幸運な男
貴女のお名前
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出会えて嬉しいぞ。
遠くに城が見えて来て、韓当は馬上でやれやれと疲れを滲ませた息を吐いた。
これで漸く、ゆっくり休めるぞ。
それとなく、ちらりと後方を窺って見れば、兵たちにも城が見えたのであろう、あちらこちらで、安堵の息が上がっていた。
思い返せば、今回の戦は中々に神経を使うものだった。
与えられた兵は少なく、それで勝てと云うのだから無茶な話だ。
「韓当なら目立たず侵入できるだろう」
と云ったのは誰だったか。
元より、敵拠点への侵入と工作行為を前提として戦を描いていたのなら、寧ろ大軍は邪魔でしかない。
結果として、揃えられていたのは少数でも精鋭で、目立たない事も功を成し、こちら側の被害は軽微で済み、韓当率いる軍は見事に勝利を納める事ができた。
将として、これ程喜ばしい事はないとは思う。
「それにしたって地味だよなぁ・・・」
と、韓当は溜め息と共に呟いた。
勝利は勝利だ、胸を張って凱旋する心づもりだが、いかんせん、どうにも見栄えがしない。
一応、帰城する旨を報せる早馬は既に出している、恐らく、彼ら兵たちの帰りを、今か今かと首を長くして待つ者たちが集まっている事だろう。
でも多分、少ないんだろうなあ。
珠には、派手に出迎えられたい。
韓当とて、大勢に出迎えられた事がない訳ではなかった。
孫堅が軍を率いている時は城中どころか、街中の人々が集まっている。
しかし、そんな時は韓当は数多の将の一人に過ぎず、より一層目立たないのだ。
そんな事を考えている内に、一行は城門に辿り着く。
想像していた通り、余り賑やかしくはない。
それでも、彼らの無事の帰還を喜ぶ声に自然と韓当の頬は綻んでいた。
まあ、無事で帰って来れる事が何よりだよな。
うんうんと頷く韓当の耳に、女性の声が届く。
「韓当様!」
呼ばれて見遣れば、精一杯、小さな手を振って、恋人がこちらへ走って来る姿が見えた。
「おお、名無しさん!」
「お帰りなさい、韓当様」
と、云う彼女は大きく肩で息をしていて、韓当は心配そうに名無しさんの顔を覗き込む。
「おい、大丈夫か?そんなになるまで走って来なくても・・・」
「だって、一番にお出迎えしたかったんですもの」
切れ切れにそう云って、名無しさんは満面の笑顔を浮かべた。
釣られて、韓当も目尻を下げる。
名無しさんの奴、可愛い事云うなあ。
恋人にそう云われて、喜ばない男がいるものか。
大勢の人に出迎えられるよりも、ずっと嬉しい。
先程までの、沈みそうになっていた気持ちは、彼女の笑顔のお陰で、どこかへ行ってしまっていた。
「そうかあ。何か嬉しいなあ」
名無しさんは韓当との距離を縮めると、改めて彼に云った。
「お帰りなさい、韓当様・・・ご無事で何よりです」
「うん、ありがとなあ」
微笑み合えば、甘い雰囲気に包まれ、暫く、二人は無言で見詰め合っていた。
一体どれ程、そうしていただろうか、控え目な咳払いに、二人は我に返る。
「随分と見せ付けてくれるのう、韓当」
「全く・・・少しは周りを見ぬか」
からかうように、あるいは呆れたように黄蓋と程普に云われて、韓当と名無しさんは恥ずかしそうに慌てて互いに顔を逸らした。
彼らも名無しさんと同じく、同僚の韓当を出迎えに来たのだが、二人が世界に浸り過ぎて、全然気付かれていなかった。
いつから見られていたのだろうと考えてみれば、名無しさんは仕事を抜け出して来た事を思い出す。
もう戻らなくちゃ、いつまでもここに居ては叱られる。
名無しさんは黄蓋と程普にぺこりと頭を下げ、韓当に向き直って云った。
「韓当様、私、仕事に戻りますね」
「ああ」
「あの・・・今夜、お部屋にお邪魔しても宜しいですか?」
「勿論だ、楽しみに待ってるぞ」
韓当は二つ返事で答える。
再び、黄蓋と程普に会釈して去って行く彼女を見送っていると、程普が穏やかな声で云った。
「良い娘ではないか」
「ああ、俺には勿体ない位だ」
そう云って、韓当は目を細める。
本当に、俺には勿体ない位の良い子だ。
どこを探したって彼女以上の女性を見付けられる気がしない。
可愛くて、優しくて素直で、目立たない俺の事を大好きでいてくれる、そんな名無しさんに、韓当は惚れ込んでいた。
「あんな良い子が俺の恋人なんてなあ・・・。時々、何かの間違いじゃないかと不安になるぞ」
半ば本気で云った韓当に、黄蓋が笑って云う。
「相変わらずお主は自分を過小評価するのう。少しは自信を持ったらどうだ」
「うーん・・・そう云われてもなあ。いつもぱっとしない役回りだからなあ」
「韓当、目立つ、目立たぬより、例え小さくとも任を確実に熟せる事を誇れ。名無しさんもお主のそう云う所を好ましく思っているのではないか?」
「なら良いんだけどなあ」
程普にそう云われても、自信を持って、そうだとは頷けない。
実際、名無しさんが自分のどこが好きなのか、韓当は知らなかった。
だからと云って、名無しさんとの関係が恋人同士となって随分経つ、それを尋ねるのは今更だろう。
大体、知らなくても、韓当は十分に幸せを感じていた。
何だかんだと云いながらも、彼の緩んだ表情に、黄蓋と程普は肩を竦めて顔を見合せる。
我々の出る幕はなさそうだ。
名無しさんに先を越されてしまったのもあるが、そうでなくても、飲みに誘った所で、
「今日は名無しさんと過ごしたいなあ」
とか緩んだ顔で云われて断られていただろうと想像できた。
そうと察して、声を掛けるのも馬鹿馬鹿しい、黄蓋と程普は彼に労いの言葉を掛けるだけに済ませておいた。
その後日、からかってやろうと思って話を向けたが最後、韓当から名無しさんに対する惚気を散々、聞かされるとまでは、二人は想像していなかったが。
遠くに城が見えて来て、韓当は馬上でやれやれと疲れを滲ませた息を吐いた。
これで漸く、ゆっくり休めるぞ。
それとなく、ちらりと後方を窺って見れば、兵たちにも城が見えたのであろう、あちらこちらで、安堵の息が上がっていた。
思い返せば、今回の戦は中々に神経を使うものだった。
与えられた兵は少なく、それで勝てと云うのだから無茶な話だ。
「韓当なら目立たず侵入できるだろう」
と云ったのは誰だったか。
元より、敵拠点への侵入と工作行為を前提として戦を描いていたのなら、寧ろ大軍は邪魔でしかない。
結果として、揃えられていたのは少数でも精鋭で、目立たない事も功を成し、こちら側の被害は軽微で済み、韓当率いる軍は見事に勝利を納める事ができた。
将として、これ程喜ばしい事はないとは思う。
「それにしたって地味だよなぁ・・・」
と、韓当は溜め息と共に呟いた。
勝利は勝利だ、胸を張って凱旋する心づもりだが、いかんせん、どうにも見栄えがしない。
一応、帰城する旨を報せる早馬は既に出している、恐らく、彼ら兵たちの帰りを、今か今かと首を長くして待つ者たちが集まっている事だろう。
でも多分、少ないんだろうなあ。
珠には、派手に出迎えられたい。
韓当とて、大勢に出迎えられた事がない訳ではなかった。
孫堅が軍を率いている時は城中どころか、街中の人々が集まっている。
しかし、そんな時は韓当は数多の将の一人に過ぎず、より一層目立たないのだ。
そんな事を考えている内に、一行は城門に辿り着く。
想像していた通り、余り賑やかしくはない。
それでも、彼らの無事の帰還を喜ぶ声に自然と韓当の頬は綻んでいた。
まあ、無事で帰って来れる事が何よりだよな。
うんうんと頷く韓当の耳に、女性の声が届く。
「韓当様!」
呼ばれて見遣れば、精一杯、小さな手を振って、恋人がこちらへ走って来る姿が見えた。
「おお、名無しさん!」
「お帰りなさい、韓当様」
と、云う彼女は大きく肩で息をしていて、韓当は心配そうに名無しさんの顔を覗き込む。
「おい、大丈夫か?そんなになるまで走って来なくても・・・」
「だって、一番にお出迎えしたかったんですもの」
切れ切れにそう云って、名無しさんは満面の笑顔を浮かべた。
釣られて、韓当も目尻を下げる。
名無しさんの奴、可愛い事云うなあ。
恋人にそう云われて、喜ばない男がいるものか。
大勢の人に出迎えられるよりも、ずっと嬉しい。
先程までの、沈みそうになっていた気持ちは、彼女の笑顔のお陰で、どこかへ行ってしまっていた。
「そうかあ。何か嬉しいなあ」
名無しさんは韓当との距離を縮めると、改めて彼に云った。
「お帰りなさい、韓当様・・・ご無事で何よりです」
「うん、ありがとなあ」
微笑み合えば、甘い雰囲気に包まれ、暫く、二人は無言で見詰め合っていた。
一体どれ程、そうしていただろうか、控え目な咳払いに、二人は我に返る。
「随分と見せ付けてくれるのう、韓当」
「全く・・・少しは周りを見ぬか」
からかうように、あるいは呆れたように黄蓋と程普に云われて、韓当と名無しさんは恥ずかしそうに慌てて互いに顔を逸らした。
彼らも名無しさんと同じく、同僚の韓当を出迎えに来たのだが、二人が世界に浸り過ぎて、全然気付かれていなかった。
いつから見られていたのだろうと考えてみれば、名無しさんは仕事を抜け出して来た事を思い出す。
もう戻らなくちゃ、いつまでもここに居ては叱られる。
名無しさんは黄蓋と程普にぺこりと頭を下げ、韓当に向き直って云った。
「韓当様、私、仕事に戻りますね」
「ああ」
「あの・・・今夜、お部屋にお邪魔しても宜しいですか?」
「勿論だ、楽しみに待ってるぞ」
韓当は二つ返事で答える。
再び、黄蓋と程普に会釈して去って行く彼女を見送っていると、程普が穏やかな声で云った。
「良い娘ではないか」
「ああ、俺には勿体ない位だ」
そう云って、韓当は目を細める。
本当に、俺には勿体ない位の良い子だ。
どこを探したって彼女以上の女性を見付けられる気がしない。
可愛くて、優しくて素直で、目立たない俺の事を大好きでいてくれる、そんな名無しさんに、韓当は惚れ込んでいた。
「あんな良い子が俺の恋人なんてなあ・・・。時々、何かの間違いじゃないかと不安になるぞ」
半ば本気で云った韓当に、黄蓋が笑って云う。
「相変わらずお主は自分を過小評価するのう。少しは自信を持ったらどうだ」
「うーん・・・そう云われてもなあ。いつもぱっとしない役回りだからなあ」
「韓当、目立つ、目立たぬより、例え小さくとも任を確実に熟せる事を誇れ。名無しさんもお主のそう云う所を好ましく思っているのではないか?」
「なら良いんだけどなあ」
程普にそう云われても、自信を持って、そうだとは頷けない。
実際、名無しさんが自分のどこが好きなのか、韓当は知らなかった。
だからと云って、名無しさんとの関係が恋人同士となって随分経つ、それを尋ねるのは今更だろう。
大体、知らなくても、韓当は十分に幸せを感じていた。
何だかんだと云いながらも、彼の緩んだ表情に、黄蓋と程普は肩を竦めて顔を見合せる。
我々の出る幕はなさそうだ。
名無しさんに先を越されてしまったのもあるが、そうでなくても、飲みに誘った所で、
「今日は名無しさんと過ごしたいなあ」
とか緩んだ顔で云われて断られていただろうと想像できた。
そうと察して、声を掛けるのも馬鹿馬鹿しい、黄蓋と程普は彼に労いの言葉を掛けるだけに済ませておいた。
その後日、からかってやろうと思って話を向けたが最後、韓当から名無しさんに対する惚気を散々、聞かされるとまでは、二人は想像していなかったが。