初めての口付け
貴女のお名前
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いつか全てを奪ってやるぜ。
その時、李典は風を切る音にすら気付かない程、ぼんやりとしていた。
「あ痛っ!」
ごとりと何かが落ちる鈍い音と、少し遅れて遣って来た、顔面に感じる痛みに我に返ると、物凄い形相で睨んでくる夏侯惇と目が合う。
「李典、上の空とは良い度胸だな」
心なしか、低い声で云われ、李典は慌てて姿勢を正した。
軍議の最中だ、ぼんやりしてた俺が悪い、と目の前に集中する。
それにしたって書簡を投げ付けなくても良いんじゃないか。
当たると痛いんだぞ、書簡ってのは、と思ったが、口にする程、愚かではない、思ったが。
頭の中で考えている事はどうあれ、集中した様子を見せる李典に、夏侯惇は一つ鼻を鳴らすと、
「続けるぞ」
手元の報告に目を落とした。
読み上げる夏侯惇の声は澱みなく、幾つかの決定事項や、保留案件の進捗状況の確認、遠く離れた戦場の戦況などを報せている。
「・・・以上だ、何か分からない事があっても俺に聞くな」
と、責任感があるのか、ないのか分からない一言で、軍議が終わった。
特に誰の突っ込み、もとい、質問もなく、李典もやれやれと、長時間座ったままの姿勢で痛む腰を上げる。
「おい、李典」
と、立ち去ろうとした所で夏侯惇に声を掛けられ、李典は持ち前の鋭い勘を働かせた。
嫌な予感しかない。
李典は逃げ出したい衝動を抑え、夏侯惇に向き直る。
逃げたって、その先にあるのは悪い予感だ。
「あー・・・何か?」
「今日は随分とぼんやりしていたな」
「そうですかね?」
明後日の方向を向き、とぼけて見せるが、夏侯惇に通用する筈がない。
夏侯惇は元々鋭い目付きを、更に鋭くさせて云った。
「今日だけではない、李典。お前、この前の、賊の討伐報告も未だだろう」
「あ・・・」
云われて思い当たる節に、李典は短く声を上げる。
しまった、あれ未だだったか。
大なり小なり、賊と云うのは何故か討伐しても討伐しても、無限に沸いて尽きる事がない。
李典がその対処に出向いたのは十日程、いや、それ以上前になるか。
生きていれば、使い道もあるだろうと捕らえたは良いが、そこに間者が入り込んでいないとも限らない。
それを見付けるのも仕事の一つであれば、今日まで放っておいた李典の落ち度だ。
夏侯惇は呆れたような溜め息を吐くと、
「まぁ、賈詡が代わりに・・・色々とやっていたからどうと云う事もないが」
何を思い出したのか、微妙に言葉を濁して云った。
「賈詡に会ったら一応、礼を云っておけ」
そう云って、踵を返す夏侯惇を見送ってから、李典はがりがりと頭を掻いて溜め息を吐く。
俺とした事が、と独り言ちる李典に、今度は先に部屋を出た筈の楽進が声を掛けて来た。
「李典殿、良かった。未だこちらにいらしたんですね」
と、云いながら歩み来る楽進の背後に、恋人の姿を認め、李典は目を丸くする。
「楽進・・・と、名無しさん?」
「李典様、楽進様から聞きました。お怪我はありませんか?」
心配そうな表情で顔を覗き込んで来る名無しさんに、李典はピンと来た。
恐らく、李典の顔面に書簡が直撃した話を楽進から聞いたのだろう。
どう伝わったのかは知らないが、楽進の事だ、少し大袈裟に云ったのかもしれない。
名無しさんが両手を伸ばし、無遠慮に頬を触って来る。
「平気平気、冷やしときゃ大丈夫だって。あんまり格好悪いとこ、見ないでくれよ」
李典はそう云って、名無しさんの細い両手首を優しく掴んで頬から離してやった。
「そんな、格好悪いだなんて・・・」
それでも尚、心配そうな表情の名無しさんに、李典は笑顔で云う。
「それより、名無しさん、仕事中だろ?良いのか、こんな所で油売ってて」
「李典様が心配で、仕事なんか手に付きません!」
その一言は、李典を昇天させるのに充分な破壊力を持っていた。
今直ぐ、ここで、彼女を思いっきり抱き締めたい。
ついでに口付けたい。
けれど、ここは人が行き交う廊下で、空気を読めない楽進が隣に居て、抱き締めるにも口付けるにも雰囲気が足りない。
いや、雰囲気とかこの際、どうでも良い、いや、雰囲気は大事だろ、兎に角、落ち着け俺。
李典はありったけの理性を掻き集めて、何とか言葉を絞り出す。
「・・・うん、嬉しいけどな、何か嫌な予感がする」
「李典様がそう仰るなら・・・」
しゅん、と俯く名無しさんの様子がまた可愛い。
「名無しさん、仕事が終わったら俺の部屋に来な。幾らでも話、聞いてやるぜ」
と、云ってやれば、ぱっと明るくなる名無しさんがこれまた可愛い。
約束ですよ、と云って仕事に戻る名無しさんの足音すら可愛い。
曲がり角で振り返って手を振って見せる名無しさんが堪らなく可愛い。
李典は悶えに悶えて、空気を読まないまま、未だ隣に居る楽進に云った。
「楽進、俺の恋人が可愛過ぎて辛い。可愛過ぎて死ねる」
「えっ、あっはい。可愛いですね」
「可愛いんだよ!これ以上ないって位に!付き合って大分経つけど、俺の中で名無しさんの可愛いが止まらないんだよ」
しかし、李典は次には、ぐっと拳を握り、悔しそうに続けて云う。
「なのに、なのに俺たち未だ口付けの一つもしてないんだぜ。大体、名無しさんの方から俺に触って来るとか、今日のさっきが初めてなんだよ、夏侯惇殿ありがとう!」
「あ、そうですか」
「そろそろ俺にも男として色々限界が来るってもんだろ?寝不足にもなるし、仕事も手に付かないってもんだろ!」
「それで、軍議中にぼんやりしてたんですね」
「しかも何でか名無しさんは口付けを嫌がるんだよな。そう云う所も可愛いんだけど」
「純粋に嫌なのでは・・・」
いい加減、飽きて来た楽進だったが、李典はお構い無しに言葉を続けた。
「んな訳あるか!俺の事を心配する名無しさんを楽進も見てただろ、あれで俺の事を嫌いとか嘘だろ」
「でしたら本人に聞いてみては・・・」
至極尤もな楽進の意見に、李典は決意を固めた。
「よし、楽進。俺も男だ、男ならびしっと決めるぜ!俺は今夜、名無しさんの唇を奪ってみせる!」
「そんな海賊王になるみたいな勢いでなくても・・・」
ぽつりと呟いた楽進の言葉は、無駄に腕を振り上げる李典の耳には届かなかった。
その時、李典は風を切る音にすら気付かない程、ぼんやりとしていた。
「あ痛っ!」
ごとりと何かが落ちる鈍い音と、少し遅れて遣って来た、顔面に感じる痛みに我に返ると、物凄い形相で睨んでくる夏侯惇と目が合う。
「李典、上の空とは良い度胸だな」
心なしか、低い声で云われ、李典は慌てて姿勢を正した。
軍議の最中だ、ぼんやりしてた俺が悪い、と目の前に集中する。
それにしたって書簡を投げ付けなくても良いんじゃないか。
当たると痛いんだぞ、書簡ってのは、と思ったが、口にする程、愚かではない、思ったが。
頭の中で考えている事はどうあれ、集中した様子を見せる李典に、夏侯惇は一つ鼻を鳴らすと、
「続けるぞ」
手元の報告に目を落とした。
読み上げる夏侯惇の声は澱みなく、幾つかの決定事項や、保留案件の進捗状況の確認、遠く離れた戦場の戦況などを報せている。
「・・・以上だ、何か分からない事があっても俺に聞くな」
と、責任感があるのか、ないのか分からない一言で、軍議が終わった。
特に誰の突っ込み、もとい、質問もなく、李典もやれやれと、長時間座ったままの姿勢で痛む腰を上げる。
「おい、李典」
と、立ち去ろうとした所で夏侯惇に声を掛けられ、李典は持ち前の鋭い勘を働かせた。
嫌な予感しかない。
李典は逃げ出したい衝動を抑え、夏侯惇に向き直る。
逃げたって、その先にあるのは悪い予感だ。
「あー・・・何か?」
「今日は随分とぼんやりしていたな」
「そうですかね?」
明後日の方向を向き、とぼけて見せるが、夏侯惇に通用する筈がない。
夏侯惇は元々鋭い目付きを、更に鋭くさせて云った。
「今日だけではない、李典。お前、この前の、賊の討伐報告も未だだろう」
「あ・・・」
云われて思い当たる節に、李典は短く声を上げる。
しまった、あれ未だだったか。
大なり小なり、賊と云うのは何故か討伐しても討伐しても、無限に沸いて尽きる事がない。
李典がその対処に出向いたのは十日程、いや、それ以上前になるか。
生きていれば、使い道もあるだろうと捕らえたは良いが、そこに間者が入り込んでいないとも限らない。
それを見付けるのも仕事の一つであれば、今日まで放っておいた李典の落ち度だ。
夏侯惇は呆れたような溜め息を吐くと、
「まぁ、賈詡が代わりに・・・色々とやっていたからどうと云う事もないが」
何を思い出したのか、微妙に言葉を濁して云った。
「賈詡に会ったら一応、礼を云っておけ」
そう云って、踵を返す夏侯惇を見送ってから、李典はがりがりと頭を掻いて溜め息を吐く。
俺とした事が、と独り言ちる李典に、今度は先に部屋を出た筈の楽進が声を掛けて来た。
「李典殿、良かった。未だこちらにいらしたんですね」
と、云いながら歩み来る楽進の背後に、恋人の姿を認め、李典は目を丸くする。
「楽進・・・と、名無しさん?」
「李典様、楽進様から聞きました。お怪我はありませんか?」
心配そうな表情で顔を覗き込んで来る名無しさんに、李典はピンと来た。
恐らく、李典の顔面に書簡が直撃した話を楽進から聞いたのだろう。
どう伝わったのかは知らないが、楽進の事だ、少し大袈裟に云ったのかもしれない。
名無しさんが両手を伸ばし、無遠慮に頬を触って来る。
「平気平気、冷やしときゃ大丈夫だって。あんまり格好悪いとこ、見ないでくれよ」
李典はそう云って、名無しさんの細い両手首を優しく掴んで頬から離してやった。
「そんな、格好悪いだなんて・・・」
それでも尚、心配そうな表情の名無しさんに、李典は笑顔で云う。
「それより、名無しさん、仕事中だろ?良いのか、こんな所で油売ってて」
「李典様が心配で、仕事なんか手に付きません!」
その一言は、李典を昇天させるのに充分な破壊力を持っていた。
今直ぐ、ここで、彼女を思いっきり抱き締めたい。
ついでに口付けたい。
けれど、ここは人が行き交う廊下で、空気を読めない楽進が隣に居て、抱き締めるにも口付けるにも雰囲気が足りない。
いや、雰囲気とかこの際、どうでも良い、いや、雰囲気は大事だろ、兎に角、落ち着け俺。
李典はありったけの理性を掻き集めて、何とか言葉を絞り出す。
「・・・うん、嬉しいけどな、何か嫌な予感がする」
「李典様がそう仰るなら・・・」
しゅん、と俯く名無しさんの様子がまた可愛い。
「名無しさん、仕事が終わったら俺の部屋に来な。幾らでも話、聞いてやるぜ」
と、云ってやれば、ぱっと明るくなる名無しさんがこれまた可愛い。
約束ですよ、と云って仕事に戻る名無しさんの足音すら可愛い。
曲がり角で振り返って手を振って見せる名無しさんが堪らなく可愛い。
李典は悶えに悶えて、空気を読まないまま、未だ隣に居る楽進に云った。
「楽進、俺の恋人が可愛過ぎて辛い。可愛過ぎて死ねる」
「えっ、あっはい。可愛いですね」
「可愛いんだよ!これ以上ないって位に!付き合って大分経つけど、俺の中で名無しさんの可愛いが止まらないんだよ」
しかし、李典は次には、ぐっと拳を握り、悔しそうに続けて云う。
「なのに、なのに俺たち未だ口付けの一つもしてないんだぜ。大体、名無しさんの方から俺に触って来るとか、今日のさっきが初めてなんだよ、夏侯惇殿ありがとう!」
「あ、そうですか」
「そろそろ俺にも男として色々限界が来るってもんだろ?寝不足にもなるし、仕事も手に付かないってもんだろ!」
「それで、軍議中にぼんやりしてたんですね」
「しかも何でか名無しさんは口付けを嫌がるんだよな。そう云う所も可愛いんだけど」
「純粋に嫌なのでは・・・」
いい加減、飽きて来た楽進だったが、李典はお構い無しに言葉を続けた。
「んな訳あるか!俺の事を心配する名無しさんを楽進も見てただろ、あれで俺の事を嫌いとか嘘だろ」
「でしたら本人に聞いてみては・・・」
至極尤もな楽進の意見に、李典は決意を固めた。
「よし、楽進。俺も男だ、男ならびしっと決めるぜ!俺は今夜、名無しさんの唇を奪ってみせる!」
「そんな海賊王になるみたいな勢いでなくても・・・」
ぽつりと呟いた楽進の言葉は、無駄に腕を振り上げる李典の耳には届かなかった。