閑話・六

知らなかった。
こんなに貴女を想う男が居たなんて。
貴女が貴女の恋を成就させて、私は私の恋を成就させられなかったから。
私が知っている範囲で・・・馬超と姜維、関平と呑もうか。
共に貴女に想いを寄せた者同士。
そう思って誘えば、知らない内に・・・広がって。
貴女を想う男が次々と・・・。
「意外だな」
曹丕と甘寧が同じ席に座っている。
確か彼女の同期だったか。
私は二人に近付いた。
チラ・・・と見る二人に臆する事なく、
「甘寧、銘柄は?」
彼の吸っている煙草を指差す。
「・・・マルボロっす」
「そうか」
答えるや、私は煙草を一本抜いた。
「一本貰うぞ」
そう云って火を点ける。
味わうように吸い込むと、喉に独特の刺激が広がった。
「・・・吸うんだな、お前」
と、曹丕が意外そうな顔で私を見た。
「・・・ああ」
煙を吐き出して曹丕に・・・いや、独り言のように。
「以前は吸っていた」
貴女が入社してきて。
貴女が営業部に配属されて。
貴女に恋をした私は・・・。
貴女に好かれたくて、止めた。
女性は煙草の煙を嫌がるだろう・・・そう思っていたから。



それが杞憂だと気付いたのは。
甘寧の存在を知ってから。
同期である甘寧と居るのをよく見かけた貴女は、煙草を嫌がるでもなく・・・。
それでも私は止めていた。
もし。
万が一。
・・・貴女と・・・。
「馬鹿馬鹿しい・・・」
思い出して浅はかな自分を笑ってしまう。
何をそこまで考えていたのか。
あまりに餓鬼っぽい考え。
私は吸い殻を灰皿に押し潰した。
・・・忘れよう。
貴女は選んだんだ。
全て終わってしまった事。
この吸い殻のように、私の想いも押し潰してしまおう。
「・・・容易く押し潰すか、趙雲」
と、私の考えを読んだように曹丕が云った。
「そして、新たに指を伸ばすか」
甘寧の煙草だと云うのに、我が物顔で煙草を差し出す曹丕。
それは。
お前の恋はそんなものか。
そう云われているようで・・・。
「いや、久しぶりに吸いたくなっただけだ。もう結構」
見くびるな。
私の恋はそんなものではない。
新しい煙草に、簡単に食らい付くものか。



たった一本。
その一本が酷く美味い。
久しぶりの一本。
だからこそ価値がある。




私にとって貴女は。
その一本だった。
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