夏・一部
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翌日。
「遅ぇ」
予定より早く改札についたのに、政宗は既にそこにいた。
「ああ、ごめんごめん、待たせてごめん、予定より二十分も早く来たのに待たせてごめん」
「テメェ、棒読みでいい度胸じゃねぇか。このオレを待たせるなんざ、百年早ぇぜ」
「勝手について来るっつったてめえが、勝手に早く待ってただけだろ」
休憩室に向かおうとした矢先、手荷物を奪われた。
「ちょ、何すんの!」
「電車でちんたら行ってられっか。来い、車で行く」
「はぁ!?」
車のほうがよほどちんたらだろうとか、チケットは購入済みとか色々訴えてみたが、馬耳東風である。
「茂庭には、オレと一緒だって連絡してある。だから、帰りのことは気にすんな」
「や、帰ってからも色々予定があるんだけど……」
動き出した車から飛び降りる訳にもいかず、良佳は仕方なく覚悟を決めてシートに深く腰掛けた。
「いい心がけだ」
「……で、何でてめえはあたしの膝の上に頭乗っけてんだ?」
「お前とdateだっつったハズだぜ」
「はいはい、もういいよ。せめて、試験勉強の邪魔だけはしないでね」
そう言うや、政宗の顔の上にTOEFLの本を乗せた。抗議の声が上がったのは言うまでもない。
「……そうですか、分かりました。いえ、伝言よろしくお願いします」
政宗の帰宅予定日を見計らい、紗智は思い切って自宅に電話した。実際、ゼミのことで伝言があってかけたのだが、肝心の政宗は帰宅予定期日を延ばして旅行に出かけたらしい。
(旅行なんかじゃない、良佳についていったんだわ)
ぎり、と唇を噛めば、痛みから現実に思考が引き戻された。
「わ、紗智、何やってんだよ!」
成実が赤く腫れた唇に気付き、救急箱を手にすっ飛んできた。
「大丈夫よ、お兄ちゃん。ちょっと噛んじゃっただけ」
「……そっか。でも、気をつけろよ。紗智は、花の顔(かんばせ)が取り得なんだから」
口内用の消毒液をつけ終えると、成実はにっこり笑った。
「……お兄ちゃん、政宗くんの携帯番号知ってる?」
「知ってるけど、あいつ外出時に限って携帯不携帯なんだ。だから、かけても無駄なことの方が多い」
何のための携帯か分からないだろと兄はごちた。こういうところは、良佳もよく似ている。
(そっか、良佳にかけたらいいんだわ)
ゼミのことを連絡するだけなのに、とてもいい案を思い付いた気分になった。
(だって、私、もう少しで他の人のところに行くんだもの……。これくらい、いいじゃない)
政宗の恋路を邪魔するつもりはない。ただ、自分という存在を思い出して欲しい。婚約話が浮上した頃から、こう思うようになっていた。
以前は恋に溺れる自分を見て欲しくないと思ったが、皮肉にも婚約という枷が政宗への思慕をより膨らませていた。
部屋に帰ると、早速良佳の携帯を鳴らす。こういう時はさすがに携帯している筈だが、何度コールしても主は出なかった。
「……っ!!」
苛立ちを紛らわすために、携帯を床に叩き付けた。それでも収まらずがま口に手を伸ばせば、そこには目当てのものはなくスマホしか入っていなかった。
「……大学に行ってくるわ」
家政婦に言って、夏休み中の大学へと向かった。小十郎に煙草を買ってきて貰うのと、ついでに講堂が空いていればそこでピアノを弾いて帰ろうと思ったのだ。
長期間休暇中の大学は閑散としている。特に今は日中で最も暑い時間帯だ。外を出歩くのさえ鬱陶しい時間帯、その外に出ている自分は馬鹿だと紗智は自嘲した。
色白で焼けにくい体質なので、日に当たったところは赤く腫れてしまう。こんがり焼ける良佳が羨ましいと思った時期もあった。今は、日傘のおかげでそんなコンプレックスは気にならなくなった。
教授棟につく。札は留守を示していた。
真面目な彼は、たいてい毎日大学に詰めている。棟にいないのだとすれば、研究施設である畑か顧問を務める剣道部が練習する体育館のどちらかだろう。紗智は、棟から近い畑へ行ってみることにした。
舗装されていないあぜ道を下り、熱風にうんざりしながらも歩を進める。ヒールの低いサンダルでもよろけてしまうその道を突き進めば、ようやくビニールハウスが見えた。
一つだけ口を開けたハウスがあった。きっと、そこにいるのだろう。そっと中を覗けば案の定そこに小十郎がいて、突然の紗智の訪問に驚きつつも丁寧に出迎えてくれた。
「遅ぇ」
予定より早く改札についたのに、政宗は既にそこにいた。
「ああ、ごめんごめん、待たせてごめん、予定より二十分も早く来たのに待たせてごめん」
「テメェ、棒読みでいい度胸じゃねぇか。このオレを待たせるなんざ、百年早ぇぜ」
「勝手について来るっつったてめえが、勝手に早く待ってただけだろ」
休憩室に向かおうとした矢先、手荷物を奪われた。
「ちょ、何すんの!」
「電車でちんたら行ってられっか。来い、車で行く」
「はぁ!?」
車のほうがよほどちんたらだろうとか、チケットは購入済みとか色々訴えてみたが、馬耳東風である。
「茂庭には、オレと一緒だって連絡してある。だから、帰りのことは気にすんな」
「や、帰ってからも色々予定があるんだけど……」
動き出した車から飛び降りる訳にもいかず、良佳は仕方なく覚悟を決めてシートに深く腰掛けた。
「いい心がけだ」
「……で、何でてめえはあたしの膝の上に頭乗っけてんだ?」
「お前とdateだっつったハズだぜ」
「はいはい、もういいよ。せめて、試験勉強の邪魔だけはしないでね」
そう言うや、政宗の顔の上にTOEFLの本を乗せた。抗議の声が上がったのは言うまでもない。
「……そうですか、分かりました。いえ、伝言よろしくお願いします」
政宗の帰宅予定日を見計らい、紗智は思い切って自宅に電話した。実際、ゼミのことで伝言があってかけたのだが、肝心の政宗は帰宅予定期日を延ばして旅行に出かけたらしい。
(旅行なんかじゃない、良佳についていったんだわ)
ぎり、と唇を噛めば、痛みから現実に思考が引き戻された。
「わ、紗智、何やってんだよ!」
成実が赤く腫れた唇に気付き、救急箱を手にすっ飛んできた。
「大丈夫よ、お兄ちゃん。ちょっと噛んじゃっただけ」
「……そっか。でも、気をつけろよ。紗智は、花の顔(かんばせ)が取り得なんだから」
口内用の消毒液をつけ終えると、成実はにっこり笑った。
「……お兄ちゃん、政宗くんの携帯番号知ってる?」
「知ってるけど、あいつ外出時に限って携帯不携帯なんだ。だから、かけても無駄なことの方が多い」
何のための携帯か分からないだろと兄はごちた。こういうところは、良佳もよく似ている。
(そっか、良佳にかけたらいいんだわ)
ゼミのことを連絡するだけなのに、とてもいい案を思い付いた気分になった。
(だって、私、もう少しで他の人のところに行くんだもの……。これくらい、いいじゃない)
政宗の恋路を邪魔するつもりはない。ただ、自分という存在を思い出して欲しい。婚約話が浮上した頃から、こう思うようになっていた。
以前は恋に溺れる自分を見て欲しくないと思ったが、皮肉にも婚約という枷が政宗への思慕をより膨らませていた。
部屋に帰ると、早速良佳の携帯を鳴らす。こういう時はさすがに携帯している筈だが、何度コールしても主は出なかった。
「……っ!!」
苛立ちを紛らわすために、携帯を床に叩き付けた。それでも収まらずがま口に手を伸ばせば、そこには目当てのものはなくスマホしか入っていなかった。
「……大学に行ってくるわ」
家政婦に言って、夏休み中の大学へと向かった。小十郎に煙草を買ってきて貰うのと、ついでに講堂が空いていればそこでピアノを弾いて帰ろうと思ったのだ。
長期間休暇中の大学は閑散としている。特に今は日中で最も暑い時間帯だ。外を出歩くのさえ鬱陶しい時間帯、その外に出ている自分は馬鹿だと紗智は自嘲した。
色白で焼けにくい体質なので、日に当たったところは赤く腫れてしまう。こんがり焼ける良佳が羨ましいと思った時期もあった。今は、日傘のおかげでそんなコンプレックスは気にならなくなった。
教授棟につく。札は留守を示していた。
真面目な彼は、たいてい毎日大学に詰めている。棟にいないのだとすれば、研究施設である畑か顧問を務める剣道部が練習する体育館のどちらかだろう。紗智は、棟から近い畑へ行ってみることにした。
舗装されていないあぜ道を下り、熱風にうんざりしながらも歩を進める。ヒールの低いサンダルでもよろけてしまうその道を突き進めば、ようやくビニールハウスが見えた。
一つだけ口を開けたハウスがあった。きっと、そこにいるのだろう。そっと中を覗けば案の定そこに小十郎がいて、突然の紗智の訪問に驚きつつも丁寧に出迎えてくれた。