、もう想像していましたとは言えず、趙雲は言葉を濁らせる。
返答に散々迷った末に、趙雲は当たり障りのない言葉で返して言った。
「私は兎も角・・・名無しさんの気持ちもあるでしょう」
「つまり、趙雲の方は良いと言う事だな。とすれば、名無しさんに訊いてみるとしよう。・・・名無しさん!」
と、劉備は言葉尻を捉え、直ぐ様、名無しさんを呼びつける。
「お、お待ち下さい、劉備殿!」
何が何でもくっ付けたいのか、慌てて制止の声を上げる趙雲の前に、関羽が立ちはだかった。
「まあ、待て趙雲。兄者とて、そなたの伴侶になれとは急には仰らぬだろう。暫く見ておれ」
「そうでしょうが・・・しかし」
そう言われた所で、落ち着いていられる筈もなく、趙雲は困惑した視線を劉備の背中に向けた。
「劉備様。何かご用でしょうか」
「うむ、実は折り入って話があるのだが」
「はい、何なりと」
何も知らない名無しさんは変わらない笑顔で言葉の続きを待つ。
劉備は徐に口を開くと、
「子供たちもそなたと過ごして楽しんでいたようだ」
ぐるりと子供たちを見回して言った。
「これだけの人数だ、趙雲一人では手が足りぬだろう。そこでだ、名無しさん。今後も、何かの折りには、子供たちの世話を頼めぬだろうか」
「私で宜しければ、喜んでお引き受け致します」
名無しさんはにこりと微笑み、二つ返事で引き受ける。
「私も、楽しい時間を過ごせましたし、張苞様ともお約束しておりますもの。ね、張苞様」
最後の方は張苞に向け、それから、名無しさんは一人一人に向けて言った。
「関平様、今度は私にも、ご本を読んで聞かせて下さいませね」
「は、はい!」
「阿斗様、次は私のお膝に座って頂ける?」
「うむ」
「星彩様、銀屏様。花冠、とてもお上手にできましたね。私にも作って頂きたいわ」
「名無しさん殿が、そう言うなら」
「勿論です、名無しさん殿!」
「関興様、今日は余りお話しできませんでしたね。次はお話ししましょうね」
「うん・・・頑張る」
「関索様、お菓子を持って来たら、私にも素敵な花束を下さるかしら?」
「はい、お菓子がなくても、今日より素敵なものを用意します」
その様子を眺めていた劉備は、そっと趙雲に目配せして、得意気に唇の端を上げて見せた。
これなら良いだろう、趙雲。
言葉にしなくとも、劉備の言っている事が分かった趙雲は、安堵に胸を撫で下ろし、そして、期待に大きく膨らませた。
これから先、子供たちの世話をする時には名無しさんが傍に居る。
趙雲は確かな恋心を持って、それを喜んだ。
程なくして趙雲の、自分を熱く見詰める「恋する瞳」に気付いた名無しさんが彼の思いを受け入れ、恋仲となり、公私共に互いに支え合った後に二人は夫婦となる。
やがて、趙雲と名無しさんの間に子が生まれ、その子の世話を、成長した我が子たちがする事になるのだが、果たして、そこまで想像した上での行動だったのか、それは劉備のみぞ知る所だ。
→あとがき