この僅かな花を
貴女のお名前
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我・・・何デモスル。
冬の寒さが続く最中、蜀の城内では風邪が蔓延していた。
あちらこちらで咳をする者、くしゃみをする者が見られるが、それは大抵、体力のない者で、女官の名無しさんも例に漏れず、熱を出し、ここ数日、部屋に籠って寝込んでいる。
「名無しさん、薬湯です」
「ありがとうございます、月英様」
名無しさんは朦朧とする意識で礼を云って、月英から薬湯を受け取った。
「中々、具合が良くなりませんね」
と、心配そうに彼女の顔色を伺う彼女は、比較的、体力のある武将だからだろうか、元気なもので、名無しさんのみならず、病人の世話に駆け回っている。
苦い薬湯を飲み干した名無しさんから器を受け取った月英は、余り長居をするものではないと部屋を立ち去るその前に、彼女に尋ねて云った。
「名無しさん、今日も魏延殿が貴女を見舞いたいと云っていますけれど・・・」
「それだけは駄目です」
弱々しい声で、しかし、きっぱりと云い切る名無しさんに、月英は矢張と頷く。
名無しさんが寝込むようになって数日、その間、彼女は髪を碌に整えていなければ、化粧も施していない。
そんな姿を人に見せたくないと思うのは、年頃の女性ならば当然だろう。
相手に心配を掛けたくない、移したくないと云う以上に切実な事なのだ。
その相手が恋人ならば尚の事、魏延には絶対に見られたくない。
「分かりました、魏延殿には上手く云っておきます」
「はい、宜しくお願いします」
そう云って部屋を出て行く月英を見送り、名無しさんは敷布に包まって目を閉じる。
魏延様、ごめんなさい、でも今は駄目なの。
薬湯で体で温まったのだろう、名無しさんはやがて深い眠りに入って行った。
月英は名無しさんの部屋から出た途端、
「名無しさん・・・風邪、ドウダ」
扉の側で控えていた魏延に足を止められた。
「我・・・名無しさんニ会イタイ」
名無しさんが寝込んでから毎日、彼はこうして彼女の部屋を訪ねている。
それだけ、名無しさんの事を心配しているのだろうと分かっていながらも、月英は答えて云った。
「魏延殿、何度も云いますが、名無しさんは風邪を引いて寝込んでいるのです」
「ヌゥ・・・デモ」
何度訊いても変わらない月英の返答に、魏延はしょんぼりと肩を落とす。
「名無しさん、薬、飲ンダ。名無しさん、元気ニナル」
月英は首を振って見せ、彼に続けて云った。
「薬を飲んでも直ぐに良くなるものでもありません」
「薬・・・モット、飲ム」
「いけません、却って毒になります。今は養生するのが何よりの薬です」
「オ前、シツコイ・・・!」
頑として譲らない月英の態度に、魏延は不満を露にする。
月英は困ったように頬に手を当て、溜め息を吐いた。
魏延の気持ちも分からないでもないが故に、彼を文字通り力ずくで黙らせるような事はしたくない。
仕方ない、月英は伝家の宝刀を抜いて云う。
「魏延殿、余り我が儘を仰るようでしたら、孔明様に云い付けますよ」
「困ル・・・!我・・・我慢スル」
効果覿面、目に見えて狼狽える魏延に悪いと思いながらも、月英はくすくすと笑ってしまった。
「会いたいと思っているのは名無しさんも同じですよ」
そう云って、ふと思い付いて云う。
「魏延殿、名無しさんに何かお見舞いの品を用意しては?」
会う事が気持ちを伝える方法の全てではない。
魏延が用意したと知れば、きっと、いや、絶対に名無しさんは喜ぶだろう。
「名無しさん、喜ブ。我・・・用意スル!」
月英の提案に、魏延は忽ち、元気を取り戻してその場からどこかへ走り出した。
月英はその背中を微笑ましい思いで見送ると、次の病人の部屋へ向かって歩き出す。
魏延は何を用意するのか、と少し楽しみに思いながら。
冬の寒さが続く最中、蜀の城内では風邪が蔓延していた。
あちらこちらで咳をする者、くしゃみをする者が見られるが、それは大抵、体力のない者で、女官の名無しさんも例に漏れず、熱を出し、ここ数日、部屋に籠って寝込んでいる。
「名無しさん、薬湯です」
「ありがとうございます、月英様」
名無しさんは朦朧とする意識で礼を云って、月英から薬湯を受け取った。
「中々、具合が良くなりませんね」
と、心配そうに彼女の顔色を伺う彼女は、比較的、体力のある武将だからだろうか、元気なもので、名無しさんのみならず、病人の世話に駆け回っている。
苦い薬湯を飲み干した名無しさんから器を受け取った月英は、余り長居をするものではないと部屋を立ち去るその前に、彼女に尋ねて云った。
「名無しさん、今日も魏延殿が貴女を見舞いたいと云っていますけれど・・・」
「それだけは駄目です」
弱々しい声で、しかし、きっぱりと云い切る名無しさんに、月英は矢張と頷く。
名無しさんが寝込むようになって数日、その間、彼女は髪を碌に整えていなければ、化粧も施していない。
そんな姿を人に見せたくないと思うのは、年頃の女性ならば当然だろう。
相手に心配を掛けたくない、移したくないと云う以上に切実な事なのだ。
その相手が恋人ならば尚の事、魏延には絶対に見られたくない。
「分かりました、魏延殿には上手く云っておきます」
「はい、宜しくお願いします」
そう云って部屋を出て行く月英を見送り、名無しさんは敷布に包まって目を閉じる。
魏延様、ごめんなさい、でも今は駄目なの。
薬湯で体で温まったのだろう、名無しさんはやがて深い眠りに入って行った。
月英は名無しさんの部屋から出た途端、
「名無しさん・・・風邪、ドウダ」
扉の側で控えていた魏延に足を止められた。
「我・・・名無しさんニ会イタイ」
名無しさんが寝込んでから毎日、彼はこうして彼女の部屋を訪ねている。
それだけ、名無しさんの事を心配しているのだろうと分かっていながらも、月英は答えて云った。
「魏延殿、何度も云いますが、名無しさんは風邪を引いて寝込んでいるのです」
「ヌゥ・・・デモ」
何度訊いても変わらない月英の返答に、魏延はしょんぼりと肩を落とす。
「名無しさん、薬、飲ンダ。名無しさん、元気ニナル」
月英は首を振って見せ、彼に続けて云った。
「薬を飲んでも直ぐに良くなるものでもありません」
「薬・・・モット、飲ム」
「いけません、却って毒になります。今は養生するのが何よりの薬です」
「オ前、シツコイ・・・!」
頑として譲らない月英の態度に、魏延は不満を露にする。
月英は困ったように頬に手を当て、溜め息を吐いた。
魏延の気持ちも分からないでもないが故に、彼を文字通り力ずくで黙らせるような事はしたくない。
仕方ない、月英は伝家の宝刀を抜いて云う。
「魏延殿、余り我が儘を仰るようでしたら、孔明様に云い付けますよ」
「困ル・・・!我・・・我慢スル」
効果覿面、目に見えて狼狽える魏延に悪いと思いながらも、月英はくすくすと笑ってしまった。
「会いたいと思っているのは名無しさんも同じですよ」
そう云って、ふと思い付いて云う。
「魏延殿、名無しさんに何かお見舞いの品を用意しては?」
会う事が気持ちを伝える方法の全てではない。
魏延が用意したと知れば、きっと、いや、絶対に名無しさんは喜ぶだろう。
「名無しさん、喜ブ。我・・・用意スル!」
月英の提案に、魏延は忽ち、元気を取り戻してその場からどこかへ走り出した。
月英はその背中を微笑ましい思いで見送ると、次の病人の部屋へ向かって歩き出す。
魏延は何を用意するのか、と少し楽しみに思いながら。