夏・一部
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翌日、もたれる胃を何とかなだめつつ、良佳は豊臣大の敷地へ足を踏み入れた。
「すみません、竹中先生はいらっしゃいますか?」
研究棟の入口にいる受付事務員に声をかけると、奥から眉目秀麗の青年が手を上げた。
「やあ、ようこそ。君が茂庭くんだね」
にこやかに微笑む彼こそ、良佳が取り組んでいる研究の第一人者・竹中半兵衛その人だ。
「お忙しいのに、お時間を作って頂いて有難うございます」
「いや、南部先生は僕にとっても恩師みたいな方だからね」
早速棟内の案内が始まり、母校とはまた違った施設の完備さに目を見張った。
「さすがは帝国大ですね」
「そうだね。でも、正直無駄なものも多い。僕の研究は運良く日の目を見てるけど、予算をつけるべき研究はごまんとある」
ふと見せた真剣な眼差しは、現場の研究員の本音と厳しい現実を映していた。
「ああ、失敬。ところで、片倉くんは元気にしてるかい?」
「はい。相変わらずです」
そう言うと、半兵衛は少し嬉しそうに笑った。
半兵衛と小十郎は良佳が通う奥州大のOBで、剣道部で切磋琢磨しあった仲だった。学部こそ違ったが、半兵衛が取り組む研究は農学部との共同研究にまで発展し、そのパートナーが小十郎であった。
(だから、あたしがこの研究を農学部でできるんだよね。じゃなきゃ、医学部受けなきゃいけなかったもん)
一通り見学を終えたところで、半兵衛が昼食を共にしようと言ってくれたので食堂に向かった。正直、もたれた胃が重くて食べる気になれなかったが、せっかくの好意を無にしたくなくて付いていくことにした。
前年度に改築したばかりだという食堂は、吹き抜け天井に程よくガラス窓がちりばめられていてとても開放的だ。この光景を見るだけでも来た甲斐はあったと思うほどだ。
「もしかして、まだお腹がすいてなかったかい?」
軽食の入ったトレイを見て、半兵衛が訊ねた。
「ホテルの朝食、欲張って食べ過ぎたみたいで……」
良佳は慌てて言い訳を考えた。
「でも、折角先生とご一緒できるチャンスなので、帰れなんて仰らないで下さいね?」
「フフ、可愛い後輩にそんなこと言わないよ」
そう言う半兵衛も、働き盛りの男性にしては随分と食事の量が少ない気がするが、見て見ぬふりをした。
「君の研究内容と論文、読ませてもらったよ」
食事を終え、お茶をすすっているといよいよ本題に入った。
「僕の率直な意見だけど、ここより加賀大で研鑚を積んだほうが君のためになるかもしれない。あそこには、食養医学の面から農業を研究されてる前田教授がいらっしゃる。僕の場合、やっぱり根本は西洋医学だからね。前田教授の東洋医学とは違うんだ」
「そう、ですか……」
「ただ、決めるのは君自身だ。加賀大にも見学に行って、もう一度南部教授と相談したらいい。もちろん、奥州大だっていい院だ。片倉くんだっているしね」
偉大な先輩に言われた言葉は重く、けれど現実味を帯びていて、良佳のためを思って言ってくれた言葉だと分かる。
憧れだけで進路を決めるべきではない。それを痛感させられた瞬間だった。
「所で、亘理紗智さんは君の知り合いかい?」
何故その名がここに出るのだろう。頷いて問い返すと、
「僕の友人、まあ今の研究のスポンサー的存在なんだけど、彼が伊達製薬の令嬢との婚約話を持ってきたんだ。片倉くんは伊達グループの後継者のお目付け役だって言ってたから、彼の親戚にあたる君なら知ってるかなと思ってね」
「知ってるも何も、幼馴染ですよ」
紗智の、ふってわいた婚約話。最近会っていなかったとはいえ、そんな重大事項を背負わされていたなど驚きである。
「まあ、まだ決定した話じゃないみたいだから内緒だよ?」
「分かりました。先生も大変ですね。その分野の権威ともなれば、身分もくっついてくるものなんですね」
「さあ、それはどうだろうね。伊達製薬さんからすれば、僕を手元に置いておくことに意味があると思ったんじゃないかな。ご子息がいらっしゃるにも関わらず、敢えて一研究員の僕に令嬢を嫁そうなんて画策するくらいだから」
思わずの本音に、半兵衛はまた内緒だよと念押しした。
その後、半兵衛はわざわざ研究棟以外の場所も案内してくれ、良佳がホテルに戻ったのは夕刻近くだった。
「すみません、竹中先生はいらっしゃいますか?」
研究棟の入口にいる受付事務員に声をかけると、奥から眉目秀麗の青年が手を上げた。
「やあ、ようこそ。君が茂庭くんだね」
にこやかに微笑む彼こそ、良佳が取り組んでいる研究の第一人者・竹中半兵衛その人だ。
「お忙しいのに、お時間を作って頂いて有難うございます」
「いや、南部先生は僕にとっても恩師みたいな方だからね」
早速棟内の案内が始まり、母校とはまた違った施設の完備さに目を見張った。
「さすがは帝国大ですね」
「そうだね。でも、正直無駄なものも多い。僕の研究は運良く日の目を見てるけど、予算をつけるべき研究はごまんとある」
ふと見せた真剣な眼差しは、現場の研究員の本音と厳しい現実を映していた。
「ああ、失敬。ところで、片倉くんは元気にしてるかい?」
「はい。相変わらずです」
そう言うと、半兵衛は少し嬉しそうに笑った。
半兵衛と小十郎は良佳が通う奥州大のOBで、剣道部で切磋琢磨しあった仲だった。学部こそ違ったが、半兵衛が取り組む研究は農学部との共同研究にまで発展し、そのパートナーが小十郎であった。
(だから、あたしがこの研究を農学部でできるんだよね。じゃなきゃ、医学部受けなきゃいけなかったもん)
一通り見学を終えたところで、半兵衛が昼食を共にしようと言ってくれたので食堂に向かった。正直、もたれた胃が重くて食べる気になれなかったが、せっかくの好意を無にしたくなくて付いていくことにした。
前年度に改築したばかりだという食堂は、吹き抜け天井に程よくガラス窓がちりばめられていてとても開放的だ。この光景を見るだけでも来た甲斐はあったと思うほどだ。
「もしかして、まだお腹がすいてなかったかい?」
軽食の入ったトレイを見て、半兵衛が訊ねた。
「ホテルの朝食、欲張って食べ過ぎたみたいで……」
良佳は慌てて言い訳を考えた。
「でも、折角先生とご一緒できるチャンスなので、帰れなんて仰らないで下さいね?」
「フフ、可愛い後輩にそんなこと言わないよ」
そう言う半兵衛も、働き盛りの男性にしては随分と食事の量が少ない気がするが、見て見ぬふりをした。
「君の研究内容と論文、読ませてもらったよ」
食事を終え、お茶をすすっているといよいよ本題に入った。
「僕の率直な意見だけど、ここより加賀大で研鑚を積んだほうが君のためになるかもしれない。あそこには、食養医学の面から農業を研究されてる前田教授がいらっしゃる。僕の場合、やっぱり根本は西洋医学だからね。前田教授の東洋医学とは違うんだ」
「そう、ですか……」
「ただ、決めるのは君自身だ。加賀大にも見学に行って、もう一度南部教授と相談したらいい。もちろん、奥州大だっていい院だ。片倉くんだっているしね」
偉大な先輩に言われた言葉は重く、けれど現実味を帯びていて、良佳のためを思って言ってくれた言葉だと分かる。
憧れだけで進路を決めるべきではない。それを痛感させられた瞬間だった。
「所で、亘理紗智さんは君の知り合いかい?」
何故その名がここに出るのだろう。頷いて問い返すと、
「僕の友人、まあ今の研究のスポンサー的存在なんだけど、彼が伊達製薬の令嬢との婚約話を持ってきたんだ。片倉くんは伊達グループの後継者のお目付け役だって言ってたから、彼の親戚にあたる君なら知ってるかなと思ってね」
「知ってるも何も、幼馴染ですよ」
紗智の、ふってわいた婚約話。最近会っていなかったとはいえ、そんな重大事項を背負わされていたなど驚きである。
「まあ、まだ決定した話じゃないみたいだから内緒だよ?」
「分かりました。先生も大変ですね。その分野の権威ともなれば、身分もくっついてくるものなんですね」
「さあ、それはどうだろうね。伊達製薬さんからすれば、僕を手元に置いておくことに意味があると思ったんじゃないかな。ご子息がいらっしゃるにも関わらず、敢えて一研究員の僕に令嬢を嫁そうなんて画策するくらいだから」
思わずの本音に、半兵衛はまた内緒だよと念押しした。
その後、半兵衛はわざわざ研究棟以外の場所も案内してくれ、良佳がホテルに戻ったのは夕刻近くだった。